315. 計画は進められる
気がつけば、僕たちがラミアの里に来てから、本当に一年以上が経っていた。
本当に信じられないくらいに濃い日々だった。 見習いの狩人が、思っていたより上手く行った狩りに浮かれて、焚き火の周りであまり飲み慣れない酒なんかを飲んだ日から、まだそれしか経っていないことが不思議だ。
僕たちはもうその頃と比べると、身体つきも全く違うし、精神的にはもっと違っている。 そして何よりもその立場が違う。 立場といっても公式な騎士という立場の話ではない、僕らはもう皆それぞれにラミアとの間に子供を持ち、何人もの妻を持ち、それぞれに重要な仕事を任されているのだ。 自分1人のことさえ、きちんと責任を持っていなかったあの時とは全く違うのだ。
一年前の僕は、一番最初にナーリアたちと森に、後から知ったが僕は森だと思ったのだがラミアが植えて管理している果樹園だった、とにかく木の実を採ることを仕事としてした。
今でも木の実を採るのはラミアにとってとても重要な食料採取で、春全員が起きてからは様々な種類の木ノ実が成る側から採取されていく。 ラミアにとっては正直、畑に作られている豆と共に主食のような物で、僕が命の実とラミアには呼ばれる麦や米の食べ方を教えるというか、ナーリアたちと発見するまでは、もっぱら頼っていた食材だ。
ただし、ラミアの食材としては木ノ実の本当の種子の部分こそが食材で、人間が好んで食べる外皮の部分はラミアにとっては捨てる部分である。 だからか、どうやら種子が大きい種類ばかりを選んで植えて栽培しているらしくて、人間の好みからは外れている。
今では麦と米がかなり食べられるようになったが、それでもやはり木ノ実が採れる季節はラミアの主食は木ノ実で、たくさんの量が食べられている。 今まで、その木ノ実の外皮の部分は僕たち人間が少し食べるだけで、多くは捨てられていたのだが、今ではその捨てていた木ノ実の外皮が鶏の重要な餌となっている。
僕は今年も木ノ実採りが仕事として、僕たちにも課されるのかと思っていたのだが、今年はそれは免除になった。 それ以外の仕事に替えが利かないと判断されたからだ。
木ノ実採りの仕事が免除になったのは、僕たちナーリアだけではない。 昨年はナーリアたち姉妹のグループが木ノ実採りの仕事の中核グループになっていたのだが、今ではもう彼女たちもそれぞれに手一杯仕事を抱えていて、木ノ実採りにまで時間を回すことが出来ないのだ。
若い子たちと、今年からは子供たちが木ノ実採りの仕事をすることになった。
昨年までとの違いは、僕とナーリアたちが開発した、木に登る者と下で受け取る者とを別けて収穫する方法が全体に教えられて、前よりもかなり効率的に収穫できるようになったことだ。 最初若い子たちと子供たちによる収穫では、収穫量が足りなくなるかと危惧されたが、十分な量が収穫出来ることが分かった。
これは多分に若い子たちが、新しいことを教わって、それを実行すること、そしてそれを他の者に教えることに慣れていたからだと思う。 若い子たちは新しい収穫法をすぐに理解・実践し、それを子供たちにきちんと教えていた。
僕がうるさく、調子にのって木から木に飛び移ったりはしないように、と注意しておいたので、セカンのような失敗をして怪我をするという者は、今のところ出ていない。
上位の戦闘訓練も、ずっと厳しく続けられていたが、前年までは常に行われていた森の巡回警戒は取り止められた。 今ではもう人が森に立ち入ってくるのを警戒する必要はほとんどないし、ハーピーによる空からの警戒が常にされているので、巡回して警戒する必要がなくなったからだ。
それで、上位の人たちが森の巡回をしなくなって空いた時間に何をしているかというと、かなりバラバラなことをそれぞれにやっている。 というのは、上位はグループでの活動と、それぞれの人間の妻として、僕の友たちが請け負っている仕事の手伝いをすることと、掛け持ちしているからである。
その時その時の状況で、必要な方を都合に合わせて行うといった感じで、忙しいというか慌ただしいこと、目が回るような状況になっている。
そんな中で、アーレア、アーロア、そしてアーリアは、最近になって、ヤーレンの手伝いで農作業をすることが増えてきてしまった。
今までラミアは、麦や米も作ってはいたが、それらはどちらかというとほったらかしで、ただ決まりだから絶やさないようにしていた、という感じで、ラミアが主に作っていたのは数種類の豆類だ。 まあ、それはラミアの元の食生活を見れば理解できる。
