96. 弛緩と乱戦
蹂躙、その言葉でしか言い表せない光景が目の前にあった。
矢を射ち終えたラーリア様、ラーリオ様、ラーリル様はそれぞれの自分の武器、ハルバートと、大剣と、双剣を手にゴブの中に突っ込んで行かれた。
その後の光景が、そう蹂躙だ。
ハルバートが薙倒していき、大剣が猛威をふるい、双剣が切り崩していく。
それに見とれていたら、右からも左からも奥からも、同様の阿鼻叫喚が聞こえてくる。
ラーリア様たちの武勇は圧倒的だった。
それでも多勢を相手にしているので、徐々にラーリア様たちはゴブの集団の中心に固まっていく。
冷静な、というより氷の瞳でその光景をミーリア様は見ていた。
ラーリア様たちがゴブの集団のほぼ真ん中あたりに集まり、すべてのゴブの関心がそこに集まったかの様になった時、ミーリア様は叫んだ。
「3番太鼓!!」
「ドン、ドン、ドン」と3連の太鼓の音が、先ほどよりも急調子で鳴らされた。
ミーリア様の声が戦場に響き渡った。
「盾と壁で押し潰せ!!
盾よ、ミーリアよ、今こそ押せ!!」
奥からミーレア様の声も響き渡る。
「壁よ、ミーレアよ、押し潰せ!!」
ミーリア様を除いたミーリア9人が、横一列に槍を構え、ゴブの集団を突き崩していく。
奥ではミーレア様を残して9人が同様に突き崩している。
中からは、ほんの一息ついたラーリア様たちが、手当たり次第に蹂躙していく。
ゴブたちは前後と内側からの攻撃に晒されて、左右に逃げようとするが、そこにはアーリア、アーロアがいる。
「あっ、ちょっとマズイかも」
ディフィーが呟いた。
アーロアはゴブが逃げてくる方向に半円状に人を配置し、矢を集中してまだ射ちかけている。
こちらは余裕がある。
アーリアは弓矢を捨て、ゴブに向かって突入している。
ディフィーの言葉に気がついたナーリアが、ミーリア様に注意喚起している。
ミーリア様の目が厳しさを増した。
「アーリア、ここにきて手柄に焦ったか」
ミーリア様は手に持つ槍の石付きで地面をドンと打つと、
「ここまできて大丈夫だとは思うが念のためだ。
アーレア、すまないが右翼に急いで向かってくれ」
「はい、もう十分に休めました」
アーレアたちは本陣後方から、右翼を目指して駆けて行った。
その直後、戦場の音が止んだ。
「アーレアに徒労をさせてしまったかな」
とミーリア様は呟いたかと思うと、後ろに向かって叫んだ。
「一番鉦」
戦場に動くゴブの姿がなくなったので、きちんと確認するために、一度それぞれの隊できちんと整列しろという合図だ。
鉦の音に我に返ったラミアたちは、辺りを見回す。
自分の近くにいた者の無事を視線で確認しあうと、まだ戦場にあると思いはするものの、安心から頬が緩むのが分かる。
緩む顔を意志で抑えつけて、それぞれの隊に整列しようとする足取りは、動くゴブがいないせいか、今までとは打って変わってのんびりしたものだった。
ゴブの投げた石に当たったりした軽傷者は多数いるが、死亡者や集落に大急ぎで運び込まねばならない様な重傷者はいない様だ。
完勝だ、この上ない完勝だ。
まだこれから残っているゴブの殲滅などもあるが、この戦は完勝だったとみな感じていた。
「サーブ!!! 危ない!」
レンスの悲鳴の様な叫び声が辺り一面に響いたのが合図となったのだろうか、次の瞬間に今までの静けさが、一気に砕け散り、さっきまで以上の阿鼻叫喚の喧騒になった。
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ラリト様とラーリン様が突入する前、私は自主的に弓を受け取りに行った。
「おっ、気がきくな、アーリアに命じられたか?」
「いえ、私の自主判断で来ました」
「そうか、助かった。 ついでに命じて置こう。
