281. 花見
僕たちの図書館通いは、忙しい日々の中でも続いていた。
流石に、子供が集まって来るようになって直ぐなどは、図書館に行っている暇を作ることが出来なかったのだが、今では子供が4人、5人と集まっても図書館に行くことが出来る様になった。
それは子供が少し大きくなってきたからというのももちろんあるのだけれど、僕らの家にターリア・ワーリア・ヤーレアたちが、エーレアたちと共に字をイクス様に教わりに来ていることも大きい。
僕らナーリアが子供の世話をするので、それを手伝っていて、彼女たちも子供の世話に慣れて、僕たちナーリアが居なくても、子供の世話をする人数に困らなくなったのだ。
イクス様が、僕たちが図書館に行くことは積極的に支持しているというのも大きいけど。
僕たちはそれぞれに図書館の中で興味を持っていることを調べたりしている。
セカンとディフィーはラーリド様とエレクと共に、最近の動きを資料として残すための作業にも関わっている。
最近はその作業にウスベニメも関わって、資料がラミア視点だけに偏らない様にしている様だ。
レンスは図書館の蔵書の中から、父親の著作を探し出し、それを熟読した様だ。
その著作は、大火の以前と以後の生物分布の変化と復活を大きなテーマとして、ラミアの森を博物学的に調べた物だった。
それを読んだレンスは、父親の著作の続きを記録したいと思った様だが、物事の全体的な知識の圧倒的不足を感じたらしく、父親の著作を読んで必要と思った基礎的な知識の本を、片端から読んでいる。
そこには字を覚えるのにサーブと共に苦労していた時の面影は全くない。
レンスは読むだけでなく、森の様々な場所に出かけて実際と比べたりもしている。
サーブ、ナーリア、そして僕も図書館での時間を無駄にはしていないのだが、この3人に比べると、少し余裕があるというか、少しだけは他のことにも時間を使っても良いかなという感じになっている。
そこで僕はこの3人で、もうすぐというか今にも芽吹きそうな、トンネルから図書館へと続く道の両側に植えられた木の、幹に穴を開けて、そこに管を取り付け、その管からほんの少しづつ滴る樹液を受ける仕組みを取り付けた。
幹の穴に取り付ける管は、木を削って作ったので、ちょっと面倒だったけど、樹液を受けて溜めるのは竹を切っただけだから簡単な作業だった。
「こんな木の樹液なんて集めて、何をするの?」
ナーリアがそんな風に僕に尋ねた。
「集めた樹液を指の先に付けて、舐めてみて。 そうすれば分かるから」
ナーリアとサーブは言われた通りのことをした。
「ま、なんというかほのかに甘いのは分かるけど、これならもう少しすれば蜂が動き出すだろうから、そうしたら蜂蜜を採る方がいいんじゃないか」
サーブはそんなことを言った。
「まあ、蜂蜜も美味しいのだけど、これも少し手を加えれば美味しくなるのさ」
僕が集めた樹液を鍋で煮詰めていると、その匂いに誘われたのか、ナーリアとサーブだけでなく、甘いものに目が無いディフィーとレンスはもちろん、メリーも近づいて来た。
煮詰まったシロップを僕は少し冷ましてから、それぞれの掌に少しづつ垂らしてあげる。
「甘い、美味しい。
蜂蜜の味とは、甘いことは同じだけど、ちょっと違う味ね」
ナーリアがそう言うと、サーブが、
「あの微かに甘さを感じるだけの樹液が、こんなに美味しくなるんだ」
と驚いていた。
「アレク、これ絶対に量産しましょう」
「ディフィー、これはこの時期だけだから、そんなに沢山は作れないんだよ。
まあ、しばらくは毎日樹液を集めて、作りおきするつもりだけどね。
でも、この煮詰める作業が結構かき混ぜ続けなければならないから手間だけどね」
「そのくらいの手間は交代ですれば大したことじゃないわ」
「お兄ちゃん、メリーはもう少し舐めたいの」
「あ、私も」
メリーの言葉に即座にレンスが追随すると、まだ近づいて来ていなかったセカンとアンもやって来て、出来たシロップを舐めることになった。
最初の試作はあっという間に全部舐め尽くされてしまった。
それからしばらくの間は、僕たちは早朝のウサギ罠の見回りは、最近はすっかり慣れているエーレアたちに任せて、トンネルを通って樹液を集めに通っていた。
集めた樹液を濃縮してシロップにする作業ももちろんみんなでしたのだけど、味見は禁止とした。 そうしないと、作る側から無くなってしまうからね。
女性陣の甘みに対する弱さは想像以上だ。
そうこうしているうちに、トンネルの図書館側の出口のところにある桜の木に、花が咲き始めた。
僕はなんとか時間を作って、ある作業を始めた。
