311. 鶏
「お姉ちゃん、お兄ちゃんの妹なの?」
「うん、そうだよ。 私はアレクお兄ちゃんの妹のエーデル。 あなたは?」
「私はね、アンお姉ちゃんの妹のメリーっていうの」
「そうか、メリーちゃんか」
僕の妻たち、特にイクス様になんとなく圧倒されて、アンとモエギシュウメが気を遣っていたエーデルに、メリーが話しかけた。
エーデルにとっては自分より幼い女の子で、なんとなくホッとした感があったし、メリーにしてみれば若い子たちより年下のエーデルは、ラミアの里に来てから初めての同じ人間の子供なのだ。 なんとなく少し外れて、2人でコソコソ話していたかと思うと、何だか急激に仲良くなったようだ。
僕はシュンとして静かになってしまったエーデルが、心配というかちょっと可哀想に思ったので、メリーと一緒になんとなく元気になったのでホッとした。
セカンとアンが竃でお茶の準備を始めると、自然とみんなでテーブルに付き、話をしようという雰囲気になった。 その前にメリーはエーデルを誘って、上の部屋でティッタと遊んでいる。 レンスが一応それに付き添っている。
叔母さんも誘われるままに席に着こうとして、立ち止まった。
「あら、大変。 落ち着いて話をする前に、持って来たモノを降ろして、どうにかすることをしないと。 アレク、用意はしておいた?」
「まだ来るのは先だと思っていたから、用意出来てないよ、どうしよう。
とにかくまずは簡単な小舎を作らないと。
サーブ、みんな、手伝って」
僕と叔母さんに続いて、みんなも家の外に出て来た。 メリーとエーデルはそのままティッタと遊ばせておいて、レンスとイクス様が交代した。
僕は叔母さんの乗って来た馬車の荷台から、木箱を降ろすために上に掛けられていた布を外した。 光が入ったので、木箱の中のモノが声を出した。
「おおっ、何だ?」
荷物を降ろすのだから力仕事だと、一番近くに寄っていたサーブがびっくりして声をあげた。 僕はその木箱を一つそっと持ち上げて
「サーブ、中身は鶏なんだ。
とりあえず、このままそっと近くに置いておいてくれ」
僕は次々と荷台から木箱を降した。 5羽の雌鳥と1羽の雄鶏だ。
叔母さんはすでにアンに言って、鶏に水と餌をやる準備をしている。 アンは鶏と聞いて、すぐに合点がいったらしく、ディフィーとモエギシュウメと一緒に、倉庫の脇に立て掛けられていた、ちょっと太めの竹で鶏用の水や餌の容器を作っている。
「アン、叔母さんと一緒にとりあえずここを頼めるかな。 僕たちは鶏小舎を作るための竹を取りに行ってくるから」
僕、サーブ、ナーリア、セカン、レンスの5人は倉庫から道具を取り出して、竹を取りに森へ行った。
森から戻ってみると、鶏が入っている箱の周りに、メリーたちも集まっていた。 鶏の声が聞こえて、すぐに家から出て来たのだろう。 ティッタはイクス様に抱かれて、イクス様と叔母さんがのんびり立ち話をしていた。
鶏は流石にまだ木箱から出されてはいないが、水や叔母さんが持って来ていた餌を与えられて、元気なようだ。
まずは小舎作りだが、鶏の小舎くらい今の僕たちならすぐに作ることができる。 問題は作る場所なのだが、一応馬を驚かさないだろうギリギリの厩の近くにした。 厩の近くなら、狐やなんかの鶏を狙う獣が来ないだろうと思ったからだ。
小舎作りはあっという間だった。 柱となる太い竹を僕とサーブで地面に立てているうちに、ナーリア、レンスが屋根や壁にするための竹を製材し、セカンは格子を作っていた。 柱を立て終えたら、横木を着けて、屋根を作り、壁を作り、格子を嵌めていく。 中には持ってくるときに入れていた箱をそのまま利用して棚を作ることにして、止まり木も設置する。 止まり木は竹では滑って上手くないので、流石に木で作った。
あまりに簡単に鶏小舎を作ったので、叔母さんがびっくりしていた。
「何だかすごい速さで作り上げたわね。 みんなすごい手際の良さだったわ。 それにそれぞれの役目を何も言われずに自分でどんどん進めていた」
「うん、厩を見ても分かると思うけど、竹でこのくらいの物を作るのは、僕たちは慣れているんだ」
鶏は小舎の中に放されると、何だか途端に元気になった。
「メリーちゃん、鶏のお世話の仕方を知ってる?」
「んーん、知らない」
「それじゃあ、お姉ちゃんが教えてあげる」
