303. 戦いの後の時間3
「ねえ、砦の方の人間たちはどうなったかしら、気にならない?」
やっと騒ぎが一段落した時に、エーレファがそんなことを言った。
私たちは最近はナーリアとなるべく行動を共にしようとしていたから、戦いの中で林の中に下げられた時に、すぐにナーリアたちの行動がちょっとおかしいことに気がついていた。 ターリア・ワーリア・ヤーレアたちは、初めての実戦経験に興奮していて、気がつかなかったみたいだけど、私たちは気がついた。
レンスとセカンが姿を消したかと思うと、2人が戻ってきたら、コソコソと話をしている。 こういう時はきっと何かがあると、私たちの勘が教える。 でも、こういう時は問い質してもきっとまともに答えないことも知っている。
「だいたい今回の戦いは温過ぎよ。 戦いがこんなに温いモノのはずがないわ」
エーレルもそう言って、何かあると油断していない。 そう、私たちはまだ過去に2回しか戦いを経験してなくて、しかも1度目は戦力として数えられていなかったのに巻き込まれただけだし、2度目はカモフラージュとしてただ走り回っただけだ。 それでももっと酷い光景を見たし、切迫した気分を味わった。 今回は何かおかしい。
その後、林の中に無理やりハライトが飛び込んで来るという事態が起きて、やっぱりと思ったら、異常な状態になって護送されてきた男たちを目にすることとなった。 やはり何か大変なことが起こっていたんだという気分を強くしたけど、男たちの異常さは恐ろしかった。
「それにしても、やっぱりナーリアたちは凄かったわ。 あんな状態で、人間の兵たちもオロオロしていたのに、落ち着いて対処していた。
特にナーリアは私たちだけでなく、人間も含めた全員に的確な指示を出して、あっという間にあの混乱を収拾し、鎮めてしまった。 あれだから、ナーリアはミーリア様にマンツーマンで指揮官としての英才教育をされているんだって、今更だけどつくづく思ったわ」
エレオが私と一緒で自分の姉妹であるナーリアについて語った。
「でも今はそんなことより、私は砦の人間たちが気になるわ。 私、少しは話をした縁があるから、ブマーに毒注入したんだよね」
私がそう言うとエーレアが
「私はアルフさんに毒を注入した。 だから、確かにどうなったか気になるな」
「あなたたちが、あの2人に毒を注入に行ったから、私たちも結局砦の騎兵たちに毒を注入したから、確かに砦の男たちが気になるわね」
結局私たちは、ラミアの里で男たちがとりあえず落ち着いた時点で、ラーリア様に相談した。
「ラーリア様、毒の効果が切れた男たちが、今はまたとりあえずやっと落ち着いたところなのですが、私たち人間の砦を訪ねて来ても良いでしょうか?
正直に言いますと、私たち人間に毒を注入したのって初めてで、砦の男たちにも注入したのですけど、そっちが今どうなっているかが気になって仕方ないのです」
「エーレア、お前たちは今はナーリアに何を命じられている?」
「はい、私たちとターリアは奥での雑用全般と伝令係を任されています」
「そうか、そうだな今は落ち着いたからターリアがいれば用は済むか。
確かに、もしかするとここでは以前に暴れたような錯乱騒ぎは、目が覚めても起きなかったが、口移しの水ではないが同じ毒だ、その可能性はある。 大丈夫だと思うが確認の必要はあるかもしれないな。
よし、お前たちで一応確認して来い。 砦の場所は分かっているな」
「はい、私たちエーレアは先のフロードとの戦いの時に出ましたから大丈夫です」
私たちエーレアはこうして砦に向かうことになった。
とはいえ、前日から眠っていないし、食事もまともに取っていない。 本来なら少し休んでから出掛けたいところだけど、今はなんとなくどさくさに紛れて、砦に行って来る任務を得たような感じだから、ぼやぼやしていると、取り消されてもおかしくないと感じている。
「戦場の携帯用の命の実の残りがあるはずだから、それを持ってとにかく出発しちゃおうよ」
エーレルの提案で、戻って来た時に戻して、まだアリファ様が戻ってないので、物品係のカウンター前に山積みになっている携帯用の命の実を1人2個づつ持って、私たちは出発することにした。
「全くアレクもよくこんな物考えるよね。 便利で良いけどさ」
エーレファがそう言ったが、私もつくづく同感である。 アレクの考えたこの携帯用の命の実は、ただ単に竹筒に小さな穴を開けて、竹の中に命の実を適量入れただけの物なのだが、その穴から水を入れて栓をしておけば、適当な時に命の実を食べることが出来るのだ。
私たちは2個のうちの片方に水を入れて、出発した。