ハーピーたちは、手は羽が邪魔になってあまり使えないので、実や穂といった作物の栽培や採取は苦手にしているのだが、力強く頑丈で鋭い爪を持つ足を使って、地中に出来る芋類の採取はとても器用にこなす。
まあ尻尾の先で穴を掘るラミアも土を耕すことでは負けないと思うのだが、根菜類を食べる習慣のなかったラミアは根菜類の栽培をしていず、逆にハーピーは今では穀類は採取が難しいのでもっぱら根菜類を栽培しているようだ。
そんな訳で、ハーピーたちはラミアの里に来るようになってから、火を用いた料理や、お茶の葉、それに量的に厳しいのであまり融通できなかったのだが穀類の礼というか見返りとして芋などの根菜類をラミアの里にもたらしてくれた。
僕はその芋を細かくすり潰して、桶の中で同量程度の水と混ぜる。 しばらく静かに置いておいて、浮かんだカスを取り除いたら桶の中身を目の細かい布で濾した。
布に残ったカスはしっかり絞っては、少し濾した方の上澄部分に浸して、またしっかりと絞って、絞った水に色がほとんどなくなるように丁寧に作業した。
そうして出来た汁をまたしばらく置いておくと、上澄みと底の方に溜まる部分とに分かれる。 その上澄の部分は捨てて、また水を足してかき混ぜて、前と同じように放置して、また上澄を捨てる。
この行為を2・3度繰り返すと、そこに溜まる部分が綺麗に白くなってくる。
そうしたら、上澄をギリギリまで捨てて、そこに溜まった白い部分を盆に薄めに広げて乾燥させて粉にした。
僕がそんな作業をしていると、アンとセカンとナーリアが手伝ってくれた。
「アレクが何を作っているのかは分かったけど、何にするの?」
「私は何を作っているのかもわからない」
アンとナーリアがそんなことを言う。
セカンは芋から粉を作るということ自体に興味を引かれたようだ。
「ま、これで何を作るかは、ちょっと秘密。
トンネルの所の桜が咲き始めただろ、もうすぐ満開になるから、そうしたら休みの日にみんなで花見をしたいなと思うんだ。
ナーリア、どうかな?」
僕がそんな風に、グループのリーダーであるナーリアに言うと、ナーリアが何も言う前に、
「えっ、アレク、あの桜って木の花、咲き始めたばかりだけど、そんなに一斉に咲くの?」
ディフィーがそんな風に聞いてきた。
「ああ、図書館の絵では一面ピンク色になっていたろ。
あんな風に見える程、一斉に咲くんだよ」
“図書館の絵”と言う言葉にレンスが反応した。
「アレク、あの絵みたいな感じになるの?
私も絶対にそうなっている姿を眺めたい」
「つまり、アレクがしようと提案しているのは、前に図書館の周りを綺麗にしようとしていた時に話していた、花が咲いたりしたら、お弁当を持ってきて、その花を眺めて楽しもうというのの、第一弾だな」
サーブがそんな風に言うとメリーが、
「お弁当持って、みんなでお出掛け。
メリー、すごく楽しみ」
と、すでにはしゃぎ始めた。
「もう、私が何も言う前に、全部決まっちゃったじゃない」
ナーリアも言葉とは違い、顔は嬉しそうだ。
「アスファルトを塗って、水が通らないようにした布を、地面に敷くために持っていきましょう。
それと布団を一枚だけ持って行けば、もし少し寒くてもティッタはその布団で包んであげてもいいわ」
「ティッタちゃん、ティッタちゃんも初めてのお出かけだよ」
イクス様も大乗り気で具体的なことを言い出して、メリーがより一層興奮し出してしまった。
花見をするという計画は、なるべく秘密にしようとしていたのだが、家にいる機会の多い、ラーリア様、ミーリア様、そしてミーレナさんにはバレてしまった。
ラーリア様、ミーリア様はもちろん参加希望だが、ミーレナさんは自分と自分の娘のゼルカーナだけが参加するのは気が引けるらしくて躊躇っていた。
「ゼルちゃんもサイちゃんも一緒にお出かけしようよ。
2人ともいつもティッタちゃんとシャイちゃんと一緒なんだから」
メリーがそう言うとラーリア様が、
「ミーレナ、ラーリナには私から伝えるから、ラーリナと一緒に参加すると良い。
ただし、もうこれ以上増やすなよ、収拾がつかなくなるからな、これ以上は秘密だ」
ラーリア様がそう言ったので、ミーレナさんと、それに加えてラーリナ様の参加も決まった。
ちなみに「ゼルちゃん」とメリーが呼んだのが、ミーレナさんの娘のゼルカーナで、サイちゃんと呼んだのが、ラーリナ様の娘のサイプルだ。
名前をつける時に父親のバンジは迷いに迷って、結局大工らしく木にまつわる名前をつけたみたいだ。
それからやはり、エーレアたちにはバレてしまった。
