323. レンスの一言
砦から戻ったセカンはとても深刻な顔をしてラーリア様に相談をした。
「ラーリア様、一度以前のように上位だけで近接戦闘訓練をする時間を作っていただけないでしょうか」
「セカン、急にどうした。
確かにここのところお前たちや、その姉妹たちは若い子や子供たちとの訓練に追われているし、逆に他の上位はそれぞれの仕事に追われて、完全に集まっての訓練が出来ずにいる。 そろそろたまには完全に全体が集まっての訓練をしたいとは思っていたが。
セカンがわざわざ私にそれを進言してくるということには、何か理由があるのだろう。 その理由を教えてくれ」
「はい、私とディフィーは、大型ゴブの戦闘力を人間の騎士並と考えて、戦闘になった場合の作戦を考えようとしています。
そして、私たちの戦闘力を私たちの姉妹でも、最近はかなり鍛えていますので、一対一で戦ったなら、互角とまで行かなくてもかなり戦えると仮定していました。
今回、砦で人間の騎士たちと一緒に実際に訓練してみましたら、その仮定はとんでもなく甘いのではないかと気付かされました」
「つまり、砦の騎士たちに全く歯が立たなかったという訳か」
「全くということではないのですけど、模擬戦闘訓練に入る前の基礎訓練でかなり体力を削った状態であったのに、なんとか戦えていたのはエーレアたちだけでした。
あとはやはり、技術以前に力負けしてしまって、実戦なら勝負にならないと思いました」
「なるほどな、ここの男たちでは実力に差があり過ぎて、見えなかった欠点がありありと見えたということか」
「はい、以前にミーリアの方々が『私たちの戦闘は、人間との戦いを仮定しているから、いかに力を上手く受け流すかを主眼にしている』と言われていた意味を、これでもかと知らされた気持ちでした」
「うん、単純な力では我々ラーリアでさえ鍛えた人間の男には敵わないからな」
「はい、そこで私とディフィーには、疑問が湧いてしまいました。
私たちは本気の人間の騎士を相手にしたら、つまり仮想大型ゴブとなる訳ですが、どのくらい戦えるのだろうか、と」
その日は最近では久々に上位ラミアが全員集められて、近接戦闘訓練がされることになった。
ターリア・ワーリア・ヤーレアは上位とはされていなかったが、そこに含まれていた。 厳密に言えば、アレクを除いた人間の男も、ミーレナさん、アリファ様、そしてイクス様も上位からは外れているのだが、もちろん含まれている。
「今日はセカンの進言で、少し厳しい訓練をしようと思う。
どのくらいと考えているかというと、まあ、冬の間に、ミーリアまでしか起きていなかった時の訓練を上回ってみたいと思っている」
このラーリア様の言葉で、人間の男たち、ミーリアたち、ナーリアたち、そしてアレア様、ロア様、アリファ様の顔が青ざめた。
「そんな訳で、若い子たち、子供たち、それから人間の女たちなどは、この場から遠ざけた。 過酷な訓練となるので、見せられた物ではないからな。
人間の女たちには、赤ん坊を見ててもらうということもあるのだけどな」
ラーリア様は淡々と話すのだが、その言葉の内容はとても怖い。
みんな緊張してその言葉を聞いている。
「それでは基礎訓練から始めよう。 サーブ、指揮をまかす」
サーブの課す基礎訓練はとても厳しい。
「えっ、この基礎訓練、私たちがしている訓練より厳しい。
ナーリアたちはこんな訓練をいつもしているの?」
そんな言葉がアーレア、アーロアの中から上がった。
「いえ、私たちだけでなくて、私たちの姉妹と人間はこれです。
若い子たちもちょっとだけ軽めにして、同じ訓練をさせています」
サーブがその言葉にそう答えると、アレオ様とロー様が難しい顔をして黙り込んでしまった。
「よし、基礎訓練も終わって体も暖まったな。
これから模擬戦闘に入るが、今日はペース配分はいらない。 それぞれに相手を叩き潰すつもりでやってくれ。 相手に大怪我をさせないという最後の配慮だけは忘れないでほしいが、ギリギリの本気の戦闘をするように。
私も叩き潰すつもりで行く、最後まで誰が立っているかな」
ラーリア様の本気度が伝わり、訓練に参加しているラミアはみんな緊張から硬い顔になっている。
「まずはターリア、ワーリア、ヤーレア、お前たちがアーリア、アーレア、アーロアに挑戦してみろ」
この組み合わせで、ターリア、ワーリア、ヤーレアは割と善戦した。
サーブの基礎訓練に慣れていて、体力の削られ方がいくらか少なかったからかもしれない。 ほぼ互角に持ち込んでいる。
体格は当然ながらアーリア、アーレア、アーロアの方が上で力もあるのだが、つい最近人間の騎士との立ち合いをしてきたターリアたちは、その差は比較すれば楽だと感じたようで、何だかのびのびと戦った。
