285. 田植えとメリーの悩み
若い子たちとの集会の次の日は、朝からヤーレンの号令が響き渡った。
とにかく何がなんでも、早急に田植えをしなければならないとのことで、ヤーレアと若い子たちだけでなく、ナーリアの姉妹たちは全員集められ、ヤーレンの指揮下に入ったのだ。
「とにかく、今日1日で田植えを全て終わらせるから、全員心して仕事をしてくれ。
まだ水が冷たいけど、今日は我慢して欲しい。
今日は天気が良くて日差しは暖かいから一回水に入って作業したら、少し体が日向ぼっこで温まる時間をとるようにするからね」
ヤーレンが過酷な作業になることを、若い子たちに最初からちょっと謝っている。
ヤーレアと人間の女性3人は、木の箱の中に土を入れて種を撒いて芽が出た米の苗を、根が傷つかないように注意して水辺で4-5本づつに解している。
そうした物を今度は10くらいを纏めて束ねた物を8人でどんどん作っていっている。
メリーは作られた束を、別の場所にきれいに並べる係だ。
ナーリア、エーレア、ターリア、ワーリア、そして若い子たちはまずは田んぼに入って尻尾で土を掘り返して柔らかくした。
体のまだ小さい若い子たちは冷えやすいので、とりあえずそれで田んぼから上がり体を温めている。
その間に、ナーリアたちは竹で作ったT字形の道具で田んぼの中を均したり、土手の部分に泥を塗り付けて、水漏れしないように補修したりをしていた。
僕はというと、1人寂しく田んぼの近くで簡単な竃を作っていた。
とにかく体が冷えてしまうから、体を温める為にも暖かいスープを作ろうという訳だ。
スープ作りは、苗の作業が終わったら、人間の女性3人で担当してくれることになっているのだが、竃作りや薪集めは僕の仕事とのことだ。
人間の男はヤーレンと僕だけで、他は来ていないので僕も必要ないと思ったのだが、ヤーレンに
「いや、アレクにしてもらわねばならないことはしっかりある。
ナーリアは参加するのだから、お前も来い」
と言われて来たのだけど、結局は雑用係だから、ヤーレンの本音は男1人が嫌だったのだろうと思う。
一番最初から先行して始められていたヤーレアと人間の女性たちの作業が終わり、本格的な田植えの作業となる。
実は田植えという作業は、ラミアは初めての経験なのである。
例年はどうしていたのかというと、今頃の時期に田んぼに適当に前年にとっておいた種籾をばら撒くだけだったのだ。
僕ら人間が暮らすようになるまで、ラミアは穀類をあまり食べていなかったので、そんなに沢山収穫しようという気持ちはなかったから、それでも用は済んだのだ。
ところが僕ら人間とともにラミアも穀類を調理法は違うけど、しっかりと食べる様になったので、なるべくきちんと作り、大量に収穫することを今年は目指しているのだ。
ヤーレンはそこで田んぼの数も増やし、秋のうちにしっかりと堆肥や枯葉などを漉き込んで土に栄養を与え、水を張る前にも天地を返したりと手をかけてきたのだ。
まあ、それに付き合わされたヤーレアたちは大変な目にあった訳だが。
ヤーレンは田んぼの縁に全員を一列に並べた。
「良いかい、ヤーレアたちが田んぼの中に等間隔に苗を置いているから、その苗を拾いながら自分の尻尾が踏み潰さないように、等間隔に苗を植えていくんだよ。
重要なのは、まっすぐ進みながら植えていくこと。
曲がるとせっかく植えた苗を自分の尻尾で踏みつけちゃうことになるからね。
それから、隣の人との間隔も同じになるように気をつけてね。
ヤーレア、苗を置き終えたら、並んでいる列の間隔なんかを点検して、修正して」
ヤーレアたち5人はヤーレンに指示されることに慣れているのか、その指示にしたがって素早く動いて、列を直している。
「それじゃあ、最初はゆっくりとやってみよう。
自分の体の左右に苗を挿して、倒れないように少し土を押さえるんだ。
何回かやってみれば、どのくらい苗を挿して土を押さえれば倒れないか分かるから、とにかくみんなやってみよう」
秋に麦の種まきをした若い子たちは均等に間を開けて植えることの重要性はわかっているのだが、種と苗ではちょっと勝手が違い、最初は戸惑っていたが、すぐに要領がわかったみたいだ。
ナーリアはもちろん、エーレアも秋の経験があって、若い子たちと同様に作業をこなしているが、戸惑ってペースが上がらないのはターリアとワーリアだった。
まあターリア、ワーリアは今まで他の作業が忙しくて農作業はあまりしていないから仕方ないのかもしれない。
