294. 王国によるゴブ討伐1
ゴブとの戦いの始まる5日目、当日の朝、アルフさんは兵を率いて、セカンとディフィーが設定した戦場予定地に到着した。
僕たちが、ナーリアたち姉妹合わせて25人に人間11人の36人しかいない所へ、一気にその15倍程の500名もの兵が来たのだから、戦場予定地は何だか急に賑やかになった。
姉妹たちは宿営していた場所に残し、ナーリアと人間はアルフさんに挨拶に行った。
兵たちから「ナーリア指揮官」だとか、「おーい、サーブちゃん」なんて声が飛ぶから、フロードとの戦いの時に一緒したり、見かけたりした兵もかなりいるのだろう。
「アルフさん、ご苦労様です。 いよいよですね」
ナーリアが代表してアルフさんに声をかけた。
「ナーリアさん、そちらこそご苦労様です。 昨日から来て、色々されていると聞いてます。 我々が来るのが当日の朝になってしまって、すみません」
アルフさんもそう答えて、それからすぐに具体的な作戦などの話へと入って行った。
人間の兵は500人と数は多いが、騎兵は15人ほどで、ナーリアたちを含めれば僕たちの方が数が多いくらいだ。 基本的には全体の指揮をアルフさんが執り、騎兵をブマーが、その他の多くの兵は16の中隊に分かれているらしいが、クラッドさんが率いることになっているらしい。
作戦をセカンとディフィーが説明している時は16組の中から4人ほど出てきて近くで聞いていたから、きっとその16中隊も大きくは4大隊にまとめられて指揮されるのだろう。 1中隊でも30人くらいになるので、なかなか大きいまとまりだと思う。
「ラミアは街道の狭い部分で数度にわたり矢での攻撃を繰り返しながら、この広場になっている部分に撤退してきます。 人間の兵は、この広場で少し隠れるような感じで布陣して、私たちラミアの撤退とゴブの侵入をお待ちください。
ゴブがここに侵入してきてからは、アルフさんの指揮で包囲殲滅をお願いします」
セカンの言葉にアルフさんたちはしっかりと頷いた。
「それでは、ゴブがここに現れるまでは、僕らはラミアの戦いを見物させてもらうよ。 そうだなぁ、あと僕から言いたいのは、ラミアのみんなは撤退してきたら、確実に素早く人間の兵より下がって、それからの戦いは今度は逆に高みの見物と決め込んで欲しいということかな」
アルフさんはそんな念押しをした。
「はい、分かっています。 近接戦闘の場面になったら、ラーリア様たちなどでしたら話は別でしょうが、今の私たちでは邪魔になってしまいますでしょうから」
ナーリアがそう答えると、アルフさんは
「そんなこともないだろうけど、現にナーリアさんたちは僕より強いし、でもまあ男としては女の子が剣で戦ってゴブの返り血を浴びるというのは、なんか見たくない光景なんだよなぁ。 わかってもらえるかな」
と、ちょっとふざけた調子で言って、ナーリアたちに不審な顔をされていた。
アルフさん、そういう冗談口はナーリアたちには通じないと思う。
とりあえず一旦話し合いが終わり、僕たちはみんなナーリアの姉妹たちのところに戻ろうとすると、アルフさんに呼び止められた。
「デイヴィッド!、キースリング!、アレク!」
僕たちがアルフさんに近づくと、アルフさんはナーリアたちに見せていた顔とは別の厳しい顔で僕らに言った。
「包囲する時になったら、お前たちは右側から頼む。 俺とブマーたちは左側を行くから。 頼むぞ」
「了解です!」
日がかなり高くなってきても、僕らの居る場所には何の変化もなかった。
待機の時間が長いとだんだん気持ちが緩んでくる。
そんな時にアライムが空から降りてきた。 アライムはアルフさん目指して降りて来たので、みんなでそっちに急いで行った。
「作戦は順調に進行している。 ゴブの巣穴には次々と火が着けられた草の束が投げ入れられ、それで出て来たゴブを全て殺している。 燻されて知られていなかった穴から出て来たゴブもすぐに処理され、新たに見つかった穴も同様に火が着けられた草の束が投げ入れられていて、そうしてどんどんゴブが駆逐されている。
全く一方的な戦いになっているから、戦い自体は心配ないと思う。
こっちに逃げてくるゴブが出たら、すぐに知らせるから、それまではゆっくり休んでいてくれて大丈夫だ。 俺たちが知らせてから戦闘配置についても十分間に合うと思うぞ」
ここは静かだけど、もう始まっている戦いの場ではきっと凄まじい阿鼻叫喚が繰り広げられているのだろうと思うと、何だか不思議な気がした。
