71. ナーリアの苦手
「あのラーリア様、一つお願いがあるのですけど」
「ん、何だ?」
「ちょっとした燠火で良いので、竃以外の場所で火を使わせてもらえないでしょうか」
「そうか、今は竃以外で火を使うことは禁止されていたな」
「はい、流石にタールをあそこで温めるのは、ちょっと・・・」
「そうだな、食事を作ったり生活する場が、あの臭いが充満するのは堪らんな」
「はい」
「分かった。 小さな燠火は家の周りまでは使うことを許そう」
「ありがとうございます。 これで矢作りなんかも効率的にできます」
僕らは家の方に戻った。
戻ってみると、ミーリア様たちの火種を点ける練習も終わったようだ。
何となく気まずい雰囲気と、ミーリア様が暗いのは何故だろうか。
「どうだ? みんな火種を点けられるようになったか?」
ラーリア様が軽い感じで尋ねられると、教える側の代表としてだろうかセカンが答えた。
「はい、みなさん、火種を点けるところまで出来ました。
あとは慣れですから、何回か練習していただければ大丈夫だと思います」
「そうか。 ま、ここまではさして難しくないからな。
難しいのは火種を元に火を大きくするところだからな」
あれっ、ミーリア様が余計に暗くなった。
荷車に載せてきたモノを僕たちが降ろすと、ラーリア様とミーリア様たちは戻って行かれた。
僕は食事も必要なのかと思っていたのだが、何だかその雰囲気ではなかったみたい。
「ミーリア様、どうしたの?」
セカンが言いにくそうに答えた。
「ミーリア様、こないだ練習を先にしたのだけど、やっぱり何をやっても一番下手で、最後が極めつけで、みんな3回までで出来たのだけど、1人5回掛かっちゃって、何というか、面目丸潰れ」
「でもこの前は7回掛かっていたよね。 進歩してるじゃん」
「ま、そうなんだけど、私たちはサーブでさえ1回で成功したから」
「そりゃ、普段からの回数が違うから仕方ないよ」
「ちょっと待て、セカン。 私でさえ、ってどういうことだ?」
サーブが文句を言ってきた。
他はみんな、「そりゃあねぇ。」という感じで無視した。
普通なら、もうこれから何かするという時間ではないのだが、僕はもらったタールを使ってみたくてしょうがなかった。
「もう一つ今からやってみたいことがあるのだけど良いかな?」
「もう少しすると暗くなってくるよ。 明日じゃダメなの」
ナーリアからとってもまともな意見。
「明日でも良いんだけど、試してみたくて」
「試したいって何なの?」
セカンが聞いてきたので、ラーリア様にもらった容器を見せる。
「開けてみて」
「何これ。 酷い臭い。」
セカンが顔をしかめた。
次々と覗き込み、臭いに驚いている。
「ラーリア様にさっきもらったんだけど、タールっていうんだ。
臭いは酷いけど、これをちょっと温めて溶かして塗ると水を弾くんだ。
強力な接着剤にもなる。
作った矢と弓の弱点を補強してくれたりするんだ。
試してみたくて」
「私もどうなるのか見てみたいわ」
ディフィーも興味を示してくれた。
「ま、たまには暗くなってからの水浴びもいいんじゃないか」
サーブの一言で決まったが、ナーリアは臭いが苦手なのか、離れた位置に1人居た。
ナーリアに竃で燠火を作ってくれるように頼み、サーブに小さな鍋を取りに行ってもらった。
セカンとディフィーには、製作途中の弓を取ってきてもらう、レンスは矢だ。
僕は竹かごに小石をのせて、簡易の燠火置きを作った。
燠火をしっかり使うには、竹かごの形にこだわって、それに石と土を貼り付けて、しっかりした台を作るべきだな、と考えた。
作業場で、セカンとディフィーには弓に巻いてある蔓と楔を外してもらう。
サーブとレンスも興味津々で制作途中の弓を見ている。
僕は竃に行き、燠をのせて、ナーリアと戻った。
作業場の中は暗くなりかけていたけど、燠の灯りもあるので大丈夫だろう。
鍋にタールを少し入れて、燠火にかざした。
かざして少ししたら
「無理、無理、無理。 外でやって。
この仕事、私はパス」
とナーリアが逃げてしまった。
よほどタールの臭いは苦手らしい。
「確かに、外の方が良いかも」
ディフィーが顔をしかめて、ナーリアの言葉に賛成した。
みんな、うなづいでいる。 まあ、確かに。
場所を家の外に変えて、再チャレンジ。
火にかざして程よく溶けたタールを、矢の鏃の接合部分、矢筈の接合部分、そして羽を取り付けた糸に注意深く塗った。
「羽にタールを付けないことが注意点かな。
他は失敗したら、固まってからナイフで削れば良いから」
セカンが聞いてきた。
「これを付けることに何の意味があるの?」
僕は桶に水を入れて持ってきて、タールの付いていない矢を濡らして、軽く振ったりしてみた。
「ほら、鏃も動くようになっちゃったし、矢筈は抜けそう、羽も糸も緩んできただろ。
作る時に使った糊は水に弱いんだ。
だけど、ほら、タールは水を弾くだろ」
実演してみると、皆納得してくれた。
気分を良くした僕は弓に手を出す。
しっかりと乾いて全体が一体化しているみたいだ。
僕は弓を燠火で炙りながら曲げて、上下の先端部が弓を構えた時、ほんの少し体から離れる位置になるように調整した。
「何のために、そんなことをするの?」
レンスが聞いてきた。
「こうすると、矢を引いた時、弓に触れている部分と弦が同じ位置になるから、狙いをつけ易いんだ。
それと、こうすると弓が引いた時に捩れにくくなる」
セカンとディフィーにも作っている弓を加工してもらう。
次に僕は合わせ目の所に防水のためタールを塗ろうとしたら、
「今、塗っても無駄だろう。 まだ調整で削るだろ」
とサーブから待ったが掛かった。
「うん、弦を張って、引いてみて、調整しないと役に立たない」
レンスにも言われた。
はい、その通りでした。
タールを使いたくて、気が急いて、肝心なことを忘れてしまっていた。
「弓の調整はサーブとレンスが上手だから、2人に任せるのが良いわ」
ディフィーがそう言うと、セカンも
「うん、その方が良いものができる。 アレクも任せるといい」
と勧める。
最後の調整を他人任せにするのも何だか、と思わないでなかったけど、その調整を完全に忘れていた訳で、拒否できる訳が無い。
「サーブ、レンス、よろしくお願いするよ」
「任せておけ。」「ん、任せて。」
何だか尻切れトンボになってしまった。
夜の水浴び、ナーリアにサービスしてあげました。
1人仲間外れだったからね。




