94. 戦闘開始
「サーブ、ディフィー、アレク、私の横に並んで立て。
そして弓の準備をしろ」
私とディフィーとアレクはラーリア様に言われた通りに、並んで弓の準備をした。
とてもラーリア様の様に平然と立ってなどいられない。
落ち着け、落ち着け、私。
自分の顔色が白くなっているのが分かる。
尻尾に力を入れていないと、尻尾が震えているのが分かってしまう。
アレクを見てみると、歯を食いしばり、足に力を込めている。
きっとアレクもそうしなければ、震えてしまうのだろう。
ディフィーは、もう顔色が真っ青だ。
尻尾の震えを隠すことも出来ていない。
ディフィーの横にレンスが付いている。
矢を手渡してやって、幾らかでも時間の短縮をさせようと考えたようだが、今はディフィーを少しでも落ち着けようと声をかけている。
ラーリア様が私たちに声を掛けてきた、
「お前たち、緊張するなと言っても無理だが、緊張していられる時間はあと少しだけだ。
それが過ぎれば緊張している暇もなくなるからな。
良い経験だ、緊張感を思いっきり楽しむが良い」
無理を言われる、緊張なんて楽しめません。
ついにアーレア様たちが草原に入ってきたのが見える。
私たちが居る位置は高い所なので、草原を一望に見渡すことができ、状況がよく分かる。
ま、それだからこそ、ディフィーとセカンはここに本陣を置くことにしたのだろうけど。
確かに、私は緊張を忘れた。
アーレア様たちが追われているのが良く見える。
ちょっと何かで引っかかって逃げるスピードが落ちたら、すぐにゴブに捕まってしまう距離だ。
それでもアーレア様たちは時おり矢をゴブに放ち、自分たちに注意を引きつけて逃げている。
決死の行動と言うのだろうか、本陣にいる者は誰も瞬きもせずにそれを見つめている。
ディフィーの動きが石像のように止まっているのが、視界の片隅に見えた。
「よし、始めるぞ。
お前たち、ゴブに当たらなくても良い。
アーレアたちの頭を越せると思ったら、即座に矢を放ち始めよ。
ミーリア、私が矢を放ったら、一番太鼓を鳴らせ」
私たちは弓に矢を番えて待った。 早く私の射程の中に入って。
ラーリア様が矢を射った、先頭のゴブが倒れた。
私たちのすぐ後ろで、大きな太鼓の音がした。
ドーンと一発、間をあけてまたドーンと一発、それを繰り返す。
ラーリア様がまた射った、今度は外れた。
アレクが射った、アーレア様たちの頭は越えたが、ゴブの手前で落ちた。
ゴブたちは明らかに太鼓の音を聞いた後は、一直線にこちらを目指している。
ラーリア様がまた射った、ゴブが倒れた。
まだ私の射程に入らない。
アレクが射った、ゴブに手傷を与えたようだ。
入った、私は射った、まぐれだが当たってゴブが倒れた。
ディフィーも射った、ギリギリ外れたみたいだ。
飛んでくる矢の数が増えたからだろうか、先頭のゴブが一瞬躊躇する感じで、アーレア様たちを追うスピードが落ちた。
その瞬間を待っていたのだろう、アーレア様たちはそれまでとは違い、一瞬で気配を消して、バラバラの方向に逃げた。
私はとにかく矢を射った。
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一番太鼓の音が響いた。
本陣の弓の攻撃が始まったのだ。
ゴブたちはまだ袋の中に入りきっていないが、明らかにその音に反応している。
音のする方向に一気に向かっていこうとしている。
「予定通り、予想通りのゴブの行動ね」
ラーリド様が小さな声で私に言った。
私は首肯いた。
私はじっとその時を待つ。
ゴブの最後尾の集団が袋の中に入った。
ちょっとだけ待って、私は右手を上げた。
ラーリド様をちらっと見ると、今度はラーリド様が首肯いた。
私は上げた手を前方に振り下ろす。
音も無く、ミーレア全体が動いていく、袋の口は閉めた。
アーレアたちが命がけで誘導したゴブだ、これで一匹たりとも逃さない。
