306. 首脳だけの会談
男たちは意識が正常に戻っても、失った体力が大きく、また、なかなか食べることが元に戻らなくて、前と同じに活動することが出来ずにいた。
ゴブの脅威がとりあえず無くなったとはいえ、季節はどんどん進み、進めなければならない仕事が溜まっていく。
特に問題があるのが、ヤーレンが中心になって進めていた農作業だ。 今年になってから計画して進めていた作業がたくさんあるのだが、ヤーレアたちだけが若い子を指導して進めるのはやはり限界があり、どうしようもなくなってしまった。 ヤーレンが調子が戻らなくて作業の陣頭に立てなくても、季節が進むのを待ってくれる訳はなく、切羽詰まったヤーレアたちは、ヤーレンを台車に乗せて、その台車を5人で持ち上げて、農作業の現場まで連れて行き、とにかく口頭での指示をしてもらうようにするという暴挙に出た。
慌てたのは、ヤーレンの妻たちだ。 朝食の後、ヤーレンが集合住宅の一階で休んでいると、入り口からヤーレアたちが中に入って来たかと思うと、
「すみません。 もうどうにもならないので、ヤーレンをお借りします」
と言うと、あっという間にヤーレンを5人で抱え上げ、外に用意してあった台車に乗せて、連れ去ってしまったのだ。
その時にヤーレンの側にいたのはアーレクだったのだが、呆然と見送ってしまった後で、大慌て他の妻たちにその出来事を伝えることとなった。 事件を知って激怒したミーリクの指揮の下、すぐにヤーレンの連れ去られた場所が特定され、ヤーレンの元に向かったのは当然のことだった。
しかし、ミーリクたちが見つけたのは、どこかで見つけた棒にすがり付く様にして立って、作業を一生懸命指導するヤーレンの姿だった。 そしてそのヤーレンの言葉を、一言も聞き漏らすまいと真剣に聞いて、若い子たちを指揮して作業を進めているヤーレアたちの姿だった。
「体力なんかまだほとんどないのに、ヤーレンは懸命に仕事しているのに、私たちはそのヤーレンの手伝いが何一つ出来ないのよね。 私たちはヤーレンの妻なのに、私たちよりもヤーレアたち、そして若い子たちの方が、余程ヤーレンの役に立っているわ」
ミーレクがそう言うと、
「とにかく出来ることをして、少しでもヤーレンを助けるわよ。
アーレク、ラーリク様のところに行って、赤ん坊の世話をエーデルと交代してきて。 今、この場で私たちの中で一番役に立つのはたぶん人間のエーデルよ、きっと。 アーリクも一緒に行って、エーデルをここに案内して」
ミーリクは、激怒していたのを恥じる様な顔をして、そう命令した。
この日以降、ヤーレンを妻たちが介助して農作業をしているところまで行く様になり、ラーリク様以下全員が、天気が良い日は赤ん坊も含めて、なるべくその場に行く様になった。
最初ヤーレアたちは、それを嫌がったのだが、人間のエーデルは流石にヤーレンの言うことは全て理解して、細かく指導してくれるし、他はラーリクを筆頭に、ヤーレアたちの指導を受ける立場で、農作業を覚えようとしたので、ヤーレンの妻たちはすぐにヤーレアたちと打ち解けて作業を進めるようになっていった。
このヤーレンは、ちょっと他より突出した事態ではあったけど、他の友たちもまだ体力が戻らない中で、妻たちなどの助けを借りて、任されている仕事を始め出した。 もうそうしないと、ラミアの里の物事が回らないまでに、男たちはラミアの里に溶け込んでしまっていたのだ。
今現在のラミア、人間、ハーピーの間の連絡は、嫌がりながらもウスベニメとモエギシュウメの2人が担っている。
ハライトはまだボロボロにしてしまった羽根が治りきらず論外だが、エレオンとアライムも、ハーピーの里に戻ってからはラミアの里の男と似たり寄ったりの状態に陥ってしまい、やはり少し静養しなければならない状態になっているのだ。
「全く2人とも軟弱なんだから」 ウスベニメはそう言ったかと思うと、すぐに自ら、「そんなことはないか。仕方ないか」と言った。
「うん、状況を聞いたり、ラミアの里だけでなく、砦の男たちの様子を見ても、あの3人は全てを見ていて、終わった後に介助したんだから、影響されてしまっても仕方ないよ」
