302. 戦いの後の時間2
私たち女性ハーピーは今回の戦いにも、種族の掟に従って、完全に遠ざけられていた。 特に私とウスベニメは、その掟を破るのではないかと危惧されて、母親の目というどうにもならない監視までつけられてしまった。
「掟だからな、お前たちは里で静かにしていろよ」
ハライトがそんな私をちょっと揶揄うように言った後で、もう一言付け加えた。
「どうせお前は、ラミアは女性型なのに戦いに出ているのに、って思っているんだろ。 でも今回は戦うのは人間の男で、ラミアもまともな戦いはしないから、何も引目に感じる必要もないよ」
私はどういう意味なのか詳しく聞きたいと思ったのだが、ハライトは口が滑ったという感じで、大急ぎで私から離れていってしまったので、私にはそのハライトの言葉がどういう意味だったのかが、その時点では分からなかったし、「静かにしてろ」と、ちょっと高圧的に言われたことの方に腹が立って、注意がいってしまったので、戦いが終わるまで、そのハライトの言葉の意味を考えることがなかった。
戦いの状況は、ハーピーの戦える男たちは全員が駆り出されて、ゴブとの戦いが行われている地域全域の監視に当たっていたし、エルシム様とおばさんを含む長老数人は王国の本部に行っていたので、そことの連絡もあり、ハーピーの里には全て伝わってきていた。
ハーピーの戦える男たちが全員駆り出されているとはいっても、その任務は戦域の監視という危険のないものだったから、私は、そしてハーピーの里全体でも、戦いの中にあるとはいっても、どことなくのんびりとしたムードが漂っていて、この時間がただ過ぎ去っていくのを待っているという感じだった。
だから、戦いが最終的に終わる前日の夕方に、ハライトが羽根をボロボロにして自力では飛ぶことが出来なくて、アライムに掴まれて里に戻ってきた時には、里が一時騒然となる程、里にいた者は驚いた。
降りて来る2人に私とウスベニメは急いで近づいた。
「ハライト、いったいどうしたの?」
「いや、ちょっとな」
ウスベニメが鋭い口調でハライトに訊いたが、ハライトはちょっと恥ずかしげにごまかそうとした。 アライムの方が答えた。
「ハライトは、林の中に無理やり突っ込んだんだ」
「何、馬鹿なことをやっているのよ!! そんなことをしたら、羽根がボロボロになってしまうのは分かりきったことじゃない!」
私はこんな時に何でそんな人騒がせなことをしたのかと思って、怒りの口調でハライトを詰ってしまった。
「うん、ちょっとナーリアに大急ぎで伝言しなければならないことがあって・・・」
私の口調にアライムの方が弁解じみたことを言い始めたら、本人であるハライトがアライムを小突いて、その言葉を止めて言った。
「ほんとごめん。 俺の浅はかな行動で、みんなを驚かしてしまって。
アライム、もう戻れ。 そろそろ暗くなるから、今行かないと夜間に監視する場所に戻れなくなるぞ。 エレオン1人じゃ可哀想だ」
その言葉を聞いてアライムは、何か言いたそうなのを飲み込んだかと思うと、私たち2人に向かって言った。
「ハライトのこと頼むよ。 飛べないけど、擦り傷くらいで大きな怪我をしている訳じゃない、何か食わせて寝かしといてやれば良いから」
そのままアライムが飛び立とうかとしたら、お母さんが声を掛けた。
「アライム、大急ぎで持って行く食べ物を作ったから、エレオンと2人分持って行きなさい」
アライムはお母さんからその食べ物を貰うために、お母さんの方に近づいて行った。 私も何となくお母さんのすることだから、アライムと一緒にお母さんの方に向かった。
「ありがとうございます。 今晩は不味い携帯食を食べるしかないと思っていたので、本当に嬉しいです。 エレオンの分も感謝します」
「夜も監視なの?」
お母さんがアライムにちょっと聞いた。 アライムは私をチラッと見て
