307. 図書館の集まり
ラミアの里での日課は、ゴブとの戦いが終わった後も基本変わらなかった。
以前は戦闘訓練が午前中に行われて、その他の色々な仕事を、訓練で動けなくなった体を温泉でなんとか癒して、その後に行うなんてこともあったのだが、今では午前中は食物の採取や世話などの仕事をすることに決められていて、戦闘訓練は午後になってからだ。
戦闘訓練はゴブとの戦いが終わってからも、真剣さ、激しさは以前と一切変わらなかった。
変わらないだけでなく、今では子供たちまで基礎的な訓練を課せられている。
サーブは若い子たちだけでなく、子供たちの訓練まで、責任者として担当することになってしまった。 さすがに1人では手が足りないので、その補助をアレア様とロア様が務めることになった。 アーリア・アーレア・アーロア以下はまだ自分の実力を上げる方が忙しく、それはミーレアに関しても言えるかもしれない。 そうなると子供たちに教えられるのは、アレア様、ロア様を除くとナーリアたちということになる。 だがナーリアたちの剣の腕は必要に迫られて、ラーリア・ミーリアたちとの実戦的な訓練で培われたもので、教えられて覚えたというものではない。 教える事を前提にそれを研究して、努力していたサーブが例外なのだ。
「私が責任者で、アレア様、ロア様に補助として手伝ってもらうなんて形で、本当に良いのでしょうか」
「それはそうよ。 私たちは確かに剣は私たちより上位の方々に教わって覚えたモノで、ナーリアたちのような実戦的に覚えたモノではないから、その教わった時の事に倣って教えることはできる。 でもサーブのように、どう教えたら良いかを研究したことなんてないわ。 あなたが責任者として、若い子、子供たちを指導するのが、ラーリア様があなたを指名した通り、私も最適任だと思うもの」
「それに普通の剣を振って単純に戦うのだとしたら、私ら2人よりサーブの方が今ではずっと強いからな。 サーブが私たちの上に立っても当然のことだ」
サーブが自分より上位の2人の上になる立場に戸惑いの言葉を発すると、ロア様、アレア様に簡単に一蹴されてしまった。
子供たちが剣の訓練をするようになって、そこにメリーも混ざることになった。
メリーの周りには同年代がいなかったのだが、それによってメリーも同年代の友達を持つことが出来た。 子供たちもメリーがラミアでなくて人間であっても、もう人間が珍しくは感じないのか、全く普通に接している。
それから若い子たちに混ざって訓練を受けていたアンたちを除いた人間の妻たちも、子供たちと一緒に訓練を受けることになった。 一応こちらは子供と比べたら体格差、体力差があるから、慣れたら若い子たちの方に移行することになっているのだが、すぐに移れそうなのは、意外にも教師をしていたというエレクの妻と、領主様のいる町とは別の町の裕福な家の娘だったというケンの妻の2人だけだった。
一番回復が遅れていたデイヴも、なんとかいくらか日常の仕事の手伝いが出来るまでに回復してきた。
それを見たエレクが僕たちに提案してきた。
「やっとデイヴも回復して、少しは動けるようになったから、一度僕たちだけで話し合いをしよう。 僕も話したいことがある」
「俺たちだけって、ラミアは抜きでということか?」
ボブが質問した。
「まあ、そういうこと。 場所の都合もあるし、他の理由もあるから、ナーリアたちだけは例外で加わってもらおうかと思っている」
「何、アレクの家で話そうということ?」
ハキが場所を訊ねた。
「いや、アレクの家ではなくて、図書館に集まって話をしようかと思うんだ」
エレクの提案通りに僕たちラミアの里にいる男たち全員と、ナーリアたちだけの話し合いが開かれることになった。
ラーリア様たちをはじめとしたそれぞれの妻たちは、ちょっと過保護なのではないかという感じで、僕たちだけというのを心配したが、ラミア、または女性が参加すると話せない内容なのかと考えて、僕たちの自由にさせてくれたようだ。
実はナーリアたちだけは参加したという事を後から聞いて、少し拗ねられてしまったのは、後の話だ。
僕以外の友たちは、エレクが御者をして馬車で図書館までやってきた。
「図書館に来るくらいのことで馬車を使うなんて、なんだか変な気分だよ」
