↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福なシンデレラ  作者: 桝克人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/34

第19話

 五日目もその次の日も、菜々子とみくにの生活は特に変わりはなかった。起きたら朝食の準備して、掃除、洗濯、買い物……初日と比べると少しは慣れてきたのか動きにも無駄がなくてスムーズに進み、時間が余るほどだった。みくには家から持ってきた絵本やぬいぐるみ、玩具のおかげで暇を持て余しすぎずに大人しく遊んでいた。『先生』は変わらず部屋に籠っていて、家にいるのになかなか顔を合わすことはなかった。


 陽だまり商店街にも五日も通えば慣れたもので、スーパー、肉屋、魚屋、八百屋と常連とまではいかなくても顔なじみになりつつある自覚がある。特に肉屋では女性従業員こと田河佳緒里とは外で見かければ挨拶もするようになっていた。田河の名前を知ったのは、常連客が「かおちゃん」と呼んでいるのを聞いたからである。それをみくにが真似をして「かおちゃん?」と呼んだことで、田河はそれを気に入ったのか豪快に笑って可愛いと褒めそやした。そこで初めて互いに自己紹介をした。店には『田河精肉店』と掲げており、店長の奥さんだとここで知ることとなった。普段人見知りのみくには田河にはそれを発揮することもなくなっており慣れた様子だった。おそらく飴玉を貰えることで気を許しているのだろう。


 少し後のことにはなるが、菜々子は田河を「佳緒里さん」と呼び、また田河は菜々子を「菜々ちゃん」と呼ぶ仲になる。


 生活に慣れてきたとはいえ、疲れは静かに募っていっていたことに菜々子は気付かないふりを続けていた。しかし無視をするには限界があったのだろう。六日目の夜、夕食を終えた後に、みくにと風呂を済ませて寝かしつけたを始めたのが八時半。それまでは『先生』が食事のために降りてくるのを十一時頃までは待つようにしていたが、今夜はひどく疲れていたのかみくにに絵本を読み聞かせて、どこまで読んだかも気づかないままに眠りに落ちていた。


 目を覚ました時、和室は暗くて、まだ夢の中にいるのかもしれないと錯覚を起こした。ごろんと寝返りを打つとそこにいるはずのみくにがいないことに気づき、そこで漸く夢ではないと意識を持った。菜々子は慌てて体を起こした。凝り固まった背中や腰がじくりと痛みを覚えた。そんなことに構ってもいられなくて、枕元に置いたスマホを手に取ると日付が替わった時刻だった。


(トイレ、かな)


 和室を出ると、リビングからすりガラスを通して明かりがついていることに気づいた。みくにの寝かしつけてからリビングで『先生』を待つつもりで電気をつけっぱなしにしていたことを思い出す。菜々子はトイレを覗くと明かりがついていなかったのを確認してからリビングへと向かった。


 ドアを音をたてないようにゆっくりと開ける。

 リビングのソファーに座っていた『先生』は菜々子の方へと振り向いて目が合った。


「あ、すみません、降りていらしたんですね」


 そこまで言うと『先生』は人差し指を立てて静かにと合図をする。菜々子はどういうことわからず首を傾げて近づくと、みくには『先生』の膝に座って体を預けていた。菜々子は驚いて思わず声をあげそうになったところで声を押しとどめるように一瞬だけ息を止めた。


 とろんとさせていたみくにの目に菜々子が映ると、手を伸ばして抱っこをせがむ。『先生』は口元に笑みを浮かべてみくにを菜々子に差し出したのでそのまま受け取った。みくには息をしたかと思うと、そのまま目を瞑ってすぐに寝息に変わった。


「座りなさいな」


 『先生』はソファーをぽんぽんと叩いて座るように促した。菜々子は言われるがままに腰を下ろす。『先生』は立ち上がってキッチンへと向かった。その背中を目で追うと、食器棚からマグカップを、冷蔵庫から牛乳パックを取り出し注いでいる。電子レンジで温めた後にカウンターで何かを入れてスプーンで音を立てながら混ぜている。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 テーブルにはすでに空になったマグカップが二つ並んでおり、『先生』は出来立てのホットミルクを置いた。そしてみくにを抱っこすると手を差し伸べてきた。申し訳なく思ったが、『先生』が自分のために作ってくれた湯気がたっているホットミルクを飲むために「すみません」と断りを入れてお願いをする。


「いただきます」


 マグカップに口を付けると湯気と共に鼻腔と口腔に広がる甘い香りがした。覚えのある味だ。


「おいしいです。はちみつ入りですね」

「これは唯一作れるレシピだからね」

「そうなんですか?」

「正確には唯一作ることを許されたレシピかな」


 言葉の意味を理解するには菜々子は『先生』のことを何も知らない。常にどこか憂いを帯びている表情は、どんな人生を送ってきたのか想像もできなかった。


「錦見さんがいらしてたから、ですか」


 ため息のような声をついてから『先生』はゆっくりと口を開く。


「まあ、そんなところかな」


 『先生』は指の腹でみくにの背中を優しいリズムでトントンと触れていた。家政婦を雇うくらいだし家事全般は苦手なのだろうかと菜々子は空気中に消えゆく甘い湯気を見ながらぼんやりと考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。