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幸福なシンデレラ  作者: 桝克人


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第11話

 チラシをもってリビングに戻ると、みくには塗り絵の道具を広げたまま置いてソファーに寝転がっていた。眠るでもなくただ横になっているだけで口をとがらせている。菜々子は脇に座ってチラシをローテーブルに置いて一通り目を通す。駅前に新たに建てられるマンションの不動産、中古品の買取など、どれも不要なものばかりだった。菜々子は一番大きい不動産のチラシを慣れた手つきで折って箱にした。


「おばばの箱だ」


 みくにはそう言ってソファーから起き上がり床に座り込んだ。ローテーブルに顎をのせてから右頬を傾けると餅のようにテーブルに広がった。おばばの箱と呼ばれたチラシで作った箱は、義理の母がよく作っていたものだ。此処にゴミを捨てると片づけが楽よと口癖のように言って、チラシがあればすべてこの箱にしていた。お菓子や食べ終わったみかんの屑を入れるのも、キッチンの生ごみの処理をするときも、便利といってこの箱を出してきた。菜々子は結婚した当初夫の家に暮らしていて箱の作り方を教わったが、直接ゴミ箱に捨てればいいのにと思っていた。


 みくにが生まれる前に夫と二人暮らしを始めた頃には、やはりスーパーで貰う薄いビニール袋のほうが便利に思えたし、手の届くところにゴミ箱を置けばすぐに捨てられるから二度手間だと思い、その箱を作るのをやめてしまった。みくにを連れて時々遊びに行くと、やはりその箱はいつもこたつの上やキッチンに置いてあった。みくには言葉を話すようになると、それをおばばの箱と呼ぶようになり、義理の母はそれを大層喜んだ。


 菜々子が箱を作るのを再開したのは、みくにの行動が家にいるときと義理両親の家にいるときで違っていたことである。家ではゴミができれば「ゴミ捨てて」なんて言ってわざわざ渡していたが、おばばの箱がおいてあれば自身でそこに捨てていたことに気づいた。試しに家でも作っておいてみると、やはりみくには「おばばの箱」と呼んで自らそこにゴミを入れるようになった。チラシで作った小さな箱はまるで魔法のがかかった不思議な箱のように見えてから、菜々子はチラシを見つけるたびにその箱を作るようになった。


 (お義母さん、無理していないかな)


 菜々子はぎゅっと眉根を寄せた。義母のことを思えば雪崩のようにあらゆる記憶が流れ始めそうになるのを、必死に止めようと頭を振った。今は思い出すときじゃないと自分に言い聞かせて呼吸を整える。


「ママ、大丈夫?」


 みくには青白い菜々子の顔を覗き込んだ。菜々子は必死に笑顔を取り繕って「大丈夫」とだけ返事をする。気持ちを入れ替えなくちゃと肩で息をしてから立ち上がった。


「朝のうちに買い物しちゃおう。お昼と晩御飯のお料理考えなくちゃ。一緒に行くでしょう?」


 みくには頷いて立ち上がった。


 昨日の坂道をみくには足取り良く菜々子より先へと下っていく。ガードレールはあるが「車に気を付けて」と度々声をかけると「はーい」と返事をした。幼子の体力と比べて二日目の菜々子は昨日よりも足取りが慎重なのは、軽い筋肉痛が響いていた。家の中ではそれほどでもなかったのに下り道は普段使っていない筋肉が悲鳴を上げていた。


 ひだまり商店街は今日もそれなりのにぎやかさで菜々子たちを迎えた。まずはスーパーへ行き、みくにが気軽に使える紙コップと紙皿をかごにいれた。今日もお菓子をひとつだけと約束してみくにに選ばせると昨日と同じおまけ入りのお菓子を選ぶ。レジで会計をする際に菜々子は財布の中身をみて「あ」と声を漏らす。会計をしていた従業員はふっと手を止めたので、菜々子は慌てて「大丈夫です」と頭を下げた。エコバックに買ったものを詰めてから外に出て、道の端に寄りスマホを取り出した。


 市ノ川に買い出しのお金のことについて聞かなくちゃと思っていたのに、すっかり忘れていた。貰った名刺に書いてあった連絡してみようかと思ったが直前で指をとめる。昨日も随分遅かったし、市ノ川が他人の家のお金について知っているかもわからない。そんな曖昧な話しで手間取らせるのは申し訳なかった。菜々子はマップアプリを開いて銀行や郵便局を調べてみる。幸いにも商店街の近くにあることが分かってすぐに向かった。普段の買い物だけならそんなに多くは必要ないと思ったが、多めに二万円を引き出して財布にしまう。


「お金ないの?」銀行を出てからみくには深刻な顔をして尋ねた。「お菓子買ったから?」


 みくには自身の小さなエコバックを握り締めていた。ATMで引き出す際にため息をついてしまったのをみくには見逃していなかった。特に二人暮らしになってから、お金のことに関しては常に心配ごととして頭の中を席巻しており無意識にため息をつくようになっていた。みくにの前では気を付けていたが、つい表に出してしまっていた。


「違うよ。大丈夫。昨日のうちに銀行に行くつもりだったのに忘れていたの。うっかりさんしていただけだよ」

「うっかりさん」


 みくにが真似をして笑った。


「ささ、うっかりんなママの代わりに今日はみくにに覚えて貰おうかな。今日これから行くのはお肉屋さんと八百屋さん。覚えておいてね」

「はあい。じゃあ先に八百屋さんに行こうか」

 

 みくには手を差し出した。菜々子の口真似のようにして。

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