289. 互いの素性と嫁候補
叔母さんに抱きしめられて、僕も叔母さんに抱きついて、少しその時間が過ぎたら、僕もおばさんもちょっと落ち着いた。
僕は子供の時の様に、叔母さんに抱きついたのがちょっと恥ずかしくなって、おばさんから体を離すと、叔母さんはその僕の気分が分かったのかクスッと笑って言った。
「あなたは、死んだ姉さんの産んだ子供だけど、私にとってももう大事な一人息子なんだから、子供の時と同じようにいつだって私に抱きついて良いのよ」
僕は何も叔母さんに見栄を張る必要はないのだけど、気分を見透かされた恥ずかしさもあって、叔母さんに言った。
「うん、それは分かっているけど、僕だってもう妻が6人もいる大人なんだ。
だから、やっぱりもうこの歳で叔母さんに抱きつくのは恥ずかしいんだよ」
おばさんの顔がちょっと険しくなった。
「そう、そこはちゃんと話を聞かないといけないと思っていた所なのよ。
あなたに限らず、あなたの仲間がたくさんのラミアの妻を持っているという話は聞いたのだけど、一体全体なんでそんなことになっているのか、そして、ここに来て私は驚いたのだけど、私以外の家族はみんな、あなたの仲間たちの妻になる女の子を連れて来ていたわ。
私はそんな話は全く聞いてないのだけど、これはどういうことなの?」
僕は急激に現実に引き戻されたというか、叔母さんに会ったら絶対に詰問されるだろうなという考えていた苦い予想を思い出し、タジタジになってしまった。
それからもう一つ、バンジが一人だけこの場でポツンと一人でいるかもしれないという懸念を、急に思い出した。
「叔母さん、全部ちゃんと話すから、本当に全部説明するから、ちょっとだけ待って」
僕は慌ててバンジの姿を探した。
良かった、バンジは一人ではなかった。 バンジの側には、ちょっと厳つい感じの男の人と若い娘がいた。
なんだバンジの奴、会いに来るような家族や知り合いはいないと言っていたが、ちゃんといるじゃんか。
それにミーレナさんに、人間の女に縁がないと言っていたけど、ちゃんと若い娘が来ているじゃないか。
僕は安心した。
で、自分の問題に取り組まねばならないと叔母さんに改めて視線を戻すと、しっかりと険悪な顔をした叔母さんが僕の行動を待っていた。
「叔母さん、ほら、こんな大勢が居る所で話をするのもなんだから、ちょっと場所を変えよう」
僕は前にキースと一緒に領主様を待った居酒屋に叔母さんを連れて行くことにした。
確かあそこは昼は食事やお茶を出す店として営業しているはず。
仲間たちも僕と同じように思ったようで、みんなそれぞれに家族たち(?)を連れて、領主館を出ていく所だった。
みんな見るからに、狼狽えているというか落ち着きない様子なのだが、僕もみんなから見れば同じようなものなのだろう。
唯一、今までも家族と会っていて、妻となる女性がすでに分かっているハキだけが落ち着いて、父親とその女性と話しながら歩いていた。
その日はそれ以降は自由行動となっていて、翌日のラミアの里へ帰るのに間に合えば良いということだったが、夜早い時間には全員、領主の館の当てがわれた騎士宿舎に戻って来た。
それでまあ、全員の報告会という感じになったのだけど、最初にターゲットになったのは、自分では誰も来ないと言っていたバンジだったのは当然だった。
ケンが口火を切った。
「バンジ、誰も来ないなんて言ってたけど、ちゃんと来てたじゃないか。
俺は見てたぞ、一体誰が来たんだ」
バンジが照れ臭そうに、ちょっとバツが悪そうな感じで答えた。
「いや、前に俺、大工の師匠のところを飛び出したという話はしただろ。
今日来ていたのは、その師匠なんだ」
「なんだよ、破門されたんじゃなかったのかよ」
「ま、俺が飛び出したってだけで、師匠としては心配してくれていたらしい」
バンジは頭を掻きながら、歯切れ悪く答えている。
「で、バンジ、一緒にいた娘は誰なんだ。
お前、人間で嫁になってくれるような娘はいないって、ミーレナさんに言っていたって聞いたぞ」
ボブが核心に踏み込んだ。
バンジは僕を、「お前、バラしたな」という顔で見てきたから、僕は違うぞと首を振った。
