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幸福なシンデレラ  作者: 桝克人


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第18話

 洗い物と水回りの掃除を終えてから、ダイニングテーブルを拭こうキッチンを出ると、『先生』はソファーに座ってテレビをぼんやりと眺めている姿が目に入る。旅番組を見ているようで、芸能人、おそらくアナウンサーではなさそうでタレントか女優がその土地の名産の紹介をしている。その傍でみくには塗り絵を広げて遊んでいた。菜々子の姿を見てみくには立ち上がり近づいてきた。服の裾を引っ張ってしゃがむように催促する。


「どうしたの」


 みくにはもじもじしており、なかなか言葉が出てこない。何度か壁掛け時計を見ては、そわそわと指を捏ねている。


「トイレ?」


 みくには頭を振った。そして手を口元に添えて、菜々子の耳元に顔を近づけた。


「テレビ、見たい」


 菜々子は一瞬なんのことかわからず、眉を顰めたがすぐに気づき「あ」と声に出た。壁掛け時計をみると始まるまでもう三分もない。人の家でテレビを勝手にみるのも躊躇いがあったが、今は先生がテレビを見ている。当然替わってほしいとは言えない。菜々子はどうしようか考えあぐねいている間も刻々と時間が迫っていた。こればかりは無理だと思い、みくにには我慢してもらうしかないと謝ろうとした瞬間、みくにはぱっと笑顔が咲いた。菜々子も驚いて立ち上がると、さっきまでの長閑な風景を流していたテレビに明るいポップな歌と共に可愛い女の子が踊っているようなアニメが流れていた。


「けーすくろーど!」


 まさに今流行りの『少女探偵☆ケース・クローズド!』である。舌っ足らずなみくには上手く言えなかった。みくには無遠慮に『先生』が座っている足元の床に座ってテレビにかじりつくように前のめりで見始めた。


「あの、すみません……」


 菜々子は傍に言って耳打ちするようにしてこっそりと謝ると『先生』は小さく首を横に振る。


「この時間の子供はみんなこれを見ているんでしょう?」


 確かに人気の作品だ。市ノ川も言っていたように今や大人も子供も夢中になってみるアニメだ。『先生』が知っていてもおかしくない。


「実はみくにも大好きな番組で……ありがとうございます」

「いいのよ」


 それだけを言って視線はみくにへと移される。夢中になっているみくにの頭に手を伸ばして、指先が触れるその前に手が止まった。『先生』はぎゅっと手を握り、そのまま手を引っ込めて自身の膝へと置かれた。それから『先生』は旅番組を見ていたときと同じく、煌めいた画面をぼんやりと眺めて最後まで席を立たなかった。


 アニメが終わると『先生』はすくっと立ち上がった。リビングを後にしようとする背中に菜々子はお礼を言うと、また「いいのよ」と言ってそのまま後にした。そのままつけられたテレビからは次の番組が始まっている。みくには目の前の番組には興味を示さず、オープニングソングを口ずさみながら塗り絵を再開していた。


 無事毎週見ていたアニメを抜けることなく見終えたみくには機嫌よく過ごしていた。その間に和室へに行き、布団のカバーを外して昨昨日着ていた服やパジャマと一緒に洗濯を始める。昨日の夕方に干してから使ったとはいえやはり少し黴臭かったシーツが、ごうんごうんと音を立てる洗濯機の中で回っている。洗濯機に任せている間に床の水拭きを始めることにしようと雑巾を取りにリビングへ戻る。掃除機が恋しいと思いつつも、どこにあるかもわからなかった。あちらこちらのドアを開けて確認してみようかとも思ったが、入室の許可を得ていない部屋を開けることは躊躇われた。ただし、もし掃除機があったところで大きな音を立てていいものか迷いに迷って、きっと使わなかっただろう。


 ないものを欲しがっても仕方がないので、気持ちを切り替えまずは床の乾拭きをしてあらかたの埃を取ってから水拭きをする。二度の床掃除は腰にきた。都度腰を叩きながら、リビング、廊下、錦見の部屋、洗面所、トイレと拭いた。終えるころには汗が滲む。ちょっとした運動になったおかげだろうか。そして節々の痛みは普段の運動不足を呪うように体に表れた。


 拭き掃除を終える少し前に洗濯機から終わったと音が鳴っていた。雑巾を水洗いしてしっかり絞ってからキッチンの淵にかける。それから洗面所に行き洗濯機から大きいシーツを先に取り出し先に庭へと運んで干した。他の服やタオルなどを籠に入れて和室へ赴くと、そこにはみくにが縁側で座って外を見ている。


「どうしたの。塗り絵しているかと思った」


 みくには特に何も言わずに、にこにこしているだけだった。菜々子は籠を置いて、みくにの隣に座って「うりゃっ」と言い、わき腹を軽くくすぐってみる。みくには声をあげて笑い転げた。久しぶりに見る心からの笑顔に菜々子は安堵した。『先生』のおかげで見られたアニメが、みくにには良い気晴らしになったのだろう。


 それでも菜々子の頭にある不安が消えたわけではない。やはり気になってしまうのは『先生』が認めた遺書の存在と、これから住み込みで働いていける自信のなさだった。帰る家を持たずに、二人で他人の家に住み込むのはみくににとっていいことなのだろうか。その答えを出すことが出来ずに、まだ菜々子の中で燻っていた。あと三日と少しで答えを出さないといけない。

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