330. アルフさんの結婚式
アンのエリに対する気遣いは、実際のところは無用のことだった。
後から分かったことなのだが、同じ時期にエリも妊娠して、同様にアンのことを気にして、なかなか言い出せないでいたのだった。
互いにちょっと前に妊娠したキースの妻のマリに相談したことによって、その笑い話のような事態が発覚したのだった。
これでラミアの里に来た人間の妻たちが全員妊娠した訳だが、デイヴがしみじみと言った。
「良かったよなぁ、みんな妊娠して。
考えてみろよ、世の中には子供ができない女というのも、時々いるではないか。 俺たち男が皆、問題がないことが分かっているから、もし出来ない妻が1人でもいたら、とても肩身の狭い思いをするところだったと思うぞ」
うん、確かにその通りだ。
確かに僕でも、妻に子供が出来なくて愛人に出来て騒ぎになった人を見たことがある。
子枯れ病なんていう病気があるから、夫婦の間にしばらく子供が出来ないことなんて普通のことで、珍しくはないのだけど、それでもそういった例もあるのだ。
ラミアの里で人間の妻に子供が出来ないと、ラミアの妻も子供が作れないから、きっととても大きな問題になってしまうことだろう。
実際問題としたら、ラミアの里に人間の妻たちがやって来て、まだ半年程度のことなのだから、焦るほど時間が経っている訳ではないのだが、それでも僕たちだけでなく、人間の妻たちもラミアの妻たちも、みんな安心した雰囲気が漂い、なんていうかお祝いムードが盛り上がった。
そんな時に、アルフさんの結婚式の話が飛び込んで来た。
次期領主であるアルフさんは、盛大な結婚式をして、お披露目をしなければいけないらしい。
「次期領主と、隣の領主の娘との結婚だからな、仕方ないことだろう。
兄貴はそんなのしたくはないのだろうけど、いつもの政治的な都合という奴だな」
デイヴがちょっとうんざりしたような顔で言った。
その結婚式に行くことになったのは、かなりの人数となった。
ラーリア様とミーリア様が行くのは当然かと思ったのだが、意外とそれ以外の人数が多かったのだ。
ラリオ様以下のデイヴの妻たち、そしてイクス様も含めたナーリアたちは、アルフさんの兄弟枠で呼ばれた。 デイヴは当然なのだが、アンとメリーもアルフさんの妹として呼ばれたのだ。
アルフさんは、自分で言っていた通り、アンとメリーを完全に妹として扱うことにしていて、領主様たちもそれを認めているのだろう。
それからラーリン様以下のキースの妻たちも参加することになっている。
こちらはアルフさんの結婚に合わせて、同時にクラッドさんとブマーも人間の妻を持つことになったからだ。
そして、そのアルフさんの結婚式にクラッドさんとブマーも一緒に参加となったからだ。
そしてもう一つ、今回の結婚式がとても異色なことになった事柄がある。
それはどういうことかというと、今回の式には3人の妻として、新たに妻となる人間の妻だけでなく、同じ妻としてエーレアたちも参加するのだ。
エーレアたちも妻として、アルフさん、クラッドさん、ブマーの横に、新たに妻となる人間の女と共に並んで式に臨むこととなったのだ。
少し問題になったのが、式に出席する者が着る衣装だった。
ラミアの里では、ここぞとばかりラミアの里で作られる最高の繊維である大山蛾から採れる糸で織られた布で、全員の衣装が作られた。
エーレアたちは、花嫁衣装で白に統一されているし、男の僕らは騎士としての正装となるので色形が決まっている。
ちなみに男は流石に大山蛾の布ではない。
しかし他のラミアや、モエギシュウメとウスベニメの衣装は、染色技術が急激に上がった成果で、とても色鮮やかな衣装となった。
ベースとなる糸の素晴らしさもあり、とても美しい衣装となった。
そこまでは良かったのだが、ラミアの里の衣装が豪華過ぎて、「人間の花嫁たちの衣装が見劣りするのではないか」という問題にハキが気がついた。
急遽、3人の人間の妻たちが作る衣装の布地と、奥方様とダインさんの妻のバーバラさんの衣装の分の布地を、ラミアの里から進呈することになった。
ちょっとバタバタして、式の予定の日までに衣装作りが間に合わないかと心配したが、何とか間に合った。
ラミアの里が衣装作りで大騒ぎしていた時、僕はバンジたちに手伝ってもらって、以前から考えていた別の物を作っていた。
何かというと、乗り心地の良い馬車だ。
