300. 里に戻って
ラミアの里に戻ってからも、私たちはなんとも言えないような時間を過ごした。
アレクたちは意識を失ったまま馬車で運ばれ、3人がかりで用意されていた共同住宅の部屋に寝かされた。 それで一安心と思ったのだが、なんとも言えない時間はそれからだった。
寝かされた人間たちは、私が思っていたよりも早くに意識を取り戻した。
私もだったかもしれないが、意識を失わすために注入した毒の量が、やはり少なかったのかもしれない。
「意識を取り戻したら、もしかしたら暴れたりとかもするかもしれませんから、誰かしら絶対に目を離さないように気をつけてください」
私の言葉に、以前の口移しの水の時に暴れたことを思い出したみんなは、緊張しながら意識を取り戻すのを待っていたようだ。
ところが、意識を取り戻したという報告を次々と聞いても、暴れるなどの騒ぎは一つも起こらなかった。
暴れるなどの騒ぎは起こらず、起こったのは男たちの蹲って黙って泣く姿と、吐く姿だった。
泣きながら吐き、吐きながら男たちは泣いていた。 男たちは何も話さず、全てを己の中に溜め込み、それを吐き出すように、もう吐くものなんて何も残っていないのに、己の胃液のみを吐き続けていた。 そして体力・気力が尽きて、男たちはまた意識を失った。
私たちは、男たちが暴れるのを恐れていたけど、暴れない彼らはそれよりも、もっとずっと恐ろしかった。
そんな風に共同住宅の周りを中心に混乱していたのだが、まだ森の警戒を怠る訳にはいかなかった。
ミーレア、アーレア、アーロアを三交代で一晩中森の中を警戒させる。
戦いの完全な終了の連絡が来ないうちは、最低限の警戒を怠ることはできない。 そこでまだ警戒を続けるために、三交代の一隊は無理やりに睡眠を取ってもらう。 それを命令しないと、とても睡眠を取ろうとするような状態ではなかったのだ。
アーリアは、人数が足りていないので、アーレア、アーロアに混ざっている。
看病する人手にも問題が出た。
ボブの看病をすることになるのは、ラーリア様、ミーリア様、アレア様、ロア様となるのだが、ミーリア様は王国軍の本部に行っているし、アレア様、ロア様は森の警戒の指揮を執っている。 ラーリア様と人間の妻だけとなり、人手が絶対的に足りない。 仕方ないのでディフィーにフォローに向かってもらう。
バンジのところも人手が足りない。 バンジのところは子供が2人なのに、ミーレナさんが仕方なしにミーリアと共に行かれてしまって不在なので、アーリナ、アーレナ、アーロナと居るのだが、時にはラーリナ様と人間の妻ともう1人だけとなる。 ギリギリなんとかなるといえばなるが、かなりギリギリで、こちらには必要な時にセカンにフォローに入ってもらった。
どちらにしろ、ラーリア様たちはとても指揮を執る余裕はなく、アレア様、ロア様も手一杯で、私がラミアの里に戻ってからは、どういう訳か、その時にはもう私がラミアの里全体の指揮に当たっていることになっていた。
アレクのことが気になって仕方ないのだけど、私とディフィー、セカンの3人はアレクの看病に家に戻ることができなかった。
アレクのことはアンとレンスと、途中で戻ったサーブ、そしてイクス様に任せるしかなかった。 イクス様がいらっしゃるのだから、きっと何があっても大丈夫だと思うのだけど、それでも心配な気持ちは変わらない。 それはきっと、セカンもディフィーも同じことだったろう。
若い子たち、そして子供たちが眠る里の洞窟には、普段のように上位の誰かしらが警戒にあたっているという余裕はなかった。
係のラミアが居るから問題があれば対処してくれる気はするが、サーブが家に戻ってしまったこともあり、ヤーレアとワーリアに警戒を頼む。
そしてエーレア、ターリアには雑用と伝令係を頼む。
男たちがみんな、また気を失い、あれこれと色々な混乱がようやく収まった時は、もう空が明るくなっていた。
「ナーリア、セカン、ディフィー、とりあえず今は落ち着いている。
お前たちも気になって、どうしようもないのだろう。 一度、家にいってアレクの様子を見て来い。 そして昼まで休んで来い。
何かあった時には、即座に呼びつけるから、安心して休んで来い」
ラーリア様が私たちを気遣って、一時の休みを与えてくれた。
私たち3人は、家に戻り、アレクが寝ているのを見て少し安心したら、その場に蹲って眠ってしまった。
私がふと気がついて目を覚ますと、私が身動ぎしたからだろうか、セカンとディフィーも目を覚ましたようだ。
私たちは、今はもう普通の部屋として使われることの方がずっと多い、元作業部屋の方の、いつも寝ている場所に寝かされていた。 防具も外されているので、かなり手間を掛けさせてしまったと思う。
私たちは起きたけど、近くにサーブとレンスも寝ていた。
起こさないように気をつけて、テーブルのある部屋に行くと、アンだけがそこに居た。
アンは私たちに食事を出してくれた。 とは言っても、流石に水に浸した命の実だけだ。
