327. 海には行けない
忙しく毎日を過ごしていると、時はあっという間に過ぎていく。 気がつけば雨の多い時期ももう過ぎて、暑い時期を迎えてしまっている。
ラミアは体温の調節が人間のように出来ないで、外気温に影響されてしまう種族だから、実は暑いのも苦手にしている。 それでも寒いのとは違い、暑い時期でも少し日陰に入ることくらいで体温が上がり過ぎて困るということはないようだ。 もちろん去年サーブが流行らせた麦わら帽子は、今年も大いに作られて、ほとんど全員がかぶっている。
僕は訓練の後で、若い子たちに声を掛けられた。
「ねえねえ、アレクさん、今年は海に行かないの?」
「あ、そういえば、去年海の話をして、いつか連れて行ってあげるって言ったんだった」
「うん、忘れてた?」
「ごめん、正直忙しくて忘れてたよ。
うーん、今は時間が取れなくて、海に連れて行ってやれないな。 ごめんな」
「謝らなくてもいいよ。
私たちも去年から比べたらずっと忙しいから、アレクさんたちはもっと忙しいのだろうと解るから」
「ありがとう。 でも、忘れていてはダメだよな、本当に。
ところで何で急にその話が出て来たんだ」
「あまり理由がある訳じゃないの。
少し前に父祖様の話を聞いて、そのお話の中に父祖様もハーピーの友達と海に遊びに行って、海で泳いだらハーピーの羽根が塩で重くなって飛ぶのが大変になって、帰ってくる時に困ったというのがあったの。
それで海で泳ぐというなら、今のこの暑い時期なのかなと思って」
「なるほど、確かに泳ぐんだったら、今の時期だよな」
若い子とのおしゃべりは、その後の予定も立て込んでいたので、その後すぐに終わってしまったのだが、そういえばここのところ僕たちだけでなく、若い子も、そして子供たちも、何だか全体で遊ぶようなことをしていないな、と考えた。
僕はちょっとみんなに相談してみることにした。
「今日、若い子に『海に行かないの』って問い詰められちゃったよ。
確かに前に『いつか海に連れて行く』って約束してたんだ。
でも流石に今は海に連れて行っている余裕はないから、それは諦めてもらって、そのことを責められはしなかったのだけど、ふと、最近は忙しくて、全体での遊びのようなことをしていないのに気がついたんだ」
「そうだな、アレク。 私も若い子に言われたぞ。
『また、何か競争したりしたい』って」
僕の言葉にサーブもそう返して来た。
「うん、最近確かに忙し過ぎて、遊びをしてない気がする。 そういうのは良くない。
疲れが溜まるだけになる」
レンスもそう言うと、メリーが
「お兄ちゃん、何か楽しいことするの?
メリーも、メリーのお友達もきっと混ざりたいって言うよ」
もう、少しワクワクした声で言ってきた。
一段上がった部屋の中からイクス様も話に加わった。
「本当にそうね。 ここのところ忙しくて、春先に花見をしてから遊びらしい遊びをしてないわね。
若い子や子供たちのためにも何か遊びがしたいわね。
アレクくん、話題に出すということは、何か案があるのでしょ」
「案という程のことではないのですけど、海の話が出た時に、泳ぐなら暑い今の時期だから、と若い子に言われたんです。
それだから海に行って泳ぐのは無理ですけど、川で泳いだりならできるんじゃないかなって」
「でも川で泳ぐのって、去年の魚を獲った時に2人も溺れて、大騒ぎだったじゃない」
ナーリアがちょっと強い感じで反対してきた。
「うん、確かに魚を獲った時は危なかったけど、あの時は今より涼しくなっていたというのもあると思うんだ。
それに今回は最初から泳いだりして遊ぶことを前提にしているのだから、溺れたりしないように、またすぐに助けられるように、最初から計画しておけば良いと思うんだ」
「どういう計画?」
ナーリアが反対に回って、割といつでも僕の弁護に回ってくれるセカンだから、賛成の言葉を言ってくれるのかと思ったら、結構強い口調で続きを促され問い質された。
「えーと、まず第一に、僕たち人間の男は最初から川を監視できる場所に立って、危険が無いように常に見張ることにする。
それから、川の深くなっているところには、筏を作ってそれをロープで固定しておいて、泳ぐのに疲れたり、少しでも体調の不調を感じたら、その上に上がって休めるようにする。
