343. バーバラの覚悟
バーバラの母であるフロードの未亡人より、死んだフロードとその息子を偲ぶ会への招待状を受け取って数日後から、領内各地の有力者より次々と文が届くようになった。
私が簡単に目を通した後、それらの文を取り纏めているカーライルが言った。
「私は各地の有力者の動向などを調べることを提言しましたが、調べるまでもありませんでしたな」
「まあ、そういうことだな。
思っていたよりもあの未亡人は大量に招待状をばら撒いたものだと、ちょっと驚きもしたがな」
「はい、明らかにフロードとは利害が敵対していた者にまで、招待状を送っています。
もしかすると、あの未亡人は派閥関係というか、死んだフロードの影響下にあった者が誰であって、敵対関係にあった者が誰であったかなどといった人間関係に疎いのかも知れません。
そこで判断がつけられないので、領内の自分が何らかの席で会ったことのある有力者全てに、招待状を送ったのかも知れません」
「まあ、そんな感じではあるな」
「それで送られて来た文にはどんなことが書かれていたんだ?」
面倒臭いことは任せると、送られて来た文を詳細に読んでみるなどという作業をカーライルに押し付けたストームが、カーライルに向かってそう問いかけた。
少しは怒った顔をするかなと思ったのだが、もう諦めているのか普通の調子でカーライルはその問いに答えてやっている。
「まず一つは、事後報告のような文だな。
これは明らかにフロードと敵対していた有力者に多いのだが、招待状が送られて来たという報告と、まあ簡単に言えば招待を断ったという報告だな」
「まあそれは分かる。
敵対していたり、親しくなかったり、フロードの影響下になかった者が、そんな招待を受けて出て行ったら、自分がどんな目で見られるかと考えるだろうからな」
「ま、そういうことだが、それでもそれらの文には価値がある。
フロードは一応この領内の軍事を統括する立場にあったから、生きていた時にはどの有力者も多かれ少なかれ、好き嫌いに関係なくフロードと接触を持たねばならなかった。
それ故に、誰が本当にフロードの影響下にあって、誰がその影響下にはなかったのか、曖昧な者が多数存在する。
それがこの文によって、ある程度区別出来ることになった」
「ま、そうかもな。
確実と信用することはできないが、ある程度目安にはなるな」
「そういうことだ。
灰色に見えた者を、この文だけで白だと判断することはできないが、その色がかなり薄くなったとは判断しても良いだろう」
「で、それから?」
「次は招待状が届いたが、どうしたら良いでしょうかと、判断を委ねて来ているものだ。
これには2種類あって、『どうしたら良いでしょうか』と単純に尋ねてきている者と、幼い息子のことを思って、『顔を出してやりたいと考えるけど、構いませんでしょうか』と尋ねてくる者だ」
「なるほど、で、お前はそれらはどう考えるのだ?」
「『出席したいと思うのだが』と書いて来た方は、信用して良いのではないかと思う。
我々が幼い息子までは殺さなかったこと、フロードの妻を強制的に教会に幽閉しなかったことの意味を、汲み取って考えていると思われるからだ。
このような文を書き送って来た者は信用して構わないだろう。
逆に完全に判断をこちらに委ねて来た文を書いた者は、怪しいと言えるだろう。
判断をこちらに委ねることで、こちらへの恭順の意を示そうというのだろうが、そもそも元から領主家の意向にきちんと沿って動いていたのなら、殊更ここでそんな意を示す必要はなく、自分で判断して、今までのどちらかの様な文を送ってくれば済むことだからな」
「ああ、確かに、俺にもそれは分かる。 他には?」
「他は2種類だが、これは実質的には同じことと言える。
招待状が送られて来たことを踏まえて、その件に関して、使者を送って来るという事前報告と、自らが相談にやって来るという事前報告だ。
これは、まあ、どちらも会ってみないと真意は分からないな。
自分がフロード一派であったことをカモフラージュしたいのか、フロード一派であったけど改心したと言いたいのか、それともストーム、お前みたいに何だかキナ臭いと相談しに来るのか」
「なるほど、ま、そんなところだろうな。
何か他に分かったことはあるか?」
「まあ、送って来た文の大まかな内容は今まで話した分類に分けられると思う。
送って来た文には、証拠として未亡人から送られて来た招待状その物を添付して来た者がかなりいたりしたがな。
あとは、未亡人が送って来た招待状の招待の日にちが何日かに分かれていることが判った。
今、住んでいる場所には招待した者を一度に集められる建物も広場もないからな。
そのために分散させるという配慮なのだろう。
ちなみに領主様たちが招待された日付は、領主様たちのみのようだ」
「ふーん、なるほどな。
それで俺たちが動向を探りに出している者たちのターゲットで、文を送って来ていない者はいないな?」
「ああ、全員送って来ているな」
「それじゃあ、無理させて貼り付けておかなくても良いな?」
「ああ、もう貼り付けている必要はないだろう」
この日の話し合いはここまでだった。
明日からはもう使者や有力者との面会予定が数日立て込んでいる。
とにかくそれらをこなして行かねばならない。
今の急務は、この分裂した領内を完全に一本化し、予定される大型ゴブとの戦いを見据えて、軍事を強化しなければならないのだ。