エレクが僕にそう言った気持ちは分かるけど、ボブ、デイヴ、ケンの3人はまだ馬車の乗り降りさえ少しふらついている。 確かにまだラーリア様たちが心配する訳だと思った。
「あれっ、そういえばエレクって馬車の御者できたんだっけか?」
「何言ってるんだよ、アレク。 あれほどギュートに騎乗の練習をさせられて、それだけでなく何度も馬車に乗れば、嫌でも御者をするくらいのことは覚えるだろ」
うーん、そういうモノなのだろうか。 もしかして、エレクもセカンみたいに見ていれば覚えてしまうのだろうか。
僕たちは図書館の3階で話をすることにした。
図書館の中は、各階に本を読むスペースはあるのだが、書架に囲まれていて、そんなに広いスペースはない。 3階だけは、書架が埋まり切っていないからか、少し広いスペースがあるのだ。
事前に考えていなかったのだが、3階まで階段を登って移動することが、結構大変なことだった。
「ほら、ボブ、私の肩に掴まれ。 そんな足取りだと、下手をしたら階段を転げ落ちるぞ」
「サーブ、すまねえ」
「何言ってる。 こんなこと何でもないぞ」
サーブがボブに肩を貸し、ナーリアがデイヴの、セカンがケンの面倒を見て、ディフィー、レンス、アンも別々に僕たちの安全を見守っている状況だ。 たかが階段を登るだけで、まだこの状況なのだから、何とも情けない。
アンをこの場に参加させるかどうかに、ちょっと悩んだ。 エレクの気持ち的にはアンを参加させたくなかったみたいだが、ここでの話を家でアンに隠していくということは難しいし、現実的ではないのでアンも参加するということになった。
モエギシュウメに関しては、僕の妻の1人にはなったけど、ナーリアに加わったとは言えないし、モエギシュウメが参加するとウスベニメを断れなくなるということで、不参加にした。 まあ、ハーピーの視力なら僕たちが何かしているのは、しっかりと把握しているだろうけど、見えてしまった事を必要もなく話題にするのはハーピーのマナーに悖る行為ということで、何らかの必要とか何かなければ表面には出てこないだろう。
ダメとは言いづらいのがイクス様だけど、当然ながらイクス様はナーリアの一員ではない。 それ以上にイクス様に聞かれるということは、ラーリア様やミーリア様に筒抜けになる感じがする。 それにイクス様となると、もう色々と察してしまっているような気がしてしまうんだよな。
「私がアレクくんの妻の1人になっているといっても、ナーリアの活動にはやはり加われないわ。 私は行かないで、家でメリーとティッタと待っているわ」
イクス様は自分から加わらないと言ってくれた。
「ナーリアたちは居るけど、俺たち人間だけを集めたということは、また何かゴブに関してのことなのか。 もし、先の戦いの話をしようというのなら、俺は加わらないぞ。 話したくもないし、聞きたくもないんだ」
話し合いはそんなケンの言葉で始まった。
「この前の戦いの話をする気は僕にもないよ。
僕だって、話したくもないし、聞きたくもない。 それにナーリアたちに聞かせて良い話でもないし、聞かせたくもないしね」
エレクはそう言って、ケンの懸念を払拭した。
そのエレクの言葉は、エレクが戦いで自分たちで何をしたのかをラミアたちが知っていると考えていることが分かった。
「だけど、ケンの言う通り、ゴブに関係すること僕はこれからみんなに話そうと思っている」
このエレクの言葉に、みんなは「まだゴブの事が続くのか」という辟易とした顔を少ししたが、より一層エレクの言葉を注意深く聞こうとしている。
「ところで、ゴブとの戦いが終わったのに、以前と同じように、戦闘訓練が行われているのは変だと思わないかい?」
このエレクの問いにまずハキが応えた。
「以前と同じとエレクは言ったけど、それはゴブとの戦いの前と同じという事で、昨年と同じということではないよね。
僕らがこのラミアの里に来たのは、昨年のあとほんの少し後だったけど、ぼんやりした僕の記憶の中だけど、ラミアがこんなに戦闘訓練をこなしていたとは思えないんだ。
その辺、ナーリアたち、どうなの?」
ディフィーが答えた。