今現在の馬車は、車輪が以前よりもスムーズに回るようになって、少しは乗り心地も良くなったのだが、車台に直接車輪が付けられていることは変わらないから、車輪の拾う凸凹が全て車台に伝わってしまう。
そこで、車輪をつける枠と、人が乗る台を分けて、車輪の枠と乗る台は直接には繋げないで、丈夫な熊の革を貼り合わせて輪にした物を枠に付けて、その上に人の乗る台を置いて、道の凸凹を直接乗る台には伝えないことを考えた。
大急ぎで作ったのだが、予想したとおり、熊の革がいくらか伸び縮みするので、その伸び縮みが車輪が拾った凸凹の揺れをかなり軽減し、ずっと乗り心地の良い馬車が出来上がった。
僕が何でそんな物を作ったかというと、妊娠しているアン・エリ・マリには馬車の振動が害になるのではないかと考えたからだ。
3人はその馬車に乗って、とても喜んだのだが、それ以上にこの馬車に驚き、この馬車の素晴らしさを、そこら中で言いふらしたのはラリオ様とラーリン様だ。
僕の発案で作った馬車には、人間の妻3人の他に、赤ん坊も載せることにしたので、イクス様とラリオ様・ラーリン様も乗ったのだ。
「私やナーリアたちは、またアレクくんが新しいことをしたのねと、ちょっと慣れもあって2人ほど大袈裟には感動しなくなっちゃったのよ。
2人はこう直接に新しく工夫した物に最初に接する機会が今までにはなかったから、ちょっと特別だったのね」
イクス様はそう評されたが、ラリオ様とラーリン様がとても熱心にこの馬車の素晴らしさを奥方様に語ったので、僕は領主様から馬車を一台注文されることになってしまった。
他の参加者の移動方法は、ラーリア様、ミーリア様、そしてナーリアたちは自前の軽馬車、ミーリオ様以下のデイヴの妻とミーリン様以下のキースの妻はそれぞれの馬車で御者はミーレオ様とミーレン様がしている。
馬車のスペースに余裕がないので、ハーピーの2人は空を自分たちで飛んでの移動で、僕ら男は騎馬である。
エーレアたちは完全に別ルートで、砦から向かうことになっている。
メリーは赤ん坊が起きている間は馬車に乗っていたが、赤ん坊が寝たら僕の前に跨がっている。
アルフさんの結婚式は、領主様の町近くの広場に幕を張り、行われた。
列席者の数が多いので、それだけの人数が入れるだけの大きな建物がないからだ。
ハーピーもエルシム様、シロシュウメ様、イルヒム様に加え、いつもの3人も来ていた。
この地方の有力者と思われる人たちも集まっていたし、隣の領地からも、流石に領主自らは来ることができなかったようだが、きっと有力な家臣なのだろうと思われる人が数人来ていた。
前に並ぶアルフさんたち結婚の当事者と領主様たち。
最初に領主様とアルフさんが集まった人々に言葉を述べ、妻たちを紹介すると、その後は延々と領主様とアルフさんたちが、列席者の祝いの挨拶を受けるというものだった。
結婚式の列席者たちは、挨拶の時間になると、自分たちの挨拶の時以外は、集まった者たちで、適当な塊を作り、互いに挨拶を交わしたり、情報交換やおしゃべりの時間を過ごしている。
そして挨拶の終わったものは、そういった行為を適度にこなすと順次帰って行った。
僕たちはというと、実はラーリア様、ミーリア様を除くと、みんな領主家の親族、キースの家の親族扱いで、領主様とアルフさんたちの後ろに、ダインさんたちと共に立ち続けている羽目になってしまっていた。
僕たちもおしゃべりは許されているので、ものすごく緊張してカチカチになっているエーレアたちを面白がって批評していたりしたのだが、何だかバーバラさんは可哀想だった。
ミーリオ様以下のデイヴの妻のラミアや、キースの妻のラミアは、この町に来ること自体が初めてだったので、人間の妻たちやナーリアたちに色々尋ねたりして、結構おしゃべりを楽しんでいた。
だが、バーバラさんは近い場所にいるのに、それらに一切加わらず、沈黙を保って1人佇んでいた。
デイヴが見かねてバーバラさんに話しかけるので、僕とキースもそれに加わって、何とか普通に接してもらおうとしたのだが、
「知ってのとおり、私はラミアのみなさんにあわす顔がありません。
私自身は、本当はこの様な場に姿を見せて良い存在ではないと思っているのですが、バンの妻である私が出ないのは、バンの心が狭いと思われるかも知れないので、参加させていただきました。
デイヴィッド様をはじめとして、お心遣いいただきとても嬉しいのですが、私はそのように気を使っていただいてよい立場ではありません。
ここに居させていただいているだけでも、とても過分な扱いですから、お気になさらないでください」