今までの領内に侵入して来たゴブに対する対処は、ラミアとラミアの里にいる騎士たちに軍事的には依存してしまってきた。
アルフレッドの報告によると、大型のゴブに対してはラミアでは力で負けるので、対処が難しく、ラミアは苦慮しているという。
アルフレッドをはじめとして砦の騎士たちは、強化を図るためにラミアの里にまでも順番に行って、訓練を積んでいるという。
本当はもう、こんなことをしている時ではないのだ。
次の予想されるゴブの襲来まで、こんなことでもう1年が過ぎ、もう3年しかない。
こんなことではその3年なんて、この1年と同じようにあっという間に過ぎてしまうだろう。
使者や直々にやって来た有力者との会見は、個々には意味があるモノも確かにあった。
中には使者を送ると文には書いて寄越したが、きっと他の者が自らここに来ていることを知って、大急ぎで使者ではなく本人がやって来て会見した者もいる。
会見には私とカーライル、ストームだけではなく、バンダインも同席させた。
バンダインは、フロードの娘婿になっているということもあるし、バーバラの精神を安定させるためという意味もあって、領内から外に出しての外交を多く担わせてきた。
しかし、デイヴィッドがラミアの里での生活を決めたことにより、バンダインには次期領主であるアルフレッドと共に領内の政を担ってもらわねばならない。
本来なら今の時点で、次期領主のアルフレッドが私の側で直接にある程度の領政を担って、砦をバンダインが守る形の方が座りが良いのだが、それが出来る状況ではない。
次善の策ではあるが、今はそんなことを言ってはいられない、バンダインに私の補佐をさせ経験を積ませ、後に兄を輔させるしかないだろう。
アルフレッドもバンダインも、そしてデイヴィッドも、この情勢や自分の立場はしっかり理解している。
変な心配は今ではもう必要ないのだ。
「ふう、流石にこれだけ面会が続くと疲れるな」
一通りの面会が終わった晩、私はついそう愚痴を溢してしまった。
「お疲れ様です。 でもこれで一段落です」
カーライルがそう労ってくれた。
「うん、お前たちもご苦労だった」
私と共に全ての会見に同席した、カーライル、ストーム、そしてバンダインに向かってそう言った。
「やって来た有力者や使者たちも、今回の事態に色々考えてしまっているな。
今後自分たちがこの領内でどの様な扱いをされるのかが心配なのであろう。
それは理解できないではない。
だが、今はそんなことを言っていられる状況ではないのだ。
儂は話を聞いていて、そう怒鳴りつけそうに何度なったことか」
「領主様、俺もそれ一緒ですよ。
言って良いなら、もう何度怒鳴りつけてやりたいと思ったことか」
ストームもそう言った。
カーライルも苦々しい顔をしているし、バンダインも硬く拳を握っているから、同じ気持ちであったのであろう。
「お義父様、私の母の本当に愚かな行いのために、この重要な時期に大きなご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません」
今晩のこの席に、どういう訳かバンダインはバーバラを同伴して来た。
そのバーバラがそう謝ってきた。
「いやバーバラ、そなたの母は、他の者と同様に予期されるゴブの襲来のことは知らないのだ。
それを知っている我々が、知らない者に対してその事を理由に怒りを覚えるのはそもそも不条理なのだ。
そなたの母が悪い訳ではない。
そなたの母の思いも解らない訳ではないから、そなたが謝ることは何もないぞ」
私はバーバラにそう言ってから、この晩の決めるべきことに話を進めた。
「さて、カーライル、面会を終えた結果を踏まえて、我々はどうすることが良いと考える?」
「はい、やはり私はバンダイン様、バーバラ様だけでなく、領主様も顔を見せておく方が良いと考えます。
『仕方無き事ではあったが、幼い息子までを罪に問おうとは考えていない、見放してはいない』というこちらの考えを、ここでは顔を見せることにより、他の者にはっきりと知らしめる方が良いと思うのです。
罪はしっかりと追求するが、罪なき者はたとえ今までフロードに近い関係を持っていたとしても、それを問題視はしない。
これからのことはそれぞれのこれからの働きによるのだ、と知らしめる第一歩にするべきだと思うのです。
とにかく今は領内を一本に素早くまとめて、これからを考えねばなりませんから」
「ま、そんなところでしょう。
俺はバーバラ様には悪いが、何でたった1年でこんなことをしようとするんだ、という気持ちが捨てられませんが、政としての対応はカーライルに賛成します」
ここでバンダインが言葉を発した。
「父上、この件について、バーバラから言いたいことがあるとのことで、それで今晩はバーバラも連れてきました。
連れてきた理由を私が述べる前にバーバラが声をあげてしまいましたが」
私はバーバラに言葉を促すために視線を向けた。
その視線に促されて、バーバラが話した。
「私は今回の父と兄を偲ぶ会には参加しません。
お義父様とバンが、私のことを思って、長く会っていない母と弟に会わす機会にしてあげよう、と考えてくださっているのは分かっています。
私はそのお心をとてもとてもありがたく思っていて、感謝の気持ちしかありません。
でも私は参加してはいけないと考えます。 参加しません」
「父上、バーバラはこのように言って、絶対に会いには行かないと言って、きかないのです」
「バーバラ、何故そのように考えたのだ?
