286. 鬼教官
午前中の戦闘訓練は、起きた若い子たちも参加することが義務付けられた。
とはいっても、もちろん僕たちがしていたような過酷な訓練を、いきなり若い子たちが出来るはずもなく、戦闘訓練の形態は変化した。
僕たち、というよりこのことを決める話し合いをしたであろうラーリア様、イクス様、ミーリア様を除いた全員がびっくりした事に、若い子たちの訓練の指導を任された、つまり指導教官として指名されたのはサーブだった。
このことがラーリア様の口から発表された時、上位ラミアたち、僕と友たち、ナーリアの姉妹たちなど全員がどよめいた。
誰より驚いたのは本人であるサーブ自身だろう。
僕たちはみんな、ミーリアの誰かが責任者となり、若い子たちに訓練するのだろうと考えていた。 若い子たちも戦闘訓練するのは、今の現状から誰もがしなければならないだろうと、思ってはいたのだ。
「サーブ、お前の今までの受けた訓練、お前が今まで調べて知った知識、お前が自分で試して来た研究、それら全てを総動員して若い子たちを鍛えてみよ。
他のナーリアはそれを手伝え」
ラーリア様がそう命令し、ミーリア様がちょっとつけ加えた。
「ナーリアは若い子たちに人気があるけど、中でもサーブは一番人気があります。 若い子たちも、サーブが教えるなら、きっと楽しく訓練が出来ることでしょう」
ミーリア様の言葉に、みんなは「ああそういうことか」と納得した顔をしたが、僕たちはそれはミーリア様がサーブが変に嫉妬の感情に巻き込まれないように配慮した言葉ではないかと思った。
何故なら、僕たちはサーブが先のことを見据えて、どうしたら上手く体力をつけたり剣を教えたり出来るか、ずっと研究していたことを知っている。 図書館でそういった本を片端から読んで、比較検討し、自分で試してみてという努力をずっとしていたのを知っている。
だからラーリア様がサーブを指名した時、僕はとても納得したし、ラーリア様たちはそのサーブの努力を知っていてくれたのだと思った。
多くはミーリア様の言葉で和んだ雰囲気を示していたが、一部では真剣な顔をしている者もいた。
エーレアたちは一緒にいる機会が多いから、サーブの努力も知っていたので、何ていうか真剣な顔をしている。 友たちは、エレクが何か話している。
そしてラリオ様以下のラーリアでは、ラーリド様が何か話していた。
「もう一つ、若い子たちには、これは私自身は少し邪道で少し問題があると考えているのだが、現状ではその方が有効であると考えて、クロスボウの扱いを覚えてもらう事にしたい。
そこで、若い子たちにクロスボウ作ったり、その使い方の指導をターリア、ワーリア、ヤーレアに任せる。
若い子たちは30人だから、それぞれのグループが10人づつを受け持ち、丁寧に教えて練習させるように。
そして、こんなことは言いたくないが、もしもの時には、お前たちが若い子を率いて、クロスボウ部隊として動くことを命じる事になる。 それを前提として、部隊運用の訓練までを命じる。
クロスボウ部隊としての運用法は、セカン、ディフィーと綿密に打ち合わせるように。
サーブによる訓練と、クロスボウの訓練を日を交互に行い、どちらも出来るだけ短期間で、それなり程度を目指してくれ」
ラーリア様の言葉は、ターリア、ワーリア、ヤーレアにとっては晴天の霹靂という感じだった。 まさか自分たちが若い子を率いて戦場に出ることを前提にしての命令を受けるとは思っていなかったのだ。
解っていた事ではあるが、ラーリア様たちがどれ程ゴブの侵攻を切実に脅威に考えているかがヒシヒシと伝わる命令だった。
「もう一つ、今までは様々な係は戦闘員としては考えず、訓練などは免除されていた。
しかし、現状兵力が圧倒的に足りず、免除する余裕がない。
係の者は、なんらかの理由で上位を引退した者も多い、最前線への配備はブランクもあるから考えないが、後詰としての役は果たしてもらわねばならない。
よって、今後の訓練には係の者も参加を義務付ける」
