283. ハキの方策とアスファルト
ヤーレンとヤーレアたちの懇願で、どうやら若い子たちを起こして労働力になってもらおうという雰囲気になってきたのだが、ラーリア様もだが、イクス様、ミーリア様たちは慎重だった。
「ハキとアリファは『なんとかなる』と言ったのね。
どうしてそういう結論になったのかしら。
今現在の物品の管理はアリファに任せてしまっているから、大体の感じでしかないのだけど、それでも若い子たちまで起こして食料が足りるはずがないのよ」
「私もその様に思います、イクス様」
「しかし、ハキとアリファがそんな重要なことで、わざと間違ったことを言うはずがない。
一体どういうことなのか、まずはそれを確認してみましょう。
誰か、ハキとアリファを呼んできてくれ」
ラーリア様の言葉にいつもの様にレンスが走ろうとしたら、
「私が行ってきます」
とエーレファが自分から立候補して、2人を見つけに行った。
「エーレファ、どうしたの?」
それを見ていたセカンがエレオに聞いた。
「あなたはレンスの次に速いじゃない。
エーレファは姉妹なのに、あなたにスピードでも圧倒的に負けてるから、最近スピードを付けたいと頑張っているのよ」
「そう、ならすぐにきっとエーレファは速くなる。
私とエーレファじゃ、体質は変わらないから」
エレドがちょっと茶化した。
「そう上手くはなかなかいかないわよ。
セカン、あなたは天才じゃない、天才の真似は出来ないわ」
「違う。
私の今のスピードや気配を消す力は、レンスに全然敵わなかったから、レンスをお手本にして、教わって、練習して身につけたモノ。
初めから出来た訳じゃない。
だからエーレファがやる気になれば、絶対に私と同等に出来る」
「そうなの?
じゃ、私でも頑張れは身につくかな。
私たち弓は最近結構射てる様になってきたじゃん。 だから、他のことも頑張れはあなたたちにもっと追いつくことが出来るかなって思っているんだ。」
「私たちは、知っての通りの事情で、全く普段通りの時間を過ごしたから、あなたたちが寝ている間にラーリア様たちやミーリア様たちなんかに、散々特訓を受けた。
今、エレオやエレドが私たちとの間で感じる差は、そこが大きいと思う。
だからやれば出来るはず。
一回多く脱皮して、体が大きくなったのもあることはあるけど」
「セカンにそう言われても、なんとなく信頼感がないのよねぇ。
あなたは前から何でもすぐに一番出来ちゃうから」
「アリファ、若い子たちまで起こしてもなんとかなるとのことだが、イクス様とミーリアは足りなくなると思うと言っている。
そこのところ実際はどうなんだ。
実情を説明してくれ」
やってきたアリファ様に、ラーリア様はすぐに質問を始めた。
やってきた時は、なんで呼ばれたのか分からずに少し緊張している感じのアリファ様だったが、呼ばれた理由が分かって安心したのか、落ち着いた声で返答し始めた。
「はい、確かに今現在の食料の蓄えだけでは、イクス様、ミーリア様の言われる通り、今若い子まで起こしてしまうと、たぶん食料が足りなくなってしまいます」
「では、どうしてヤーレンとヤーレアたちに『なんとかなる』と言ったのだ。
それではなんとかならないだろう」
「はい、蓄えだけではなんとかなりはしないので、今までの様に早く実る豆が収穫できる様になるまでは起こすことは出来ません。
でもヤーレンとヤーレアたちに相談を受けて、今まで以上の食料増産のためには、今若い子たちを起こして働いてもらわねばならないと力説されまして、私とハキとでどうにかならないかと知恵を絞りました」
「それで、どうにかなる方策を思いついたという訳か。
その方策を聞こうか」
ラーリア様と一緒にアリファ様の話を聞いていたイクス様とミーリア様も身を乗り出す様にしてアリファ様の言葉を聞く姿勢を示していた。
その近くにいる僕たちもみんな耳を澄ました。
「とにかく、どこかに食料になるモノはないかと最初考えました。
