317. 瓦が焼けた
「何、ソフィアは子供が出来たのか?」
ラリファ様がすごい勢いで、エリがぽろっと漏らした話に食いついた。
「は、はい。 まだ確実とはいえないけど、たぶん間違い無いんじゃないかと言ってましたが。
あれっ、ラリファ様にもソフィアは知らせてなかったのですか?」
ラリファ様はもうエリの言うことなんて聞いていなかった。
「そうか、ソフィアは妊娠したんだ。
すぐにみんなに知らせてやろう。 みんな喜ぶぞ。
それにしてもなんでソフィアは私たちに隠していたんだ。 ラミアと違い人間は子供を自分の意志で確実に作ることは出来ないというが、ほぼ間違いがないなら教えてくれても良いのに。
しかし、これで来春にはケンの子供が6人増えるのは確実だな。
良かったな。 みんな、本当に喜ぶぞ」
あー、もうラリファ様は完全に自分の世界に入っちゃってるよ。 きっと頭の中は来春の想像で忙しいのだろう。
アン、マリ、ハンナ、シルクの人間の女4人は、困った顔をしているし、ラーリア様たちは苦笑している。 僕たちもどういう顔をして良いか分からない。
エリがみんなのちょっと異様な雰囲気に気がついたみたいだ。
「えーと、私、何か不味いことをしでかしたのかしら?」
アンが4人を代表する形でエリに言った。
「エリ、ソフィアがあなたにコソッと打ち明けた意味を考えようよ」
エリは今ひとつピンときてはいないようだ。
「ま、なんだ、子供が出来たのはおめでたいことだし、もし、ハンナが妊娠したと言ったなら、私もラリファと同じ様に振る舞ってしまうかもしれないのだが。
しかし、エリーゼ、口が滑ったな。
お前も含めて、これから人間の妻たちは大変だぞ」
ラーリア様がエリに説明したのだが、これでもまだエリは理解してないみたいだ。
「エリ、ラミアの皆さんは私たち人間の妻の妊娠に合わせて、自分たちも子供を作るという昔の決まりを、これからはちゃんと守っていくって聞いているよね。
ソフィアが妊娠したということは、ケンの妻のラリファ様以外も、ソフィアが子供を産む時期に合わせて、子供を作るということだよ。 ラミアの人たちにとっては、それはとっても大事なこと。
もちろん人間の私たちにとっても、自分の夫の子供を持つのはとても大事で嬉しいことだけど、『私はそういった作業では役に立たないから』って言って今日は来てないモエギシュウメが前に言ってたじゃない、人数が減ってしまっているハーピーやラミアにとっては子供を作ることはより一層重要なことだと。
そうすると、人間の妻の一人が妊娠して、その夫を同じくするラミアも来春一緒に子供を産めるということになると、同じ立場のラミアの皆さんは私たちに対して何ていうかしら?」
マリは、騎士の家の娘で、エリはその騎士が仕える方の人間だったので、この里に来るまでは、マリはエリのことをエリーゼ様と呼んでいたと聞くが、かなりきつい口調でエリに言葉をかけている。
それを聞いていたミーリア様が、あまり普段見せることのない楽しそうな顔をして、エリに聞かせるように言った。
「ハンナ、ソフィアは妊娠したのだというわ。 あなたも負けずに早く妊娠してね。 そうでないと私も子供を作れないから」
「ほら、私たち人間の妻たちは、こういうプレッシャーを同じ夫の妻たちから、かけられることになるのよ。
今のミーリア様の言葉はエリに解らせるための冗談の演技だけど、みんな、これからはそれを意識しなければならなくなったのよ、完全に」
「あらっ、今のは私の本音よ」
「ミーリア様、私もすぐにでも妊娠するつもりですけど、あまりプレッシャーはかけないでください。 お願いします」
エリもハンナの言葉で、完全に状況を理解したようだ。
ナーリアたちは、ついなんとなくアンを見つめてしまったようだ。
「みんな、今は私を見ないで、みんなの視線だけで、なんだかプレッシャーを感じるよ」
「う、うん、アン、ごめん。 そんなつもりじゃないんだけど、つい」
「うん、ディフィー、分かっている。 分かってるけど、今はごめん」
「あれっ、みんな何してるの。
お姉ちゃん、私にもご飯ちょうだい。 ティッタちゃんたちと一緒にメリーも寝ちゃったから、メリーはまだご飯食べてないから、お腹がすいたの」
