287. セカンの軽馬車
若い子たちの訓練は、いや違う、鬼教官サーブの訓練は1日おきの週3回だ。
二日セットのもう1日は、ターリア・ワーリア・ヤーレアによるクロスボウの訓練だからだ。
とは言っても、まだクロスボウの練習が出来る訳ではない。 若い子たちの分のクロスボウはまだ無く、クロスボウを作ることから始めているからだ。
クロスボウ作りは、ターリア・ワーリア・ヤーレアも秋に自分たちの分を作ったので、作り方を若い子たちに教えることは出来た。 しかし、クロスボウを作るための材料を彼女たちのグループは揃えることが出来ない。
つまり狩に行っている時間が彼女たちにはないのだ。
ターリアたちは昼からは木の伐採に追われ、ヤーレアたちはそのまま若い子たちと共に農作業に追われている。
ワーリアたちは特化していないのだけど、それが良かったか悪かったか、あらゆるところからお呼びが掛かる事態となっている。 もしかしたら3つのグループで一番忙しくしているかもしれない。
という訳で、クロスボウの材料を揃えることは僕たちナーリアとエーレアに任されることとなってしまっている。
とはいっても、僕らだってそんなに時間に余裕がある訳じゃない。 紙作りに四苦八苦していたり、家がほぼ常に子供が集まってきたりと、なかなか忙しい。
それぞれに仕事を抱えたりもしていることもある。
で、仕方なしに朝の散歩の時間を鹿狩りに充てている。
この時期の鹿は雌鹿は身重なので、動きが鈍くて狩りやすいのだが、狩る訳には行かない。
牡鹿のグループを探して狩ることになる。
僕たちナーリアは、とんでもない探知能力のあるディフィーが居て、気配を消せるレンスとセカンがいるから、牡鹿の群れを探し出すのに困ることはない。 それに反則の手段、つまりハーピーに空から見てもらって位置を教えてもらうということも出来る。
単純に鹿を狩るということだけで考えれば、ハーピーたちや、ディフィー・セカン・レンスの能力で素早く牡鹿の群れに接触して、弓で狩れば用は足りる。
でもそれではエーレアたちは、いつまでも探知能力や気配を消す能力が身につかない。 僕たちは牡鹿の群れを見つけ出したりの仕事はエーレアたちに任せることにした。
見つけ出した群れから鹿を狩るのだが、狩るのも本当はエーレアたちに任せたいところなのだが、今は材料調達として急いでいるので、エーレアたちが一頭、僕たちが二頭狩ることにした。
春の鹿はまだ角がほとんど育っていないので、狩っても角が素材として手に入らないのが残念ではある。
まあ、その替り、群れを探して野山に入っていると、前年の角が落ちていて、拾ってくることが出来たりもするから、どっちもどっちかもしれない。 だが落ちていた角は、硬くはあるのだが、粘りに欠けて、折れやすいという難点もある。
狩った鹿は大急ぎで血抜きまで終わらせると、いつも解体に使っている川まで運んできて、水に沈めておく。 僕たちナーリアが関わるのはここまでで、エーレアたちに後は任せている。
狩ったのがサーブの訓練の前の時は、訓練が終わってから、そうでない時は決まってはいないが時間を見つけて解体やそれぞれの素材に分けたりを、エーレアたちがしてくれている。
30人分の素材を作らねばならないので、せっせと鹿を狩ってはいるのだが、そのおかげで少し食生活が主に人間にとってだけど充実してきた。
といってもこの時期はまだ鹿は痩せているし、特に牡鹿で年齢が経っている鹿を狙って狩っているから、肉は硬く美味しくはない。
ターリア・ワーリア・ヤーレアたちは、クロスボウ作りのアドバイスなんかを時に求めてくるが、どのクロスボウで射ても矢の届く距離がほとんど変わらないように合わせることだけ注意してほしいとだけ伝える。
そこが狂ってしまっては、クロスボウの部隊を作る意味が無くなっちゃうからね。
そんな日々の中、僕は少し考え事をしていた。
ゴブの脅威を感じる中、僕は傷薬と止血薬の在庫が少ないことが気になっていた。 傷薬を作るための薬草も、止血薬を作るための薬草も、やっとまだ芽を出したばかりだ。
僕の心配を話すと、レンスが
「とりあえず今現在の状態で判断できる限りで、間違いもあるだろうけど、それらの草がどこに分布しているかを調べる。
場所が分かっていれば、探す手間なく、収穫できるまでになればすぐに採ってこれるから」
そう言って、ラミアの森のそこら中を、アレア様、ロア様と調べてくれた。
アレア様、ロア様は森の中に詳しいから、レンスが声を掛けて協力を求めたようだ。