まだ砦とゴブに破壊された町を繋ぐ道に向かっている途中、食事のために休んでいる時に、アレア様とロア様たちに会った。 森の警戒に当たっていた部隊が引き上げて来たのだ。 私たちはその時に、今回の戦闘の終了を知った。
私たちが、どうしてこのような場所にいるのかをお二人に問われて、人間の砦に行って見て来るという任務を話すと、お二人は
「それなら、知っていた方が良いだろう。 覚悟してしっかり聞け」
と言って、どうして今回人間の男たちが異常な状態になってしまったかの真実を話してくれた。 自分たちが考えていた戦場の悲惨さ過酷さなんて、本当に全然生温いことで、あまりのことに私たちは食べたばかりのものを、みんな戻してしまった。
「だから男たちはあんな状態になっていたんだ」
私たちは、毒を注入する前の男たちの様子を思い出し、自分たちが真っ青になり震えていることに気がついた。
「おい、お前たち、大丈夫か?」
「はい、毒を注入する時の男たちの様子に合点がいって、なんだか余計にショックだっただけで、大丈夫です」
「お前たちの任務、今すぐには代れないが、一度里に戻ってからなら代わることも出来るだろう。 一度戻った方が良くないか?」
「大丈夫です。 もう落ち着きました」
私たちは、アレア様・ロア様たちを見送ってから、少しフラフラした足取りで先を目指した。
「とりあえず一度仮眠を取ろう。 流石にこれではもう無理だ。
起きたら食べれるように、携帯食に水も入れておこう。 みんなさっきは戻しちゃったからな」
私たちは前の時にも使った洞穴に入り、エーレアの命令で仮眠を取ることにした。 今も竃があり、薪も残っているけど、今回は鍋などを持って来ていないので、お湯を沸かして飲むことも出来ない。
私は馬車で来ていれば、色々と物も持って来れたし楽だったのにと、アンに御者の仕方を教わっていなかった自分の怠慢をとても反省した。
眠れないかと思ったが、疲労からかすぐに眠りに落ちてしまい、思っていたよりも長時間寝てしまい、焦って急いで食事をして、砦を目指した。 「砦に日が暮れる前に着かないと」と焦って意識がそっちに向いたからか、今度の食事は戻さずに済んだ。
砦に着くと、当然のことながら門は閉まっていた。 私たちは仕方なしに大きな門の横の小さな扉を叩くと、小窓が開いて私たちを見るとすぐにその扉が開いた。
「申し訳ありません。 今、まだ砦の中が混乱していて、外部の警戒が手薄になってしまい、ラミアの方々が近づいて来られていることに気がついていませんでした。 怠慢をお許しください」
いやいや、怠慢を許せと私たちに言われても困るのだけど、そもそも外部の警戒を怠っていたら問題だろうから、許して良いことではないだろうと思ったのだが、内部に入ったら、本当にまだ混乱の真っ最中だった。 すぐに何だか案内の人がやって来て、私たちは砦の奥に連れて行かれた。
「こちらにこの砦の指揮官補佐がいらっしゃいます」
と部屋の扉を開きながら通された中には、何度か見たことのある人がいた。
私は中の人の言葉を待たねばいけないのかと思ったのだが、きっと何も考えていなかったんだろうけど、即座にエーレアが声を掛けた。
「えーと、歩兵の指揮をされていた、確かキースの兄上でしたね」
「はい、クラッドリングといいます。 クラッドと呼んでいただければ」
「私はエーレアのリーダーのエーレアです」
「エレオです」「エレドです」「エーレファです」「エーレルです」
私たちも全員名乗った。
「それでこちらにはどのような理由で参られたのでしょうか。 実は私もまだ歩兵の半分を率いて戻って来て、そんなに時間が経ってなくて、あまり現状を把握していないのですが」
私たちはちょっと言葉に困ってしまった。 砦まで来ることばかり考えていて、その上、途中であの話を聞いたので、砦についてから何て話そうかなんてことを全く考えていなかったのだ。
エーレアが困って完全に沈黙してしまった。 私にチラッと目を向けると、エレオがエーレアに替わって話し出した。
「私たちは、私たちが毒を注入して眠らせた者たちの、その後の容態を知りたいと思ってやって来ました。
里の方の男たちは、毒の効果が切れて目を覚ましてから、色々と現在も問題がありますが、とりあえず落ち着いています。 こちらはどうか知りたいと思ってやって来ました」
確かにその通りなのだけど、なんというか、私たちが態々やって来る理由としてはそれだけだと単なるお節介という感じで弱いような気がする。 私はエーレファ・エーレルと目配せをして、言葉を足した。 キースの兄なのだから、私たちの言葉を、きっと悪くは取らないわ。