メリー、ナイスタイミング。 なんか変に緊張した空気が解消した。
この日はせっかくミーリア様もやって来て、ミーリア様は今後の真面目な話を仕事をしながらしたいようだったのだが、結局ソフィアの妊娠したことに関連する話にどうしても流れてしまって、それだけで終わってしまった。
ソフィアの妊娠が知られることになって、もう隠しておいても仕方ないからか、同様にハキの妻とギュートの妻も妊娠していることがすぐに分かった。
3人はどうやら戦いの後、僕らが少しおかしくなっていて、みんな妻たちを抱きまくってしまった時に、妊娠したらしいとのことだ。
「あーあ、私はあの時はショックで生理になっちゃっていたからなぁ」
アン、そんなにしみじみと残念がらないで欲しい。 なんていうか、おかしくなっていてナーリアたちを抱きまくっていた僕は、どういう顔をして良いか分からなくて困るから。
アンでもそんな感じだから、他のみんなのところでも大騒ぎだった。
ミーリア様はハンナに言ったのは冗談半分だったようだが、ロア様は真剣に妻たちの会議を開いたそうだ。
「ハンナが妊娠するまでは、ハンナを優先して、ボブに下に出させましょう。」
「ロア、そこまでしなくても私たちは他よりずっと人数が少ない。 大丈夫じゃないか」
「アレア、何を言ってるの。 人間はラミアと違って、子供を作ることを自分の意思ではコントロール出来ないのよ。
あなただってミーリア様だって、来春には子供を産みたいでしょ」
「それはもちろんそうだが」
「それならば、ハンナが妊娠するまでは、数打ちゃ当たる作戦よ」
ラーリア様がハンナに気を使った。
「ハンナ、あまり気にするな。 ロアも別に悪気がある訳じゃないし、真剣ではあるのだが、お前がそんなに気にすることはないぞ」
「はい、ありがとうございます。
元はと言えば、エリが考えなしに漏らしたことから始まったことですし、ラミアの方々の気持ちも理解出来ない訳ではないので、大丈夫です」
「まだ私らは、さっきアレアが言ったとおり、人数も少ないからたいしたことないが、他のところはもっと大変だろうよ」
珍しくボブが妻たちの話に口を出した。
「なんだか俺もプレッシャー感じちゃいますよ、早くハンナを妊娠させなくっちゃって。 そうじゃないとロア様の視線がどんどん痛くなりそうで。
みんなも、困っているだろうなぁ」
シャイナを抱いていたミーリア様が言った。
「男たちがプレッシャーを感じる必要はないでしょ。
ここにシャイナがいるように、みんなそれぞれにもう子供が出来たのだから、子枯れ病にかかってはいないことが証明されているわ。
男はいつも通りに毎日普通に出していれば良いだけでしょ」
この騒ぎは鎮静して、また誰かが妊娠すると活発化してを何度か繰り返すことになったのだが、人間の妻の妊娠数が半数を超えて2/3くらいになってからは、全く起こらなくなった。
というか、なかなか妊娠しない人間の妻に逆に気を使うようになって、話すことが憚られるような雰囲気になっていってしまったのだ。
そしてどういう訳か、最後までなかなか妊娠しないで残ってしまったのは、騒ぎのきっかけを作ってしまったエリと、アンとなるのだった。
そんな雨の多い真っ最中、僕はハキ、ケン、ダイクに呼ばれて、瓦を焼くための窯に来ている。 やっと窯が出来上がり、窯の中には既に釉薬がかけられた瓦が整然と並べられている。
長い道のりだった。 ハキとケンとダイクの数ヶ月にわたる努力がやっと一つの形になったのだ。 炭焼き窯を利用して何度も煉瓦を焼き、その煉瓦を山の斜面を少し削って整地した場所に一つ一つ積み上げて、煉瓦の窯を作ったのだ。 炭焼き窯とは違い、山の斜面に丸い膨らみみたいなのが何個か縦に連なっている形の窯になっていて、その丸く見える側面に焼くものを出し入れする場所が何箇所か設けてあるのだが、もう既に塞がれている。
焚き口には、大量の薪もしっかりと用意されている。 その辺りもきちんと雨が当たらないように屋根がかけられていて、窯の周りは屋根が随分と広く覆っている。
僕は瓦作りには関わっていないので、この光景にまずは驚いた。 なんだか凄い光景になっている。
「ところで、なんで俺が呼ばれたの?
