305. やっと回り始めた日常
まだちょっと頭が回っていないのか、今はどういう訳か分からないけど、みんなで温泉に入ろうとしている。
イクス様がティッタを優しく洗ってやって、大急ぎで自分の体を洗い終えたナーリアに預けて、自分の体を洗っている。
レンスがメリーを洗ってやって、「レンお姉ちゃん、メリーがお背中洗ってあげる」と背中を洗われている。
僕は今、セカンとディフィーに全身洗われている。
体のほとんどが羽根と羽毛で覆われているモエギシュウメは、人間やラミアの様に体を洗うということは出来ないので、かけ湯をしてもう湯船に入っている。
「一緒にお風呂で体を洗ったりは良いけど、まだいくらか残っているから、湯船に一緒に入るのは気が引けるのよ、サーブ」
「アン、何を言ってる。 もう出血量の多い時を過ぎて、ほとんど出血してないのだろ。 それで気にしてたら、擦り傷や軽い切り傷を作った者も温泉に入れないことになるじゃないか。 気になるなら、湯船のお湯が流れ落ちる方に入れば良い」
そうアンとサーブが話しているところに、キースたちがやって来た。 脱衣場で服を脱ぎ出したキースのグループの1人にサーブが声を掛けた。
「マリ、お前もアンと同じ状態だったな。 お前もちゃんと湯船に入れ」
マリが唐突にサーブに言われて、訳が分からずアンに助けを求める視線を送った。
「生理ももう終わりの方だから、気にせずに湯船にも入れって。 もし気になるなら、湯の落ち口の方に入れば良いって。 私、そっちに入っているから、マリもおいでよ」
「ああ、そういうこと。 わかった、それじゃあ体を流したら私も行く。 サーブ、ありがとう」
そんなやり取りがされて、僕たちと同様にキースたちも体を洗ったり、赤ん坊やキースが洗われたりするのを湯船の中から見ていたのだが、ふとウスベニメが視界に入って慌てて視線を逸らした。 僕がモエギシュウメの近くに居たから、近づいて来たので目に入ってしまったのだ。
「アレク、そんなに慌てて視線を逸らさなくても良いわよ。 別にもう慣れちゃったわよ。 実際一緒に入ってみたら、このラミアの里の男たちは女の裸に慣れきっちゃっているからか、別に変な目で見てこないし、特別どうということも無かったわ。 別にそれは、今まで普通じゃ無かったからというのが理由という訳でもないでしょ」
「ウスベニメ、もう慣れちゃったの? 随分と慣れるのが早いわね」
モエギシュウメがいつもの調子でウスベニメを揶揄った。
「ま、なんて言うか、慣れたというより、はっきりと現実を認識したのよ。 ああいうのを普段から普通に見ていたら、私たちハーピーの貧弱な身体なんて、そういう目で見る訳もないと」
ウスベニメは視線をイクス様とラーリン様の方に向けてそう言った。 イクス様だけでなくラーリン様もそれなりに、元々から成熟した身体つきな訳だが、今は授乳しているからか胸が大きくなっていて、いつも以上に迫力がある。
「でもハーピーも捨てたものじゃないわよ。 アレクは私のことを『気持ちが良くて、抱きしめたくなる』って言ってくれたわ」
「キースだって、私のこと抱きしめてくれるわよ」
何となく2人の側で話を聞いて居づらくなったので、場所を移動した。
僕が湯船の中でおしゃべりに花が咲き出した女性陣から離れた場所に行くと、すぐにキースと、キースたちのすぐ後にやって来たエレクが近寄って来た。
「おう、大丈夫か? まともになったか?」
「ああ、何とかな」
「僕も正気に戻ったよ。 かなり迷惑をかけちゃったみたい」
キースも、エレクも、消耗し切った顔をしている。 きっと自分もそんな顔をしているのだろうなあと改めて思った。
「ボブ、デイヴ、ケンはまだ正気に戻っていない。 他は戻ったみたいだ、少しすればここに入りに来るんじゃないか」
僕が尋ねる前に、エレクがみんなの状況を教えてくれた。
「キースは俺と同じように最初から覚悟していたから、正気に戻るのが早いのは、何となく自分と同じだからと分かる気がするのだけど、エレクは何で早く正気に戻ったんだよ?」
僕は疑問だったので聞いてみた。