エーデルがお姉さんぶって、メリーに鶏の世話の仕方を教えるようだ。 まずは小舎の床に敷く草を取りに行くようだ。 それを聞いたメリーはナーリアに相談したみたいで、ナーリア、サーブ、レンスも一緒に行くことにしたみたいだ。 うん、メリーはまだ鎌を使っての草刈りをしたことがないからね、安全のためにも一緒に行かないと。
セカンとディフィーとアンは、今のうちにと夕食の仕込みをしに家の中に入っていった。 そんなみんな見ていて、叔母さんは言った。
「みんなキビキビと自分から動いて、アレクの周りには本当に良い人たちが居てくれているのだと安心もするし、嬉しく思います」
「いえ、みんな、まだまだ若くて幼いところもあり、ダラダラしたり、ふざけてしまうことも多いのですよ。 今日は来ていただいたので、少し張り切っているだけです」
「あの歳でこれだけちゃんと色々と気遣い出来て動ければ、十分過ぎると私は思ってしまいますが」
「私たちが置かれた状況は、今でもまだ、もっと大人になって欲しいと私は望んでしまうのです。 それはあの子たちにとって、良いことかどうか分かりませんし、過酷な物でもあるとも思っています。 それでも後で後悔しないように、今を精一杯生きて欲しいと私は願っています」
何だか普段あまり見せないイクス様の心情が溢れた言葉を聞いた気がした。
イクス様は普段の生活の中では、一番の年上だし、立場も一番上で、自分の心の中を曝け出すような機会はあまりない。 流石に叔母さんはイクス様とそんなに違わないけど年上だから、イクス様も自分の気持ちをこぼしやすかったのかもしれない。
叔母さんもイクス様の言葉に何かを感じたみたいだ。
「まだ、状況は厳しいのですか?」
「はい、公にはなっていませんが、まだ、問題は解決していません。 その対処に苦慮しているところです」
「私はアレクの叔母というだけの、ただの人間の女ですから、なんの助けにもなりませんが、早くこの問題が解決して、アレクの妻たちがのんびりとふざけあって子育てしている姿が見れることを願っています」
「はい、本当に早くそういう光景が見れるようになればと」
何だか叔母さんとイクス様の会話に入り辛くて、僕とモエギシュウメは側で佇んでいた。
叔母さんとイクス様の会話がちょっと途切れたので、僕はあらためて叔母さんにモエギシュウメのことを詳しく紹介した。
モエギシュウメも緊張して、叔母さんと会話している。 背中の羽毛が立っているから、緊張が丸分かりなんだよな。
そうこうしているうちにメリーたちが戻って来た。
ナーリア、サーブ、レンスが背負っている竹籠には草が一杯になっている。
エーデルがその草を鶏に逃げられないように気をつけながら、小舎の床にかなり大量に撒いた。
「こうやって草を撒いておくと、鶏は喜ぶんだよ。 食べられる草は食べるし、それに草に虫が付いていたりもするでしょ、それも鶏は喜んで食べるんだよ。 そうすると美味しい卵を産んでくれるのよ」
エーデルが作業をしながらメリーに説明していた。
鶏は小舎に草が入って、何だか落ち着いたようだ。
「こうやって、草を刈って来て、毎日取り替えてあげると、鶏の小舎の中はいつも綺麗だし、鶏は元気なの。 そうすればたくさん卵を産んでくれるし、取り替えた草は積んでおくととても良い肥料になるんだって」
メリーはどこまで理解しているのか分からないが、エーデルの言うことを真剣に聞いていた。
「わかった。 メリー、毎日頑張って、お世話する」
何だかナーリアが目をキラキラさせて僕に近づいて来た。
「ねえねえアレク。 あの叔母さんが持って来てくれた鳥って、卵を産むの?」
「ああ、そうか、話してなかったっけ。
あの鶏という鳥は、卵を産ませるために特別に飼われている鳥だぞ。 普通の鳥よりずっと頻繁に、割と大きめの卵を産んでくれるんだ。
それにほとんど飛べない鳥だから、逃げられる心配も少ないんだ」
「そうなの。 卵がたくさん食べられるようになるの?」
僕は目をキラキラさせて、超真剣な顔をしたナーリアに肩をがっしり掴まれた。
「ナーリア、落ち着け。
まだ上手くいくと決まった訳じゃないから、まだ実験だから。
もし上手くいけば、もっと鶏の数を増やして大々的に飼うようになれば、今より頻繁に卵が食べれるかもしれない。
でもまだ、実験を始めようとしているだけだから」
ナーリアの異様な真剣さに叔母さんとエーデルが驚いていると、サーブが説明した。
「ナーリアは卵に目がないというか、本当に大好物なんですよ。 あんな風になるくらいに」
