↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/15

魔女の恋薬と、三つの結婚③

 母も双子も、おばあちゃんも寝静まった静かな居間。私はこたつに入って、ぼんやりと天井を見上げていた。昼間の草太くんとゆいちゃんの笑顔が、浮かんでは消え、胸の奥がきゅっと痛む。


 ギ……ィ。


 廊下の床が鳴り、襖がすっと開いた。

 現れたのは、黒いワンピースにサンダルウッドの香りをまとった類おばさんだった。冷蔵庫へ向かおうとして、こたつから顔だけ出している私を見下ろすと、足を止めて片眉を上げた。


「……何、あんた。またそんな世の終わりみたいな顔して。何かあった?」


「……ううん」

 私はこたつから身体を起こし、おばさんがお茶を注ぐ姿を見つめながら、昼間から胸につっかえていた問いを投げかけた。


「……ねえ、類おばさん。どうしておばさんは、結婚しないの?」


「ぶっ」

 おばさんはお茶を吹き出しそうになり、珍しく目を丸くして咳き込んだ。


「……何いきなり」


 おばさんはコップを持ってこたつの向かい側にどさりと座り、足を滑り込ませた。


「どうして結婚しないか、ねえ……。まあ、ご縁がなかったってのもあるし、そもそも『誰かとずっと一緒に暮らす』って向いてないんだよね。一人が気楽だし、仕事して本読んで、コタロウとゴロゴロしてる今の暮らしが一番性に合ってる」


「寂しくないの?」


「全然。……別に恋愛しなくたって生きていけるし、大人になったら絶対に結婚しなきゃいけないなんてルールも、この世界にはないんだよ。誰かの『幸せの形』を、無理して自分のものにしなくていいの。幸せの正解なんて、人の数だけあるんだから」


 おばさんの言葉は、昼間のおばあちゃんやお母さんの話とはまた違う、ひんやりと心地よい風のように胸に染み込んでいく。


「……で? そんなこと聞いてくるってことは、あんた、好きな子がいるの?」


 図星を突かれて、喉がキュッと詰まった。

 おばさんの前では、どうして何も隠せないんだろう。私はぽろぽろと涙をこぼしながら、美化委員で優しくしてくれた草太くんのこと、別の可愛い女の子が好きだと知ってしまったこと、告白すらできずに終わった悔しさを全部吐き出した。


「……私なんて、地味だし、可愛くないし……敵うわけないのに、ちょっと期待しちゃって……バカみたい」


 話し終えて俯く私に、おばさんはふっと息を吹きかけるように笑った。


「バカなもんか。そうやってさ、何にときめいて、何に傷つくのかを知っていくのが、『自分を知る』ってことなんだよ」


「自分を、知る……?」


「そう。私も昔は男の人と付き合ったりもしたよ。でもね、毎日同じ屋根の下で暮らしたら、きっと息が苦しくなっちゃうタイプなんだなって分かった。私にとっては、たまに会うくらいの距離感が一番心地よかったんだよね。そうやって自分の取扱い説明書を少しずつ作っていって、自分が本当に幸せになれる選択をしていく。人生なんてさ、それの連続だよ」


「……ねえ、おばさんは今、幸せなの?」


「すっごく幸せだよ。コタロウっていう彼氏もいるしね」

 おばさんはあっけらかんと笑って見せた。

「あんたはあんたの取説を作って、あんたの幸せを見つけていけばいいんだよ」


 おばさんは立ち上がり、棚から小さなノートを一冊取って私の前に置いた。無地の、革表紙のようなシンプルなノートだった。


「これ、あげる。……どんなところにときめいて、何に傷ついたのか、書いてごらん」


「……え、書くの?」


「そう。人は忘れちゃう生き物だからね。嬉しかったことも、傷ついて痛かったことも、その時自分がどんな気持ちだったかを言葉にして残しておくの。誰に見せるわけでもない、あんただけの記録」


 おばさんは私の頭の上にポンと手を置き、ニヤリと魔女の笑みを浮かべた。


「書き留めておけば、いつかその痛みが自分を知るための宝物に変わるかもよ。……じゃ、私は戻るから」


 おばさんは二階へ消えていった。


 私はノートを胸に抱きしめ、二階の物置へと戻った。

 机に向かい、前にもらった真鍮のペンをノックする。


『草太くんの、重いゴミ袋を軽々と持ってくれた背中にときめいたこと。

 私の真面目さを「優しい」って言ってくれた笑顔が、すごく嬉しかったこと。

 ゆいちゃんと並んで歩く姿を見て、胸の奥が張り裂けそうに痛かったこと――』


 一文字ずつノートに書き留めていくうちに、あんなに苦しかった胸の奥の熱が、静かで温かい光に変わっていくのを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。