298. 王国によるゴブ討伐5
上手くいった。 命じられた役目を果たすことは出来た。
一番懸念にしていたゴブの主力と後続を分断する仕事も、あの2人の隊が懸命にこなし、果たすことができた。
その後はラミアが70も数を減らしておいてくれたこともあり、圧倒的な戦力差で何も心配することは無かった。 包囲を縮めていくことだけ考えれば済むので、私は楽な仕事だった。
「ゴブが確実に死んでいる事を確認して進め。 以前、ゴブは死んだフリをして、不意打ちしてきたと聞くぞ。 確実に確かめろ」
私は部下にそう指示すると、もう大任を果たした気分で息を吐いた。
私が落ち着いていられた時間は、ほんのわずかな間だった。
私の目の前に1人のハーピーが急に舞い降りて来た。
「えーと、キースの兄者!」
「クラッドリングだ。 クラッドでいい。 アライム殿だったか」
「ああ、名前なんて今はどうでもいい、大急ぎで人手を寄越してくれ。 俺たちでは、手に余る事態なんだ」
「人手が必要って、どこに行けば・・・」
「バカ、決まっているだろう、騎兵のところだ」
私の頭の中を一瞬でアルフレッド様、デイヴィッド様、そしてキースリングの顔が浮かんだ。
私は自分を殴り付けたい気分になった。 自分の命じられた役を果たせたことだけで喜び、少しの間、もっと大変な仕事をしている騎兵の事を忘れていたのだ。
もうゴブとのここでの戦はほぼ終わっている。 自分が動いても良いだろうと、自分勝手なのかもしれないがそう判断した。
「戦はほぼ形がついた。 私はこれから総指揮官である、アルフレッド様に合流することにする。 お前と、お前の隊、ついて来い」
私は近くにいた2隊を率いて、後続を掃討したであろう場所に向かった。
急いで向かった先にあった光景は、当然こうなるだろうと考えていた光景ではあるのだけど、あまりに惨たらしく、正視するに堪えないような光景だった。
これも戦い、これも絶対にしなければならない行為だったのだと理解しているが、それでも見たくないという気持ちの方が強くなってしまう光景が広がっている。
ゴブの子供の死体があるのも、ゴブとはいえ気持ちが良くないが、ゴブの女の孕んでいたらしい死体はやはり見るに堪えない。
ましてやその先、人間の女の同様な死体は視線を向けることを、心が拒否する。
この戦でも戦場の悲惨さを見てきたはずの連れてきた隊の半数以上が、胃の中にあった物をぶちまけている。 私だって気をつけねば、同じ事をしそうだ。
「何を茫然としている。 早く手伝ってくれ。
とりあえず動いている奴らを取り押さえてくれ、何をするか分からない」
「砦から来た騎士の中には自殺を図ろうとする者もいて、それもあって危なくて仕方ないので、武器は我らハーピーが取り上げて回収し、1箇所にまとめてある」
私はハーピーの言葉に我に返り、周りを見れば、騎兵がそこかしこで、放心して蹲ったり、泣き喚いていたり、暴れたりしている。
1人として、正常な態度の者がいない。
「騎兵1人に2-3人で囲んで拘束しろ。 気を付けろ正気を失っているから、何をしてくるか分からないぞ」と私は兵に命令し、私自身はアルフレッド様の姿を探した。 見つけた。 私はアルフレッド様に駆け寄った。
「すまない、すまない。 でも、こうする他無かったんだ。
私が命令して行ったことだ、すまない。
それでも私の命令でしたのだから、恨むなら私だけを恨んでくれ」
アルフレッド様は正気を失った虚な目で、延々とそんな事を呟いていた。
「アルフレッド様、クラッドリングです」
「クラッドリング? クラッドリング!!」
アルフレッド様は最初私のことが判らないようだったが、私だと認識すると私の胸ぐらに摑みかかってきて言った。
「こうするしか、こうするしか無かったんだ!」
私はアルフレッド様を抱きしめて、耳元で言った。
