344. 急報
「俺もストームと同じで、フロードの未亡人は何を考えているんだ、と思うんだ。
まだあれからたったの1年だぜ。
あれだけのことを自分の夫と息子がしでかしたということを、しっかり自覚出来ているのかよ、と俺も思ってしまうんだ」
「フロードの未亡人こそが、そもそものフロード直系だろ。
死んだフロード男爵は入り婿だったから。
お姫様育ちで、いまだに過去の栄光の中に生きているんだよ。
デイヴのところとは、全く考え方が正反対な、悪い意味で特別貴族っぽい家柄がフロードだからな」
デイヴの言葉にキースが応えた。
僕たちは訓練の空いた時間に、朝アライムがもたらした情報に関してお喋りをしている。
今現在の訓練は、ターリア・ワーリア・ヤーレアの姉妹グループが、長槍でどう集団戦を仕掛けるかの訓練というか練習と、その実施をどういう風にナーリアが指揮するかの実際を試してはやり直しという感じで時間を使っている。
ターリア・ワーリア・ヤーレアだけでなく、ナーリア・セカン・ディフィーがそれにかかり切りで、その様子をラーリア様たちがあれこれ批評したり、問題点の指摘などをしている。
僕たち人間は、ある程度彼女たちの動きが決まると、仮想敵として、戦ってみる役なので、動きが煮詰まるまではちょっと暇な時が出来るのだ。
「お前たちもダラけていないで、見ていて気がついたことをどんどん指摘しろ」
と、ラーリア様は言うけれど、セカンとディフィーが部隊運用の動きを考えて、それをナーリアがどう指揮するか考え、ラーリアがそうがかりで問題点がないか見ているのだ。
どう考えても僕らが出る幕はない。
唯一、ミーレナさんが指揮の方法をどうするかを、ナーリアが助言を求めて、話し合っているくらいだ。
「まあ、フロードの未亡人について、ここで怒っていても仕方ないよ。
それよりも、バーバラさんはその偲ぶ会には行かないというのだろ。
何だかそれが可哀想な気がしちゃうな」
僕がそう言うと、デイヴがさっきまでのちょっと怒った顔から、暗い顔にガラッと表情を変えて言った。
「本当にそうなんだ。
バンダイン兄貴は、義姉上を母親と弟に会わせてやることを第一に考えて、最初は自分はその会に出席しようと考えたらしい。
でも、義姉上は、それが本来のあり方であるのは俺も認めるけど、そんなところに出席は自分の立場を考えれば絶対に出来ないと、頑として拒んだ、ということなんだ。
確かにそうあるべきなんだけど、そうしなければならない義姉上の哀しい心情を思うと、俺もバンダイン兄貴と一緒で、そこまでしなくても、会っても良いじゃんか、と思うんだよ」
僕もキースもバーバラさんのことを考えると、デイヴと同じ様に暗い顔になってしまう。
「アルフさんたちの結婚式の時にも、バーバラさん、誰とも話そうともしないで、ただたった1人で立っていたものな」
「バンダイン様もどうしてあげたら良いのか、困っていたな」
僕とキースは、同じ時のことを思い出して、デイヴに相槌を打った。
確かにバーバラさんはフロードの娘だから、ラミアに対する偏見は大きなものを持っていたと思う。
でも、少なくとも僕らと一緒になった時には、その偏見を表に出さない様に、領主家の者として、ちゃんと振る舞おうとしていたし、その時でさえ、僕は悪い印象は持たなかった。
ましてや、ラミアに対する偏見が自分の先祖による、嘘だと解ってからは、逆に可哀想としか言いようのない態度になってしまった。
そんなだから僕にしたら悪い印象は持ちようがない。
フロードが大嫌いだったらしいアルフさんにしても、デイヴにしても、バーバラさんに対しては、少しも悪い感情を抱いていないのだ。
「「「ハァ〜っ」」」
なんとなく、3人でため息が揃ってしまった。
ターリア・ワーリア・ヤーレアの訓練は自分たちだけではなく、今後自分たちが若い子たちを引き連れて戦闘するときのことも考慮して考えている様で、色々と試している。
それと、砦で訓練というか実戦を想定して演習した時に、問題点として出た声と槍をナーリアが振っての指揮では視線が外れて隙を見せたり、指示が伝わらない場合があるのを克服するために、やはり太鼓と鉦の音による指揮をすることになった。
以前のゴブ戦で試した方法だが、あの時の単純さでは足りないと、太鼓と鉦の叩き方の種類を増やし、そこに意味を持たせた。
実際にそれを試してみて、上手くその音の指示を聞き分けて、動くことが出来るかを、何回も確認して、意図した指示がまともに伝わるか、太鼓と鉦の叩き方の工夫、その音の違いをきちんと聴き分けて、その意味を覚える反復練習などがされていた。
前のゴブとの戦いの時には太鼓などを動かしたり叩いたりはヤーレアの役目で、ヤーレオが叩いていた。
今回は何故かミーレナさんが叩いている。
何だかとても申し訳ない気分になる。
「良いのよ、今私は上位を抜けてどこにも所属していないし、バンジの妻の中でも私とラーリナ様以外は卵を抱えているから、そっちでも別枠だから。
かえって役目が出来て、何だか嬉しいわ。
私は、ナーリアの護衛兼音による連絡係という役目ね」
ナーリアもミーレナさんに自分の裏方に回ってもらうのが、どうにも居心地が悪そうなのだが、ラーリア様やイクス様がそれを認めているのは、ミーレナさんを最終万能兵器にすると言ったミーリア様の言葉を僕は思い出して、今現在のようにミーリア様が指揮を出来ない時は、ナーリアのバックアップをさせるためかなと考えた。