「僕は、ダインさんが王国に要請に行った時点で、こうなることを予想していたから。 ほら、僕は図書館に居る時間が多いから、さすがに過去の文献とかを調べたりはするから、こういう状況になる可能性は高いと覚悟していたから」
「過去にもこういうことはあったんだな」
キースが何だかしみじみと言った。
「で、最初から一緒に覚悟していた筈のデイヴがまだダメなんだ」と僕が言うと、
「デイヴは、領主家の人間として、俺たちみんなを領主家の政治的都合で騎士に任命して、それで今回の事態に否応なく巻き込んでしまった、という思いがきっとあるんだ。
褒美として馬をラミアの里に与えたことも、考えてみれば、この事態を俺たちに強制する要因になった。
そんな風に自分が、俺たちをこの事態に巻き込んだ原因だ、という強い負い目があるんだよ、そんなことないのにな」
「ボブも、リーダーとして僕たちに下知して、今回の事態を主導したという気持ちがあるんじゃないかな。 自分が命令して、僕たちに強制したという負い目があるのだと思う。 それもボブのせいではないのだけど。
こういった意味では、僕はアルフさんが心配だよ。 アルフさんが今回の全体の指揮をとっていたからね。 一番そのなんて言うか、背負っている物が重い気がするから」
ちょっと重い沈黙になってしまった。 気分を変えるように僕は言った。
「それで、ケンがまだ駄目なのはどういう理由から?」
「ケンは、きっと覚悟が足らなかったからだろう」
キースが僕が気分を変えようとしたことに乗っかるようにして、そうちょっとふざけて言った。
「さすがにそれは可哀想だよ。 優しい男だから、と言ってあげようよ」
エレクがフォローした。
結局、その話に出た3人以外は、みんなその日の晩、あまり遅くならないまでに、温泉にやって来た。 ミーリアの人たちが僕らにちらっと声をかけて、軽く情報交換して行くだけだったから、詳しくはわからないが、みんな体調はボロボロだけど正気には戻ったみたいだ。
その残りの3人はその次の日のお昼頃になってやって来た。
どういう訳か、ボブのグループがやって来る前にウスベニメが家にやって来た。 ウスベニメは家に入ってくると緊張した面持ちで、モエギシュウメに言った。
「ミーリア様が、私とモエギシュウメに命令することがあるから、ここで待っていなさいと言われたわ」
どうやらウスベニメは悪い予感がするようだ。
「ウスベニメ、モエギシュウメ」
温泉に入る前に家の方に来たミーリア様は、ちょっと疲れた感じの顔をしていて、2人を厳しい口調で呼んだ。
「はい」
ミーリア様の前に揃って直立不動の姿勢で立った2人の背中の羽毛が立っていた。
「あなたたち、こっちにずっと居続けていて、ハーピーの里に何日も戻っていないわね」
「はい。 心配だったので、つい」
ウスベニメがそう答えると、
「あなたたちが人間の男を心配するのと同じように、あなたたちのことを家族は心配するのよ。
これは命令です。 すぐに一度ハーピーの里に戻りなさい。
そうして自分たちの無事を家族に報告してから、2人で砦の方を見て来て頂戴。 砦に行ったエーレアたちが戻って来ないのよ。 どうなっているのか、見て来て報告して」
そういえば、エーレアたちの姿を見ていなかった。
「またすぐにここに戻って来ちゃって大丈夫なの?」
ナーリアがモエギシュウメに心配そうに聞いた。
「うん、大丈夫。 さすがに何日も家に帰らなかったから、その間、お母さんはちょっと心配して、かなり頻繁にここを観察していたみたいで、状況はしっかり把握されていた。 『頑張りなさい』って激励されたわ。 父親の方は、『自分も疲れて戻ったばかりなのに』と渋い顔をしていたけど」
モエギシュウメが笑い顔でそう言うと、ディフィーが
「うん、それはそうだよね。 ラミアの里に行ったというのは分かっていたのだから、ハーピーだったら私たちが気付けない遠くから、心配だったら覗いてみるわよね」
「それは分かるけど、父親が渋い顔って何で? 心配顔ではないの?」
セカンがそう言って、疑問を口にした。
そうか、ラミアは父親というモノを知らないから、その心理なんて分かる訳が無い。
「きっと、モエギシュウメに疲れて帰って来た自分を労って欲しかったのに、放って置かれてしまったからだよ」