逆にアーリアたちは立場上負けられないという気分からか、動きが硬かった。
最初のうちはアーレア、アーロアから負ける者が出たが、そのうちに落ち着いて、ターリア、ワーリア、ヤーレアが全滅し、エーレアが戦闘に加わった。
エーレアが加わると、エーレアたちはアーレア、アーロアを次々と破っていって、慌てさせはしたのだけど、結局残ったのは、アーリアの5人にアレオとローの7人となった。
単純な戦闘力では、アーリアは優れているらしい。
その時点で、少しの休憩を挟んで、そこにミーレアとナーリアそしてアリファも加わって再開した。
すぐにアーリアの5人にアレオ、ローも脱落し、ミーレアも脱落が続き、予想していたけど、ナーリアたちとアレア、ロア、アリファが残った。
その状態でミーリアが入ったのだが、ちょっと予想外に次にはミーリアの下5人が次々と脱落していった。 ここでナーリアとディフィーも脱落した。
また少し休憩を挟んで、次に僕たち人間が投入されたのだが、ラーリア様から注意を受けた。
「人間たち、今回は本気でやれ。 力で叩き伏せてしまって構わない」
僕たちが大身槍で戦闘に加わると、様相は一変した。
僕たちはラーリア様に言われたので、技で相手を崩して仕留めるという方法ではなく、単純に大身槍を振り回して相手に叩きつけるという力技を用いた。
僕自身が良いのかこれでと思う感じで、僕らは勝ち残った。
一番最初にロア様が受けようとして叩き飛ばされ、次にサーブが相手が悪いと思うのだがキースにハルバートを叩き落とされて脱落した。
レンスがギュートの槍を潜って、ギュートを倒したのだが、それを見ていたエレクに同様に潜ろうとしたら、槍をひっくり返されて石突きの方で吹き飛ばされて脱落した。 アレア様は躱すことに専念していたが、攻撃の手が出ずに最後に躱し損ねて脱落。
ミーリアの上5人はさすがに上手く攻撃を受け流していたのだが、逆に攻撃は軽く弾き返されてしまっていて、時間を追うごとに脱落。
僕はいつものようにセカンと対峙したが、今回は勝ちに徹して対することにした。 完全に間合いから外れた遠くから、槍を振り回してレンスの刀の届かない間合いまで一気に踏み込む。 この攻撃の重要なところは、その狙いの低さだ。 振り回す位置が高いとラミアの柔軟な体で躱されて、次の瞬間に中に入られて、刀でやられる。 低ければ完全に飛び退く以外は躱せない。 ラミアだと飛び上がっても、尻尾全てがその場所から離れるのには足よりも時間が掛かるから無理なのだ。 完全に飛び退くと、さすがに体勢が崩れるので、追撃は僕の方が速い。
セカンは飛び退きながら即座に言った。
「降参する。 これは防げない。
今、みたいに飛び退くと追撃に間に合わないし、迎撃しても力負けするし、相討ちに持ち込むように中に入っても、その前に槍の柄が当たって吹き飛ばされる。
どうにもならないわ」
「なんだ、残ったのはアリファだけか」
ラーリア様がそう言った。
アリファ様はケンとハキの2人がかりの攻撃を全てはじき返していた。
「駄目だ、アリファ様はびくともしない」
「どう攻撃すればいいんだ。 緒さえ掴めないよ」
でもアリファ様の手槍は間合いが短いから、逆に攻撃は届かない。
ラーリア様たち、イクス様、ミーレナさんが参戦した。
驚いたことにラーリア様たちが参戦して一番最初に脱落したのはキースだった。 ラーリン様はキースの槍に自分の三節棍を叩きつけていった、それを迎撃しようとキースが槍を振るったら、次の瞬間ラーリン様はギミックを発動させて棍をバラけさせた、キースはそれで完全に体勢を崩されて、あっさりと中に入り込まれて、何も出来ずに負けた。
僕のところには、セカンとの戦いを見ていたらしいミーレナさんが来た。
僕はミーレナさんのことだから、セカンと同じことをしたら駄目だと思い、一手フェイントを入れることにした。 僕はセカンの時と同様にまずは距離をとり、一気に距離をつめて槍を振るった、でもセカンの時のように低くではなく普通にだ。
思った通りミーレナさんは、低く払われるのを警戒していたようで、僕の振るった槍にわずかだが反応が遅れて、踏み込んで斬りに来れなかった。 僕はその隙を見逃さず、槍を逆に今度は低く振り払った。 ミーレナさんに勝てたと思った。
その瞬間ミーレナさんは刀を杖のように扱って、刀にすがるようにして、ギリギリ身体を槍が届く範囲だけ持ち上げた。 僕の槍はその杖にされた刀を払っただけだった。 次の瞬間、気がつけば刀が突きつけられていた。
そして気がつけば、やはり僕たちはみんな負けていて、残っているのはラーリア様たちとイクス様、ミーレナさん、そしてアリファ様だけだった。
「ラーリア、まだやるの?