「そうね、去年まではこんなに戦闘訓練をしてはいなかったわ。 サーブが教え始めた子供たちだって、去年までは戦闘訓練はなかったし、ま、それは大きくなって今年からということかもしれないけど、私たちが習い始めた時は、もっとずっと緩いモノだったわ。 サーブが張り切っているからかもしれないけど」
「いや、そんなことないぞ。 訓練内容はラーリア様にチェックされているし、その要請は『可能な限り迅速に実力をつけさせろ』というモノなんだ」
サーブはちょっと躍起になって、自分の張り切り過ぎ説を否定した。
「あ、俺はちょっと面食らっているんだ。 ゴブとの戦いの後は、みんなのそれぞれの家造りを凄い勢いで進めなければならないのかと、まあ覚悟していたのだけど、今現在はそこまでの時間が取れなくて、家造りは進んでいない。
それは俺の体調が戻りきってないから、それを考えてくれているのかも知れないけど、ハーピーのために町の復興も約束しているのだから、そこに時間を使うのかと考えていたんだ」
バンジがそんな話をすると、ダイクもそれに同調した。
「俺もそれは感じている。 建物の基礎だとか、そういったことの為に石の切り出しをどんどんしていかないとダメだろうと覚悟していたのだけど、仕事を急かされてはいない」
みんな、ゴブの脅威が終わった後も、ラミアの里全体で戦闘訓練に大きく時間を取っていることを疑問に感じていたようだ。
「まあ、そんな風に僕も何故なんだろうと、少し考え込んでいたんだ。 それに僕はもう一つ気がついていた、ラーリア様たちが領主館から戻って来てから、戦闘訓練が本格化したんじゃないかって。
もちろん1番の理由は、そのくらいの時になって、やっと僕たち人間の男がいくらか体調が戻って、周りにかける迷惑も減ったからというのがあると思うのだけど、僕は何だか関係がある気がしたんだ。
それで僕は、ラーリド様にさりげなく、領主の館の印象を聞いたりして、話された内容を聞き出そうとしたのだけど、ラーリド様は口が堅くて、肝心なところは全く話してくれない。 余計に何かあるのかな、と思うようになった。
僕は何かしらあるならば、過去にも何かあったのかも知れないと思って、僕は知っての通りラーリド様の手伝いで図書館に来る事が多いから、その時を利用して過去のゴブの騒ぎを調べていたら、同様に図書館に来る事が多いセカンとディフィーも、同じ事を調べていたという訳さ」
エレクに続いてセカンが話した。
「私たちも、こんなにも戦闘訓練を熱心に進めることに違和感を覚えていた。 サーブに子供たちにまで厳しい訓練をするようにと命じるのは、さすがに普通ではないと私たちは考えた。
それにイクス様は私たちに普段は何でも話してくれるし、レンスが『私の母親は時々抜けているから』と言うように、気のおけない間柄になるとかなりポロッと情報を漏らしてくれたりする。 でもこの件に関して、イクス様はラーリア様から確実に色々と報告を受けているはずなのに、私たちに何一つ漏らさない。 余計に何かある事を確信した」
「そこまで漏らさずに秘密にしているのだもの、もう自分たちで調べてみるしかないじゃん。 それで私とセカン、そしてエレクは同じ目的に向かって、協力して過去のゴブとの関わりを徹底的に調べたのよ。 記録として残っている限り」
ディフィーが最後に、ちょっと褒めて欲しいという感じで僕たちに向かって言った。
エレクはそのディフィーの態度を生暖かい目つきで見ていたが、すぐに真剣な調子で言った。
「そこで僕たちは、とても重要な事柄にすぐに気がついた。 それはまだゴブの騒ぎが終わってはいない、ということなんだ」
「終わってないって、ゴブの巣は王国の総力を上げて、潰したんだぞ。 そして最後の生き残りの逃げてきたゴブを、俺たちはあんな思いをして全滅させたんだぞ」
デイヴが大きな声でエレクの言葉を遮った。
少し沈黙の時間があったが、エレクは冷静に感情を押し殺した声で答えた。
「ああ、確かにその通りなんだけど。 過去にもゴブが大量発生した時には、何度もゴブの巣を潰しているんだ。 でも、今まで完全に潰す事が出来たことはない。 当然だよね、完全に潰してゴブを根絶やし出来ているなら、今回の騒ぎは起こってないのだから。
そして、今回も僕には例外になるとは思えない。 ゴブの巣を完全には潰せてはいない可能性の方がずっと大きいと思う」
今度の沈黙はさっきよりも、もっと深く重かった。