だが、昨年の秋からは本格的にヤーレンの指導がされるようになり、命の実と呼ばれる麦・米がラミア全員が冬に起きていても、その分の食料が賄えるようにと大増産されただけでなく。 ヤーレンの指示の下、ハキの入手により今までラミアの里では栽培されていなかった色々な農作物が栽培されることになった。 その主たる物は、稗と粟で、ヤーレンによると何らかのトラブルで、麦・米の収穫量が激減した時のための用意だという。 またそれらはラミアの里に導入された馬や鶏の飼料の一部にもなる。 また、カボチャも大々的に作られた。 これも保存性が良いし、種はラミアにも美味しいのではないかと考えたそうだ。
もう一つ農作業をとても忙しくしているのは、ハーピーと共同でハーピーの領有地で芋の栽培を大きく始めたことがある。 ハーピーも畑を耕して作ってはいたのだが、鳥形ばかりになっている現在では、なかなか畑の管理にも困る状況になっていたのだ。 その半ば荒れた畑をヤーレンは再生して、ハーピーのためにも一気に芋の増産を図ったのだ。
これだけの作業をしようとして、それを手伝うのがヤーレアたちと若い子たちで足りるはずがない。 ハーピーたちも手伝ったのは当然のことだが、前述の3グループは、他に抜けれない仕事が入った時以外は、常に農作業に駆り出される羽目になってしまった。
ヤーレンの農作業計画に一つ抜け落ちていたことがあった。
それは僕たち人間が食べたいと思っている、葉物野菜だとか、実のなる野菜の栽培だ。
「全く忘れていた訳じゃない。 ちゃんとハキに言って、種は取り寄せてある。
でも、僕にはそっちにかける時間がない。
作る畑は指定してやるから、ほとんど人間しか食べないそれらの作物は、お前ら自身で作ってくれ」
こうして、僕たち人間とその妻たちは交代で、人間用の畑の管理をすることになってしまった。 人間の食べ物に慣れているし、また色々と食べているから興味があるナーリアたちだけは、人間のための作物にも興味を示して手伝ってくれたけどね。
そうそう、人間の女、つまりアンも含めて、僕と友たちの妻となった人間なのだが、彼女たちもそれぞれに忙しく仕事をしている。
デイヴの妻エリーゼ、エレクの妻シルク、そしてケンの妻のソフィアは毎日のように図書館に通い、ハーピーの記録を図書館の資料として使いやすい形に書き写す作業をラーリド様たちと進めている。
バンジの妻チョナは、友たちと妻たちのそれぞれの住居の建築の手伝いで、弟子たちも3人もいるので、大忙しだ。
そして、残りはアンが中心となって、紙の製造をなんとか軌道に乗せようと奮闘していた。
紙の製作は最初の工程で、まず刈ってきた枝の皮を剥ぐのに、剥ぎやすいように蒸気で蒸して、それがまだ冷めないうちに皮を剥く。 この作業が皮膚が熱に弱いラミアには難しいので、人間の女が中心になって行うことになったのだ。
剥いた皮は、適当な大きさに切られて、今度は灰汁で煮る。 そうすると柔らかくなり、一番表面の木肌の部分も柔らかくなり、ナイフなどで切るのではなく、こそげるようにして皮の外側表面を削り、内側のキレイな部分だけを残す。 この作業からは冷めてからで構わないので、ナーリアたちも手伝って行う。
表皮の部分を削った時に出た汚れを、川で丁寧に落として、一度日に干して乾燥させる。 乾燥させたモノをもう一度川の水につけて、細かく切り、もう一度灰汁で煮る。
出てきた汚れを取りながら煮て、その後、もう一度川の水の中に晒す。
そうしてから、もう一度汚れたりしている部分がないかを確かめて、あれば除去して、その後で何度も叩いて完全に細かい繊維状にしていく。 最初この作業は棒で叩いて人力で行っていたのだが、あまり大変なので、水車を使って行うようになった。
こうしてやっと出来たふわふわのモノを、バンジが作った水の漏れない四角い大きな容器で水と混ぜ、糊として使われている植物の汁をも加えてドロドロの状態にする。
そのドロドロになったモノを、今度はサーブが作った、竹ひごを何本も糸で連結した簀に均一になるように少量流し込み、持ち上げれば濡れた紙らしきモノができる。 それをそっと簀から、積み重ねるようにして剥がして、1日である程度の厚みに重なったら、そのうえに板と重りを置いて水気を一晩かけて絞る。
そして次の日には、水気を絞ったモノをまた今度は丁寧に破らないように、一枚一枚剥がして、今度は平らな板のうえに貼り付けて、日に干して乾かす。
板に張り付いて乾いたモノを、また破らないように気をつけて、丁寧に剥がして、やっと紙の出来上がりだ。