バーバラさんは、頑なにラミアとだけでなく、僕たちとも関係を拒んでしまった。
「兄貴、バーバラ義姉さんは、やっぱり俺たちを恨んでいるのかな?」
デイヴがダインさんに小声で尋ねた。
「いや、あれからバーバラはフロードがしてきたことの真実を知りたがり、僕は教えたくなかったのだが、どうにも押さえることができなくて、結局全てを知ることになってしまったんだ。
そうして全てを知ってしまった後は、『自分もフロード家の娘として、嘘を疑うことなく信じていた。 自分にも同様に大きな罪がある』と言い出して、あの調子なのさ。
普段はほとんどの時間を祈りに費やしているのだけど、フロードの罪を許してほしいと祈っているんじゃなくて、フロードの罪によって亡くなったり被害を受けたラミアや商人の為に祈っているんだ」
ダインさんは苦しそうに答えた。
ダインさんにも、バーバラさんをどうしてやることも出来ないのだろう。
僕たちは結婚式に相応しくない、重苦しい雰囲気になってしまった。
その日の晩は、僕たちは昼間とはガラッと雰囲気の違う、真剣な話し合いをした。
なかなかラミア、ハーピー、人間が集まって意見を交わす機会を持つことは難しいから、この機会を逃すべきではないからだ。
参加したのは、ラミアはラーリア様、ミーリア様、それにナーリアたち。 エーレアたちもいる。 ハーピーはシロシュウメ様は帰ってしまわれたし、ウスベニメは他のキースの妻たちと一緒にキースの家に行ってしまったが、それ以外は参加している。
そして人間は、領主様と側近の2人に、今日の主役だった3人も、そしてダインさん。 もちろん僕ら3人も参加している。
真剣にかなり遅くまで色々な話がなされた。
その日の晩、領主様の部屋で真剣な話がされている裏で、新たにアルフさんたちの嫁になった3人の女性たちは一部屋に集まっていて、そしてそこにはアン、エリ、マリの3人もいた。
「えーと、私たちは何で今晩はこの部屋に集められたのでしょうか」
「私は、デイヴィッド様の妻ですので、とりあえず姉上とお呼びします。
きっと婚姻の席に、同じ妻としてラミアの方がいらしたことに、とても驚いたことと思います。
いえ、そのことは先に話に聞かれていたのでしょうか?」
「いえ、他にも妻がいるという話は聞いていましたが、それがラミアの方だとは知らなかったので、本当に驚きました」
「姉上だけでなく、あとのお二人はそれぞれにラミアの妻がいることは知っていたと思いますが、ラミアの妻と私たち人間の妻との間柄とか、その関係性などというものは全く知らないと思います。
それではこれからの生活に支障をきたしますので、大体のことを3人にお教えしようというのが、今晩の趣旨です。
それから、私たち3人の中で一番ラミアに詳しいのは、私ではなく、こちらのアンになります。
一応お伝えしておきますと、アンは領主様の養女となっていて、アルフレッド様は実の妹のように大事にされています。
ですが、まず第一に覚えて肝に銘じてほしいことは、ラミアは基本的にとても間柄が平等です。 それぞれの立場の違いの上下関係はありますが、それは公式の場に限られ、個人的には平等に扱われます。
ラミアを含めた婚姻生活の中では、それを常に意識してください。 そうすれば、夫は私たちも含めて平等に扱ってくれますし、幸せな生活を続けられると思ってください」
新たに妻になった3人は、とても真剣に話を聞いている。 ここも遅くまで話が続いた。
話が終わり、僕たちは短い眠りをとる為に、充てがわれた部屋に向かった。
いつもの離れは、今回はイクス様たちが使うことになっている。 連れてきている子供たちにストレスがないようにという配慮だ。
メリーもそちらで泊まることになっている。
僕たちは大部屋を充てがわれた。
普通の客間は、今回は隣の領地から来た人たちなどに充てがわれてしまったからだ。
ラーリン様たちキースの妻たちは、先にキースの家に行っている。 式の後、そのままキースの母が連れて行ったのだ。
だから大部屋はミーリオ様以下とナーリアになるはずだったのだが、何故かミーリア様も付いてきた。
「ミーリア様、ミーリア様は離れに泊まられると思っていたのですけど」
「嫌よ。 ラーリン様がキースの実家に行かれたので、1人減ったとはいえ、イクス様、ラーリア様、ラリオ様でしょ。
子供もいるとは言ったって、逆にその話題には私はうまく入れないし、私だって気を使って大変な場所にわざわざ行こうとは思わないわ」