「それだけなの、アレクくん」
「いや、それだけという訳でもないでしょうけど」
イクス様に突っ込まれてしまった。
「レンスの父親はね、レンスが少し大きくなってからは、『嫁になどやらない』なんて言っていたのよ。 私はまだこんなに小さいのに何を言っているのか、と思ったんだけどね。
モエギシュウメのお父さんも、そういう気持ちもありつつ、種族としては娘が男、それも人間の男と仲良くなるのは良い事だから、表立っては怒れずに渋い顔だったのよ」
はい、僕もそうだと思います。
ナーリアたちは、「ふーん、父親ってそんな風に思うものなのか」と思ったようだ。
レンスだけは、ちょっと赤い顔をしている。
そしてアンは亡くなった父親のことを思ったのだろうか、ちょっと目を潤ませてしまっていた。
「アレクも、ティッタのことをそういう風に思うの?」
ナーリアがそう僕に言った。
「うーん、まだ小さ過ぎるから、今のところは良く分からないかなぁ」
そう言いながら、もう大きさ的には人間の生まれて1ヶ月くらいらしいが、それよりもしっかりしているから、メリーが今は抱いているティッタの方を見ると、ティッタも僕の方を見ていて、目が合った。 うん、やっぱり最高に可愛い。
「いや、違う。 やっぱり、絶対に誰かの嫁になんてやらない」
爆笑されてしまった。
「ミーリア様には報告して来たのだろうけど、エーレアたちはどうしてたんだ?」
サーブが尋ねた。
「そうよ、それなのよ、みんな聞いて」
モエギシュウメが勿体ぶったような、それでいてちょっと勢い込んだような調子で話し出した。
「砦にウスベニメと行ってみたら、エーレアたち、何とアルフさんとブマーの看病をしていたのよ。
砦には、他の騎士たちを看病する、彼らの妻や家族はいたのだけど、アルフさんとブマーはまだそういった者がいなくて、砦だからメイドの類は居なくて、2人を世話する女がいなかったんですって。
それで、エーレアたちが世話をすることになったんだって」
「アルフさんに世話をする家族がいなかったのは分かるけど、ブマーもなのか」
僕がそう言うと、
「アルフさんが1人で来ているのに、側近として護衛している自分も独り身なのに、家族を呼び寄せる訳にはいかないってことらしかったわ。 まあ、それはキースの兄のクラッドさんも同じみたいだったけど」
「なるほどね、確かにアルフさんだけっていう風には出来ないわね」
ディフィーがそう言うと、セカンが
「で、どういう組み合わせ?」と聞いた。
「組み合わせ? あ、そうか、あの状態の2人を世話するとなると、当然そうなるな」
サーブがモエギシュウメが答える前に、そう言ったが、ナーリアたちは「何、わかりきったことを言っているの」という感じだった。
「えーとね、エーレアとエーレファがアルフさん、エレオとエレドがブマーよ」
「あれっ、エーレルは?」
自分の姉妹の名前だけ出なかったので、ディフィーが聞いた。
「エーレルはね、どういう訳か、クラッドさんにくっついていた」
「ええ〜っ?!」
その一言にはみんなびっくりして大声をあげてしまった。
その声にティッタはびっくりして目を丸くしたが泣き出しはしなかった。
それからもまだ三日経ってから、エーレアたちはラミアの里に戻って来た。
とにかく、やはりブマーはともかく、アルフさんがなかなか平静に戻らなかったらしい。
ちなみに戻って来たエーレアたちは、それからすぐに脱皮して、ナーリアたちに身体の大きさが追いついてしまった。
「だって、さすがにエネルギーは満ちていたし、それよりもとにかく見ていられないくらいに苦しんでいて、どうにかしてあげられないかと思っていたら、戻って来て少しだけ気分に余裕ができたら、何故か脱皮しちゃったのよ」
前になかなか脱皮することがなくて悩んでいたエーレアが、今回の脱皮は訳が分からないという顔でそう言った。
「でも、この身体なら、アルフさんの子供、産めるよね。
子供が出来れば、アルフさんも世界をまた違った風に見れるよね」
「エーレア、気持ちは分かるが、まだダメだ。 私たちも止められている。
来年の春だ。 焦っちゃダメだ」
サーブが、とても真面目な顔をしてエーレアに言い聞かせていた。