とにかく細かく気の抜けない作業が続いて大変なのだが、紙の製造に使う道具を作るというか用意するのも大変だった。 特に最後の工程で、紙を貼り付けて乾かす板を用意するのは大変な作業だった。 板が平らで、表面になるべく凹凸やささくれなんかがないように気をつけないと、乾いた時にきれいに剥がれなくなってしまうからだった。
この板作りの一番精密な部分は、バンジの妻のチョナがやってくれた。 バンジが忙しくて手が回らなかったからだけど、僕では出来そうもない作業だったので、とても助かった。
これだけ苦労した紙作りだから、最初の一枚が出来た時には、関わっていた者はみんな感激の面持ちだった。
紙作りの一番の言い出しっぺだったラーリド様は、図書館での仕事が忙しいので、自分から作業に加わることはなかったのだが、やはり気になるのか、とても頻繁に紙作りの作業場にやって来ていた。 ラーリド様も最初の一枚が完成した時は感慨深げだったのだが、すぐに
「良かったわ。 紙の在庫がもう切れそうだったから、間に合ったわ。
アンによると、紙の原料となる木の枝は秋に採るのが本来だったので、今年はあまり量は作れないとのことだけど、まあなんとかなるかしら。
今年の秋は、もっとちゃんと原料を収穫しておかないとね」
とすぐに今後の予定を考えているみたいだ。
僕らもだけど、アンたちもその様子に、ちょっとげっそりした。
ラーリド様は、ちょっと別のことも考えていたようだ。 アンに何か聞いている。
「アン、紙を作るのに木の皮を、灰を水に入れてかき混ぜて、しばらくおいた後でその上澄で煮ることを何度かしていたけど、あれにはどういう意味があるの?」
「はい。 灰を入れた上澄みを灰汁というのですけど、あれで煮ると木の皮が柔らかくなって、必要な繊維質部分以外が取れやすくなるのです。 それと少しその繊維を白くする効果があります」
ラーリド様はそのアンの説明を少し首を傾けながら、考え込むようにして聞いていたが、それからすぐ後の日に、布を作る係のラミアを紙作りの作業場に連れて来た。
「アン、悪いけど、ここに持って来たこれを灰汁で煮てみてくれない」
ラーリド様と一緒に来た人が持って来たのは、去年採取して皮を剥いで貯蔵してあった麻だった。
その麻を煮て、紙作りでするように、大きなザルにとり、川に持って行って少し晒した。 持ち帰って、その麻を棒で叩いてみた布を作る係はラーリド様に言った。
「確かに、繊維が採りやすくなるようだ。
まあ、繊維を採るということだけに関して言えば、今までしてきた、水に浸けておいて少し腐らせて、それを叩いてという方法と、そんなに変わらないかもしれない。
でも、この色が白くなるというのは、とても良いなあ。
ラミアももう火の使用が全面的に解禁されたのだから、布作りにもこの方法を取り入れてみよう」
この話を傍で聞いていたレンスが何気なく言った。
「そういえば、布というので思い出したけど、植物のことを書いたあった本の中に、お茶のように植物を煮た液で、布を染める技法が出ていたけど、それってどうするのかしら」
「あら、それは草木染めのことね。 私、したことがあるよ」
マリがその言葉を小耳に挟んでレンスに言った。
「草なんかの種類によっても色が違うし、他にもその煮出した液に漬ける前に、布を浸す液によっても色が変わるんだよ。 面白かったなぁ。
レンス、図書館で調べれば、色々な方法が書かれた本とかあるんじゃない」
「うん、マリの話を聞いていると、たぶんそんな事について書かれている本もあるんじゃないかという気がしてきた」
そのレンスとマリのおしゃべりを逆に聞いていた布を作る係の人は言った。
「そんな布の染め方もあるのか。
確かに火が使えると、今までラミアが使えなかった色々な技法が使えるかもしれないな。 調べて色々試してみても良いかもしれないな」
これがきっかけになり、人間の女とラミアの布作り係の間で、染色がとても盛んになり、色々なことが試されることになった。
媒染というらしいが、色のついた液に浸す前に浸される液も、灰汁を使ったり、塩水にしてみたり、もっと簡単なところでは温泉に浸けたりしても、みんな染まる色が変わったりもした。
煮出す草や、木も、色々調べられ、レンスが子供たちに教える草も増えていった。
こうした布を作る係との交流は、紙作りに思わぬ副産物を生んだ。
ラミアの里では、衣類などの布類はその多くは、麻、苧麻、葛という草の繊維を採って作っていたのだが、その糸を作る工程では、どうしても糸に出来ない繊維の屑が出てくる。 その繊維屑を集めると、無視できない量になり、それをきちんと集めると、それも紙作りの原料になるのだ。
紙作りの原料不足がだいぶ緩和されて、ラーリド様が喜んだ。