僕を含めて人間たちは、それでもこれからのことをきっと考えているのだろう、誰もみな少し緊張した面持ちをしているのだが、ラミアたちはアライムの報告で時間があることが分かったからだろう、だんだんとおしゃべりの時間になっていった。 そこはやはり若い女たちだ。
「なんかさ、ナーリアって人間たちにも『指揮官、指揮官』て呼ばれて人気だよね」
「それはほら、フロードの時に私、人間も含めて指揮を執ったから」
「あ、そうか、みんなフロードと戦った時は起きてなかったから知らないんだ」
「うん、何となく話を聞いたけど、私たち起きてすぐからずっと忙しかったから、詳しくは知らないんだよね」
「うーん、そこからか」
「サーブって、何、人間にも人気あるの?」
「『サーブちゃん』なんて声掛かっていたよね」
「前に領主殿、デイヴの父君のことだけどな、つまりデイヴの実家の館に行った時に、そこに居た騎士たちと一緒に訓練をしたことがあるのだ。 その時にちょっと知り合っただけだ」
「ええっ、それだけなの。 それで『サーブちゃん』なんて言われているの。 サーブは人間にモテてるのね」
「モテてるって、私にはアレクがいるから、モテるとか、そういうのは関係ないぞ」
「それならこのゴブとの戦いが終わったら、私たちも紹介しなさいよ」
「だから紹介できる程親しくはない」
エーレアたちはラミアの宿営していた場所から離れ、ブマーと話していた。 ブマーもちょうど良い気晴らしだという感じで、エーレアたちとの雑談に応じているみたいだ。
「ブマー、前より強くなった?」
「もちろんだ。 もうお前たちには負けないぞ」
「何だブマー、お前、このお嬢ちゃんたちに負けたのか」
「いや、前にアルフレッド様とラミアの里に行った時、ラミアの戦闘訓練に参加したんだ。 その時のことさ。
訓練の最後にこいつらと試合ったのだけど、それまでに体力を削られてもうヨレヨレで、俺もアルフレッド様も試合にならなかったんだよ」
「あ、それで最近アルフレッド様が俺たちに課す訓練は、走ったりだとかの体力増強訓練が多いのか」
「ま、そういうことだな。 ラミアの訓練に参加して、とにかくまず体力が尽きたら剣などの武器の扱いがどんなに上手くても何の役にも立たないと実感したからな」
「それでブマーは私たちに勝てるようになったの?」
「だからさっきも言っただろ、もうお前たちに負けないって。 剣の腕だけなら、あの時だってお前たちよりは俺の方が上だったんだから。 もう体力もつけたから、今ならお前たちなら負けないぞ」
「そのお前たちなら、っていうのは何なのよ」
「俺は、セカン、レンス、サーブなんかの強さを目の当たりに見ているからな。 あいつらには今でも勝てない。 だからお前たちならなのさ」
昼が過ぎて、僕たちは軽い食事を取った。 このままだと、今日はこのまま終わるのかもしれないという感じがして来た。
午後半ばになって、アンが馬車で食材などを運んで来た。 馬車には今ではエリと呼ばれるエリーゼと、マリと呼ばれるマリアンヌも乗って来ていた。 それから付け足しみたいな感じで若い子たちも5人も乗っていた。
「ハライトがやって来て、今日は安全そうだから、自由に往来しても大丈夫ということだったから、食材を持って来たわ。 二日目となると、つまらない食事になっちゃうでしょ。 それから馬の飼料も持って来たから。 もう草は食べれるから困りはしないと思うけど、穀類をあげるとやっばり最後の一踏ん張りが馬もできるから」
アンは僕たちと話していて、エリはデイヴと、マリはキースとやっぱり話している。 その間に若い子たちが馬車の荷物をどんどん下ろし始めて、それを姉妹たちが手伝っている。
アンの姿を見つけたのだろう、アルフさんがこっちに近づいて来た。 アンが急いでアルフさんに近づいて行くと、アルフさんの方から声をかけてきた。
「アン、今回は物資の輸送係かい」
「はい、アルフさん。
でも、すみません。 ラミアの里では騎士さんたち500人分の物資は用意出来なくて、ラミアたちやアレクやデイヴたちの分しか持って来れなかったんです」
「ああ、アン、それは最初から分かっていることだから、何も気にしなくていいよ。
それで最近はどうだい? 人間の同性が増えたと思うけど、仲良くやれてる?」
「はい、もちろんです。 特にデイヴとキースの妻になったエリ、じゃなかったエリーゼとマリアンヌとはとても仲良しになったんですよ。 今日も一緒にきたんですけど」