筏だけでなく、川のあちこちに掴まれるように丸太を浮かべておく。
このくらいすれば大丈夫じゃないかな。
それからきちんと時間を区切って、体が冷えきらないうちに川から上げて、体温が低下し過ぎないようにするのは当然だ」
「確かに、そのくらいすれば安全なんじゃないかしら。 それでナーリアが号令をかければ、大丈夫じゃない」
ディフィーは賛成にまわってくれた。
「えっ、ディフィー、私が号令するの?」
「指揮官の号令なら、全員それにしっかり従うはずだから適任でしょ」
「若い子たちは私が指揮官の訓練をミーリア様から受けてるなんて知らないよ」
「そんなことはないぞ、ナーリア。 若い子たちだって、子供たちだって、みんなお前が指揮官だと知っていると思うぞ」
サーブがナーリアにそう言ったが、僕もそう思う。
結局川遊びが二日間行われることになった。
若い子たちと子供たちが一緒では、目が行き届かなくなって危ないかもしれないという理由からだ。
先に若い子たちとナーリアの姉妹たち、後の方は子供たちとラーリア様たちだ。 こっちには参加できる上位は来ても良いことになったので、何だかほとんどの上位ラミアが参加しそうな勢いだ。
僕と友たち人間の男とナーリアたちは安全管理のために強制参加だったのだが、アンとイクス様はメリーと共に参加するということで、最初の方には参加しなかった。
僕はナーリアたちや友たちに手伝ってもらって、ある程度の大きさの筏を3つと、丸太の浮きを5つほど作った。
僕はどちらも川に浮かべて、ただ流れてしまわないように固定すればそれで十分だと思っていたのだが、ケンに言われた。
「俺たちなら、丸太のままだけでもそれに掴まれるけど、若い子ならまだしも、子供たちだと掴まることができないんじゃないか。
何かもっと掴みやすくするようにしないと駄目なんじゃないか」
確かにその通りだと考え直し、みんなで紐の持ち手を筏にも丸太の浮きにも取り付けた。
先に行った若い子たちとの川遊びは、ちょっと緊張した感じで始まった。
昨秋の魚獲りの時に2人溺れたことは、若い子たち自身にも、僕たちやナーリアたち、姉妹たちにも強烈に記憶に残っていたので、また同じことをしてはいけないという気持ちがどちらにも強かったのだ。
それだからか、若い子たちも姉妹たちもナーリアの言葉にとても素直に、騒ぐことなく従っていて、遊びのはずが何だか厳しい訓練のような雰囲気だ。 でもまあ、準備体操をきちっとしたりするには良かったのかもしれない。
僕たち人間の男がそれぞれに監視を担当する場所についてから、ナーリアは川に入って良いという許可を与えた。
僕たちは若い子たちが歓声をあげて川に突入してくるかと思っていたのだが、ちょっと恐る恐るという感じで静かに川に入ってきた。 姉妹たちも遊びという感じよりも、僕らと一緒に若い子たちの安全を見守る意識が強い感じだった。
それでも水に入った若い子たちは、
「水が冷たくて気持ちがいい」などと、少しづつ普段の調子を取り戻してきて、僕らもちょっと安心した。 せっかくの遊びなんだから、やっぱり楽しんで欲しいよね。
若い子たちが一気に歓声をあげ始めたのは、筏の上に乗ってからだ。
大火の影響で、川に魚がほとんどいなかったからか、ラミアにとっての川は、本当に自分の体や物を洗ったりするだけの場で、泳いで遊ぶなんてことはなかったみたいで、若い子たちは筏を知らなかった。 若い子たちは自分たちが筏に乗り込むことで、浮いている筏が少し沈むことや、動くと揺れたりするのが楽しくて仕方ないらしい。
ちょっと意外なことに、ナーリアたちや姉妹たちにとっても筏は珍しかったらしくて、若い子たちに混ざって筏に乗って楽しそうに遊んでいた。
森の中の川だから、そんなに広さがないから、この程度のことしか出来ないけれど、これだったら海で舟に乗せて、少し移動したりしたら、ラミアはきっとみんな喜ぶだろうなぁ、なんて僕は想像した。
いや、待てよ。 この筏で、この川でも、竹を採ってきて、竹の棒を川底に差して筏を動かせば、それでも結構楽しめる気がする。 上流に登るのはちょっと大変だけどね。
どっちにしろ用意してないから、今回は上に乗って楽しむだけで良しとしよう。