お前たち、いつでも弓が射てる様に準備しておけ、杞憂に終われば良いが、私は嫌な予感がする。
頼むぞ」
「はい。 私たちもそのつもりでした」
ラリト様はニヤッと笑うと、ゴブの集団に、ラーリン様と共に駆け込んで行った。
2番太鼓が3番太鼓に変わった。
「この時を待っていたのよ。
アーリアの強さを見せるのは今よ。
弓矢を捨てて、アーリア、抜剣、突撃!!」
私たちは捨てて行かれた弓と矢を集めた。
「何で、捨てて行くかねぇ。
この矢の精度なんて、私たちの矢と比べたら雲泥の違いじゃん」
この戦の間、見ていればそれくらいのことは分かる。
「捨てて行かれたのだから、矢は私たちでもらっておこうよ。
もしもの時、その方が絶対いいじゃん」
「あ、それ、賛成」「私も」
みんな、今までのことで完全にアーリア様を信用していない様だ。
それにしても良いのかな、命じられたことと違うことをして。
反対側に見えるアーロア様たちのしていることが本来のあり方だよね。
私は暗い気持ちになる。
一番鉦が聞こえた。
どうやら私たちは助かったみたいだけど、まだ嫌な気分は続いている。
各隊が整列し始めたが、私たちの隊はアーリア様自体が戻っていない。
嫌な気分がもっと濃くなる。
その時、悲鳴が響き渡ったと思ったら、そこいら中で同様の悲鳴や、阿鼻叫喚が起こった。
やっぱりと私は思った。
「みんな、弓を構えて。 矢はもらったもので」
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レンスの悲鳴に振り返ると、サーブが尻尾の付け根、人間の太腿の様になっている部分に深々と剣を突き立てられていた。
それをしたと思われるゴブは、レンスに尻尾で串刺しにされている。
「早く剣を抜かなきゃ」
ナーリアが剣を抜くためにサーブに全速で近づいて行く。
「馬鹿っ!! やめろ。 剣を抜くな」
僕はナーリアに思いっきり体当たりして、ナーリアを止める。
「アレク、何するの。 早く抜かないと、抜けなくなる」
「抜いちゃダメだ。 今、抜いたら血が吹き出て、死んでしまう」
僕は自分の着ていた上着を脱いで引き裂きながら、全速でサーブに近づく。
近くにいたセカンにも、脱いで引き裂けと命じる。
「おいおい、アレク、私はこんな物を生やした姿で死にたくはないぞ」
サーブが何だかのんびりした声で異議を唱えた。
「サーブ!!」 ナーリアが悲鳴の様な声を上げる。
「ナーリア、落ち着け。 分かっている、この傷では私は助からない」
「黙ってろ!! 俺が助ける。俺に任せろ」
「ははは、なら好きにしてくれ、任せるよ」
サーブは明るい口調でそう言った。
「セカンは俺と一緒にサーブの傷の上下を縛るぞ。
俺が上側、セカンが下側。 思いっきりきつくだ。
ナーリア、サーブに噛み付いて、毒を注入しろ。
早くしろ、迷っている暇ないぞ」
ナーリアは僕の剣幕に押され、言われた通りにした。
良かった。 ラミア同士でも毒は効いた。
サーブが意識を失った。
「アレクくん、助けられるの?」
いつの間にか、イクス様が僕の横にいた。
「絶対とは言えないけど、きっと助けます。
とにかく、早く家に戻らなくては」
「分かったわ」
やっとレンスの姿が目に入った。
尻尾の先がボロボロになっている、ああなっちゃうのか、確かに最後の手段だな。
ディフィーがレンスに付いている。
「ディフィー、レンスの尻尾に水を吐いて、その水で傷を洗い流せ」
イクス様は辺りを見回している。
「ナーリア、あなたならこの混乱をどう指揮する」
イクス様はナーリアに切羽詰まった声で質した。
ナーリアは一瞬の躊躇もなく答えた。
「私なら、一旦隊を元の位置近くに引きます」
「だそうよ、ミーリア、分かった?」
「はい、イクス様」
ミーリア様は後ろを向いて命令した。
「3番鉦を鳴らせ!! 急げ」




