第15話
帰り道にドラッグストアが併設された大きめのスーパーに日用品と夕食の買い出しに寄った。
「いい機会ですし、たくさん買いましょう」
そう言って市ノ川はカートを押しながら頼まれていたドリンクをはじめ、トイレットペーパー、ティッシュペーパーなどの大物、洗剤や柔軟剤とあれこれ詰めていく。あまりの迷いのなさに菜々子は着いていくことしかできない。
「慣れているんですね」
「時々錦見さんと来ていましたから。先生はいつも使っているものも決まっているので選ぶ手間がなくて楽なんですよ」
菜々子はあの坂道を思い出す。錦見が何歳くらいかはわからないが、若いと評される菜々子でもお米ひとつ持って帰るのに苦労したことを思い返す。車があることでだいぶ楽になるだろうと実感した。
「同じ物をお使いになるってことは、『先生』はこだわりが強いほうですか?」
「そうでもないですよ。大抵のことは無頓着なんで。でもにおいには敏感かな。以前錦見さんがいつも使っている柔軟剤が売っていなくて違うものを使ったら、においが合わないって言われたって愚痴っていましたよ」
使わなくなった柔軟剤は市ノ川が貰った。そうやってたまに『先生』の生活に合わないものは自分の元へと回ってくると市ノ川は笑う。自分は『先生』以上にこだわりがないので得していると言った。ドラッグストアで買い物が終わると次にスーパーへと寄った。
「昼も夜もお弁当で良いって先生からの言伝です」
野菜、魚、肉のコーナーを通り過ぎていく。惣菜や弁当が並んだコーナーの前で立ち止まった。
「みくにちゃん、何が好き?お肉でもお魚でも、なんでもあるよ」
みくには目をきょろきょろと動かしている。
「橋倉さんも好きなもの選んでくださいね」
好きなものと言われて菜々子は困惑してしまう。菜々子自身なんでも食べられるたちではあるが、『先生』の財布から出ると思うと、なんでもを選ぶのは躊躇いがあった。値段を見比べて迷っている横で、市ノ川は迷わずに中華弁当と、九種類のおかずとおむすびが入った弁当を取って籠にいれていた。
「サンドイッチがいい」みくにはあちこち見て回ってから言った。
「サンドイッチいいねえ。どれがいい?」
「たまごの」
「了解」
市ノ川は手を伸ばしてこれでいいかとみくにに確認してから籠にいれた。菜々子は軽く食べられそうで比較的安価なおむすび弁当を選んだ。そのあと市ノ川は菜々子たちに寿司が食べられるか確認した後に三人分の寿司のパックを籠に入れた。
「市ノ川さん子供の扱い慣れていますよね」
後は帰るだけと走らせた車内で菜々子は少し身を乗り出すようにして言った。どちらかといえば人見知りをするみくにだったが、一昨日あったばかりの市ノ川に慣れている様子に少し驚いていた。
「そうですか?年が離れた妹がいるからかも」
「妹さんが」女の子の扱いがうまいわけだと頷く。
「みくにちゃんのようないい子じゃないですよ。我儘で手のかかるような妹で。今でも会えば幼少期の頃と同じようにあれしろ、これしろって煩いのなんの。旦那さんも振り回しているんだろうなって容易に想像できるくらいです」
「優しいお兄さんがいるから安心するのでしょうね」
「ええ……良いように遣われているだけですよ」
言葉とは裏腹に声にはまんざらでもない様子が滲んでいる。
「橋倉さんはご兄弟は?」
「私は一人っ子です」
「ああ、なるほど」
市ノ川の真意がわからなかった。いったい何に納得をしたんだろうかと菜々子は思案する。菜々子経験上、一人っ子といえば親の愛情を一身に受けることができるから我儘だとか、逆に愛情に満ち足りていることで精神が安定しているなどと言われてきた。実際はそのどちらも当てはまらないと自分では思っている。
「一人っ子の人って頑張り屋なイメージですよね。年近い家族がいない分、喧嘩もできないし頼ることもできないし。橋倉さんはまさにって感じ」
「そう、ですか?」
「そうですよ。よく言われません?」
もちろん初めて言われたことだった。どちらかといえば甘えただと評されることの方が多かった。自分では頑張っているつもりでも他人の目には決してそう映らない。全ては結果に繋がらなければ頑張りすらも意味のないもので滅多に努力は結実しない。それが菜々子は頑張らない甘えただからだと言われてきた。もっと頑張らないからだ。周りはもっと頑張っている。菜々子に対する評価はそういうものばかりだったので面食らった。
「どうかしましたか?」
何も答えずにいた菜々子に市ノ川は不思議に思ってバックミラー越しに様子を窺う。菜々子は自身の顔がどれほど赤くなっているのだろうかと恥ずかしくなって顔を背けた。
「ママ、お顔赤いよ」
それは幼子の言葉によって意味をなさず、菜々子は胸の鼓動が早くなり、ますます顔が赤くなるのを感じた。熱い熱いと手で顔を仰ぎ、自分に落ち着け落ち着けと言い聞かせるが全く用をなさなかった。それでもよかった。芽吹いた喜びからくる胸の高鳴りは顔の熱さよりもずっと熱を帯びており、消すにはあまりにも勿体なかった。せめて家に着くまではその熱をじっくりと味わって居たかった。