「僕はモエギシュウメみたいに夜目は利かないのですけど、それでも音などで異変が分かれば、今晩みたいに月明かりがあれば全く見えない訳ではないし、少なくとも篝火を焚いているところに知らせに行くくらいは出来ますから。 それに、たぶんもう今夜だけでしょうし」
と、今晩の自分の役目をお母さんに説明した。
「もう、行かなくちゃ。 暗くなる前に行かないと本当にエレオン1人に任せることになっちゃう」
アライムはそう言って、飛び立とうとして、ふと私に声を掛けた。
「ハライトだけど、寝てからも時々様子を見てやってほしいんだ。 お願いできるかな」
ハライトはとても心配そうな顔をして、そう私に依頼してきた。
「任せて。 ウスベニメと2人で、ハライト1人くらいしっかりと面倒見てあげるわ」
「本当によろしく頼むよ」
アライムは私にそう念押ししてから飛び立って行った。
ハライトは自力で飛べないので、とりあえず降り立った場所に一番近い私の家に来ることになった。 ハライトの家は飛ばないと行きづらい場所にあるからだ。 おばさんが話を聞いてやって来たけど、体格が少し大きい男のハーピーを女のハーピーが掴んで移動するのは無理なので、私の家に寝かせることにしたのだ。
客間にハライトを寝かせることにして、まずは食事をした。
ハライトのおばさんとウスベニメも居るので、久々に多人数で一緒に食事をすることになった。 アライムの言う通り、怪我は大したことないようで、ハライトは少し控え目にしたようだが普通に食事をした。 その後、ハライトを客間に寝かせて、怪我は大したことないようだからと、おばさんには家に戻ってもらった。
遊びに来たいつもと同じにウスベニメは私の部屋で一緒に寝るのだが、私はアライムに言われていたので、自分が寝る前にハライトの様子を見に行った。
「アライムが何を心配していたのか分からないけど、『ハライトが寝てからも時々様子を見てくれ』と言っていたから、ちょっと見て来るね」
「怪我も飛べないだけで大したことなかったから、別にいいんじゃない。 なんだか男の寝ているの見るのって、ちょっと気が引けるし」
「でも、私、アライムに請負っちゃったから、そこは約束だから見て来るよ」
私はアライムが本当に心配そうな顔をしていたのに、まだその時はとても呑気に考えていた。
客間の扉を開けたら、アライムの心配が理解出来た。
寝ているハライトが、物凄くうなされていたのだ。 何かとんでもない夢を見ているのだろうか、私はこんなにうなされている人を見たことがなくて、どうして良いか分からず、ウスベニメだけでなく、お母さんも呼びに行った。
3人で客間に戻り、私はあまりにうなされているハライトを起こそうかと思って近づこうとしたところを、お母さんに止められた。
「待って、うわ言で叫んでいることを何を言っているのか理解してからにしましょう。 もしかしたら、起こすことは余計に可哀想なことなのかも知れない」
私はハライトが汗まみれになってうなされている状況に、ハライトがかなり大きな声で何かうわ言を言っているのに気がついていたが、動転して何を行っているのかまで聞いていなかった。 お母さんに言われて、私たちはハライトのうわ言の内容を聞こうとした。
「もうやめろ、やめてくれ。 キース、お前が苦しむことをそんなにしなくても良いじゃないか。」
「おい、ダイク、ヤーレン、大丈夫か? エレク、しっかりしろ!」
「俺がせめて剣が振るえれば、替わってやれるのに。 まだ俺たちがやった方が良いだろうに。 ハーピーの爪では苦しめてしまう」
「エレオン、そっちの騎士の剣を頼む。 取り上げないと、自分に突き刺しそうだ」
「ナーリア、頼む。 俺たちにはどうしようもない。 頼むから、何とかしてやってくれ」
ハライトが汗まみれで涙を流しながら発するうわ言は、断片的過ぎてよく判らないが、とても悲惨な状況のようだ。