「実は以前、私たちの毒が使い方を誤ると、人間を錯乱状態にさせてしまう副作用があるということが判明しました。 今回、毒を注入した私たちは、今までに人間に毒を注入した経験がなかったので、注入量などの自信が持てていません。 もしかしたら、そのような副作用をもたらしてしまったのではないかと、心配でいてもたってもいられず、その確認にお邪魔してしまったのです」
「なるほど、そういう事ですか。 理解しました。
すみません、ちょっとお待ちください。 今、毒を注入して眠らせた者がどんな様子かを確認させますので」
クラッドさんは、部下を呼び付けて、彼らの現在の様子を確認させた。
しばらくして、報告がやって来た。
「現状、毒を注入されて眠らされて帰って来た者たちは、全員目を覚まし、錯乱して暴れるなどの問題を起こしている者はおりません。 ただ、一度目を覚ましてから、泣いたり吐いたりで体力を使い果たし、また気を失ってしまった者がほとんどです」
やはりこちらでも同じ状況なんだと私たちは思った。
私たちの顔を見て、クラッドさんが言った。
「ラミアの里の方でも同じですか?」
「はい、私たちがラミアの里を出るまではその状況でした。 私たちは男たちがまた気を失って、少し騒ぎが落ち着いたところで、里を出て来ました」
「戦場でのことを考えれば、男たちの現状は理解できます」
エーレアがラミアの里の状況を説明し、エーレファが少し同情の言葉を言うと、そのエーレファの言葉にクラッドさんが反応した。
「ラミアの方々は騎兵が戦場で何をして来たかを理解しておられるのか?」
隠しても仕方ない、正直に答えるしかない。 エレオが答えた。
「私たちも知らなかったのですが、私たち以外に、森の中から戦場を観察していたラミアがいたのです。 その者が報告を上げて、ラミアも何があったかを知ることとなりました。
私たちも戦場で何かがおかしいと思っていましたが、その理由を知って、何て言って良いのか分からない気持ちです。
そして、ラミアの里にいる男たちに対してもですが、皆様にも、その大きな痛み苦しみを伴う配慮、本当にありがとうございました」
クラッドさんは、ポロポロっと涙を零しながら言った。
「いえ、私たちはそれをラミアの方々には知られないように進めたかったのです。
私が不甲斐ないばかりに、ナーリア指揮官の手も煩わすことになり、ラミアの方々にも知られる羽目になってしまいました」
「いえ、ラミアにそれを目撃する者が出たのは単なる偶然ですから、クラッドさんの落ち度ではありません」
私は慌てて、そう言った。
私たちは一晩、砦に泊めてもらうことになり、食事なども提供された。 驚いたことに私たちが何も言わないでも、私たちの食事には水に浸しておいた穀物が出て来た。 砦にいる騎士たちの中には、領主の館でナーリアたちと一緒した者たちも居て、ラミアが穀物を煮ないで水に浸しただけで食すことを知っていたらしい。
私たちに提供された部屋は、流石に一般兵とは離され、士官クラスの居住区らしかった。 つまり、アルフさん、クラッドさん、ブマーなどのいる部屋に近い訳だ。 部屋が近いだけでなく、私たちは気が張り詰めているので、様々なことが聞こえて来てしまう。 アルフさんとブマーが泣いたり、呻いたりする音が聞こえるし、それに対してクラッドさんたちがオロオロとしているのが分かる。 どうやらここは砦だからだろうか、アルフさんたちを世話する女性はいないようで、兵たちがアルフさんとブマーの世話をしているみたいだ。
私たちは耐えきれずに、クラッドさんの声を頼りに部屋に突入した。 中に居たのはアルフさんだった。
エーレルがびっくりしているクラッドさんに鋭い声で訊ねた。
「クラッドさん、ここには女性はいないのですか?」
「他の兵は妻や家族を帯同して砦に来たのだが、アルフ様にはまだ奥方は居られず、軍事施設でもある砦なので、メイドの類はここには来て居ないのだ」
「それではブマーも同じですね。 見たところ、普通の食事を用意したのですね。 アンによると今そのような物は食べれません」
エーレルはアレフさんに駆け寄って行ったエーレアとエーレファを見て言った。
「エーレア、エーレファ、アレフさんの看護をしてて。 エレオ、エレドはクラッドさんにブマーのところに連れて行ってもらって、ブマーの看護をして。 私は、そこのあなた、私を調理場に案内して。 私は調理場で、アンが作っていたお粥という命の実を柔らかく煮込んだ料理を作って来るわ」
エーレルに「そこのあなた」と指名された兵士が、どうして良いか分からずにオロオロしていた。
「エーレル殿の指示に従え。
エレオ殿、エレド殿、それではこちらに来てください。
エーレア殿、エーレファ殿、アルフレッド様をよろしくお願いします」
クラッドさんが兵に命令し、私はエレオと共に、ブマーの部屋に向かった。