ラミアの里は完全に総動員体制だ。
兵力として数えられていないのは、子供世代の35人と、生まれたばかりの僕たちの子供だけだ。
サーブによる若い子たちの訓練が始まった。
どういう訳か、その若い子たちの訓練に、アン、エリーゼ、マリアンヌの人間の女性3人が混ざっている。
「私たちは戦闘訓練を受けた経験がないので、戦場に出ることはできないと思います。
でも、何も出来ずにみんなのお荷物だけになりたいとは思わないので、せめてなんとか自分の身は自分で守れるようにしたいと考えました。
私たちも訓練に参加させてくださいね」
アンが若い子たちに自分たちの自己紹介を兼ねて挨拶をした。
若い子たちを前にして、サーブは最初に何を目指して、どんな訓練をするかを若い子たちに説明し始めた。
「みんな、私サーブがみんなに、体力をつけたり、剣での戦い方を教える役を、ラーリア様から命令された。
私も初めての経験だから、みんなを上手く指導できるか分からないのだが、一生懸命教えるから、頑張ってついてきて欲しい」
「はーい、頑張ります」
若い子たちはサーブの言葉に一斉に返事をした。
「さて、今私たちが置かれている現状はみんなも解っていると思う。
だから敢えて私は甘いことは言わない。
はっきり言おう、お前たちではゴブに剣で立ち向かっては勝てない。
私は先の戦いで、今のお前たちよりはずっと強いと自覚していたが、ゴブの不意打ちを受けて、既に死ぬような目に合ったのはみんなもよく知っていると思う。
正直に言って、私が死ななかったのは、レンスが自分も重傷を負うような必死の反撃で私を襲ったゴブを仕留めてくれたのと、アレクが精魂尽き果てて倒れてしまうような必死の手当てをしてくれたからだ。
私は正直ゴブにやられた時には、完全に死を覚悟したのだ。 それがゴブとの戦いの真実の姿だ」
若い子たちはシーンと静まりかえってしまったし、アンたちはこの話を知らなかったので、青い顔をしている。
「だがしかし、今の現状でもしゴブが攻めてきたら、私たちは戦わねばならないし、その時にはみんなも戦場に出なければならない。 そこに例外はない。
だから、私はゴブとの戦いで、お前たちが絶対とは言えないけど、なるべく死なないようになるように鍛えることをラーリア様から命じられた。
とても難しいのだけど、私なりにどうしたら良いか考えたのだが、今のまま戦ったのでは一対一の戦いで、お前たちはまだゴブに敵わない、たぶん負ける。 それを負けないようにするには、剣の腕を上げたりとかも考えられるが、そう簡単に剣が上手くなる訳もない。
もちろんこれから剣もしっかりと、ここにいるナーリアたちと教えるが、それだけではまだ無理がある。
それならどうしたら良いと思う?」
サーブは若い子たちに逆に質問した。
若い子たちはとても真剣に考えているが答えが出ないようだった。
サーブはアンたちにもその質問を振った。 エリーゼが答えた。
「一対一の戦いで勝てないなら、一対一では戦わず、二対一や三対一で戦えば勝てるのではないかしら」
若い子たちは
「あ、そうか、なるほど」、「そうだよね。わざわざ一対一で戦うことはないんだ」、「お姉さんたち、さすが」
なんてエリーゼを褒めた。 エリーゼはちょっと照れ臭そうな顔をした。
「ま、確かにそういう方法はあるけれど、実際は逆の可能性の方がずっと高いぞ。 何しろ僕たちよりゴブの方がずっと数が多いのだから」
「そうね、前の戦いの時にもゴブの数は私たちの倍以上いたものね。
今度の考えられる戦いは、ゴブはもっとずっと多いだろうから、逆の可能性の方が高いわね」
僕の言葉に、ナーリアも付け加えた。
「という訳だ、その作戦は有効ではあるけれど、なかなか実際には難しい。
だとしたら、どうしたら良いのか、正解を教えよう、戦わなければ良いんだ。
つまりゴブと剣で戦わねばならない様な事になったら、戦わないで逃げる。
それが一番死なない可能性が高い」
サーブの答えに若い子たちはがっかりした声をあげた。