まるで悲鳴のように、ラミアの里の人間の男たちの名前をハライトが呼ぶ度に、私の背中を何かが貫いていく。 ウスベニメが真っ青な顔をしている。 私もきっと同じだろう。
私はそれでもハライトを起こして、とりあえず今苦しんでいる悪夢から逃れさせるべきではないのかと考えた。
「起こしてあげようか?」
私はウスベニメに向かってそう言ったのだが、ウスベニメもどうするのが良いのか分からずに、迷っていた。 お母さんが口を開いた。
「やめましょう、このまま見守りましょう。
きっとハライトは眠るまで、この辛い思いを抱えながらも、私たちにそれを見せないように我慢して、普段とそんなに変わらないように懸命に努力していたのよ。
今起こしても、その辛い努力をハライトに強いるだけだわ。 やめて寝かしておきましょう」
「でも、起こして何があったのかを説明して貰えば、少しは私たちに何かしてあげられることがあるかも分かるかと思うのですが」
ウスベニメがお母さんにそう軽く反論したが、
「話して良いことなら、最初の時点で話していたと思うわ。
アライムをハライトが小突いたりしていたけど、きっとあれは話してはいけないことに少しアライムが触れそうになったからなのよ。 ハライトは意識がまともなら、きっと何も話さないわ」
私もお母さんと同じように、ハライトがアライムを小突いたところを思い出し、ハライトから何か聞くのは無理だろうと思った。
結局、私たちはそのままハライトを見守っているしか出来なかった。
朝、ハライトは目を覚ますと、私たちが部屋に居るのに驚いた。
「俺、何かやっちゃった?」
「ううん、大したことない。 少し寝言がうるさかっただけ」
「俺、何か寝言で話していた?」
「正直、断片的な言葉ばかりで良く分からなかった。
寝言で言っていたことが、本当はどんなことかは、訊いても答えたくないよね?」
「うん、訊かないでくれると嬉しい」
お母さんは食事の支度に行き、私とウスベニメと3人でちょっと沈黙の時間が流れた。
ウスベニメが言った。
「とにかくハライトは汗を拭きなさいよ。 寝汗がすごいことになっているわよ。
本当は温泉に連れて行って、『清潔にしなさい』と言いたいところだけど、私たちだとあなたを掴んで飛べないから仕方ないわ」
その日の午前中早くに、もうエルシム様たちはハーピーの里に戻って来られた。
私は、伯母さんなら、ハライトがこんな状態になった原因を知っているだろうと思って、すぐに伯母さんのところに行って質問した。
「モエギシュウメ、私も正確な情報は持っていないの。 たぶんこんなことだったのだろうという推測はもちろん出来るけど、それをあなたに言って良いかどうかも問題があるので、今は言えない。
それに丁度良いわ。 あなたとウスベニメで、ハライトはもちろんだけど、エレオンとアライムの母親も呼んできて、私はあなたの母親とお茶をして待っているわ」
私は逆に伯母さんに小間使いをさせられる羽目になってしまった。
私とウスベニメがハライトたちのおばさんを呼び集めると、伯母さんは部屋に招き入れて、お母さんと共に話を少ししたのだが、扉を閉められて、私たち2人は閉め出された。
そんなに長くはなかったが話が終わると、おばさんたちは少し深刻そうな顔をして部屋から出て来た。
エレオンとアライムも少ししたら戻って来て、ハライトを連れて温泉に行った。 今日はそれぞれの家で休むということだ。
私とウスベニメは情報が欲しくて、午後にナーリアたちの家に行った。
異様な雰囲気だった。
少しだけ手持ち無沙汰な感じになっていたアンが、人間たちやハライトたちがこういった状態になる原因となった出来事を教えてくれた。
それは悲惨というのを通り越して、あまりに凄惨な出来事だった。
「でもね、男たちはそれを私たち女から隠して、全部自分たちだけで引き受けてくれていたの。 男たちは誰もそのことに関して一言も話してくれないの。 ハライトたちもそうでしょ。