モエギシュウメがそう同意した。 2人はそれぞれキースとアレクの側にいる事を優先させたい気持ちが強いのだが、現状は忙しく飛び回る羽目になっているのだ。
そんな2人がラーリアにエルシムの提案を持ち込んだ。
「ラーリア様、エルシム様から、『ゴブとの戦いが一先ず終わった今、もう一度簡単な会談を、3種族の代表として持ちたい』とのことです」
「えーと、エルシム殿はどのくらいの規模での会談を想定しているのだ?」
ウスベニメの言葉に、ラーリアはちょっと考える仕草を見せて、質問した。
「各種属、3名程度と考えているようです。
人間の方は今は領主様と、カーライル様、ストーム様ぐらいしか参加できないだろうから、という考えの様です。
ハーピーからは、エルシム様と、おばさん、じゃなかったシロシュウメ様、そして今回からはイルヒム様が参加すると思います。
ちなみにイルヒム様はアライムの父親です」
なるべく早い方が良いということで、会談は3日後に設定された。 場所は今現在、領主はその町を離れられないので、人間の領主の館と決まった。 領主とその側近2人がその場を離れると、跡取りであるアルフレッドが復調していない今、領内の政に支障が大きく生じてしまうからだ。 まだ、フロード排除の影響は消化し切れていないのだ。
ラミアの会談の人選はちょっと揉めた。
ラーリアに加えて、後の2人をどうするかが問題となったのだ。 誰も今、ラミアの里を離れたくはなかったからだ。
いつもなら一番に同行するであろうミーリアは今回は外された。 ボブの妻は人数が少ないので、ラーリアだけでなくミーリアまでが留守にすると、ボブと赤ん坊を世話する人数が少なくなり過ぎるからである。 それから引退しているイクスが行くことも、やはり無しだ。
結局ラーリアの上位3人ということになったのだが、ラーリドは状況からすぐに仕方がないと諦めたが、ラリオがごねた。
「ラーリアの上が行くしかない、ということには同意するが、私でなくても良いだろう。 デイヴは正気に戻るのが一番遅く、復調が一番遅れているんだ。 それなのに私が離れなくても良いだろう」
「そうは言っても、ラリファとラーリルなら良いという訳にもいかないだろう。
ケンはデイヴと同様に復調が遅れているし、それを言うなら、ボブだって復調が遅れている。
ダイクは確かに復調しているが、まだまだ本調子ではないのに、道の整備の仕事と、建物の基礎の仕事を始めていて、それをアリファたちがサポートしている。そこから人手を抜くと、家の建築が遅れると、そこら中から不満が出るぞ。
それから比べればデイヴはキースと共に人間との交渉役だったので、今溜まっている仕事はない。
総合的に考えると、ラリオ、今回はお前が1番の適役なんだよ」
ラリオは渋々折れた。
ラーリアたちの町への移動は、軽馬車が使われることとなった。 ラーリアたちは領主の館に行ったことがないので、誰かが案内しなければならないのだが、キースの回復がちょうど一番順調だったこともあり、キースがラーリアたちに同行することになった。
最初キースの同行に、ラーリンたちは反対して、次にラーリンたちも町に同行する事を提案してきた。 しかし、今回の会談に関係しないラミアが6人も同行する訳には行かず、また同行するには普通の馬車での移動となり、軽馬車とキースの騎乗での移動に比較すると時間がかかることから、ラーリンたちの同行は許されなかった。 それでもラーリンたちはキースを心配して、仕方なしに人間の嫁であるマリだけ、ちょっとした里帰りも兼ねて、同行させることになった。 マリも騎士の家の生まれで、子供の頃は自分の男兄弟に混ざって育ったので、馬に騎乗することができたのだ。
軽馬車は、ミーリアの使用している物、ナーリアの使用している物、そして最初に試験的に作って、色々とテストした物を一応予備として保管していたのだが、それによって3台確保することが出来た。
軽馬車の扱いは、ミーリアが3人に教えた。
「まさかミーリアに物の扱いに関して教わる日が来るとは思ってもいなかったぞ」
ラーリアがそう言うと、ラーリドも
「本当に、私たちはミーリアの不器用さを知っていますから、何だか変な気がしますね」
とラーリアの言葉に同調したのだが、自分もその不器用に含まれる自覚のあるラリオは何も言わなかった。
