第25話
十和子は神妙な顔をしてリビングに戻ってきた。
「どうかなさいました?」
そう尋ねると十和子は肩を落としため息のような声を漏らして食卓に戻る。
「ちょっと頼みたいことがあるの」
「なんでしょうか」
「八千江さんの荷物をまとめるのを手伝って貰えるかしら」
菜々子の前身である錦見八千江の娘からの電話だった。どうやら入院が長引くので、本人が荷物を取りに行くのは難しいとのことだった。また自分たちも仕事が立て込んでいて片づけには行けないことを謝られた。迷惑をかけるが纏めておいてくれれば取り行くとの連絡だった。
「それは心配ですね……」
「そう、ね」
十和子は右手で額を摩った。薬指で瞼を軽くこすっている。
「土曜日には来られたいって仰ってたから」
「明後日ですか。あまり日にちはありませんね」
「ええ。食事の後でいいから、すぐに段ボール準備を頼むわね」
そう言って十和子は残りの昼食をため息をつきながらゆっくりと口に運んでいった。
食後、宅配業者へ連絡をしていくつかの段ボールを注文すると夕食の準備をしている時間に届いた。段ボールを八千江の部屋に運び入れてから、先に料理を済ませた。夕食時に十和子に段ボールが届いたことを伝えると、今夜は疲れているから明日の朝にしようと返された。菜々子は少しでも片付けておこうかと考えたが、八千江のことをよく知らない自分が勝手にするよりも、長い付き合いの十和子の目がある方が良いかと思い直して、言われた通り待つことにした。
次の日、朝食を済ませると十和子はすぐに八千江の部屋へと行った。菜々子は朝食の片づけを先に終わらせ、ローテーブルで遊んでいたみくにに声をかけてから部屋へと向かう。部屋の手前側にある大きく開かれたクローゼット前に座って、十和子は組み立てた段ボールに一枚一枚丁寧に畳んでしまっていた。
「どこから手を付けましょうか」
「そうね。菜々子ちゃんは、そっちのテーブルの引き出しにはいっているものとか……本をまとめて貰って良い?」
「わかりました」
菜々子は畳まれた段ボールを一枚と床に置かれたガムテープ拾いあげ部屋の奥へと進んだ。底を塞ぎ、交差させてガムテープを張り補強する。和箪笥の上に並べられた数冊の本を一冊ずつ丁寧に段ボールへとしまった。
それらのうちひとつを手に取ると、他の本より角が僅かながらにすり減って何度も読まれた形跡が見られる。表には『十和子』の名前があった。他にもいくつか本があるが、十和子の名前がある本が一番読まれているようだった。菜々子は十和子にご自身の本かと訊ねようとしたが、十和子は黙々と服を畳んでいる姿があまりにも寂し気で、声をかけるのも憚られた。言葉を飲み込んでその本を静かにさすってから段ボールに仕舞い込む。
和箪笥の上には本以外に十数冊にもわたって日誌と書かれたノートとレシピと書かれたノートがあった。段ボールに入れた本の上にまとめて重ねて置いた。
廊下に置かれた段ボールが増えていくほどに部屋の中は色が失われていくようだった。八千江は多くを持たない生活をしていたようで、段ボールは想定よりもずっと少なく、玄関に運び出すのも五回も往復すれば全て運び出せるほどだった。
「ありがとうね」
「いえ……」
「残っている段ボールは庭の物置にでも片付けて頂戴」
「わかりました。先生もお疲れでしょう?お茶を淹れますよ」
「今はいいわ。また欲しくなったら降りるから」
そう告げると十和子はとぼとぼと階段をあがっていく。その背中を見送ってから菜々子は八千江の部屋に戻り、言われた通りに段ボールを和室を通って庭へと運び出した。片隅に置かれたクリーム色の物置は、レトロな佇まいの家からは少し浮いている。古びているのに家に比べればずっと新しいものだ。あまり使われていないのか所々錆が出ている。菜々子はどこか歪んでいるせいかうまく開かない扉を力任せに引いた。ぎゃりぎゃりと軋んだ音を立てて開けられると陽光に照らされた埃が舞う。
菜々子は咳き込みながら左腕を口元で覆って右手を振って目の前の埃を掃った。中は乱雑に置かれているキャンプ道具や、植木鉢やスコップなどの園芸用具、ピンク色の三輪車など、どれもが長年の触れられていないようでどれも経年の埃をかぶっていた。菜々子は一番手前に段ボールを立てかけてから、また力いっぱいに引き戸を閉めた。
家の中に戻って階段下の物置から掃除機とバケツを持って八千江の部屋へと戻った。ゴオっと音をたて突風が吹きカーテンが窓から外へと飛び出した。バタバタを乾いた音を立ててはためいている。まるでかつての部屋の主を迎えに行こうとしているように見えた。菜々子はカーテンを引き戻しタッセルで纏めた。家具だけになった部屋の中を隅々掃除機をかけてから、固くじぼった雑巾で床掃除をする。
清しい風が部屋を駆け巡り、外へと通り過ぎていった。




