97. それぞれの場で
何が起こった?
今の今まで、ここでの戦さは完勝でもう終わったと思っていた。
それが自分のすぐ近くで騒ぎが起こり、それを合図にしたように、そこら中で混乱が広がっている。
何が起こったのか、さっぱり分からない。
「ミーリア、かなりの数のゴブが死んだ真似をしてただけみたい。
それが急に襲い掛かった」
ミーリドが報告してくれたが、死んだ真似をするゴブなんて聞いたこともない。
不意を突かれて、戦場は混乱が広がっている。
頭が真っ白になり、どうして良いか分からない。
こんな時にどういった指示を出せば良いというのだ。
私は緊急事態に飛び出してきてしまったイクス様を見つけ、すがる様に見つめてしまった。
イクス様はナーリアにどうしたら良いかを聞いた。
「一旦元の位置に」
その言葉だけが頭の中に入ってきた。
「3番鉦を鳴らせ!! 急げ!」
鉦の音が響くまでの時間を、とても長く感じた。
私が勝ったと思って、油断したのだ。
心の中が後悔で染まりそうになるが、それを意思の力で抑え込むと、今度はゴブに対する憤激が起こってくる、それも抑えこむ。
無理やり冷静さを取り戻し、もう何が起きても動じないように心を青く凍った氷の如くに固めた。
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何が起こったのか、私には分からなかった。
気がついた時には、アリオのまだ鱗のない尻尾の元の部分に剣が刺さっていた。
私は咄嗟に駆け寄り、剣を引き抜いた。
血が噴水を作り、私を見たアリオの瞳の色が消えていった。
アリオが死んだ。
私の見ている景色から色が無くなった、ただ動いていく。
不意に頬をはたかれた。
「アーリア、何してる!! こんな時こそ指揮を執れ!!」
アーリドは私を叩いた左手で私の腕を持って揺さぶりつつ、右手の剣でゴブと戦っている。
ゴブは二匹もいる。
アーリドは私を庇いつつ戦うが、ただでさえ2対1で不利な上、私というハンデがある防戦一方だ。
私も戦えばと頭の片隅に浮かんだが、体が反応しない。
あ、アーリドが斬られた、と思った瞬間、アーリドに突き放された。
次の瞬間、アーリドは前後からゴブに串刺しにされた。
あ、次は私の番だと思う。
ゴブが二匹とも倒れた。
駆けつけてきたミーレナ様にゴブは二匹とも斬られた。
ゴブはアーリドに剣を突き刺してしまったため、ミーレナ様に反撃することができなかったのだ。
「遅かったか」
叫んだミーレナ様も左手を斬られたのか、動いていない。
「お前たち、こいつを連れて逃げろ」
誰かに両脇から引き摺られて、私は戦場を離れていくみたいだ。
敗走、私は敗走しているのか、敗走という言葉が私の中に浮かんできた。
引き摺られている私を追って、3匹のゴブが迫ってきた。
追いつかれるな、と冷静に思った。
5本の矢がゴブの行く手を遮った。
その後も次々と矢が私たちを庇って飛来する。
「あ、アーレアたちが来た。 助かった」
さっきまでの矢よりずっと力強い矢が飛んできて、ゴブを射殺した。
アーレアが隊列を整えた。
「お前たち、後方に下がれ。
エーレアたち、良く持ちこたえたぞ、お前たちももう後方に下がって良い。
こいつはどうしたんだ?」
アーレアが私を「こいつ」と呼んだことに気がついた。
「ダメです。 役に立ちません」
アーリクが答えたのが分かった。
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カン・カン・カン、カン・カン・カンと3連続の鉦の音が戦場に響き渡った。
「ラーリア、二人組になり互いに背を預け、奮戦せよ!!