とりあえず1度目の田植えが終わったところで、休憩兼早めの昼食をとることになった。
とは言っても、今は食料に困ってハキが町から穀物を仕入れてくるくらいだから、そんなに大した料理が作れる訳が無い。
それでもアンが中心になって人間の女性3人が作ってくれたスープは、僕とヤーレンには大好評だった。
ウサギの肉が少しと、生え出したばかりのまだ柔らかい食べられる草を香り付けに入れてあるスープは、僕には春が感じられる味でとても美味しかったのだが、ラミアたちにはあまり受けなかったようだ。
「ああ、春の香りがするなあ」と僕はスープを飲んで作った3人を労うためにも少し大げさに言った。
それに合わせてヤーレンも、
「こういう物を食べると、やっぱり春が来たという感じがとてもするよな。
うん、とても美味いよ」
と僕に同調して褒めたのだが、ディフィーは
「そう、確かに草の香りはするわ」
と、とても素っ気ない感想だった。
ラミアはディフィーに限らず、若い子たちまで、スープの暖かさを喜びはしたが、味に関してはそんな感じの感想ばかりだった。
僕たちはまあそんな感じで、スープと米、もちろん人間の分は炊いたのだが、の質素な食事を終えた。
この時にメリーをとっても悩ませる一つの事態が生じた。
メリーは僕やナーリアたち、それにヤーレンのような僕の友たちにはもう完全に慣れていて、普通に呼びかけて話かけてくる。
メリーの他者への呼び名は、みんなメリーが自分で呼びやすいようにとか、メリーの中での区別に従ったらしく、独特である。
普段接する機会の多い者、つまり僕たちナーリアや、イクス様、ラーリア様、ミーリア様、ミーレナさんなどはもう慣れっこになっている。
ま、ミーリア様だけは最初
「なんで私がリアおばちゃんで、ミーレナはレナお姉ちゃんなの」
と不満そうだったのだが、最近はメリーに
「メリー、リアおばちゃんにもお茶持ってきて」
と自分のことを普通におばちゃん呼びするように自然となってしまった。
そこにエーレアたちが加わったのだが、メリーにとっては5人とも名前の最初はエーレかエレで同じで呼ぶに値しなかったようで、最後の一音をとって、アーお姉ちゃん、オーお姉ちゃん、ドーお姉ちゃんなんて風に呼ぶようになっていた。
ターリア、ワーリア、ヤーレアたちは、ナーリアたちはともかく、エーレアたちまで普通にメリーに呼び掛けられて接するのが、ちょっと羨ましかったのか、一斉にメリーに自分の名前を覚えてもらおうと躍起になった。
メリーはちょっと困ってしまった。
名前の上の方が、ターリ、ワーリ、ヤーレとなるだけで、終わりの音はエーレアたちと一緒だったから、今までのメリーの考え方では同じになってしまって区別がつけられなくなってしまったのだ。
食事の後、その後の田植え用の苗を今度はナーリアたちやその姉妹たちも加わって、一気に作ったのだが、その間は若い子たちは遊ばせていた。
すると若い子たちも自分より年下の人間の女の子に興味津々なのか、メリーをかまって自分の名前を教えたりしている。
若い子たちの名前は、もう規則性がなくバラバラなので、人間のメリーにしてみればそっちの方が当たり前なのだが、メリーが一気に覚えられる訳が無い。
僕らにしてもほとんど覚えていない。
メリーは頭の中が名前でパニックになったようだ。
食事後はあと2回、全員で田植えをすることになっている。
つまりまだ今日の仕事は1/3しかまだ終わっていないのだ。
2度目の田植えをしていると、馬車が近づいて来た。
近づいて来た馬車を良く見ると、なんと御者をミーリア様がしている。
流石にミーリア様が御者をするのは心配なのか、御者席にはミーリア様の隣にミーレナさんが乗っていて、遠目にもハラハラしていますという顔をしていた。
まあ、僕らの家の厩の馬車用の馬は、元々アンの家の馬でとても良く馴れていて、暴走するなんてことはまずあり得ないから、誰でも簡単に御者が出来ると思う。
賢い馬で、状況を察して、自分から動いてくれるからなぁ。
「ミーリア様が御者をして来たのですか?」
御者席から降りたミーリア様にそう声を掛けると、
「私も自分用の1人乗りの馬車だけじゃなくて、普通の馬車も御者出来ると良いと思ってミーレナに替わってもらったのよ。
何だか1人乗りの馬車よりも簡単だったわ」
僕はちょっと苦笑して言った、ミーレナさんも隣で苦笑している。