私はハキに最初、ラミアは知らないけど人間は知っている何か食料となるモノはないかと尋ねたのですが、そんな都合の良いモノは知らないと言われました。
ハキに言わせると、ラミアの食事は今までは木になる実と豆に偏り過ぎていて、穀類がそれに加わったけど、ヤーレンの言う通り、きちんと栽培収穫がなされてこなかったから、蓄えが圧倒的に足りないそうです。
そこでヤーレンがまず穀類のきちんとした栽培から、食料増産を始めようとしているとのことでした」
なるほど、ヤーレンはそんなことを考えていたのか。
僕の世話になっていたおばさんの家は、畑も耕してはいたけど、主な仕事はそこではなかったから、僕はあまり農業に詳しい訳ではない。
若い子たちを起こすことを訴えにきて、まだそのまま居るヤーレンがちょっと照れ臭そうに頬を指で掻いた。
「ちょっと話がズレてしまいました。
ハキと2人で考えても、やはりない袖は振れないので、やはり無理だろうという結論になったのですけど、そこで私は気分を変えるために、
『アスファルトを人間の町で売るという話は進んだの』
とハキに尋ねると、ハキは
『今は運ぶための容器がないから、容器が作れる様になってからでないと手が付けられない』
と教えてくれました。
私はちょっとその言葉に引っ掛かりを覚えて、
『若い子たちを起こせば、その時には容器も出来て、アスファルトを売ることもできるね』
と言いました。 するとハキは
『若い子を起こすと、どうして容器ができることに繋がるのですか?』
と尋ねてきました。
若い子たちを起こすには、その前に順番として、様々な係の人を起こさねばならないことを、ハキは理解していなかったのです。
今回は秋にクロスボウの実験なんかがあったので、特別にターリア、ワーリア、ヤーレアが寝る順番が後になって、まあ、こうして都合よく起きて働いているのですけど、本来なら様々な係の人の方が上位の次の順番だったのだと説明しました。
するとハキは倉庫の中に予備の容器が少しでもあるかどうかを訊ねてきました。
私は、予備の容器は幾らかあるし、今現在使っていない容器も里の中を探せばあるのではないかと答えました。
そしたらハキは、
『それだったら、食料問題はどうにかなります。』
と言い出したのです」
ハキの方策はラミアの里にある容器を掻き集めて、その容器にアスファルトを入れて町に持って行って売り、その売った金で食料、つまり穀類を買ってくるということだった。
遅れてやって来たハキによると、この時期はもうすぐ麦の収穫期になるから、倉庫に眠る余分な在庫の穀類が売りに出るというのだ。
僕はゴブの襲来が迫っていることを考えると、在庫が市場に出ないのではないかと思ったのだが、どうやらそんなことはないらしい。
逃げる可能性を考える人は、なるべく現金化しようとするから、なんらかの危機が迫っている時の方が物は動くのだという。
うん、流石商人。
「理解した。
つまりアスファルトを売った金で仕入れた穀類を、人間の町からここまで輸送する間の時間だけ食料が持てば、食料の不足はないということだな。
ハキの考えでは、アスファルトを売ることで、十分に足りるだけの穀類が買えるということだな」
「はい、その点は絶対に大丈夫です。
ただ、一番最初にアスファルトを採取するという作業をしなければなりませんが、それがかなり重労働だと思います」
「どのくらいの量を採取しようと、ハキは考えているのだ?」
「はい、容器の問題もありますから、荷馬車一台分程度で考えています」
「良し、解った。
その作業は私とラーリナが責任を持って当たろう。
ナーリアたちには手伝ってもらうぞ。
ミーリア、それぞれの係の者たちと若い子たちを起こす様に。
ヤーレン、ヤーレアたちは大急ぎでしなければならない農作業の準備を進めてくれ。
エーレアたちはヤーレアたちが疲労困憊の様だからな、そっちを取り敢えず手伝ってやれ」
話がまとまるとラーリア様の指示が次々と下された。