何はともあれ、3人は軽馬車の扱いはすぐに覚えて、今回の移動に支障はきたさなかった。
キースを心配して同行したマリだが、領主の館に実際に到着した後は、キースはキースの母親に任せて、自分の家に帰る間も無く、全く勝手の分からないラーリアたち3人を、領主の館で何かと世話をすることとなってしまった。
ナーリアや、ミーリアが訪れた時には、デイヴ、キース、アレクは必ず同行していたし、アンとメリーも一緒の時もあり、さほど館の者が接待に困ることはなかったのだが、流石にそういった者たちが誰もいないで、ラーリアたちも初訪問だったので、双方とも全くぎこちなさが克服できず、マリが間に入ることになってしまったのは、仕方のないことだっただろう。 キースは、やはり体力が足りず、村への移動だけで、実家で休むこととなってしまったのが、仕方ないこととはいえ、ラーリアたちの誤算だった。
「やはりミーリアを、いやミーリアはむりだ。 それではせめてナーリアを連れて来るべきであったか」
ラーリアがそう反省を口にしたのだが、ラーリドがその非を指摘した。
「ナーリアは、まだ指揮官としてやっと独り立ち出来たか出来ないか、というところで、今回のラミアの代表という人選の中には入りません。 ナーリアは将来的には当然そうなるでしょうが、現時点ではまだまだ先のことです」
「そうだな、ナーリアにはまだまだ今回の様なことは、荷が勝り過ぎる」
ラリオもナーリアという選択肢はないと考えていたようだ。
「うん、そうだな。 今のは忘れてくれ」
「まあそれはともかく、マリには後で労わないといけないですね」
翌日、朝食後に、いつものように私的な方の執務室に、領主と側近2人、それに加えてラミアの3人が揃って少し待っていると、部屋の少し広いバルコニーにハーピーが3人舞い降りた。 エルシム、シロシュウメ、そしてイルヒムだ。
この中では一番知られていないイルヒムが、まず最初に自己紹介をした。
「私の方は皆さんを見知っているのですが、この度よりハーピーの代表として加わらせていただくイルヒムと言います。 よろしくお願いします」
ラーリアが一番に応えた。
「イルヒム殿、御子息には前からとても世話になっている。 ところで御子息たちの具合は如何であろうか」
「ラーリア殿、ご心配ありがたい。 私の息子アライムとエレオンは、もうほぼ体力も戻り、もうすぐ今までのように連絡係の任務に戻れると思う。 ハライトはもう少し時間が掛かるが、それも丁度羽の生え変わりの時期と重なっているから、大して掛からないだろう。 逆にラミアの里の者や、砦の者たちの様子はどうであろうか」
「ラミアの里はもちろんだが、砦の方も順調に快方に向かっていると聞いている。 ただ、今回の行為に関して一番重荷を背負ったのは、砦のアルフレッド殿とラミアの里に居るデイヴの、領主殿の御子息の2人だ。 その2人の回復が一番遅れているようで、まだ心配している。 そんな話を昨晩は私たちと領主殿たちとしたところだ」
「見ていただけのハーピーの3人でさえ、体調を崩し、しばらく任務を離れなければならない程のことであったのだ。 2人の心がどれほど深く傷付いたかは、想像するのも憚れる。 ゆっくりと養生してもらいたいものだ」
「ご厚情、誠にありがたい」
エルシムの言葉に2人の父親である領主が、少し涙を浮かべて礼を言った。 側近の2人も、苦しいというか辛いというか、様々な思いが去来して複雑そうな鎮痛な面持ちをしている。
「ところでエルシム殿、今回同盟している3種族の代表を集めたのは、どういった理由からであろうか?」
領主が今回の集まりの本来の主旨に話を戻した。 エルシムが話を始めた。
「私が今回、ここに集まってもらった理由は、ハルオン様が生前私に伝えておいてくれた事を、ここにいる全員にも知っていてもらいたいからだ。
それによって我々全体の今後の動きは、確実に知るか知らぬかで変わってしまうと思う。
そもそも今回のゴブとの戦いで、ここの所のゴブの騒動は一応の決着をみたと考えてはいないだろうか。 その考え方は間違いであるという事を、ハルオン様は言い残しておいてくれたのだ」
この場に居た者は全員がエルシムの言葉を真剣に聞こうと、姿勢を正した。