俺は瓦作りに関わっていなかったから、この光景を見て驚いたけど、呼ばれた理由が分からないよ。 何かすることがあるのか」
ケンが答えてくれた。
「いや、ぶっちゃけ、お前に何か頼むことがある訳じゃないのだけど、この窯に初めて火を入れるからな、験担ぎさ。
炭窯の時は、俺とお前と二人でやって成功したからな。 今回もそれにあやかろうという、ただそれだけの理由さ」
「俺たち、誰も焼き物の専門家はいないだろ。 俺も中心になって瓦作りしてたけど、本当に単純に知識として知っているだけだから、運でも験担ぎでも頼れるものはなんでも頼りたいんだよ。
なあ、ダイク」
「ああ、全くだ。 俺も石屋であって、煉瓦積みなんて、専門外だからな。 焼き物のための窯なんて、初めて作ったから不安なんだよ」
「ほら、早く火を着けてみないか。 かなりの時間、火を焚き続けなければならないのだろ。 話しているだけじゃ何も始まらない」
今日のところは見に来ているだけのラーリク様の言葉に促されて、ハキが焚き口に火を着けた。 これから瓦が焼けるまで、交代で火を燃やし続けなければならないのだ。 炭焼きと違い、焚き口以外に窯の中は燃える訳ではないのだか、大きな窯となっているので、中が温まるのにも時間がかかるだろう。 完全に窯が熱くなってからも、どの程度燃やし続けなければならないかは、ハキにも大体のことしか分からないそうだ。
ただ、焼き物の窯は中が燃えている訳ではないから所々に窓というか、取り外せる煉瓦があって、短時間中を覗くことができる。 そこから覗いて、中の様子を見て、判断することが出来る。 ただし、取り外して中を見ると、その窓の辺りだけ急激に温度が下がるので、焼いているモノが割れることがある。 瓦は厚みもあるから割れにくいと思われるが、それでも最低限の回数にするべきだろう。
結局ハキは丸1日以上少し小さめな火勢で窯を温めて、それから1日強い火を焚いて、またゆっくり1日かけて、徐々に火を弱めていった。 そして窯の中が完全に冷えるまで、4日間放置した後で、窯から瓦を取り出した。 初回としては、そんなに割れたりの損失を出さずに上々の出来であった。
とはいえ、一度に焼ける瓦の量はそんなに多くはなく、最初に使うことが決まっているボブの家に使うだけでも、三回焼く必要があるというのが、ハキとバンジの二人による計算で出た数字だった。
一応、上手く窯が使えることが分かって、これでダイクはとりあえず瓦作りの仕事からは解放されたが、これ以降はハキというよりはハキの妻たちが瓦を粘土から作ることを担当して、ケンとその妻たちが焼くのを担当する形となった。
焚き口付近に屋根のための柱には、簡単に使えるのと、すぐに大きくなるからという理由から、あの柔らかい木が使われていた。
ある時、瓦を焼くのを興味本位に見に来ていたバンジが、焚き口に近いところの柱が他より少し細くなっているのに気がついた。 それが気になったバンジが、その柱を調べてみると、木が熱によって水分が抜けたからか、木がとても締まって同じ柔らかい木であるはずなのに、かなり硬い木に変質していることを発見した。
試しに、柔らかい木で柱状に整形して、瓦を焼く時に窯の近くで熱に当たるようにして乾かしてみたら、少し細くなってしまうのだが、柔らかかった木が硬い木になり、丈夫で、乾く前にように力がかかると変形しやすい弱い木ではなく、変形しにくい硬い木に変わった。
バンジは建物の柱にする建材の不足に困っていたらしくて、この結果をとても喜び、瓦を焼く時には窯の周りに必ず、柱にする木材が熱に当たるように並べられることになった。
また、建材にする木を切ることで、そのいらない落とした枝を薪にすることも出来たし、炭にする木や、松明にしたい木を、薪にする必要がとても少なくなった。