エーレアたちは起きて以来、秋に僕たちの家に通っていたのと同様に、何か特別なことを命令されない限り、朝一に来ているからだ。
何より、メリーが接する機会が多いから僕たち以外ではエーレアたちに一番馴染んでいるから仕方ない。
ミーリア様が厳命していた。
「エーレアたち、この件は他にバレないように気をつけるのよ。
あなたたちの姉妹にバレたら全員参加すると言うの決まっているのですから」
まあ、それは確かにそうなんだけど、そう言っているミーリア様だって、他のミーリアにバレたら、全員参加すると言うと思うのだけどね。
すぐに休みの日は来たのだが、何だか待ち遠しかったのは僕だけではないようだ。
僕は朝から、芋から作った粉に少し水を混ぜて、それを捏ねて生地を作った。ちょっとだけ寝かせてから、ナーリアたちも総出でその生地を小さな玉状にして桶に入れていった。
僕たちがその作業をしているうちに、エーレアたちはウサギの肉を串に刺したりしている。
早めに来てくれたミーレナさんが、僕とアンとメリーのためのご飯を炊いてくれている。
ラーリア様とラーリナ様、そしてミーリア様が家に来た頃には、出かける準備はほぼ整っていた。
食べ物と調理器具に薪、食器類、それに加えて下に敷く布に布団などと結構な荷物になったのだが、一番の荷物は桶に入れた水だった。図書館まで行けば水場はあったのだが、図書館から水を持って来るのも、家からトンネルを抜けて運ぶのも、そんなに変わらないので、家から水を運ぶことにしたからだ。
まあ、エーレアたちもいるから人手には困らないし、一輪車に載せて運ぶのだから重さもそんなに大して問題にはならない。
馬の世話のために、水を桶に入れて一輪車で運ぶのには慣れているしね。
花はほんの数日の間に本当に満開になっていた。
トンネルの両側に立つ二本の桜の木は、ピンク色の山のようだった。
「レンス、これならあの絵が本当に見たままを描いたモノだったんだって、信じられるね」
「うん、ナーリア。
こんなに全体がピンク色に染まるなんて思ってもみなかった。
あの絵に描かれているように、絶対にこの木も増やして、図書館の周りに植えよう」
「うん、そうだね、絶対そうすべきだよ」
「本当に綺麗ね。
毎年、人に知られず、この木はこんな風に春を彩っていたのね」
「そうですね、イクス様。
大火以降は見る人もなく、この木は毎年花を咲かせ、ここまで成長したのでしょう」
イクス様とラーリア様が何だか感慨深そうなことを話していると、ラーリナ様が
「私はあまりトンネルを通って図書館に来ることがなかったから、こんな花が咲く木が植えられていることも知らなかったわ。
とにかく綺麗、それだけで良いわ」
と言うとミーレナさんが
「本当に、そうですね、でも私はやっぱり、私とラーリナ様と子供たちだけでなく、バンジたちも一緒だったらと思ってしまいます。
来年はぜひみんな一緒に見に来たいです」
「来年と言わずに後で来ましょう。
食べ物とかを持って来てとなると大掛かりで大変だけど、ただ見に来るだけなら夜でもいいわ」
桜を一通り眺めた後は、食事にした。
ウサギの肉を串に刺して焼くという、もう定番になっている食事だが、花を見ながらだったからか、とても美味しく感じた。
そうしていると、ハーピーが乱入して来た。
「お前ら、鼻が利くな」
僕の言葉にハライトが
「鼻がそんなに利く訳ないだろ、ハーピーが。
上から楽しそうなことしているのが見えたから、俺だけ来ようとしたウスベニメに見つかったんだ。
そしたら、まあ連絡係全員になっちゃったんだ」
そういう意味で言ったんじゃないのだけどね。
まあ、土産に蒸した芋を持って来てくれたから良いか。
僕は作って来た小さく丸めた生地を、お湯で茹でると、水で冷やした。
半透明くらいの粒々が出来た。 その粒々を一人一人の器に盛り、樹液から作ったシロップをかけて、配った。
大好評だった。
「何これ、美味しい」
全員がお替りを要求して来たが、そんなに量は作れなかったんだよね。
生地から作った粒々もだけど、シロップも簡単に使い果たしてしまった。
「そうか、秋に図書館への道の両側に並んだ木をアレクが見た時にニヤニヤしていたのは、この料理を作れると思って、顔が緩んでいたんだな。
さっき、ナーリアとレンスがこの美しく咲く桜の木を増やすという話をしていたが、私は道の両側の木も絶対に増やしたいぞ」
サーブ、お前は花より食い気か。
まあ、分かる気もするけどね、全員、ナーリアとレンスも含めて、真剣にそっちも増やさなければという顔をしているし。
でも料理を思いついたのは、たまたまだ。
そこを買い被られるとちょっと辛い。




