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幸福なシンデレラ  作者: 桝克人


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第26話

 土曜日の朝、菜々子はみくにを連れてひだまり商店街へと赴いた。夕食の買い出しに加えて昼過ぎの来客に備えてケーキ屋に来たのである。出かけ方、十和子に和菓子と洋菓子どちらがいいか訊ねると、真剣に一考した後にケーキが良いと言う。するとおすすめのケーキ屋があると言って紹介されたのが、この里山洋菓子店である。


 地元の人からケーキ屋のおじいちゃんなどと呼ばれている里山猪三郎が営む店は長らく愛されている。以前は老夫婦で営まれていたが、数年前に奥さんが亡くなり、娘家族が同居を始めた。今は猪三郎と同じくパティシエである娘の菊子と二人で営んでいる。


「みくに、もうそろそろ決まらないかな?」


 菜々子は少し焦りを滲ませた声で言うが、みくにはショーケースに鼻先をくっつける程近づいて真剣に悩んでいる。かれこれ5分は悩み続けている。孫の若い女性店員——茅乃が目尻を下げて待ってくれていた。


「決めた!」

「どれ?」

「いちごのと、チョコレートの」

「わかった。あとはモンブランと、チーズケーキにして、あともう一つ」

「これにする。宝石みたいだから」


 指さしたケーキは細かく砕いたゼリーが散りばめられたフルーツケーキだ。うっとりするくらい綺麗で見とれる気持ちもわかる。


「それじゃあ、この五つでお願いします」

「かしこまりました」


 茅乃は丁寧にケーキを一つずつプレートに取り出してから背を向けて後ろのカウンターでケーキを詰めていく。その間に菜々子は財布からケーキ屋のポイントカードを取り出した。十和子の名義で作られたポイントカードには多くはなかったが地道に貯められた数字が印字されている。


「ご確認願います」


 茅乃は菜々子に箱の中に恭しく鎮座したようなケーキを見せた。礼を述べて了承すると蓋が閉じられ、それを更にビニール袋に入れた。会計が終わってカウンター越しにケーキが渡された。


「みくに、帰るよ」


 まだショーケースの前で名残惜しそうにケーキを眺めているみくにに声をかけると、ようやく顔を離して入り口へと向かった。茅乃は先回りして扉を開け抑えており、菜々子は会釈をして店を後にした。


 ケーキを買ったことでご機嫌な足取りなみくにと帰路につく。朝方掃除機をかけて水拭きはしたので時間には余裕があるが、客の来訪までに昼食を終えて、きちんと片付けをして出迎える準備をしないといけないと思うと気が焦る。しかし片方には卵が入ったエコバックを肩から下げ、もう片方は客人に出すケーキ、慎重に帰る他なかった。


 家に着くとまずはケーキを冷蔵庫に入れてから昼食の準備をする。おやつ時より早い来客のために、軽めに作り早めに済ます。


「みくに、玩具は和室の方に持って行ってね」

「わかってるう」


 から返事をしながらローテーブルで塗り絵が止まらない。菜々子は掛け時計に目をやると一時半を過ぎた頃だ。きちんと準備をしなくてはとそわそわしていると、食卓で本を読んでいた十和子が立ち上がって、ローテーブルに向かい、みくにに片付けようと話しかけ手伝い始めた。普段あまり軽い躾には手を出さない十和子だったが、どうやら菜々子と同じくらいそわそわしているようだった。十和子に言われたみくには大人しくプラスチックのケースに玩具を片づけ始めた。

十和子とともに和室へと玩具を運び出している間に菜々子は汚れひとつ見落としがないように念入りにテーブルを拭く。一人戻ってきた十和子は緊張をほぐすようにふーっと長い息をつく。


「大丈夫ですか?」

「ええ……」


 十和子は食卓について額をこすりながら溜息をついていた。電話をもらってからずっとこんな感じだ。八千江の入院期間が延びたというのだから無理もなかった。菜々子は病状のことも聞けず、また何か励ましの言葉を探してみてもうまく言葉がみつからない。何を言っても空虚な言葉になってしまいそうだったからである。ただ傍で見守ることしかできないでいた。


 菜々子は食器棚からケーキ皿とティーセットを慎重に取り出してキッチンへと持っていく。薄い陶器にも慣れてきた。この家に来る前は食器にこだわったことはなく、安くて使いやすいものばかり選んでいた。元夫もこだわりはなかったし、みくにもまだ小さくて丈夫であることが重要だった。しかし慣れてきたとはいえ少しの扱いですぐに壊してしまいそうな気がして、いつだって恐々と扱った。


 キッチンのカウンターに置かれた小さな時計を何度も目をやって、食器に汚れがないか何度も確認をして、今か今かと待ち構える。そして時計の針が虹を刺して少し過ぎたころ、ついにインターホンが鳴った。十和子ははっと顔をあげて玄関のほうを振り向き、菜々子は玄関にはきなれないスリッパを引きずりながら駆けた。

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