例えば今、何かのアクシデントでナーリアが指揮出来なければ、今現在ミーリア様が卵を抱えて指揮出来ないので、指揮官がいなくなってしまう。
その時にはミーレナさんが指揮をするということを、きっとラーリア様たちは考えているのだろう。
数日、長槍隊の集団戦闘の動きの訓練が続いた。
「こうやって、外から客観的に見ていると、確かにナーリアはミーリア様とは全くタイプは違うけど、良い指揮官なのかもしれないな」
ボブがのんびりとした感じで、そんなことを言った。
僕たちは長槍隊の訓練を少し離れて眺めている。
ナーリアが指揮をして、その横にセカンとディフィーが立っている。
後ろでミーレナさんが太鼓と鉦を叩いている。
サーブとレンスが、そこにいる意味があるのかと思うのだけど、きっとミーレナさんが後ろで太鼓と鉦を叩いているのに、自分たち2人が僕たちと共に休んでいるわけには行かないと思ってだろう、2人して近くに立っている。
「ほんの数日で、もうセカンとディフィーが考えた長槍での集団戦の仕方を、完全に姉妹グループに習得させた感じがするね。
あれなら、あそこに子供たちが混ざって集団を作っても、しっかりと一つの生き物の様に動かせるんじゃないかな」
エレクもそんな風に批評した。
「こうやって見ていると、ナーリアは実にタイミング良く命令を出すよな。
自分たちが出される側で動いていると分からないけど」
キースもそんなことを言うとデイヴが茶化した。
「うーむ、ナーリアはやはり迷指揮官ではなく、名指揮官だったか」
「全くお前たち何言っているんだよ。
砦の騎士や兵たち、それに限らずこの前のゴブの殲滅戦に参加した人間たちの中では、ナーリアはもう押しも押されもしない指揮官だぞ。
クラッドリングさんからして、アルフレッド様の下以外だったら、是非ともナーリアに指揮してもらう部隊に所属したいと、常々公言しているくらいだ」
「ブマー、兄貴そんなこと言っているのか?」
「ああ、俺たちがおかしくなってしまった時のナーリアの指揮は、それこそ素晴らしかったということだぞ。
クラッドリングさんの言葉に、周りの者は誰しも同意しているんだ、なあ」
ブマーは自分の後ろに控えている、砦から連れて来た兵に話を振った。
今回エーレアたちはブマーと共に、砦の騎士と兵を引き連れて来ていたのだ。
「当然です。 あの時のナーリア指揮官の姿を見た者は、誰だって、ナーリア指揮官の下で戦いたいと思うと思います。
副長のおっしゃることは、我々全員の思いです」
僕たちだって、ふざけて茶化しているけど、本音ではナーリアは凄い指揮官だと思っている。
ただ、ブマーたちはミーリア様が本気で指揮した姿を知らないから、その比較対象がないから、ナーリアの指揮に対する傾倒が僕たちよりずっと強いんじゃないかと思う。
ラーリア様が、なんというかリラックスしてしまっている砦の者たちと僕たちを見て、近づいて来て言った。
「砦から来てくれた諸君。
わざわざラミアの里に訓練に来たんだ。
せっかくだから、アレと戦ってみてくれ」
ブマーが焦って言った。
「ラーリア様、無理です。
あんなのとどうやって戦ったら良いのですか。
僕にはどうやったって、我々があの長い槍で叩きつけられて、地面に伸びてる未来しか想像できないのですけど」
砦の騎士と兵たちが、その言葉に、ラーリア様の方をすがるように見て、みな一斉に首を縦に振った。
ラーリア様はそれを見て、笑い声で言った。
「まあ、そうだろうな。
我々ラーリアも、正面からあれにぶつかったら、正直その未来しか見えない」
「ラーリア様、そんな無理難題を僕らに振らないでください。
背中に冷や汗が流れるじゃないですか」
ラーリア様はそれを聞いて本当に笑い出したが、顔を引き締めて言った。
「そろそろ交代して、今休んでいるお前たちの訓練をするぞ。 準備をしておけ。
まずはラーリア以外のラミアと、砦の者との模擬戦を行う」
砦の男たち、エーレアたち、僕たちラミアの里の男たち、それに今では参加者が極端に少なくなった上位ラミアたちが、準備運動を始めた時だった、急に空からエレオンが凄い勢いで降りて来た。
「エレオン!!、どうした? 何があった?」
僕は思わずとっさにそう声を掛けたが、エレオンは僕の声を無視して、ラーリア様に報告をした。
「ラーリア様、領主様たちに異変が起こった模様です。
まだ詳細ははっきりしませんが、領主様とバンダイン殿を護衛していた騎士たちが少なくとも数名殺された可能性があるみたいです。
今、アライムとハライトは詳細を掴むべく、偵察に飛んでいます。
僕もこの後、エルシム様にも報告した後、それに加わります。
詳しい情勢が判明しましたら、即座に誰かしらがまた報告に来ます」
それだけを早口で大声で告げると、エレオンはラーリア様の言葉も待たずに復興途中の町に向かって飛び去ってしまった。
もうエルシム様はこちらで暮らしているからだ。
「親父と兄貴の護衛の騎士って、今日は確かフロードの未亡人のところに行く日だ。
その途中で何者かに襲われでもしたのか?
親父と兄貴はどうなったんだ?」
「デイヴ、落ち着け!
きっとそういったこと一切が分からないから、ハーピーの3人が今必死に偵察に飛んでいるのだろう。
とにかく今は、次の報告を待つしか無い」
ラミアの里は一気に騒然とした雰囲気に包まれた。




