296. 王国によるゴブ討伐3
「お前たちも見たか」
少し後に反対側から現れたアルフさんは、即座にただそう言った。
「ああ、兄貴、俺たちも見たよ」
デイヴが厳しい顔で答えた。
「よし、ブマー、直属の騎兵を率いて、他のゴブの集団と我らの目標の間に駆け入り分断せよ。 すぐに歩兵も駆け付けるだろうから、無理をすることはない、ゴブと戦うより、間を分けることを優先するように。
ラミアの里の騎士たちは、この場で散開して弓矢で、目標を護衛しているのか監視しているのか分からないが、目標の集団の中に混ざっている戦闘装備をしているゴブを矢で狙撃してくれ」
「いや、兄貴、俺と兄貴が共にここに居てはまずいだろう。 俺は、分断する方に混ざる」
アルフさんの指示にデイヴが異を唱えた。 領主家の兄弟が二人、同じ場にいることを避けようというのだろう。
そのデイヴの言葉にボブが反応した。
「ここに俺たち全員でなくても良いだろう、半分に分けよう。
デイヴ、キース、ケン、ダイク、俺と共に分断組に混ざるぞ。 駆けながら、目につくゴブを矢で狙え。
アレク、残りの指揮は任せる」
「分かった、それで良い。 行け!!」
アルフさんの命令に即座に分断組が駆け出した。
「よし、俺たちも散開。 それぞれに目ぼしいゴブを狙い撃て。
アルフさん、アルフさんは指揮官ですから、少し下がっていてください」
みんなそれぞれに適当な位置どりをして矢を放ち始めた。
僕も矢をすぐに放ち出したが、残りの矢がもう少ないことにすぐに気がついた。
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「ナーリア指揮官、こちらです。 こちらにお越しになってください」
明らかに自分より年上と思われる人にそう敬語で呼びかけられて、なんだかとても気恥ずかしい。 私は恐縮した感じで答えた。
「はい、分かりました。 そちらですね」
私は馬を引いてその人の案内について行った。
連れて行かれたのは、街道が広場になっている所から少し外れて、脇の林の中だった。 しかもちょっと窪地になっていて、周りからは見つかりにくいような安全だと思われる場所だ。 しかも、30人程の人が護衛として周りを固めている。
私たちの安全を考えてのことだろうけど、何だかモノモノしいなあ、と私は思った。
みんなの所に着くと、私より少しだけ早くこの場に着いたらしいレンスが、ディフィーに手伝ってもらいながら、馬を馬車から外して手綱を近くの手頃な木に結びつけているところだった。
私にも、無言でセカンが近づいてきて、同じ行為を手伝ってくれた。
姉妹たちは、実戦の興奮がまだ冷めないのか、安全だと思われる場所に来て気が緩んだのか、盛大におしゃべりに興じている。
サーブはそのおしゃべりに加わっているのだが、セカン、ディフィー、レンスはなんとなく浮かない顔をしている。
何も言わずに私の近くに集まって来た。
「ねえ、何だか優遇のされ過ぎな気がしない」
ディフィーがそうなんとなくの違和感を言い出した。
「確かに、安全に配慮してくれているのだと思うけど、過剰」とセカン。
「戦っている真っ最中に、こんなに護衛を付けてくれる理由が分からない。 戦闘の場に出す方が良いと思う。 私たちだって戦える」とレンス。
「それにこの場所は確かに周りからも見つかり難くて安全だと思うけど、逆に周りの様子が少しも分からないわ。 音が少し聞こえてくるだけ」と、ディフィー。
確かにそうだ。 兵が動き始めた時の雄叫びと、わざと出しているのであろう足音は凄かったけど、それも前進して行って少し距離が離れるとあまり聞こえなくなった。
今はもう、時々ゴブの断末魔と思われる叫び声が届くくらいだ。
「窪地になっているから、見えないだけでなくて、音も入りにくいのかな」
私はそう言って、もう少し付け加えた。
「なんだかアルフさんが、妙に和かに私に接して来た気がするんだ。
指揮官として緊張していることを私に見せたくなかったからかも知れないけど」
「そういえば何となくアレクをはじめ、人間たちがここに来てからよそよそしかった感じがする」
とレンスが言うと、ディフィーが
「私はほら、流石にここでは何も出来ないし、そういうことで周りに気を使ってなのかなと思っていたのだけど、レンスにそう言われると、確かにそんな感じがする。