竃で鍋から少し湯気が出ているが、きっとそれはアレクのために何か作っているのだろうと思った。
「何があったの? アレク、酷い状態よ。
無言で泣いて、吐き続けて、とうとう意識をまた失ったわ。
イクス様は、『とにかく、今は寝かして置きましょう』と言ってたけど」
セカンもディフィーも口を噤んでいるので、私が仕方なしに答える。
「私も本当のところはわからないの。
たぶん、こういうことだろうという事はあるのだけど、それを話して良いかどうかも、私は判断できない。
そして、アレクだけでなくて、男たちはみんな同じ状態よ」
アンは考えこむ感じで黙ってしまった。
私たち3人は共同住宅の前に戻った。
共同住宅の前にはシートが出され、人間の女たちが任されて、子供たちを遊ばせていた。
共同住宅の入り口のところから、私たち3人が来たことに気が付いたのだろうか、ラーリン様が顔を出し、手招きで共同住宅の中に招き入れられた。
中にはラーリアが全員集まって待っていた。
少し怒った調子でラーリオ様が言った。
「一体全体、何があったんだ。 男たちのこの状態は異常だろう」
私たちは答えない訳にはいかない。
「私たちも本当のところは知りません。
ただ、きっとこういう事だろうと推測はしています」
私の煮え切らない言い方に、ラーリア様たちは不審の目を向けてきた。 セカンがその後を引き受けてくれた。
「きっと、滅ぼされた町からゴブに連れ去られた女たちの生き残りを、男たちは殺してきたのだと思います。
王国軍は最初から、その一番嫌な仕事をこの地方の兵に押し付けたのだと思います。
それが分かっていたのでしょう。 私たちラミアは今回はまともな戦闘からは一切最初から外されていました。
ラミアも、人間の女も、ハーピーの女も、みんな今回の戦闘からは外されて、私たちに見せないように、嫌な思いをさせないように、全て隠されました」
セカンが涙を溢れさせて、嗚咽しながらそう言った時、私もディフィーも同じように我慢していた涙が溢れてしまって、どんな思いでアレクたちが人間の女たちを殺したのだろうかと考えてしまうと、同じように嗚咽が止まらなかった。
ラーリア様たちは一瞬で事態を把握したようだ。
ラーリア様が言った。
「なるほどな。 そういうことか。
確かにありそうなことだ。
そしてその嫌な仕事全てを、黙って引き受けてくれていたということか」
それからほんの少しして、エレオンが今回の戦いが完全に終結したことを知らせにやって来た。
エレオンは少しビクビクした神経質な感じだったが、ラーリア様にそれを報告して、ただ「ご苦労だった」と労われただけだったので、ちょっと拍子抜けした顔をして私に聞いてきた。
「何も聞かれないという事は、ラーリア様たちも察しているという事だな」
「うん。 エレオンも聞かれても何も答えたくないのでしょ」
「当然だ。 俺だけじゃなく、誰も答えないと思うぞ」
「うん、分かってる」
その時の具体的な様子は、意外なところから全て私たちは知ることが出来た。
今回の戦いで、私たちに何かありそうな時には、身を挺しても守ろうと考えていたらしい、アーリア様とアーリル様が隠れて全てを見ていたのだ。
見た内容があまりなことであったのと、その行為の後の男たちの様子から、その時のことを伝えておく必要があると考えて、アーリル様が森の警戒の指揮をしていたアレア様とロア様に態々その時の様子を伝えてきたのだ。
私たちに、アーリル様の伝えてきた内容を語ってくれたアレア様は、アーリル様の言葉も語った。
「私とアーリアにとっては、その光景自体もショックなことではあったが、もっとショックを受けたことがある。
戦いとは、あそこまで自分たちが傷つくことを覚悟して、しなければならないことなのだと。
あれならば、自分が殺される方がまだ気分的には楽なことだろう。
比較してみると、私はその楽な自分が殺される覚悟も戦いの前に出来ていなかったのだと思う」
ミーリア様はその日の夕方になって、蒼白な顔をして戻ってきた。
そして、ミーリア様が知らなかった、こっちの出来事を知ると、蒼白な顔をそのままに、複雑な顔をした。
「私は王国軍の本部に居て、王国軍がゴブの残党をこちら側に押し出すように、全体を指揮していることに気が付いた。
最初はなんでわざわざこの地方の兵にも活躍の場を与えるようなことをするのだろうか。 そんなことをしなくても押し潰せるだけの兵がいるではないか、と不思議だった。
そして逃げていくゴブの中に人間の女が混ざっていることを知り、その意図に気がついた。
だから、私はそのゴブの残党の掃討に当たったナーリアたちが、どれほどの精神的なショックを受けているかと心配しながら戻ってきた。
そう、最初から、みんなその王国の意図に気がついていて、私たちだけが気づいていなかったのね」
男たちはその後しばらくは、形がなくなるまで柔らかく煮込んだ命の実だけしか食べることが出来なかった。
まともな食事が出来るようになり、なんとか全員が立ち直った時には、もう麦刈りが終わっていた。