理由があるのだろう、聞かせてくれないか」
私はバーバラが固く決心しているらしい様子を見て、何がそこまでさせるのだろうかと思うと共に、なんとなくバーバラが哀れに思えて、優しく聞いてみた。
「はい、お義父様。
私はまず第一に、父と兄は偲ぶ会などというモノを行って良いような、軽い罪を犯した訳ではないと考えています。
罪の大きさ、重さを考えたら、今後も決して偲ぶ会などというモノは行えないという自覚が、何故母にはないのかと、私は驚くと共に悲しくなりました」
「いや、だからそれは、まだ幼い義弟を思ってのことなのだよ。
そういう義母上の気持ちも汲み取ってあげないと」
バンダインが少しフロードの未亡人を弁護した。
「弟のことを哀れに思い、心配する気持ちはもちろん私にも大きなものがあります。
でもだからといって、それを理由に軽んじて良いような罪では、父と兄が犯した罪はありません。
母は、弟が物事が解かる歳になったら、父と兄がどれほど酷い罪深いことをしたかを教えて、弟自身は辛くともきちんと正道を歩むように教え諭すのが、まずはしなければならないことでしょう。
弟がそれをしっかりと理解したと確認できた時にやっと、お義父様たちに新たな慈悲を乞う資格が生まれると私は思っています。
まだ弟はそこまで理解できる歳ではありません。
我が母のすることながら、今、こんなことをするのは言語道断だと私は思っています」
うん、確かにバーバラの言うことは筋が通っている。
ストームがそうだよ、その通りだよという顔をして頷いている。
「しかしバーバラ、もう義母上は多くの人に招待状を出してしまっているんだよ」
「はい、それも私は気に入りません。
もし父と兄を偲ぶ会を行いたいなら、まず一番最初にお義父様に、そのような会を行っても良いかどうかのお伺いをするのが当然のことです。
それをしないで、行うことを前提に、お義父様に臨席を願うなんて、自分の立場が本当に解っているのかと、私は恥ずかしく思うと共に、その行為をそれこそ理解出来ません」
バーバラの指摘は辛辣だがその通りだ。
「私の母が、勝手に招待状を多数送ってしまったが為に、現在の状況から捨て置くことも出来ずに、対応にお義父様、バン、カーライル、ストームたちが苦慮しておられるのは私にも理解出来ています。
それで考えた末、先ほどカーライルはバンと私に加えてお義父様までもの臨席を提案したのだと、私も理解しました。
でも私は以上の理由から、会いには行きません」
バーバラはここまで話すとちょっと言葉を切った。
私たちはそのバーバラの決意の固さと、言葉の強さに、ちょっと何も言えずに沈黙したのだが、バーバラはそこで話を終えずに、もう少し言葉を足した。
「それに私は小さいですけど、違う可能性も考えてしまったのです。
死んだ父は、今考えると、私とバンを結婚させて、領内の軍事を握り、また経済的な面も裏で操って、次の領主の地位をねじ曲げてバンにするように画策し、裏から領政を握ろうとしていたのではないだろうか。
だとしたら、もしそれによって甘い汁を吸おうと考えていた者がまだ諦めきれずにいるとしたら、私がバンと共にここを離れて、共に捕らえられたら、その者たちに絶好の担ぐ神輿とする機会を与えてしまうのではないかと。
バンと私が共に捉えられたら、私たちの意志とは関係なしに、その役割をさせることができるのではないかと。
ですから私はある種の人質としても、ここからバンと共に動くべきでは今はないと考えるのです。
私がここに居れば、そのような暴挙は私の死を意味する訳で、それではバンを神輿として担ぐ意義が成り立たなくなってしまいます。
私が死んだら、バンとフロードの間の絆は無くなってしまうのですから」