若い子たちの川遊びは、ナーリアの号令で体が冷え切る前に川から上がっての休憩もきちんと取ったので、危ないこともなかったし、終わりの方はいつもの遊びの感じになって、若い子たちは楽しんでいた。
今回は特別な食べ物はなくて、普段ラミアが食べている果実を食べたのだが、食べる前に川で冷やしておいた。
「ラミアは種の部分を本来は食べて、周りはほとんど食べないから、冷やしてもあまり意味がないのだけど、こうして冷やして食べると、こんな時にはちょっと周りの部分も美味しいわね」
ディフィーがそんな風に言うくらいだから、ラミアたちも冷やした果実だと結構周りの果肉の部分も食べていた。
僕たち人間にとっては、ラミアが水から上がると、体温を上げるために川原に並んで寝転んで、日の光に当たっている光景が珍しくて面白かった。
その翌日は子供たちの番だ。 予想通り、上位ラミアのほとんどが参加している。
そんな中でもミーリア様が一番ウキウキしているように見える。 ミーリア様は子供たちに囲まれて、話しかけられたり、手を引かれたり、なかなか人気だ。
「ミーリア様、川遊びって何するの?」
「そうね、川の中に入って、水の掛け合いっこなんてしたら楽しいんじゃないかな」
「そうか、温泉でやったみたいにしたらいいんだ」
「あら、あなたたち温泉でそんなことしていたの?」
「ばか、ミーリア様に温泉で遊んでいたのがバレちゃったじゃない。 ミーリア様、怒る?」
「怒らないわよ。 でも他の人に迷惑になるような時はしたらダメよ。 そうじゃなかったら、温泉の中で遊んでも構わないわ」
「「「「「はーい」」」」」」
「川では別に構わないから、どんどんみんなに掛けちゃえ。
でも、やり過ぎないのよ、掛けてる相手が降参したら、すぐやめるのよ」
ミーリア様が子供たちに囲まれている姿は、僕らはミーリア様も子供たちの訓練に参加しているから見慣れているけど、普段目にする機会のほとんどない他のラミアたちは目を丸くして、その様子を見ていた。
「思い返してみれば、冬籠りに入る前の少し前もミーリア様が子供たちに囲まれてたことがあるから、おかしくはないのかもしれない」
「子供たちはミーリア様の怖さを知らないから、平気でミーリア様と話したりできるのよね。 ミーリア様だって、子供たちに冷気を浴びせはしないから」
上位ラミアたちがその姿を見て、ミーリア様に聞こえないように、こそこそ話しているのが何だか可笑しい。
「メリーちゃん、メリーちゃんは泳げるの?」
「うん、メリーは温泉でレンお姉ちゃんに教わったから、泳げるの」
少し深い方で、メリーが親しくなっている子供ラミアに泳げることを自慢している。
「メリーちゃん、私たちにも泳ぎを教えて」
「うーん、メリーは尻尾がないから、尻尾をどうすれば良いのか、よく分からない。
レンお姉ちゃん、レンお姉ちゃん、ちょっとこっちに来て」
レンスがメリーに呼ばれて行った。
子供たちを遊ばせるのに、一つ誤算があった。
筏は川の深いところに設置したので、まだ小さい子供たちではそこまで自分では行けないのだ。
仕方がないので、上位ラミアたちが子供たちを抱いたり、体に掴まらせたりして子供たちを筏に乗せてあげたりしていた。
子供たちは、僕たちナーリアとエーレア、そしてミーリア様は訓練の時と、順番に鶏の世話に来るので、慣れ親しんでいる。 それからラーリア、ミーリア、ミーレアも子供たちは鶏の世話の仕方を逆に教えたりして、何となく顔を知っているし、ラーリア、ミーリア、ミーレアたちもその時に見知った子供たちに声を掛けたりもしていた。
子供たちとほとんど接点がなかったのが、アーリア、アーレア、アーロアで、その3グループが子供たちを筏に連れて行くことを担って、連れて行った後は筏から落ちて危険が無いように、見張りも兼ねて筏で一緒に遊んだようだ。
ちょっとした怪我の功名かもしれない。
イクス様やラーリア様たちも赤ん坊を連れて、子供たちの川遊びを見に来ていた。
毛色の変わったところでは、モエギシュウメとウスベニメも参加して、夏毛になってからは着ている服を脱ぎ捨てて、子供たちと一緒に川で遊んでいた。
ウスベニメも本当に馴染んでしまい、僕らがいても体の線を晒すのを全く気にしなくなった。