「なんだ逃げるの。 そんな簡単な答えなの」
サーブのその声を聞いて言った。
「みんな、逃げるのか、簡単だ、と思っただろ。
でも逃げるというのは全然簡単な事じゃないんだ。
まずは今日は試しに逃げる練習をしてみよう。 きっと逃げるということが全然簡単な事じゃないってすぐに分かると思う。
みんなはここから草地に向かって木剣を持って逃げてくれ、私たちナーリアはゆ〜っくり30数えてから追うから、草地まで捕まらずに先に行けたらみんなの勝ちにしよう」
若い子たちは「うわあ」と急に盛り上がった。
「私たちとサーブさんやナーリアさんたちとの競争だよね」
「競争よ、競争。 誰か勝てるかな」
「待って、レンスさんとセカンさんが走ったら、30数えたくらいじゃあ絶対すぐに追いつかれちゃうよ」
「そうだよね。 あの2人は反則だよね、速すぎるよ」
若い子たちは勝ちが全く見えないと意気消沈してしまった。
サーブがその言葉を聞いて言った。
「そうだな、確かにレンスとセカンは速すぎるな。
それじゃあ、レンスとセカンは勝負から除外しよう。
それならどうだ」
「それだったら、やる。 絶対に勝つ」
この競争の結果は当然ながら僕たちナーリアの圧勝でした。
草地へ向かう道の半分までも行かないうちに、若い子たち全員に僕たちは追い着いてしまった。
若い子たちはヒーヒー言っているが、僕たちは息も乱れていない。
全員を励ましながら草地まで走らせる。
最後尾で一番苦戦していたのは、ま、予想通りだが人間3人だ。
「ほら、逃げるのって難しいだろ。
私たちナーリアがゴブだったら、みんなはもう全員死んでいる。
ま、それは置いといて、ゴブに追いつかれたら、仕方ない戦わなければならない。
それを想定して、ナーリアたちが剣を横に構えるから、みんなは1人づつそれに撃ち込んで」
若い子たちに剣を撃ち込ませたのだが、もう走った事で体力が続かずヨレヨレで、撃ち込みとは言えない弱々しいものとなってしまった。
一通り全員が終わると、サーブは
「ゴブに追いつかれて戦おうとしても、そんなに弱々しい剣ではゴブには絶対勝てない。
だから、これからはまず第一にここまで走ってきて、ちゃんと剣を振ることが出来ることを目指す。
自分が強くなっていくことってなかなか分からないけど、毎回ここまで走るから、どんどん私たちに捕まる場所がこの草地に近くなる様に頑張るんだ。
誰が一番最初にここまで捕まらずに逃げて来れるかな、それが本当の競争だ。
みんな、どうだ、頑張れるか」
サーブが若い子たちを煽った。
「出来る。 頑張れる」
「私が一番になる」
若い子たちはサーブの言葉に、いつもの競争を楽しむ感じで応えた。
回数を進めるうちに、体力的な余裕が出来てくると、サーブは草地で剣の振り方などを丁寧に少しづつ教えていった。
若い子たちは、そのうち次は何を教えてもらえるか、と楽しみにする様になった。
この年頃の成長は速い、どんどん体力もついていくし、技術も身についていく。サーブは走らせるだけでなく、様々な筋トレもする事に加えていってもいる。
どうやらラーリア様たちの予想を上回る若い子たちの成長の様だ。
草地まで捕まらずに逃げることが出来た若い子が出た時には、若い子たちは大喜びだった。
そしたらサーブは距離を伸ばして、ブーイングを浴びたりもした。
それから割と早期に、まずはエーレアたち、続いてターリア、ワーリア、ヤーレアも若い子たちの訓練に同行してくる様になった。
サーブは途中から若い子たちの訓練とだけは考えないで、全員の訓練として色々なことを僕たちに命じる様になった。
僕たちは防具だけでなく武器まで完全武装させられ、それに加えて訓練用の武器も重り付きで持たされて走らされて、草地に着けば、若い子たちだけでなく、姉妹たちの戦闘訓練も相手させられた。
サーブはその立場に立ってみたら、とんでもない鬼教官だった。
もちろん一番大変な思いをしたのは例の3人なのは言うまでもない。




