37. 口移しの水
「それでは家の中に入ってみようか」
ラーリア様は中に入ると、私たち皆を入り口付近に留めおき、自分は家の窓を開け放ったりした。
明るいところから室内に入り、中の様子が見辛かったのだが、それによって全体がよく分かるようになった。
中は大きくは二つに分けられていて、仕切りの部分が盛り上がっている。
一方は窓が大きいことを除けば、天井の形など些細な違いはあるが普通の部屋だ。
ラーリア様は、もう一方の部屋に向かわれ、私たちに声をかけた。
「とりあえず、そこで私のすることを見ておれ。」
ラーリア様の向かった方には、乾いた草の葉や木の枝が積まれていたり、何かわからない物が造られていたりする。
それを見て、人間のアレクはびっくりしているみたいだが何も言わない。
ラーリア様は乾いた草の葉を数枚手に取ると、それを手の平で揉み始めた。
「火種草」 アレクが呟いた。
ラーリア様の手からは乾いた草の葉のカスが零れ落ちるのだが、少ししてその手を開くと、フワフワとした繊維状の塊ができていた。
その塊を木の板の上に石の皿のような物が乗った道具の上に乗せてテーブルに置くと、ラーリア様は何か分からない物の穴の中に、太い木の枝と細い木の枝を別々に使い、形を作った。
次にラーリア様は棚の上から何かの道具を手に取ると、先ほどのフワフワの塊の近くで道具を左右の手でカチカチと打ち付けた。
そして両手でそのフワフワを守るような感じで囲み、そっと息を吹きかけていると、急に小さな火ができた。
その小さな火に、いつの間に用意したのだろうか、細くて先を少し叩いてバサバサにしたような枝をかざして火を移した。
それからその枝を木の枝で組んだ形のところに持って行き、またその火を移した。
そしてそこで息を吹きかけていると、急に威勢良く大きな火になった。
そこにラーリア様は先ほどよりもっと太い木を加えると、やっと私たちの方に向き直り話を始めた。
「アレクにとっては見慣れた光景だっただろうが、これが火の付け方だ。
これでラミアも火が使えるということが理解できたことだろう。
ちなみにあの火を囲っている道具を竃という。
気づいているか分からないが、あの竃という道具を使えば煙も火の粉もほとんどこちらに出てこない。
アレクは良く分かっているな。
ただ、アレクも知らないかもしれないこともある。
この竃の煙突には仕掛けがあって、火の粉を外にも出さないことは当然だが、煙も余程酷くなければほとんど目立たなくしてしまうのだ」
私はラーリア様が鮮やかに火を点けたのを見て、驚いてしまった。
ラーリア様にこんな特技があるなんて全く知らなかった。
「ラーリア様、この様な特技をお持ちとは知りませんでした。 とても鮮やかでした」
私がそう賛美すると、
「こんなの特技のうちには入らない。
ラーリアはみんな出来るし、人間は誰でも出来る。
そうだろ、アレク」
「はい、まあ、そうですね。
でも、ラーリア様、鮮やかだったのは本当です」
「常に火を使う人間に褒められたのは嬉しいな。
という訳で、お前たちみんなにも火の扱いは覚えてもらう」
えっ、という感じで、ナーリアたちが動揺したのが分かる。
私もちょっと動揺した。
「ああ、ミーリア。 ミーリアはお前だけでなく、まず上位の者はここに来て、火が使えるように学ぶ様に。 伝えておく様に」
「はい、わかりました」
私だけでないのは、ちょっと嬉しい。
きっとナーリアたちの方が機会が多いので慣れるのが早いだろう。
ミーリアの私が彼女らに遅れを取るのは恥ずかしいが、同僚があと4人いればそれも緩和される。
「あの、ラーリア様、質問してもよろしいでしょうか」
「えーと、お前は何て呼ばれているのだったかな」
「はい、レンスと呼ばれています」
「分かった。 レンス、何でも聞いて良いぞ」
「あの、私、ラーリア様が霧を吹いている時があった様な気がしたのですが」
「良く見ていたな。 その通りだ」
「対抗する手段」
セカンが呟いた。
「そうだ。良く覚えていたな、セカンだったか。
人間に比べるとラミアは鱗だけでなく肌も火に弱い。
でも霧を吹くことで、それに対抗できる。
実際に体験してみる方が早いだろう」
ラーリア様は竃に近づくと、右腕を火に近づけた。
「さあ、アレクを除き皆同じ様にしてみろ」
ミーリア様を先頭に順番に同じことをする。
「どうだ? みんな少し腕がヒリヒリするだろ。
そこに口移しの水を霧にした吹きかけてみろ。 毒は混ぜるなよ」
みんな自分の腕に霧を吹きかけた。
「どうだ一瞬でヒリヒリが引いただろ。
この様にヒリヒリした後から吹きかける方法もあるが、火の粉が舞ったり、火の勢いが強い時には霧を吹きかけながら作業する方法もある。
これがラミアの対抗手段だ。
理解できたか」
みんな口移しの水に、こんな使い方があることに驚いていた。
ふと、火に関係ない話をラーリア様はした。
「私が口移しの水を人間に与えることに問題があるのではと考えたのは、このことがあるからだ。
口移しの水には人間への催淫効果の他に、こうやって一瞬でヒリヒリ感を消してしまう働きもある。
もしかするとこの働きの方が人間に対して悪さをしているかもしれないと思ったのだ。
毒も、量を誤れば、眠らすだけでは済まなくなるしな」
なるほどラーリア様はそんなことを考えていたのか、と納得した。
「おっと、そろそろ昼時だな。
今日はアレク、お前はお前以外の人間の昼食の様子を見学してみろ。
食べる様子を見てみないとどうすれば良いかの考えも出ないだろう。
ナーリアたちはそれに付き合う様に、近くでお前らも食事して構わないぞ。
そして先ずは明日の昼食の用意をしてみろ。
それから部屋の移動は今日中に済ませる様に。
ここでの生活に必要な物などはイクス様が用意してくれるはずだ。
あとは、そうそう忘れていた。
ここには火の使い方を学ぶためにミーリアたちが来るだけでなく、かなり頻繁にラーリアたちも来ると思うぞ。
まあ、早く慣れるんだな」
ナーリアたちがげっそりした顔をしたのを私は見逃さなかった。
気持ちはよく分かる。