残っているのはラーリアたちとミーレナ、それにアリファだけだけど。
ミーレナはともかく、アリファはどうしようかしら。 戦場での多対多の状況なら、後ろに知られずに回って倒せるけど、今の一対一だとどうしたら良いかしら。 本当に硬いわよね、鉄壁の二つ名は伊達じゃないわ」
イクス様がラーリア様にそう声を掛けた。 なんだか怖いこと言っている気がするのは僕だけだろうか。
「アリファ、どうする?
お前が倒れている時が、前は訓練のお終いの合図だったが、今日はここまでにするか?」
「はい、私はもう、今のイクス様の言葉で、体が震えて立っていられそうにありません。 首にナイフを突きつけられた気分です」
「あはははは、不死身のアリファもイクス様の前では不死身ではいられないか。
大丈夫だ、イクス様のような化物は滅多にいない。
それじゃあ、今日はここまでにしよう」
アリファ様はその言葉を聞くと、本当にヘナヘナと崩れ落ちてしまった。
その様子を見て、かなり前に負けて観戦に回っていたロア様がアリファ様に近づいていった。
「アリファ、大丈夫? 本当に崩れ落ちるなんて」
「怖かった。 本当に怖かった。
イクス様にちょっと殺気をぶつけられたら、本当に絶対死んだと思った」
アリファ様は青い顔をして、そう言った。
イクス様はラーリア様に
「ラーリア、化物って何よ。 人を化物扱いしないで、本当に」
と怒っていたのだが、ボブがぼそっと言った。
「いや、どう見ても化物だろう」
ボブ、イクス様に聞こえなくて良かったな。
セカンとディフィーは、自分たちが感じていたことの証明ができたみたいで、
「やっぱりだわ。 単純な腕力差の問題が大きな壁になって、ラーリア様たちクラスじゃないと敵わない」と深刻な顔をしていた。
他のラミアたちもミーリア様たち、サーブまでもが力負けして、僕らにかなりあっさりと負けたことにショックを受けたみたいだ。
意外にも一番ショックを受けていなさそうなのはエーレアたちだった。 エーレアたちは普段騎士たちと一緒の訓練が多いから、力の強さの違いを一番自覚していたからかもしれない。
セカンとディフィーが暗い顔をして、腕力の差をどう克服すれば良いのかと話していると、ラーリア様、ミーリア様まで難しい顔をして考え込まれてしまっていた。
そこにレンスが1人飄々とした感じで言った。
「今からそんな顔して考え込んでも仕方ない。 今の戦力でどうしたらと考えるのはムダ。
だいたい4年も先のことなのだから、その頃にはもう私たちの戦力だって今とは全く違っていると思う。 少なくとも、お母さんなんて4年後にはもう戦力にならないだろうし、ラーリア様たちだって怪しい。 反対に、若い子は私たち以上の戦力になっている可能性が高い。 人間たちだってどうなっているか分からない。」
「そうだな、早くとも4年後というのを忘れていた。 レンスの言う通り、私ももう現役ではない可能性が高い。 今の戦力で考えても仕方ない。
何を焦っているのだ、私は」
ラーリア様がそう言って首を振り、なんとなくラミアの里は平静を取り戻した。