「この馬は元々アンの家で飼われていた、馬車を曳くことに慣れた馬ですからね。
新たに作られたラミアの1人乗り用の馬車を曳くのは、馬としては勝手が違うでしょうから、比較にはならないと思いますよ」
「あら、そういうものなの。
少しは私も馬の扱いが上手になったのかと思って、ちょっと嬉しかったのだけど、そういう物でもないという訳ね」
ミーリア様はがっかりした調子で言ったが、変に自信を持たせてもいけないと思うので、はっきり言った。
「そうですね。 そんなに簡単に馬の扱いが上手くはなりませんよ。
僕も今だにギュートに色々と言われますから」
アンがエリーゼとマリアンヌに指示しながら、馬車の中から花見の時に使った敷き布や布団を下ろして準備をしている。
ミーリア様とミーレナさんだけではなく、ラーリア様とイクス様も乗って来て、それと一緒に、子供たちも連れて来たからだ。
メリーはもう子供たちを構っている。
子供たちを布団のところに下ろして、アンたちに任せると、4人は僕と一緒に田植えを指揮しているヤーレンのところへと向かった。
ヤーレンは軽く挨拶しただけで、田植えの指揮を続けている。
しばらくすると、2度目の田植えが終わった。
「よし、体を少し温めるために、ちょっと休憩だ。
あと一回で田植えは終わるからね」
若い子たちがヤーレンに一斉に答える。
「はーい」
そして若い子たちは田んぼから上がって来ると、ヤーレンに言った。
「ヤーレンさん、赤ちゃんたちも来たよね。
見に行っても良い?」
ヤーレンは視線でラーリア様に訊ねた。
「まあ、構わないだろう。
赤ん坊のところにはアンたちがいるから大丈夫だろうが、若い子たちに慣れてないから、ナーリアたちも行って、若い子たちに赤ん坊を適当に見せてやってくれ」
ナーリアたちは田んぼの用水路で簡単に体の泥を落として、手を洗うと赤ん坊たちの方へと向かっていった。
「みんな、ラーリア様の許しが出たぞ。
でも赤ん坊に近づくのに泥のついた手や体ではダメだ。
ちゃんと出来るだけ綺麗にしてから行くんだぞ」
「はーい、ヤーレンさん、分かったぁ。」
若い子たちもナーリアたちと同様に、手や体の泥を落として、次々と赤ん坊のもとに向かっていった。
「それにしてもヤーレン、随分と丁寧に整然と植えるのだな」
ラーリア様が感心した声でヤーレンに言った。
「はい、こうやってきちんと植えると、陽の当たり具合も一定になりますし、雑草を抜いたりの世話もきちんと出来るようになるので、適当に植えるよりもずっと収穫量が増えるんですよ。
この冬は食料が足りなくなって、町から買ってこなくてはならなくなりましたが、今年は作付け面積も三倍くらいに増やしましたし、肥料もしっかりと入れてありますから、冬に全員起きていても困らないだけの収穫量を目指しています」
ラーリア様、イクス様は何だか壮大な計画を聞いたという顔をしている。
「ま、もうすぐ秋に植えた麦も収穫出来ますし、米だけに頼ると何かあった時に困りますから、これから他の雑穀も順次作っていくつもりです」
「ああ、ヤーレン、よろしく頼むぞ。」
ラーリア様がそう言うとヤーレンは
「僕だけでなく、ヤーレアたちが一緒に頑張ってくれていますから、きっと期待に応えてみせます」
と頼しげに言った。
ミーリア様は、子供たちからちょっと離れて、難しい顔をしているメリーを見つけると、近づいて行って話しかけた。
「メリー、どうしたの、何か考え事?
困っているなら、リアおばちゃんになんでも言ってみなさい」
メリーはミーリア様に話し出した。
「あのね、リアおばちゃん。
ナーお姉ちゃんたちって、メリーとお姉ちゃんみたいな姉妹がたくさんいるでしょ。
さっき、そのお姉ちゃんたちに名前を聞いたんだけど、上の方は何人もみんな一緒なの。
でも名前の下の方は今度はアーお姉ちゃんたちと一緒なの。
メリーは、あのお姉ちゃんたちを何て呼んだら良いか、分からなくて困っているの」
「うん、確かにレンスを除くと、たくさん姉妹がいるものね。
それにみんな名前が規則に沿っているから、それぞれに同じになるものね。
ラーリアおばちゃんや、イクス母様みたいに略さないで呼んだらどうかしら」
「んーん、ラーリアおばちゃんとイクス母様は特別なの。
それにラーリナおばちゃんもこの頃はお家に良く来るでしょ、メリーはそれだけでも大変なの。
だからお名前全部覚えるのはダメなの」
「そうかぁ、確かに難しい問題ね」