ま、みんなその指示に従って行動を即座に始めるのだけど、僕は気になって一つラーリア様に訊ねた。
「なんで、ラーリア様とラーリナ様がアスファルトの採取なんて重労働を自ら担当することにしたのですか?」
ラーリア様はちょっと渋い顔をして言った。
「いやな、私とラーリナだけが花見をして、アレクが作った美味しい物を食べたというのが、他のラーリアたちに知れてしまってな。
私たち2人はなんらかの重労働を自らしないと許してもらえないことになってしまったのだ」
その場にいた僕たちは、エーレアやヤーレアたちも含めて、みんな吹き出してしまった。
アスファルトを採取する作業は本当に一番重労働の、アスファルトを掬って容器に入れるという部分をラーリア様とラーリナ様がやったので、僕たちは大したことはなかった。
「アスファルトを掬って容器に入れること自体は、まあ重労働と言えば重労働なんだけど、それくらい大したことない。
嫌なのは、地に付いている尻尾が汚れて、この嫌な臭いが着いちゃうことなのよね。
これがなかなか取れないのよ」
ラーリナ様が採取を終えた後でボヤいている。
「温泉で洗えば、水で洗うよりきっと良く落ちますよ」
僕は慰める様に言ったのだが、ふと気がついた。
「ラーリナ様、今の言い方だと、今回だけでなく、前にもアスファルトの採取をしたことがあるのですか?」
「もちろんあるわよ」
ラーリナ様は臭いが気になるのか、戻ることに気が急いていて、ラーリア様が説明してくれた。
「水に濡れては困る物を容器に密閉して入れておきたい時などは、防水と接着を兼ねて使ったりしたんだ。
あとは石の合わせ目を埋める必要がある時とかな。
ただまあ、この臭いをラミアは好きではないから、あまり使わないがな」
この採取で面白かったのは、容器に入れたアスファルトを運ぶために馬車で行ったのだが、その時の馬は蹄鉄を外して、藁で作った靴を履かせたことだ。
蹄鉄を着けていると、火花が散る可能性があるからなのだが、僕は馬に藁で作った靴を履かせるというのは知らなかったので、へえ〜って感じで見てしまった。
その藁で作る靴も、ラーリア様が自分で編んで作るのだから、珍しい。
すぐにサーブが教わって、結局4つのうちの1つだけをラーリア様が作っただけだけど。
アスファルトを売って、穀物に替えて来るのは、ハキとエレクと僕の3人で行くことになった。
なるべく大急ぎですぐに戻ってきたい仕事だから、ラミアに行かせる訳にはいかず、人間が行くとなって、なんとか仕事の手を空けられるのが、この3人だったのだ。
僕も暇じゃないのだけどと、ぼやこうとしたらエレクに、
「ハキが行かなければならないのは当然だけど、僕も別に暇している訳じゃないんだけどな。
仕事はしっかり溜まっているんだけど」
と先にぼやかれてしまった。
まあ、そうだよな。
町ではハキがハーピーの誰かに頼んで実家に連絡してあったのか、麦と米の袋が積まれて用意されていた。
「兄貴、手間をかけたな、ありがとう」
「ちょっとアスファルトの量が少ないな」
「今、入れて持って来れる容器がこれだけしかなかったんだよ。
容器の作り手も起きたから、次はもっと持って来ることが出来るよ」
「それならまあ、今回は良しとしよう。
次回も穀物がいるのか、それなら確保しておくが」
「いや、穀物が必要なのはたぶん今回だけだ。
次からは違う物を用意してもらうことにするよ。
その時に連絡する」
「ああ、分かった。
アスファルトも需要がたくさんあるから、いくらでも持って来て良いが、鉄鉱石が欲しいという客がたくさんいるから、そっちも早めに頼むぜ」
「ああ、それも出来るだけ急ぐよ」
行きは一台の荷馬車にアスファルトを乗せて行っただけだが、帰りは二台の荷馬車に米と麦の袋を山積みにして持ち帰ることが出来た。
ハキが言っていた通り、アスファルトは結構高値で売れるのだろう。
帰りは道の拡幅補修をしていたダイクやアーレア、アーロアと一緒に戻って来た。