きっと近くにいたラーリア様かミーリア様が小耳に挟んで、それをボブに話したのだろう。
「えーとだな。 あれは師匠の娘だ」
「でも、あの場に来たということは、ただ単にバンジの師匠である父親にくっ付いて来ただけってことじゃないよね」
エレクが冷静に突っ込んだ。
バンジは観念したように説明した。
「いや、あの、何ていうか、師匠は俺を娘婿にするつもりで厳しく接していたらしいんだ。
でも俺、天涯孤独の身の上だから、捻くれていて、それをそういう身の上だから師匠は俺に厳しくするんだと思いこんでしまって、ある時意見が対立した時に誤解から爆発しちゃって、師匠のところを飛び出して来ちゃったという訳さ。
師匠は頭を冷やす時間を与えなければいけないと思って、少し放っておいてくれたらしいんだけど、それが急に生死不明になっちゃったんで、厳しく接し過ぎたと後悔していたらしい。
俺がバカだっただけで、ちっともそんなことないのにな」
バンジがちょっと涙ぐみながらそう言った。
僕はちょっと気分を変えるように言った。
「それでバンジ、お前は師匠の娘さんのことはどう思っているんだよ。
嫁の一人になってくれるんだろ」
バンジはちょっと赤くなって、慌てたように言った。
「どう思うって、俺、師匠の娘さんなんて、俺に取っては高嶺の花だから、そういう存在としては全く考えたこともなかったんだよ。
だから本当に師匠が俺を娘婿に考えていたなんて、全く知らなかったんだ」
「それじゃあ、その師匠の娘さんの方はバンジのことをどう思っていたの?
父親が自分の相手にしようとしていたことを知っていたの?」
ヤーレンがたたみ込んだ。
「お嬢さんは、あ、俺、彼女のことお嬢さんと呼んでいたんだ。
ま、彼女は知っていたし、意識してくれていたらしい。
師匠が、俺が生死不明になったと分かった時に、彼女に随分と責められたと言っていた」
「そうか、良かったな」
みんなはそう言ってバンジを祝福した。
「いや、なんていうか変な感じだったよ。
俺にしてみたら、師匠が俺に対して、『お前を、娘婿にしてやる』と言ってくれるだけでびっくりなんだけど、それが『騎士になったお前に、俺の娘をもらってくれないかと言うのは、ちょっと気が引けるのだが、どうだろうか?』って聞くんだぜ」
「あ、俺もそれはあった。
ラミアの里にいると、騎士に任命されたなんて忘れているけど、なんて言うか、やっぱり大きな意味があったんだなぁ。
まあ、俺自身も昔は騎士様って、様付けで呼んでたし、それが普通の反応かもしれないけど」
ギュートがそんな風に言った。
「ま、とにかく俺はそういう感じだ。
あ、そうだ、一つ師匠から言われたことがあるんだ。
『もしこれからも、騎士としてだけでなく、大工としても生きていくつもりなら、俺としてはぜひそうして欲しいのだが、その時はすぐにでももう弟子を持つ様に』という事だった。
俺が戻ることを前提に、師匠は物事を進めていたみたいで、俺が急にいなくなって困っていたらしい。
3人くらい預けたいっていうことなんだ」
僕たちはみんな、ヘェ〜っていう感じで、バンジの話を聞いていた。
「俺はこの弟子を持つということを、ラーリア様たちに相談しなくちゃいけないけど、出来れば積極的に受け入れようと考えているんだ。
これから廃墟となっている町を本格的に復興するなら、俺以外にも大工がいれば助かるからね。
弟子を鍛えて、役に立つようにしたいんだ」
こうしてバンジに始まり、今まで僕たちの間ではあまり語られることのなかった互いの素性が語られることになった。
エレクはこの地方では2番目に大きい町の学校の教師の息子ということで、嫁候補も教師の卵らしい。
ギュートの実家はかなり大きな牧場を経営しているとのことで、嫁候補はギュートの幼なじみの、その牧場で働く人の娘らしい。
ダイクは小さな町の石工の子で、家は兄が継ぎ、二人でする規模ではなかったので、家を出たとのことだ。 嫁候補は実家の隣の小さな小間物屋の娘とのことだ。