レンスは父親の著作の影響で、最近はラミアの里を中心としてそこら中を色々と調べて回っているから、とても詳しいのだが、それでも森の中を巡回警備していたアレア様とロア様には敵わない部分があるらしい。
それに塗り薬のベースとなる蜜蝋を採るための蜂の巣も今は取れないんだよなぁ。
狩った獣の脂を使うにしても、この時期は獣も脂がほとんど採れない。
当分は前のゴブとの戦いの時に作った物を節約して使わねばならない。
そんなとにかく早急にどうにかしたい問題をちょっとぼんやりと考えていたのだが、セカンに声を掛けられた。
「アレク、ちょっと考えた、意見を聞かせて」
セカンが意見を聞かせて欲しいという内容は、ラミア用の二輪の軽馬車の話だった。
ミーリア様用に作った軽馬車は、きちんと整地された道を走るのならば、人が騎乗して移動する速度に遜色ない速度で移動できるので、ミーリア様には気に入ってもらえたのだが、その後の不整地の場所での実験で、不整地では役に立たないと判断されていた。
まあ、実際には不整地でも乗れないことはないのだけど、人間の騎馬に全くついていけないので、セカンとディフィーの求める性能からはかけ離れていたのだ。
それで僕は戦いの時に騎馬の隊を作るという案に、ラミアも加えようとするセカンとディフィーの考えは、現実的には無理と判断されて諦めたのだと思っていたのだが、セカンは諦めずにどうしたらラミアが人間の騎馬と変わらない感じで馬を利用できるか考え続けていたようだ。
「不整地であの軽馬車が上手く走れないのは、私は考えて見たのだけど、大きくは2つの問題点があると思う。
1つは不整地だと、二つの車輪の高さが同じにならないこと。
もう一つはこれは平地でも同じだけど、曲がる時に内側になる車輪と外側になる車輪とでは、回転数が違ってくること」
うん、それは分かる、僕も同じように感じている。
「それで私はアリファ様用の手押し車のように、まずは左右の車輪をそれぞれに動くようにすれば良いと考えた」
アリファ様用の手押し車は、アリファ様がケンたちのいる炭焼き場まで物を運ぶ時用に作ったものだ。
ラミアが物を運ぶのに一輪の手押し車が、馬の世話で使うことが多くなったら、全体に一般化したのだが、アリファ様は片手が使えないので、一輪の手押し車が使えなかった。
それでアリファ様に、「自分が使える形にしてほしい」と頼まれて、二輪の手押し車を作ったのだ。
最初に作ったのは、左右の車輪を一本の棒で繋いだ形で作ったのだが、実際に使ってみると、一輪車と違って曲がるのにとても苦労するのだ。
それで二つの車輪を繋げずにそれぞれで動くように改造したのだった。
「でも、よくよく考えてみたら、アリファ様用の二輪の手押し車は、一輪の手押し車を改造した物だから、車輪が小さいからそれができるけど、軽馬車の車輪の大きさでは難しいのではないかと思いついた」
うん、確かにそうだ。
手押し車の車輪は小さいけど、馬車の車輪は軽馬車でも手押し車と比べるとかなり大きい、荷馬車になるともっと大きい。
手押し車は載せる物の重量は大したことない、手で押せる程度のことだ。
もっと重くなる場合は車輪の大きさを大きくしないと転がりにくいので、馬車となると大きい車輪をつけなければならないのだ。
それに車輪が大きくなると小さな凸凹はあまり関係なく、引っかからずに回るし、乗り心地も良くなるメリットもある。
「それで、左右の車輪をそれぞれに動くようにするのはむずしいのではないかと考えた」
僕はそうかな、馬車の形とか、構造を今までと違った物にすれば車輪が大きくてもできるんじゃないかと、頭の中で想像を駆け巡らせていた。
「そこで私は、はたと気がついた。
一輪車を参考にして考えているのだから、二輪にする必要はない一輪で良いじゃないかと。
人間が乗るのでは、一輪は乗りにくいかもしれないが、ラミアはどうせ柱に尻尾を巻きつけて体を保持するのだから、一輪でも構わないじゃないか。
それに一輪だったら左右の車輪の高さが違う問題もなくなる、と」
僕は最初その言葉が頭に入ってこなくて、セカンが僕の意見を聞きたそうに黙ったところで、セカンの言葉を頭の中で反芻した。
「えっ、一輪? 一輪で馬車を作るの?」
僕にはその発想は全くなかったので、驚いた言葉が出てしまった。
最初に作った試作品は本当に荷運び用の一輪車を少しだけ大きくして、棒を立てたという感じの物。
ま、なんていうか、手で持つところを馬で曳くようにしただけという感じ。