とにかく、周りの様子が全く分からないのが一番の問題ね」
何だか考え込んだ様子のセカンが、
「もしかしたら、ラミアを全員をこの場に置いて、戦場の様子が分からないようにしているのかも知れない」
と言った。
あ、そうだ、この違和感の正体はそれだ、と私は思った。
「レンスとセカンなら、周りの護衛たちに気付かれずに、戦場の様子を見て来ることできるよね」
そうディフィーが小声で言うと、レンスはチラッと周りの護衛に視線を走らせた。
「ん、任せて」
レンスはそう言うと、私を見て目で許可を求めた。 私は肯いた。
「セカン、行こ」
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私とセカンは難なく人間の兵たちの囲いをすり抜けた。
「セカン、どうする?」
「あっちの少し高い所に行こう。 そうすれば戦場全体を見渡せると思う」
私たちは丘の上を目指して林の中を進んでいく。 丘になっている所は少し木が切れているから視界が開けて、セカンの言うとおり、きっと戦場全体を見渡すことが出来るだろう。
窪地から出たからだろうか、窪地の中に居た時よりも戦場の音が良く聞こえてくる。
私たちは窪地から離れて人間からは見つけられないと思われる距離になってからは、気配を消すことよりも速度を優先して丘を目指した。 私は何だか早く状況を知らないといけない気がしたのだ。 セカンもそんな私に遅れじと付いてきている。
木々が切れて、丘に出ようとしたその瞬間、空からハーピーが降ってきて、私たちの行手を遮った。
エレオンだった。
「二人ともそこまでだよ。 これ以上は行かせない。 みんなの場所に戻って」
「エレオン、何で?」
「何でって、たぶんこういうことが起こると予想していたから、上から見張っていたんだ。
途中から気配消さないで急いだだろ。 すぐに見つけたよ。」
「私たちが訊いているのは、そんなことじゃない。 分かっているでしょ!」
セカンが怒りを秘めた感じの口調でエレオンに詰め寄った。
エレオンはとても困った感じで言った。
「セカン、怒るのは分からなくないけど、何も言わずに戻ってくれないかな」
セカンがすごく怒っている気配がビンビンに伝わってくる。 それはエレオンも同様に感じているだろう。
少し沈黙した後セカンが言った。
「そんなことできる訳が無い」
静かな、断固とした口調だ。 私もそれはそうだと思った。
エレオンはセカンの気魄に押されて、完全にタジタジとなり、嫌々という感じで言った。
「アルフさんたちも、アレクたちも、そして俺たちも、今している戦いを、ラミアたちにはさせたくないし、見せたくもないんだ。 分かってくれ」
「えっ、みんなグルだったの」
私はエレオンの言葉に咄嗟にそう反応してしまった。
エレオンはそのまま黙り込んだ。
私は黙り込んだエレオンに腹が立って、もっと詰め寄ろうとしたのだが、ふと傍らのセカンを見て、動きが止まってしまった。
セカンは一瞬前のすごく怒った雰囲気は完全に消し飛び、蒼白な顔をして呆然としていた。
私にはそのセカンの急激な変貌が理解できなかった。
「そうか、そういうことなのね。
分かった、理解できた。
最初から、最初からだったのね。
最初から私たちは今回は外されていたんだ。
何で今まで気づかなかったのかしら。
何で今まで考えてみなかったのかしら、この違和感の正体を」
セカンは焦点の合わない目をして、そう一人でブツブツ呟いていた。
そして、ハッと私を見ると、先にエレオンに言葉を掛けた。
「エレオン、ごめんなさい。
言いたくないことを言わせてしまった」
「ん、まあ、気にするな」
エレオンは苦い顔をしながらもそう言った。
「レンス、戻ろう」
セカンは私の腕を取って引っ張って行こうとする。 私は訳が分からず、一瞬えっと思ったが、蒼白なセカンの顔を見ると何も言えず、それに従った。
チラッと見た、私たちを見送って佇むエレオンの顔が、何故かとても印象に残った。
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「クラッドリング、お前が歩兵隊の指揮を執れ。 俺は騎兵の指揮をする」
「アルフレッド様、今回騎兵は直属の15騎しかいません。
それでは私が500人近い兵を率いて、アルフレッド様はそのたった15騎しか率いないことになってしまいます。 今回の指揮官であるアルフレッド様がそれでは、私は問題があると思います。