ヤーレンはこの地方の外れの方の小さな農家の出らしい。 ギュートと同じ様に兄と二人で行う規模ではなかったので、家を出て自活の道として狩人になろうとしていたらしい。 嫁候補も実家近くの小さな農家の出だそうだ。
僕が驚いたのは、ケンだ。
ケンは炭焼きを自分から買って出たりしたから、どういう出なのだろう、そういった職業の家なのかと思っていたのだが、なんとこの地方の有力な家の長男だった。
なんでも弟が優秀で、領主家ほどではないが、このままだと騒動になると思って、実家から逃げ出したらしい。
今回親と嫁候補だけでなく、その優秀な弟も一緒に来ていて、
「兄さんは騎士になったのだから、当然兄さんが家を継ぐべきだ」
と、かなり家に戻って欲しいと説得をされたようだ。
「俺にはもうラミアの妻が6人もいるんだ。 今更家には戻れない。
ただでさえ数が少なくなっているラミアに、俺の妻なのだから俺の実家の方に来て欲しいとは言えない」と、弟の要求を突っぱねたらしい。
「それに俺は、まあみんなにくっついていて、その成り行きだけで騎士になっただけで、家や周りの者たちをどうしていくかなんてことは、弟の方が俺よりよっぽど優秀なのさ。 だから俺は家を出たのだしな」
そんなケンには、なんだかケンのキャラからは考えつかない感じの、なんていうかお淑やかな感じの嫁候補だった。
ケンの家と親しい有力者の娘だということだ。
「全く物好きだなぁ」
ケンは照れ隠しだろうけど、そんな風に言っていた。
なんとなく締めという感じで、ボブが最後に自分のことを話した。
「俺は、みんなよりダメダメな鍛冶屋の三男だよ。
みんなみたいにちゃんとした理由があって家を出た訳じゃない。
鍛冶屋の仕事って、暑いし、ハンマー振り続けなければならないわでキツいだろ。
それが嫌で逃げ出しただけなんだ。
まあ、今では体も大きくなったし、訓練で力もスタミナも付いたけど、昔は一番年下だったから、何をしても兄貴たちのようには出来なくて、鍛冶屋の仕事が嫌で嫌でしょうがなかったんだよ。
なんであんなキツい仕事しなければならないんだって何時も思っていたのさ。
ま、結局ラミアの里で鍛冶しているんだけど、今ではラミアの為と思うと鍛冶仕事が嫌じゃなくなったけどな」
ボブはちょっと照れ臭そうにガシガシと頭を掻いた。
「で、まあ、俺の実家は結構大きな鍛冶屋で親父や爺さんの弟子とか、その子供だとか、まあそんな感じでまとまって暮らしているような場所だったんだ。
でまあ、みんなと同じように子供の頃から知っているのが、嫁候補として来たわけさ。 そんなに話すようなことはないぜ」
ボブはもう何も話さないという意気込みを感じさせる調子で言った。
「ま、嫁の話はそれで良いだろう。
でもまあ、俺もバンジみたいに、ラミアの里で鍛冶をしているんだったら、お前も弟子を持てと、2人ばかり託されることになってしまった。
まあ、俺としては合い槌を今はデイヴやキースにさせているのだけど、やはりまともに打てる奴が欲しいところでもあるからな。
俺も相談して、積極的に受け入れたいと思っている」
どうやら、ラミアの里では近いうちに嫁となる人数だけではなく、もっと人間の人数が増えそうだ。
「それで、アレクはどうなの?」
エレクにそう言われて僕はびっくりした。
「えっ、俺は話すことは何もないよ。
みんなも見てたかもしれないけど、俺には叔母さんが来てただけだし、話すようなことある訳ないじゃないか」
「まあ、アレクにはもうアンがいるから、嫁候補が来る訳じゃないからな」
ボブがそう言った。
「ま、俺は親が死んで叔母さんの家に厄介になっていたことは前に話した気がするから、他には何もないな。
生死不明になっていたことを怒られて、今までのことを洗いざらい聞かれたのは、みんなと一緒だろうし。
それよりも、なんて言うか、アンがいてくれて良かったって今つくづく思ったよ。
お前らみんな、なんだかんだ言いながら、バンジだってちゃんと嫁候補が来てたじゃんか。
それもみんな知っている女の子だったんだよな。
俺、絶対にそれなかったから、アンがいなかったら、俺だけ悲しい思いをしていたところだったよ、本当に」




