319. 柵の進言と新しい矢
ボブの家を作っていた間、僕たちは図書館通いをしていたのだが、その間はなんて言うのだろうか、今まで以上にゴブに関しての警戒心というか、今後どうしたら良いかを考えている気持ちが、ラミアの里で薄れているような気がした。
考えてみれば、ゴブの脅威がまだ去っていないことを知っているのは、たぶんラーリア様たちと、イクス様、ミーリア様、それに僕の友たちの男連中とナーリアたちに限られているので、ラミアの里全体としてはゴブに関しての警戒感が薄れるのは当然のことだ。
どちらかというと、何故今もまだ厳しい戦闘訓練が行われているのかが、疑問に思われている。
セカン、ディフィー、それにナーリアは3人で、ゴブが侵攻してくる時の予想をいくつか考えてそれぞれを検討し始めた。
「まず最初の問題は4年後か5年後として、その時の侵攻してくる規模なのよね。 かなり徹底的にゴブの巣を潰したはずだから、そんなに大群になることはないと思うのだけど、もしかしたらそれは希望的予測なのかもしれない」
ディフィーが難しい顔をして、そんなことを言った。
「その中に含まれる大型のゴブの数はもっとしっかりと予想できる。 ゴブによって壊滅してしまった町から拐われた人数は大まかにだけど予測できるから、そこから考えれば最大値は分かる。
それにあの時の戦火を逃れた者と考えれば、50なんていない、たぶん多くて20-30ってところ」
セカンがそこは確実という顔をして言った。
「それで侵攻してくるゴブの数を100匹、前にラミアだけで戦った時と同じ200匹、そして1000匹の3パターンで考えてみたのだけど、少なくともラミアの戦力だけでは、ラミアの森側から入ってこられたら100匹でも厳しいわ」
ディフィーがそんな悲観的な予想をした。
「えっ、前の時はその倍を撃破できたんだよね。
あの時から比べたら、ラミアの戦力はずっと上がっているよ。 それなのに半分の数なのに勝てるか判らないと言うの?」
僕はちょっとびっくりして反論した。
今まで口を開かなかったナーリアが言った。
「あの時はアーレアの人たちが決死の覚悟で、ゴブたちを予定の戦場に引き込んでくれたわ。
でも、今度も同じことをしようとすると、私にはどうしてもあの時のアーレアの役をするラミアが全滅してしまって、予定戦場に辿り着けない想像しか出来ないの」
ナーリアがそう言うと、セカンが補足した。
「ゴブとラミアでは、あの時は体格に差があった。 それが森の中での移動速度の差になった。
それでもゴブは体格が人間の半分でも、ラミアの移動速度の2/3位の感じだった。 人間と同じ体格になって、その倍になるとは思わないけど、大型ゴブは人間よりも森の中を速く移動できる可能性がある。
アレクは森の中では私たちより走るのが少し遅いかもしれないけど、今では単なる平地だったら、私より速いかも知れない。 レンスとだって互角かも。
それを考えると、普通のゴブであれだけギリギリになってしまう誘導は、大型のゴブを相手にしては無理だと思う。 つまりあの手は使えない」
「それに確かに近接戦闘訓練を積んで、全体的に強くなっていると思うけど、それでも前よりも明確に全体的に強くなっているのは、クロスボウによる一斉射撃だけよ。
森の中では木が邪魔になり、その利点は全く活かせないわ」
ディフィーも冷静なラミアの現状の戦力分析を付け足した。
「そうなると、本当に一番危ない個々の技量に任される近接戦闘になるのだけど、流石にラーリア様たちだって、人間と同じ体格のゴブと戦って、前の時と同じように次々とゴブに勝っていくとはならないと思うの。
大型ゴブの数が20匹なら、それでもラーリア様たちと男たちでその大型を抑えられて、勝てるんじゃないかと思うのだけど、30匹だったら、大型ゴブを抑えるだけでも、私たちやミーリア様たち、さもなければミーレナさん、アリファ様、アレア様、ロア様が必要になり、ただでさえ人数が不利なラミアは、もう支えきれなくなってしまう可能性が高いと思うの」
最後のナーリアの予想は、大型ゴブが30匹いたら、人間の兵が救援に来るまでも戦線を支えられない可能性が高いということだな。
「ということで、ラミアの森にゴブを入れてしまうと、次の時はどうにも勝てそうにないのよ。
100でも難しいのだから、200ではもうお手上げ、1000だったら何も考えられないわ」
ディフィーは本当に手を上にあげて、首を振りながらそう言った。 セカンが言葉を続けた。
「だから私はラーリア様にこう進言することにした。