「そうか、それは良かったな」
アルフさんは、アンを妹のように可愛がるのは、こんな場所でも変わらないんだ、と僕はちょっと感心した。
僕たちのところは物資を運び込むのに1番遠い場所だし、街道筋だからということで、アンが馬車でやってきたが、森で警戒している者たちにも、ちゃんと食べ物などの物資が運ばれている。 こっちはもう御者できる者もいないので、普通の荷車や、一輪車が使われているのだが、若い子たちと森に慣れない人間による作業だから、結構大変なんじゃないかと思う。
アンたちが持って来てくれた物の中で、僕たちやラミアが一番喜んだのは、採れたての豆だった。
「そろそろ収穫を始めることができる」
とヤーレンが言い始めていたのだけど、この忙しさで手がつけられなかったのを、若い子たちが今日の午前中に収穫して来てくれたのを持って来てくれたらしい。
「春だよね。 これを食べると本当に春が来たって思うよ」
「やっぱり採れたての豆を食べると違うよね、エネルギーに満ちている」
ラミアのほとんどがそう喜んでいる傍でヤーレアたちは
「若い子たちだけで、きちんと収穫が出来たのかしら、心配だわ」
「まだ実り切ってない房なんかも採ったんじゃないかしら、戻ったら見回ってみないと」
「あ、それからあれよね、豆は実を収穫したら、根は良い肥料になるからそのまま畑に残して、葉の方は馬の良い飼料になるんだったわね」
ヤーレアたちは畑の方が気になるようだ。
飼料といえばアンたちは食べ物は僕たちの分しか運んで来なかったが、馬の飼料は僕たちの分だけでなく持って来てくれていた。 きっと、以前仕入れたり、馬を増やした時に援助された分を、全部持って来たのだろう。
アンたちが里に戻って行き、日暮れを迎えた。 結局今日はゴブがこっちに向かってくることはなく、待ちぼうけの一日になった。
ゴブは視力が弱く、夜はほとんど活動しない。 ましてや今は穴の中に押し留められている状況だろうから、明かりとりから外からの光が入らない穴の中は真の暗闇となり、動きが取れないはずだ。 作戦では危険を考えて夜の攻撃はしないことになっている。 よって夜は安心して僕たちは過ごすことができる。
火を焚いて、簡単な食事を作ったり、まだ少し肌寒いので火で暖まったりする。
ラミアたちは例のアスファルトを塗って防水した布を敷いたり、木の枝や途中で取ってきた蔓でその布を屋根のように張ったりして、まあ割と快適な寝床を作っている。 人間の兵たちはそこまでの用意はしてこなかったようだが、それぞれに下に何か敷いたりして火の周りに寝転んで暖をとっている。
僕も含めたラミアの里に属する人間11人は、何となく一つの焚き火の周りに集まった。
「何だか、こんなにたくさんの焚き火が周りで燃えていると、ま、寒くなくていいのだけど、何だか大きな村が出来たみたいだね」
エレクがそんなことを言った。
「まあ、ラミアは全部で200人くらいしかいないのに、ここには人間の兵が500人も集まっているのだもの。 倍以上だから、当然そんな感じになるよ」
ハキが商人らしく具体的な数字を並べてエレクの言葉を肯定した。
「しかし、何だな、こうしてみんなで焚き火を囲んでいると、俺たちがラミアに捕まった夜を思い出すな」
ケンがそんなことを言うと、
「あの時は、ケンがもうこれ以上奥に行かないだろうから、今日は飲もうと酒を飲み出したから、余計にラミアの接近に誰も気づかなかったんだよ」
「ギュート、てめえ何言ってる。 俺たちがラミアの接近を気づけたはずはないじゃんか」
「ああ、それは今でも無理だ。 レンスやセカンみたいに気配を消されたら、気付ける訳が無い」
キースがケンの言葉を肯定した。
「でも、俺たちそうしてラミアに捕まったおかげで今がある」とダイク。
「守らなきゃ、俺は子供たちやラーリナ様、ミーレナさんたちラミアを守らなくちゃ」とバンジ。
「そうだな、俺たちは守らなくちゃ。 ラミアの里だけじゃない。 今ここで戦って、この地方全体を守るんだ」
こういう言い方は流石に領主家の三男だな。
「そう、俺たちは守らなければならないんだ。 だから俺は明日は殺るぞ。 みんなもちゃんと覚悟しておけ」
ボブが、少し獰猛な、決意を秘めた、そしてすごく苦しそうな顔をして、みんなに言った。
みんな沈黙して、ただ焚き火の火を見つめた。