ラーリアが殿を引き受ける。 他の者は速やかに引け!!」
ラーリア様の声が響いた。
「ラリト、行くよ。 悪い予感しかしない」
ラーリンも私と同じ気持ちだった様だ。
私たち二人は大急ぎで、アーリア隊の受け持ち区画に向かう。
何故かミーレナが一人で孤軍奮闘していた。
私たちはミーレナを助けるため突撃していった。
「ラリト様、ラーリン様、正直助かりました」
「ミーレナ、何故お前がここに居る」
「この娘らを助けに来たのですけど、間に合いませんでした」
アリオ、アーリドの無残な遺体が転がっていた。
「私も焦ったおかげに無様に左腕を斬られてしまいました」
ラーリンが自分の袖を引きちぎって、ミーレナの傷に巻いている。
「ここは私たちに任せて、あなたも自分の隊に行って、後方に下がりなさいな。
あなたはもう十分に戦ったわ」
ラーリンがミーレナにそう勧めた。
「ありがとうございます。 それでは失礼します」
ミーレナが立ち去り、私たちは悪い予感が当たったことを知った。
アーリアの担当区画が、崩壊し、作戦が崩れてしまったことを危惧して、私たちは大急ぎでアーリア隊の位置に戻っていく。
エーレアたちも生きているかどうか。
もしもの時は逃げる様に指示しなかったことを後悔した。
アーリア隊の位置に戻ると、アーリアたちは居ず、代わりにアーレアたちが居た。
「アーレアか、どうしてここに?」
「ミーリア様に急遽派遣されました」
「それで、アーリアは?」
「後方に下げました。 役に立ちません」
「エーレアたちはどうなった?」
「私たちが来るまで、この区画を守って奮戦していました。
今は、下げています」
「エーレアたちは無事か?」
「はい、一人も欠けていません」
良かった、戦線も崩壊していなかった。
エーレアたち、アーレアたち、そして指示したミーリアに感謝だ。
それにしてもアーリアは何をしているのか。
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静かだった戦場にまた悲鳴が響き、そちらに気をとられた瞬間に、アーロクが背中から刺された。
私は刺したゴブを即座に殺した。
アーロクは残念ながら即死だった。
「まだゴブが居るかもしれない。 円陣を組んで、四方を警戒して」
まだ戦いは終わっていない、どうしようかと思った時、3番鉦が鳴り、ラーリア様の声が聞こえた。
「みんな、聞こえたね。 このままの隊形で、元の位置まで戻るよ」
アーロクの遺体を3人で担ぎ、元の位置まで戻ってきた。
ワーリアたちがアーロクの遺体を見て、一気に蒼白になり震えている。
仕方がない、これも現実だ。
ワーリアたちにアーロクの遺体を預け、次の指示を待つ態勢を整える。
ラーリク様とラーリナ様もしばらくしたら戻って来られた。
まだ戦いは終わっていない。
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「セカン、そっちの棒を持て、ディフィー、こっちの棒を持て。
ナーリア、もし痛みでサーブが意識を取り戻したら、もう一回噛み付いて毒を注入して意識を奪え。
俺が剣を抜く、その時血が吹き出したら、二人は棒で捻ってもっと締め付けろ。
いくぞ、そらっ」
良しっ、少し血は出たがしっかり止まっている。
意識も失ったままだ。
「ナーリア、服脱いで、裂いてこっちに渡せ」
僕は渡された布切れで、棒を固定し、動かしても縛った布が緩まない様に固定した。
「よし、これでサーブを運べる」
さて、どうやって運ぼうかと思ったら、イクス様に声を掛けられた。
「アレクくん、運べるのね」
「はい」
「セカンちゃん、ディフィーちゃん、体を持って。
ナーリアちゃんは傷のあたりを支えて。
マピ、自分の尻尾は上にあげて、尻尾を抱えて走れるわね」
「はい」
レンスが答えた。
「アレクくんは私に負ぶさって。
しっかりと私に掴まっているのよ、振り落とされない様に」
僕がどういう意味かと迷っていると
「ナーリアたちじゃ無理だけど、私ならアレクくんくらいなら負ぶっても走れるわ。
森の中ではアレクくんが自分で走るより、絶対に早いわ。
だから早く私に乗って。」
僕がイクス様に乗って掴まると、
「もっとしっかり思いっきり掴まっていなさい。
みんな、全力で走るわよ。 付いて来なさい」
イクス様は森に突っ込んで行った。
腰に差していた剣を両手に持つと、進行の邪魔になる枝などを、その剣で払っていく。
僕が剣鉈の重さで切って行くのとは違い、イクス様は剣の腕で枝を全く走るスピードを緩めることなく切り落として行く。
速い、確かに僕が森の中を走ったのではこの半分のスピードも出ないだろう。
そしてナーリアたちはサーブをほとんど揺らしもせずに担いで走っている。
人間にはとてもじゃないが出来ない技だ。
集落に近くなり石畳の道に出た。
「アレクくん、ここからは自分で走って。
この道を走るなら、同じくらいの速さで行けるでしょ」
僕たちはとにかく走った。
流石に僕を下ろした方がイクス様も速い。
集落が近づいた、イクス様が先行し、道を開けさせる。
「私はここで、後から来る怪我した者の受け入れ準備をする。
アレクくん、任せたわよ」
「はい」
僕らは走り過ぎて行く。
「今、担がれていたの、サーブさんだよね」
若い子たちに動揺が走る。
「若い子たち、手伝って。これから、怪我した人がたくさん来るわ。
その用意をするわよ。
人間ちゃんたちもお願い。 治療を手伝って」
イクス様が大声で指示をした。