それでも試してみると、不整地でもずっと問題なく走ることができた。
ただし、ほぼ真っ直ぐに走るなら、という限定付きだった。
一輪にしたら、不整地でもラミアは上下の激しい揺れを体の柔らかさと、尻尾の力で物ともしないで、快調に走ったのだが、馬の方向を変えると、その一輪が横向きに掛かる力に負けて壊れてしまうのだ。
二輪だと横幅があるために、曲がる時でも斜めになる力が抑えられるけど、一輪ではそうはいかないからかもしれない。
うーん、上手くいかない。
僕はちょっと諦め気分だったのだが、セカンは諦めなかった。
セカンは何を考えたのか、馬と馬車を繋ぐ革紐を二輪の軽馬車を繋ぐよりも長くして試した。
どういう意味があるのかと思ったら、セカンは曲がる時に、外側に倒れようとする車輪を、棒に巻き付けていた尻尾を、棒からかなりの部分巻き付けずに、巻き付けない部分を使って尻尾を左右に振ることで重心を変えて、逆に内側に倒すようにした。
そうやって内側に車輪を傾けると、とても上手く曲がれることが分かった。
革紐を長くしたのは、その傾きを作る余地を与えるためだった。
「よくこんなこと考えついたな」
「最初は、外側に傾いてしまうのが問題なのだと思ったから、それなら傾かないようにするにはどうしたら良いかと思った。
ラミアには長い尻尾があるのだから、それを左右に振ればどうにかなるかと考えたのだけど、一輪車を使っている時に気がついたことがある。
普段は一輪車の上に水桶なんかを載せて使っているから、一輪車を傾けることはないのだけど、倉庫にしまったりなどの時は何も載せないで押すこともある。
そんな時は、内側に傾けて、少ない距離で一輪車の方向を変えているじゃないかと。
同じ一輪だったら軽馬車でも同じじゃないかと。
やってみたら成功だった」
僕らは俄然、一輪の軽馬車作りが楽しくなってきた。
試しているうちに、革紐を少し長くするだけでは、速度を早くして曲がる時には傾かせられる角度が足りないことが分かった。
かといって、あまり長くすると動いたり止まったりの時に、遊びがあり過ぎて馬車の動きが上手くいかなくなることも分かった。
それで、車輪の部分と馬が曳く部分を分けて、その連結部分で車輪が自由に傾けられるように改造した。
もうそこからは二輪の軽馬車や一輪の手押し車の原型を留めなくなって、別物となっていった。
車輪も、板を組み合わせた物ではなく、図書館で調べて、高級な馬車に付いているような、周りの丸い部分は曲がっている硬い木を使っていくつかに分けて作り、それに内側の軸の部分に何本かの棒で支える形の物を作り、一番外側にはボブに無理を言って鉄の輪っかを作って嵌めてもらった。
軸の部分も、今までは単純に木の軸を車輪に嵌め込んで、クサビで止めて、それが枠の中を回るという物だったが、今度は車輪自体が棒が真ん中に集まったところでまとめて固定して、固定した部分に軸を通すことになるから、軸自体は動かないようにして、棒を固定した部分の内側に、燃える水の泉の少しどろっとした油を染み込ませた革を組み込んで、軸を滑って回るような形にした。
作ってみたら、今まで木どうしが擦れて動いていたのと違い、とっても滑らかに動いた。
「領主様の馬車の車輪がこんな風になっていたから、ちょっと興味があって図書館で調べて作ってみたんだけど、こんなに違うんだ。
僕は領主様の馬車を見るまで、こんな車輪があることさえ知らなかったから、図書館に作り方が書いてある本がなかったら、絶対作れなかったな」
「うん、こんなに滑らかに回るんだって驚いた。
車輪の周りに鉄を嵌めるのは、鉄が足りないから無理だけど、他の馬車の車輪もそれ以外はこの形に変えると良いと思う。
でもなんでこの形の車輪をアレクさえ見たことがなかったの」
「うん、たぶんだけど、中に仕込む革は、たっぷりと油に漬け込んだ物にしなければならないじゃん。
僕たちは燃える水の泉で、あのどろっとした油を簡単に使えたし、これからも手入れに使える。
でも、人間の村にそんな物はないから、油を使ってというだけで、領主様でもなければ使えないんだよ」
「それなら、この車輪とどろっとした油も、人間の町や村に持っていったら売れるんじゃないかしら」
「そうだな、ハキに相談しよう」
後日、この車輪は再興した町の有力な商品になったのだが、この時は最初からは考えられない形になったけど、人間の騎馬についてこれる機動力が出るラミアのための一輪軽馬車が出来たのが嬉しかった。