「はい、分かっております。 辛い、辛いお役目、ご苦労様でした」
私は涙が溢れるのを感じた。
不意にアルフレッド様の体から力が抜け、ずっしりと重くなった。
アルフレッド様は気を失われてしまった。
私は、今、指揮をしなければならない。 アルフレッド様に意識がなく、デイヴィッド様も同じような状態であろう。 それに私が指揮を託されたのだ。
でもあまりの惨状にどうして良いのか、頭が真っ白で全く言葉が出ない。
兵たちが私の命令を待っているのが分かるのだが、なんと言えば良いのか何も思い浮かばない。
「どうやら騎兵の1/3は完全に気を失っているみたいだ、気を失っている者は起こそうとはしないで、そのまま元の陣まで運べ。
あとの放心していて動けない者が半分くらいいるが、それもそおっと運ぶように。
泣き喚いている者、暴れている者は可哀想だが拘束して運べ。
とにかく元の陣まで移動する事を最優先としよう。
あと、周りに放置されている馬と、我らが集めた武器なども運んで欲しい」
「了解しました」
ハーピーのエレオン殿が私に代わり、兵たちに具体的な命令を与えてくれた。
私もエレオン殿の行動方針に従うことにした。
エレオン殿が私を見て、ちょっと考える風だったが言った。
「ハライト、もう緊急事態だ。 大急ぎでナーリアに連絡してくれ。
ナーリアに元の陣のところまで来てもらえ、ナーリアに全体を指揮してもらう必要がある」
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私たちは窪地で時間が過ぎるのをジリジリとした気分で待っていた。
最初セカンの言っていることが、全く分からなかったのだけど、その後、セカンとディフィーが私にも分かるようにしっかりと説明してくれた。
ディフィーが一瞬で真っ青になった理由が分かった。
私はこれは絶対に酷いことになると思った。
戦いの場でどんなことになるか想像がつかない。
でもアレクたちが、今回の戦いでものすごく傷ついてしまうのだけは分かる。
でも私はこの話はナーリアだけの秘密にしようと提案した。
姉妹たちには話さない。
ちょっとこそこそと話していたので、エーレアたちには怪しまれているようだが、話の内容はバレていないから良しとしよう。
私たちの為を思っての行為だとは分かっているけど、なんでアレクたち人間は、いつもいつも私たちをこうも不安な気分にさせるのかと思う。
時が流れるのがゆっくり過ぎる。
・・・・・・
不意にこの窪地の林の中に、ハライトが無理やり降りてきた。
「ハライト! 何無理やり一気に林の中に降りて来るのよ。 羽根がボロボロじゃない」
ディフィーがびっくりして、すぐに声をかけた。
「今は、俺の羽根なんかいい。
ナーリア! 元の陣のところまで大急ぎで行って、全体の指揮を執ってくれ」
「私だけが行けばいいの? それともナーリア全員?」
「いや、たぶんそれじゃ足りない。 ラミア全員で行ってくれ。
大急ぎだ、こうしているうちに戻ってきてしまう」
私は、ハライトの行為と言葉に驚いている姉妹たちに言った。
「聞いてた? 緊急事態よ、みんなシャキッとして。
まだ具体的なことは分からないけど、全員落ち着いて私の指示に従って迅速に動いて。
とにかく歩兵の元の陣まで大急ぎで行くから付いてきて」
動き出そうとした時に、緊急事態ということでだろう、護衛として周りを囲んでいる兵の隊長が私のところに走って来た。
「ナーリア指揮官!」
「すみませんが私たちの馬を見ていてください。
この後どうするかは、ここにもすぐ伝令を寄越します」
「了解しました」
私たちが元の陣のところに着いたと思ったら、エレオンとアライムが空から降りてきた。
「ナーリア、騎馬兵が全員正気を失っている。
