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魔女の恋薬と、三つの結婚①

 木枯らしが吹き抜ける五年生の冬。私の心の中には、今まで経験したことのない、甘くて苦しい「正体不明の熱」が宿っていた。


 きっかけは、秋の運動会だった。


 同じクラスの陸上部、草太(そうた)くん。

 普段から誰にでも分け隔てなく接する爽やかな男の子で、足の速さは学年で一番。運動会のクラス対抗リレーで、アンカーとして三人をごぼう抜きしてゴールテープを切った姿は、普段スポーツに興味のない私の目にも、ひどく眩しく焼き付いていた。


 その草太くんと、冬になってから委員会が一緒になったのだ。

 美化委員の活動で、夕方の渡り廊下を二人で並んで掃き掃除していた時のことだった。


「志穂って、いつも丁寧に掃除するよな。前から思ってたけど、すごく真面目で良いね」


 ふいに屈託のない笑顔でそう言われ、私は心臓が跳ね上がって呼吸が止まりそうになった。

 前に「気取ってる」とからかわれた私の几帳面さを、草太くんは真っ直ぐに褒めてくれたのだ。


「あ……ありがとう……」


 消え入りそうな声で返すのが精一杯だった私の手元を見て、草太くんは「あ、これ重いよね。運んどくよ」と、落ち葉でいっぱいになった重いゴミ袋を軽々と持ち上げてくれた。

 夕日を浴びた草太くんの横顔を見つめながら、私は自分の耳がカッと熱くなるのを感じていた。


 それからというもの、私の世界は一変してしまった。


 朝、昇降口で草太くんの靴があるか確認してしまう。

 体育の時間、校庭を走る草太くんの姿を目で追ってしまう。

 教室で目が合って、彼が軽く手を挙げてくれただけで、その日一日が天国のように輝いて思えた。


 二階の物置部屋で、真衣ちゃんにだけこっそりそのことを打ち明けた時は、二人で座布団を抱きしめてキャーキャーと大騒ぎした。


『志穂ちゃん、それ絶対初恋だよ!』

『嘘、恥ずかしい……!』

『草太くん、すごく優しいしお似合いだと思う! 応援するね!』


 真衣ちゃんの言葉に背中を押され、バレンタインに手作りのチョコでも渡してみようか――そんな淡い期待を胸に抱いていた、二月の初めのことだった。


 昼休み、教室の後ろのほうから、ひそひそとした女子たちの甲高い笑い声が聞こえてきた。


「ねえ、聞いた? 草太くん、隣の組のゆいちゃんのこと好きらしいよ」

「えー! やっぱり!? ゆいちゃん学年で一番可愛いもんね」

「昨日も一緒に塾の帰りに話しながら帰ってたって! 絶対両思いじゃん!」


 ガシャン、と胸の奥で何かが粉々に砕け散る音がした。


 ゆいちゃん。

 隣のクラスの、目がくりっとしていて、髪が長くて、いつもみんなの中心にいる人気者の女の子。

 地味で、運動もできなくて、本ばかり読んでいる私とは、まるで住む世界が違うお姫様のような子だった。


 その日の放課後。

 下校のために昇降口へ向かう途中、私は遠くの校門のそばで、自転車を押す草太くんと、笑顔で並んで歩くゆいちゃんの姿を見てしまった。

 草太くんは、私に見せたことのないような、少し照れくさそうな、でも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


 ――あ、敵うわけないや。


 告白すらしていない。

 好きだと伝えることすらできなかった。

 それなのに、胸の真ん中に大きな穴が空いたみたいに、冷たい風がピューピューと吹き抜けていく。


 走って家に帰り、玄関をくぐり抜けて、誰にも顔を見られないように二階の物置へ駆け込んだ。

 ランドセルを放り出し、文机に突っ伏すと、堪えていた涙がポロポロと畳を濡らした。


 悔しいとか、悲しいとか、そういう言葉じゃ足りない。

 自分がひどくちっぽけで、惨めで、世界から取り残されたような痛みが、胸を締め付けて止まらなかった。

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