70. 上位の名前とタール
最近、朝食の後森に入るのは、専ら香草や薬草、その他の食べられる草を摘むためになっている。
一番暑い時期は越えた気がするのだが、まだまだ気候は暑いので、狩りをして肉を手に入れても、そのままにしておいてはすぐにダメになってしまうので意味がない。
ラミアは肉を食べない訳じゃないけど、というより僕が調理したものを喜んで食べているけど、それは味が面白いだけで、食べてそれがエネルギーになる訳ではないらしくて、量は食べない。
仲間たちはやっと肉も腹が受け付けるようになってきたばかりで、こっちも元気な時の10分の1も食べないと思う。
そんな訳で、鹿一頭でも、結構食い出があるのだ。
僕は昼の準備をしながら、今日は肉を加工している。
朝の水浴びのついでに塩漬けの肉を塩抜きのため流水に沈めておき、それを森から戻ってくる時に拾ってきて、今は半分は燻製に、半分はなるべく大きい塊で焼いている。
焼いている肉にナイフを刺してみて、焼け具合をみてみると、もう大丈夫そうなので、皿にのせて冷ましておく。
こうやって僕が動いている間、もちろんナーリアたちも働いている。
日常のあれこれを手分けしてこなしているのは当然のこととして、手が空けば最近は藁縄を作ったり、ムシロを編んだりを自主的にしていてくれる。
まだまだ藁はかなり残っているのだ。
「誰か、火種草を干す網を、一応水で洗って、持ってきてくれないかな」
僕は冷めた肉を薄くナイフで切りながら、声をかけた。
「何枚くらいいるの?」
セカンが返してくれた。
「3枚、いや4枚お願い」
セカンとレンスが倉庫に取りに行ってくれた。
火種草を干す網は、大きさが長辺が僕の背丈の2/3くらい、短辺が半分くらいで、火種草を挟んで干すので2枚1組になっている。
それを1枚ならともかく4枚ともなると1人では一度に運べないので、2人で行ってくれたのだ。
洗ってきてもらった網は、まだ少し濡れていたが構わず、僕は2人に薄く切った肉を並べてもらった。
「これ並べてどうするの?」
レンスが聞いてきた。
「網に並べたら、普通干すでしょ」
僕は何を聞いているのかと思った。
「肉を干すの?」
セカンも驚いたように聞いてきた。
そうか、元々は肉を食べたりしなかったから、干し肉とか知らないんだ。
「うん、肉の保存法の一つなんだ。
焼かずに干しても良いんだけど、今は暑い時期だからね。
干した肉は保存が利くし、時間が経つと美味しくもなるんだ」
「ん、ちょっと楽しみ」
レンスが美味しくなるという言葉に反応した。
僕は皿に昼食用の薄切り肉も作っておいた。
今日は味見用がいつもよりたくさんいるかな。
きっと干した肉との違いを感じるために、干す前のもよく吟味しようとするだろうから。
午後、ミーリア様たちがやって来た。
ミーリア様をはじめ、ミーリアの上の5人ということだ。
それでどういう訳か、ラーリア様も一緒に来た。
どういう訳ということでもないか、荷車を引いて来ていて、それには鹿が一頭載っていたから。
「ほら、アレク、約束の鹿を一頭持って来たぞ。
ちゃんと血抜きもしてあるからな」
「ラーリア様、素早いですね」
僕はちょっとタジタジだった。 これでラーリア様の弓も作ることが完全に決定してしまった。
「ま、でも今はこの鹿の前に、ミーリア、まず紹介してやれ」
「はい」
ミーリア様は他のミーリア様たちに、まず僕らの名前を一人一人紹介していくと、次に僕たちにミーリア様たちを紹介してくれた。
「順番に紹介するわ。
私の隣が2位のミーリオ、その隣が3位のミーリド、続けて4位のミーリファ、最後が5位のミーリルね」
ラーリア様が口を挟んだ。
「最初は人間に好きな名前を付けてもらったのだがな、今まで個人の名前というものがなかったから、誰がどの名前だかすっかり訳が分からなくなって、人間たちはともかく、ラミアは混乱してしまったのだ。
それで仕方なく、今いる上位のラミアだけは、順位で法則を持たせて名前にすることにして、やっと混乱せず、違いが認識できる様になったのだ。
だからラーリアたちなら、2位がラーリオ、3位がラーリドという具合だ」
言われたことは分かったけど、ただでさえ面識のない上位の方々のこと、まだテンパっていて、ちっとも覚えられません。
空気を察したのか、ラーリア様は付け足した。
「ま、その内、嫌でも覚えられるだろう。
ラーリアたちはもちろん、ミーリアたちもここには頻繁に来ることになるだろうからな」
え、何それ、緊張するんですけど。
今でも、ラーリア様、ミーリア様、イクス様が来て、なかなか大変なんですけど、この状態にラーリア様たち、ミーリア様たちが加わるの!!
みんなゲンナリしているのが、よく分かる。
「さあ、そろそろ今日の目的にかかろう。
アレクは火について教える方に入らなくて良いということだったな」
「はい、みんなに全て任せて大丈夫です」
「それじゃあ、アレクは私と鹿の解体だ。
とても細かく分けると聞いた、興味があるぞ」
「それではこちらはナーリアたちに、火について教わるわよ。
やることはたくさんあるわ。 時間がきっと足りないくらいね。
今日はとりあえず火種草に火をつけるまでね。
すぐに取り掛かりましょう。」
ミーリア様が本領発揮で仕切り出した。
「ラーリア様、僕、解体に必要なもの取って来ますので、ちょっと待っていてください」
ラーリア様は全く厭うことなく、桶や鍋、塩などを荷車に載せたり、荷車を引いたりを手伝ってくれた。
鹿の皮を剥ぐのは、ラーリア様の方が力があるだけでなく上手で、ほとんどラーリア様がやってくれた。
その後も角を切り落とす作業はラーリア様がしてくれることになり、その作業をしながら僕が注意深くそれぞれの部所を丁寧に分けて処理していくところを見ている。 一つ一つの作業にどういう意味があるのか、一つ一つの部所を何に使うのか、そういう細かいところを一つ一つ質問してくる。
最初はその細かい質問をうるさく感じていたのだが、そのうちにその熱心さに僕も引き込まれて、ラーリア様に質問されていないことまで一生懸命説明してしまった。
一通り鹿の処理が終わり、みんなのところに戻ろうとした時に、ラーリア様は僕に、木をくり抜いて作った、蓋のついた少し大きめの容器を呉れた。
実は最初から荷車にあり、何だろうかと気になっていたんだよな。
「ほら、開けてみろ」
僕はその容器をもらい、蓋を開けてみた。
独特の臭いのする黒いドロっとして半分固まったものが入っていた。
「もしかして、タールですか」
「やはり知っていたか。
矢を見たとき、お前ならこれを欲しがっているのではと思ったのだ。
もっと必要なら、言えばまた持って来てやるぞ」
懸案事項が一つ解決した。