ラミアの森のゴブが侵入してくるであろう場所に、少し堅固な柵を作りましょう、と。
今のところ思いつくのはそれだけしかない」
セカンが言うには、柵があって森の中に入りにくくなっていて、その柵の内側から弓で射られれば、ゴブは森への侵入を早々に諦めるのではないかとのことだ。
ゴブの次の時の侵攻の目的は大型のゴブが子供を得ることであって、普通に侵攻する時のように食料に困っての侵攻ではないからだ。
ゴブにとってはわざわざ犠牲を払って、ラミアと戦う意味はないのだ。
「うん、確かに森には侵攻されないかもしれないな、柵があれば」
「それに森の中に入られなければ、クロスボウでの一斉射撃が使えるわ。
そうすればその頃には当然若い子たちもその戦力になるから、かなりの戦果が上げられるはずよ」
うん、確かに一斉射撃が出来れば、かなり数を減らすことが出来て、楽に戦えるようになるからなぁ。
「ところで、それをラーリア様に進言するとなると、僕たちがゴブの次の侵攻があることを予想していることを話さなければならなくなるよね。 ラーリア様たちは、それを秘密にしているけど、構わないのかな」
「イクス様は、私たちの動きと話から完全に感づいているから、ラーリア様やミーリア様にも話していると思うから、何も言われないと思う」
ラーリア様にナーリアが代表して、この柵作りの計画を進言すると、すぐに詳細な計画を作るようにと指示された。
「出来ることはなんでもすぐにやるのだ。
普段の生活をきちんと進めながら、戦いの備えをするのに4年なんて、あっという間だぞ。 里全体を不安にさせる必要はないが、理解している者は今は全力で事に当たる必要があるのだ」
ラーリア様からは、僕たちが予想していた事に対しては、何も言わず、ただこんなふうに訓戒されただけだ。
僕たちが予想していた事は、イクス様からも聞いていたし、ラーリド様も察していて知られていたようだ。
そうしてセカン、ディフィー、ナーリアの3人が、とりあえず一つこれからのことに対しての案を考え出したのだが、ほぼ同じように図書館で過ごしていた僕も一つ考えついたことがあった。 でもそれはまだ本の中で見つけて、頭の中で考えただけで、実際に実験してみなければ判らないことだった。
その実験のために、僕はボブの鍛冶場が完成し、僕の意図する物を作ってもらう必要があった。 作ってもらうのは鏃だ。
一番最初のゴブとの戦いの時に限らず、僕たちはここのところ矢を多量に使っている。 今現在、矢羽の不足によって、矢の製造に問題が出ているのだが、矢羽を使用しないクロスボウの矢でも、やっぱり問題は出ている。 鏃が無いのだ。
火の使用が禁止されていたラミアの里では、金属は自分たちでは製作出来ず、総てなんらかの手段で外部からもたらされた物だ。 その中に含まれていた鏃なんて数が知れていただろうし、とうの昔に使用され尽くしている。 そんな訳で、ラミアの使っている矢に使われている鏃は、それこそ悠久の時代から使われている、動物の角や骨を加工した物だったり、石を尖らせた物だったりするのだ。
僕は以前の戦いの時に、矢で討ち取ったと思ったゴブが軽傷で、死んだ真似をしていただけで、戦いの混乱を引き起こしたのは、そこにも大きな問題があったからだと考えた。 そこで、僕はまず鏃をしっかりと鉄製の物にしたいと考えた。
もう一つ、こちらが今回の実験の主目的だが、図書館の本の中に、面白いことが書いてある本を見つけだのだ。 それは矢の貫通力を上げると共に、相手に対する嫌がらせにもなり、相手にこちらの矢を再利用させない方法だった。
鏃を鉄で揃えたいというのは、ボブも前から言っていたことで、きっと鍛冶場が完成し本格的に運用し始めれば、その作成に掛かるだろうと思っていた。 その鏃の作りを、本に出ていたようにして作ってもらい、本当に本に書いてあるような効果があるのかどうかを、まず検証したいのだ。
その工夫は、作るのにそんなに大変なことでは無い。 鏃を矢に取り付けた時に見えてる部分はほぼそのままなのだが、矢の篦、つまり竹の部分に差し込んで固定する部分の長さを少し長くするだけのことだ。
鏃を篦に取り付けるのに、普通は膠で固定し、糸でしっかりと取り付け部分の竹を補強する。 石を鏃にしたりだとその部分をしっかりと作るのはなかなか難しかったりする。
鉄で鏃を作成すると、形をしっかりと作れるので、その固定部分もしっかりと長さ形が作れるので、固定することが楽になる訳だ。