私たちは、ほら森で暮らしているアーリア様とアーリル様がたまたまそれを密かに目撃していたから、その全容を知ることが出来たの。
それがなかったら、私たちも本当のことを知らず仕舞いだったわ」
私とウスベニメは、その出来事に対しても、男たちの頑なまでの隠そうとする意志の強さにも、声も出なかった。
「とにかく、私たちはアレクの意識を少しでもそこから引き離すために、とにかく誘惑して、アレクの意識を別に向けさせようとしているの。 それが良いか悪いか分からないけど、それ以外私たちには方法が考えつかなかったの。
それなのに、私は気が動転したら、ショックからか生理になっちゃって、みんなのようにアレクに抱かれることも今出来ないの」
私にはそのアンの気持ちが痛いほど理解できた。 ハーピーである私も、交尾期をもう終えてしまっているので、次の交尾期までアレクに本当の意味で抱かれるということは出来ない。 アンより、もっと条件が悪い。
「私も出来ない」
そう呟いてしまって、私のアレクに対する気持ちがアンにバレてしまった、と思った。 というか強烈に自分のアレクに対する気持ちに気付いてしまった。
ナーリアたちの家に引かれた温泉には、次々と人間の男たちがラミアに連れられて、入りに来ていた。
人間の女たちは、自分の夫となった男以外との混浴はまだちょっと抵抗があったようで、今まではなるべく避けている雰囲気があったのだが、今はそんなことを気にしている状況ではないみたいで、一緒になっても構わずにみんなで入っている。 そしてそのまま裸で互いの状況を確認して、どうすれば良いかの相談をしたりしている。
ウスベニメはその外の様子が凄く気になっていたみたいだ。
私はウスベニメのことだから、その状態に目くじらを立てているのかと思い、こんな時でもウスベニメは変わらないのだとちょっとある種の感動と苛立ちを覚えていたのだが、そうではなかった。
ウスベニメはキースが現れると、その集団に自分も飛び込んでいって、そのまま温泉にも入って行ってしまった。
ウスベニメが裸の男がいる温泉に自分も飛び込んできたので、みんな驚いたみたいだけど、人間のマリを始めとして、ウスベニメもキースの妻たちに受け入れられたようだった。
私はそのウスベニメの我を忘れた態度に驚くとともに、可笑しくもあったし、何だか嬉しくもあった。
私が三日目になって完全に体力が尽きたアレクが眠っているのを見ていると、ナーリアが言った。
「モエギシュウメ、アレクの隣で添い寝してあげたら。
ハーピーは今は交尾期じゃないから、今まではアンと同じで私たちに混ざれなかったんだよね。
寝てる今なら、横にくっついていてあげて」
「良いの?」
「うん、モエギシュウメなら私たちと同じように、アレクの妻の1人になるのは歓迎よ。
みんなもそう思うでしょ」
「ああ、モエギシュウメか、ウスベニメのどっちかがそうなると、最初から思っていたからな」 サーブがそう言った。
「私はウスベニメの方かと思っていた」 セカンの言葉に私は
「ウスベニメはキースの妻になったわ」と答えた。
「ウスベニメはキースなの。 口にしなかっただけで、ウスベニメに対する温泉での態度はアレクもキースも変わらなかっただろうに」
「それでも口にしたとしなかったでは違う」
ウスベニメのことをディフィーとレンスがそんな風に言っていたが、私のことは2人ともかまわないらしい。
「えーと、それはともかく、私も反対側でアレクにくっ付いて寝ても良い?」
アンはもう私がアレクの妻に加わっているのは、話題にすることでもないという感じで私に反対側で寝て良いか訊ねてきた。
「もちろんよ。 アンは今は私と同じように、アレクに抱かれることが出来なかったんだから」
私はアレクに寄り添って横になったのだが、自分でもびっくりしたのだが、凄い満足感の中、簡単に完全に眠ってしまった。