そして今度はゴブに気付かれない範囲で、袋を狭めていく。
私たちミーレアが位置を上げていく程、袋は狭まり、配置の隙は無くなっていくのだ。
一番太鼓はなり続けている、ということは今はラーリア様たちとナーリアたちだけが、弓矢でゴブと戦っているのだろう。
私たちは戦闘の状況が見えないが、音を聞くだけでどういう状況なのか分かる。
これを提案したのはナーリアだった。
この作戦を考えたのは、ディフィーとセカン、全くあの娘たちは何なの。
アーレアたちは無事だったのかしら。
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良かった、ゴブたちはこっちに来なかった。
ゴブたちは太鼓の音に釣られて、みんな本陣を目指して登っていく、こっちに向かって登ってくるゴブはいない。
でも油断はできない、いつゴブの進行方向が変わるか分からない。
この後の私たちの行動も決められている。
ミーレア様たちの動きに合わせて、アーリア全体の配置の間隔を狭めていけ、とのことだけど、言うのは簡単だけど、どうしたら良いの。
私は自分の後ろの9人を見上げるが、姿を隠しているから、どこにいるか探すだけで大変だ。
探している間はゴブの方を見ていない訳だから、何があるか不安でしょうがない。
そんな危険を冒しつつ、私は一人一人に指示をして、少しづつ場所を移動させる。
移動させた時には、ミーレア様たちはもっと進んでいて、また移動の指示をする。
その繰り返しを延々と続ける訳だ。
全くなんなのこの作戦は。
早く、次の二番太鼓にならないかしらと思う。
そうすれば少なくとも、この面倒からは解放される。
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「アーロア様、一番前にいないでよいのですか?」
私はアーロア様に思わず聞いてしまった。
普通は敵が攻めてきたら即座に対応できる場所で指揮ってするのじゃないかと思ったのだ。
「良いのよ。 今は全体が良く見えることが大事。
後ろ側だと一番位置が高いから、みんなの位置も、ミーレア様たちの位置も良く分かるでしょ。
それでみんなに『もうちょっとゆっくり歩け』とか、『早く歩け』とか指示してれば、一番ちゃんと間が狭くなっていくでしょ。
それに、もしゴブが来たら、一番最初はラーリク様とラーリナ様が相手してくれるから、私はその内に前に行けば十分間に合うわ。
見えてもいるしね。
それよりあなたたちは少し早めに先に行ってなさい。
ゴブの警戒はするのよ」
私はなるほどなぁ、と感心した。
一番前で指揮するだけが良い訳じゃないんだ。
その時にしなければならない役目をするのに最適な場所で的確な指示をするって言う方法もあるんだ、と私は知った。
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私たちは散り散りに逃げた後、本陣の後方で待ち合わせることになっていた。
一人、二人と本陣の後方に仲間が戻ってくる。
あと三人、あと二人、あと一人、やった全員戻ってきた。
私の目から涙が溢れた。
仲間も涙を流している。
良かった、全員生きて戻ってこれた。
私は後方で指揮を執っているミーリア様に仲間全員を連れて報告に行く。
ラーリア様、ラーリオ様、ラーリル様は今はもう矢を射るのに忙しく、とても指揮を執る暇はないのだ。
「ミーリア様、アーレア一同一人も欠けることなく、戻りました」
「アーレアたち、ご苦労でした。
あなたたちの決死の働き、本陣に居る誰もがその眼に焼き付けました。
よくぞ、よくぞ、欠けることなく帰ってきてくれました。
だけど、集落に戻って休めとは言ってやれません。
しばし、後方で休んで、それからまた力を貸してください」
ミーリア様たちが一斉に尻尾の先を上げ、それを振り下ろし地を叩いた。
それは戦場で最高の敬意を表す行為だった。