私とブマーが二人で騎兵を率いますので、アルフレッド様は指揮官らしく、大多数である歩兵を率いてください」
「クラッドリング、お前の言いたいことは良く分かっている。
でも、今回の戦いで一番辛い仕事をするのは騎兵たちなのだ。 その一番辛い仕事を領主家の私が避けては民に示しがつかないだろう。
それに今回は15騎だけでなく、ラミアの里に暮らす騎士たちにも、全員にそれを強いねばならない。 当然、デイヴィッドも立場上それに加わってくるだろう。 兄としてデイヴィッドだけにその辛い仕事をさせる訳にはいかない」
「私も、キースリングがそれに参加するのです。 立場はアルフレッド様と違いません。
それにデイヴィッド様が加わらねばならないのでしたら、逆にアルフレッド様まで加わらなくても良いではありませんか」
「そんな訳にはいかない。
バンタインも王国との交渉を命を懸ける気持ちでしてきたのだ。 結果として一番の嫌われ仕事を押し付けられはしたが、それを彼奴が忸怩たる思いで我慢して交渉してきたのだ。 兄である私が、その思いを受け止めてやる必要があるし、その役をデイヴィッドのみに押し付けて良い訳がない。
これは決定事項だ。
お前のキースリングに対する気持ちは分かるが、他に歩兵を預ける者がいない。 そこは我慢してくれ」
そう言われて今回の役を押し付けられた私は、各中隊の長を呼んで協力を要請した。
16人の中で特に信頼がおける3人には、細かく指示を与えた。
そのうちの2人は陣の両翼の端に部隊を置いてもらう。
「お前たち2人の部隊は、いざ戦いが始まったら、とにかく騎兵を追って死に物狂いで走ってくれ。
そうして、騎兵がその役目を果たせるように、騎兵の攻撃目標と他のゴブを分けるようにゴブの集団に攻め込んでくれ」
「そこは了解しています。
ただ、もし目論見が外れて、騎兵の目標がゴブの集団の最後尾にいなかった場合はどうしたら宜しいでしょうか?」
「騎兵の目標は足の遅いであろう集団となるから、十中八九そのような心配はいらないと思うが、もしそのような場合は、アルフレッド様の指揮に従うことを基本に、最悪の場合、お前たちが騎兵の攻撃目標を壊滅させることを考慮に入れて行動してくれ」
「了解しました」
もう1人にも厳しく言う。
「お前の部隊にはすまないが華々しい活躍をさせてはやれん。
でも、アルフレッド様も私もとても重要だと思っている任務を任せているつもりだ。
緊張感を持って任務に当たってくれ」
「はい、その点は了解しています。
ただ、ナーリア指揮官に自分たちが任された任務と相反する命令をされた場合、どのように対処すれば宜しいでしょうか?」
「ナーリア指揮官の指揮権限は、前回のフロードとの戦いの時には一番上位であったし、今回もアルフレッド様の次に当たる。 だから本来は我々がナーリア指揮官の命令に逆らうことは出来ない。
だが、今回お前が任された任務は、アルフレッド様だけでなく、領主様、そしてラミアの里で暮らす騎士たちの強い意向でもある。
もしナーリア指揮官から、そのような相反する命令をされた場合、申し訳ないことではあるが、何とかその命令を実行しないように、何かと理由を付けて断れ。 最悪、どうにもならねば、私の厳命だと言って突っぱねよ。
それにより、私やお前がナーリア指揮官の不興を買うとしても、それは甘んじて受けようではないか」
「了解しました。 私も覚悟をもって、任務に臨みます」
「とにかく、戦いが続いている間はラミアの方々を決してその場から出さないように、くれぐれも注意を怠るな」
私は歩兵を指揮しながら、ついここまでのことを思い出していた。
私の位置からは両翼が力の限り走っていくのが見えている。 きっとしっかりと仕事をしてくれることだろう。
私は兵を鼓舞する。
「もっと声を出せ。 もっと足を踏み締めて音を立てて押し出せ。
ゴブの注意を思いっきりこっちに引きつけるのだ」
私の声は兵たちの声と足音に消されていく、
「「「えい、おう。 えい、おう。 ・・・・」」」
ゴブの集団がこっちに向かってくるのが見える。 すぐに阿鼻叫喚が繰り広げられるだろう。
でもそれは辛い仕事ではない、例え何があろうとも、最悪自分が死ぬようなことがあっても、それは騎士としての本懐だ。