気絶しているの、放心して動けないの、暴れたり泣き喚いたりしているのがそれぞれ1/3づつくらいの割合だ。
クラッドリングはどうして良いか分からなくて、困っている。
指揮を替わってやってくれ」
「分かったわ。 できる事をするわ」
私は周りにいる兵に命令した。
「ここに横になれるように敷物を用意して。
それから横になった者が寒くないように、焚き火をその近くに用意して。
ゴブとの戦闘がどうなったかの報告も私のところに持ってきて。
ラミアはとりあえず待機」
「「「はい、ナーリア指揮官」」」
姉妹たちが人間の兵が私の命令で次々と動くのを見て、目を丸くしているが、今はそれに構っている暇はない。
次々と戦闘報告にそれぞれの隊から人が来て、私とセカンとディフィーの3人で報告を聞いたが、戦闘は終わっているようだ。
「エレオン」
「なんだ? ナーリア指揮官」
ちょっと呼び方にわざとっぽさを感じたけど、無視して聞く
「ゴブの次の集団が来る可能性はあるの? そういう報告は来てない?」
「いや、大丈夫だ。 次の集団が来るという話はないし、これで終わりだろう」
「了解。 各隊に伝令、ゴブの生き残りがいないか、もう一度慎重に確認の後、宿営地まで撤退」
伝令が離れている隊に走っていった。
それと入れ替わるように、騎兵を連れているのであろう集団が戻ってきた。
私たちは腰に剣をつけているだけしか武器は持っていないのだが、私が指揮官として動いている事を示すために、私の槍だけはそばに立てて掲げられている。
たぶん、それが見えたのだろう、クラッドさんが集団の中から抜け出て、私のところに駆けつけてきた。
「ナーリア指揮官、すみません。 私、どうして良いか分からず、頭が真っ白になってしまって、全く指揮ができていませんでした」
「クラッドさん、落ち着いてください。 大丈夫です、なんとかなりますよ。
とりあえず歩兵部隊には、残敵がいないかもう一度確認の後、宿営地に戻るようにという命令を与えましたが、それで良いですか?
何か特別な命令がアルフさんから出ていませんか?」
「はい、ありがとうございます、それで大丈夫だと思います。
アルフレッド様から特別な命令は何も出ていません」
「それなら良かった」
それだけ話しているうちに集団が着いた。
私は急いで、アレクの姿を探しに行ってしまった。 アレクはすぐに見つかったが、自分で歩いてはいず、人に運ばれていた。
意識がないのかと思って驚いて近づいてみたら、目は開いていたが何も見ていないような空虚な目だった。
下ろされて地面に座ったアレクの正面に行って声をかけた。
「アレク、大丈夫? アレク、私よ、ナーリアよ」
アレクはぼうっと私を見つめていたが、ふと私を認識すると、「ナーリア、ナーリア」と私の名を連呼しながら私にしがみついてきた、そして、ずっとそのままだ。
私はどうしたらと思ったのだが、セカンが私を呼んで、口を開いて歯をカチっと鳴らして見せた。 私はセカンの意図が分かった。
私はアレクに噛み付いて毒を注入に眠らせた。
私は指揮をしなければならない自分の立場を思い出し、急いで命令した。
「ラミアは騎兵に噛み付いて毒を注入して眠らせて。
気を失っている人も、何時目を覚まして暴れるかわからないから、構わず同様に毒を注入して」
ラミアが総がかりで、騎兵全員に毒を注入して眠らせた。
全員を眠らせた事で、やっと一時的に騒ぎが沈静化した。
私はその時、ふと気がついた。
私たちの姉妹たちって、きっと一度も噛み付いて毒を注入するなんてした事ないよね。 大丈夫かな。 大丈夫よね。 ラミアの毒は、人間を死なせることはほとんどないって図書館の本に書いてあるっていうから。
そう思って考えてみたら、私も以前サーブに噛み付いて毒を注入したことがあるだけで、人間は初めてなのに気がついた。 アレク、大丈夫よね。