しかし、今回図書館で見つけた工夫は、逆に鏃をしっかりとは固定しないのだ。 鏃を固定するのに、アスファルトにはなっていないドロっとした油を使い、篦の先の竹の穴にその油を入れ、そこに鏃を挿すことで固定するのだ。 つまり手で引き抜けば簡単に鏃は外れる状態だ。
そして、篦の先端は鏃の先の部分に届いてなくて、少し隙間があるようにする。 逆に言うと、そうなるように、篦の先端から竹の節の長さを調整する。 そうすると、矢が当たった瞬間、鏃の固定側の端が竹の節を突き破り、鏃では当たった時と、その直後に今度は篦が鏃に打つかる時と、一瞬の間に2度の衝撃が伝わるという訳だ。
本によれば、しっかりと鏃を固定した普通の矢よりも、貫通力がそれによって上がるということだった。 まずはその貫通力が上がるかどうかの実験を、僕はしたかった。
ボブと相談の上、鏃を作ってもらい、僕の方は実験に使う的を作った。
的は、ゴブが革胴を着用していて、致命傷になっていなかった例を参考にして、少し強力な熊の革に膠を塗った物にしてみた。
実験結果は驚きだった。 普通に作った矢ではなかなか刺さらないこの的を、本に書いてあった矢は楽々と刺し貫いた。
それならばもっと矢が通りにくい、大鳥の革を使って的を作ってみたが、それにも刺さってしまった。
確かに本に書いてあった通り、このしっかりと鏃を固定しない矢は貫通力は普通のしっかりと固定した矢よりもずっと上のようだ。
そして、この矢が実戦で優れていると思われるのは、刺さった矢を引き抜こうとすると、まずは篦から後の部分が取れて、それから滑って抜きにくい鏃を抜かねばならないという手間がかかることだ。 この手間は実戦の場ではとても大きい。
それからこの矢は、余程柔らかい物に刺さらない限り、再利用が出来ない。 僕にはどういう訳かよく解らないが、この矢は刺さるとほとんどの場合、篦の部分が壊れたり、鏃が変に曲がってしまったりして、そのまま再利用は出来ないのだ。 つまり敵に、自分たちが使った矢を使われる心配が無いのである。
これは気分的には大きい、相手に自分たちが使った高性能の矢を、逆に使われるのは嫌だからね。
この新たな矢の性能は、ラーリア様たちを驚かせ、この方式の矢を大量に備蓄することになった。
この矢にも大きな問題点がある。 まず第一に使い捨てであることで、全く再利用が利かないことである。 それはこの矢の性質上、仕方がないことではある。
それ以上に問題なのは、大量に備蓄することになったのだが、出来上がった形では備蓄が出来なかったのである。
まず出来た矢を横にして積んで置くと、油が時間が経つと流れて出てしまうという問題がすぐに発覚した。 短時間では判らなかったのだが、長時間横にしておくと、粘度が高いとはいえ油なので、流れて出てきてしまうのだ。 しかし、この欠点はまだどうにかなる。
一番の問題は、流れ出さないように立てて矢を保管しておくと、徐々に油が乾いて、固形化してしまうことだった。 つまり、完成形で保管しておくと、鏃が固定された状態になってしまって、この方式の矢として使えなくなってしまうのだ。
この欠点はなかなか表面化しなかったので、表面化した時はかなりの量がもう作られていて、作り直しに大きな手間をかける羽目になってしまった。
結局、鏃は取り付けないで、保管することになり、固定用の油をすぐに用意するための容器も備蓄することになった。
ボブは自分の作った物での実験なので、興味深くこの矢の実験に参加していて、僕と意見を交わしていたのだが、一連の実験の後に言った。
「アレク、今度は違う実験をもう少し続けたいのだけど、やらしてくれないか?」
ボブがどんな実験をしようと考えているのか、僕は興味津々に尋ねた。
「鏃の形なんだよ。
先が完全に尖っている方が良いのか、それともナイフみたいに薄くした方が良いのか、大きい方が良いのか、小さい方が良いのか。
どの形が刺さり易いのか、貫通力が高いのか、飛び方に問題があるか無いか。
色々と解らないことだらけなんだよ。
少しでも良い物にしたいからな、実戦ではその小さな差が大きいから」
「うん、そうだな。 それに実戦用と普段に使うのも違うしな」
「ああ、それももちろんある」
僕とボブは鏃の形や大きさに関しても実験を重ねた。
一番驚いたのは、最もしっかりと当たるのは、先を尖らせた鏃ではなくて、尖らせた先を平に削った鏃だったことだ。
先を尖らせた鏃では表面を滑るような形になって、防具に刺さらない角度でも、平にした鏃は刺さり易いことが分かったのだ。
その代わり、これも矢自体が壊れやすくなって、普段遣いには向かないことも分かったけど。