叔母さんはクスッと笑うと言った。
「私の家の仕事は主に鶏を飼うことなのだけど、再会したアレクがすぐに『叔母さん、鶏を何羽か分けてくれないか』と言ってきたのは、もしかしてナーリアちゃんのためだったのかしら」
ナーリアは急に真っ赤になると、しどろもどろに叔母さんに答えた。
「あ、あの、すみません。 私、卵を産んでくれる鳥だと聞いて、嬉しくて、ちょっと我を忘れてしまって。 すみません。 なんか、私、とっても恥ずかしい」
ナーリアはしゃべりながら余計に顔を赤くして、僕の背中に隠れてしまった。 みんな大爆笑だった。
鶏小舎を作ったり、草刈りをしたりしたので、少し汚れたので、良い機会なのでみんなで温泉に入ることにした。
共同住宅の前などを通って来たから、その姿を見られているから気を使ってくれたのか、今日は誰も温泉に入りには来ていない。 もう基本は水浴びとするという通達が出ているので、前ほどは温泉に入りに来ないのだが、それでも子供を連れては良く来ているのだ。
僕は正直に言うと、叔母さんやエーデルとも一緒に入るというのは、ちょっと恥ずかしいのだが、そういう雰囲気を見せると微妙な感じとなると思って、ちっとも気にしないふりをして温泉に入った。
叔母さんはそんな僕の心境を解っていないのか、
「アレクと一緒にお風呂なんて、子供の時以来だわ。 ちょっと嬉しいわ」
なんて言ってきた。 イクス様が含み笑いをしているので、きっと解っていて、僕を揶揄ったんだと思う。 ナーリアたちもなんとなく理解しているようだ。 アンが少し笑顔で、ディフィーとモエギシュウメに何か言っているのが、何だかちょっと怪しい。
メリーがエーデルを引っ張って、身体を洗わずに湯船に飛び込もうとしてレンスに捕まって、身体を洗われている。 うん、お前たちが救いだよ。
湯船に浸かっていると、エレクとラーリド様が温泉に入ってきた。
エレクは叔母さんがいることに気がつくと、しまったという顔をして謝った。
「すみません。 確認もせずに入ってきてしまって。
僕は外に出ますので、ごゆっくりしてください」
「えーと、あなた、何て言いましたっけ。 アレクの友人でしたね」
「はい、エレクといいます」
「私はアレクの母親代わりだし、こんな歳だから、何も気にしないわ。
それにこのラミアの里では混浴が普通のことだと聞いているわ。
構わないから、そのまま入ってきて」
それを聞いて、エレクはちょっと済まなそうな感じで、ラーリド様と中に入ってきた。
湯船に浸かると、イクス様がラーリド様を叔母さんに紹介したりしているので、僕はエレクと話をする。
「エレク、ラーリド様と2人だけというのは珍しいな」
「ああ、図書館で仕事をしていたのだけど、ちょっと話をしようとトンネルを通ってこっちに回って来たら、温泉の方で声が聞こえたから、ついいつもの調子で何も考えずに入って来ちゃったんだ。
トンネルから出たときに、なんとなく違和感を感じたんだけど、もう分かるよ。 鶏を持って来てもらったんだな、声がいくらか聞こえるよ。 お前の叔母さんのところは養鶏をしているんだったっけ」
「ああ、ナーリアが卵が好きだからというのもあるけど、もし増やせるようだったら、矢羽に使えないかと思ってさ」
「そうだな、矢羽の不足は深刻だからなぁ。 上手くいくと良いな、まだ実験だろ」
「ああ、どうやらメリーが鶏の世話は引き受けてくれそうだ」
「それはすごいな。 メリー、頑張れよ」
「うん、メリー、頑張る。 メリーにお任せ」
メリーは自分の名前が出たので、こっちを振り向いたので、エレクが声を掛けてやると、胸を張って答えた。
「それで、エレク、お前がラーリド様とこっちに回って来た用事はなんなんだよ」
「おっと、そうだった。
セカン、ディフィー、ちょっといいか」
セカンとディフィーが近づいて来た。
「この前の戦いの記録を早めに作っておこうとラーリド様が言われて、だとしたらやはり一番詳しいのは2人だろうから、ちょっと何時なら時間を合わせて作業ができるかの相談に来たんだ」
「詳しいと言っても、私たちが知っているのは表面上のことだけで、裏のことは隠されていたから」
セカンがそう言うとエレクは
「うん、そっちは僕が知っている範囲は書くし、アルフさんにも話を聞きに行こうと思っている。
で、エレオンに連れて行ってもらうことになっているから、アレク、防寒着を貸してくれ。 まだ必要だよな」




