280. 軽馬車と紙作り
ラミア用の二輪の軽馬車はミーリア様に好評だったために、もっと作ることになった。
まず一番に、セカンとディフィーが「とにかく試したいから、早くもう一台作れ」とうるさくせっつくので、とりあえず大急ぎでもう一台作った。
セカンとディフィーは、その馬車をギュートの例外は許さないという気迫に押されて行っている人間の騎乗の練習に持ち込んだ。
僕たち人間がギュートに騎乗の練習をさせられている所に、馬車を持ち込んで、自分たちが騎乗した馬の動きにどれくらい付いて行けるかを確かめているのだ。
「うーん、やっぱりダメね、これでは」
「整地されている道をただ走るだけなら、騎馬にそんなに変わらないスピードで行けるけど、騎馬を使いたい戦いの場となる草原などの不整地では、単純な速度だけじゃなくて、方向を変えたりの俊敏性が低すぎる」
2人はどうやらゴブとの広い場所での戦いを想定した時に、騎馬を使いたいらしいが、人間だけしか騎乗できないのをどうにかしたいらしい。
「それだったら、この馬車だって結局柱というか棒に尻尾を巻きつける形で乗っている訳じゃない。
馬車なんて面倒なことしないで、騎馬の鞍に尻尾を巻きつける棒を付けたら、ラミアも普通に騎乗が出来るんじゃないかしら」
ディフィーがそんなことを言い出したが、ギュートがあっさりとダメ出しをした。
「ディフィー、それは無理だぞ。
そんな形にして馬に乗ったら、重心が高くなり過ぎてしまう。
動かないで止まっている時なら、上手くバランスを取れば乗れるかもしれないけど、動いて少しでも横方向に力がかかったら、鞍がズレて落ちちゃうよ。
鞍は馬の背中の形にだいたい合わせて作っているのだけど、結局は紐で止めているだけだからな。
逆にもし鞍がズレないでそのままだとしたら、それはそれで馬がバランスを崩して横倒しになっちゃうよ」
うん、まあそうだよな、人間は馬の上で足で上体を支えてバランスを取っているからな、それもなるべく重心を馬から離れないようにして。
棒に尻尾を巻き付けたラミアでは、それは出来ない。
「確かにちょっと騎乗はやはり無理があるかもしれない」
セカンはラミアが騎乗するという案は諦めたみたいだ。
「そんなのやってみなければ分からないじゃない」
ディフィーはまだラミアが騎乗するという案に未練があるらしい。
「あのなディフィー、それじゃあもう一つ指摘するけど、ラミアの騎乗は馬が重さに耐えられないと思うぞ」
「えっ、ギュートは私が重すぎて馬が耐えられないって言うの!」
ディフィーが怒った調子で即座に反応した。
「いや、ラミアは上半身は人間のそれも女性体だから、俺たち人間の男と比べれば、たとえラーリア様たちだって俺たちより華奢だよ。
だけどまあ重さ的には尻尾の分を含めたら、俺たちより重くなってしまうんじゃないか。
でも純粋に重さだけのことを言えば、馬がその背に乗せて耐えられない重さではないだろうと思う。
だけど問題は重さがどういう形で馬の背に掛かるか何だよ。
馬の鞍は、人間が跨るのに、馬の背中のままだと、馬の背骨が当たって、物凄く乗り心地が悪くて、とてもじゃないけど長くは乗っていられないから必需品なのだけど、もう一つ大きな意味があるんだ。
それは人間の体重を一点に掛けないで、馬の背中の広い場所で受け止めるようにするという意味があるんだ。
でも、ディフィーの言う様に、ラミアの尻尾を巻きつける棒を鞍に取り付けて、その棒でラミアが体を保持するとしたら、その棒の付け根付近に力が集中してかかってしまうんじゃないか。
それで激しい動きをしたら、馬が持たないと思うんだ」
このギュートの説明には、ディフィーも何の反論も出来なかった。
ラミア用の軽馬車を作った時も、車輪の位置が台の中央部ではなく、後にズラしてあるのに僕とバンジは気がついた。
図書館の資料がそうなっていたので、そのままに作ってみたのだが、ミーリア様が乗ってみた時になって初めてその意味に気がついた。
ラミアが台から後ろ斜め上に突き出た棒に尻尾を絡めると、ズラした車輪の位置にだいたい重心が来て、馬車が安定するのだ。
「うーん、やっぱり人間の騎馬から比べると機動力が落ちるけど、ラミアが馬での移動を考えると、この軽馬車の形が最も適しているのかしら」
ディフィーは何だかがっかりしているし、セカンは考え込んでいるがアイデアは出ないようだ。
この馬の訓練は、一番には人間は全員馬を自在に乗りこなせることを目的にしているのだけど、馬に運動させたり、もうかなり芽生えている草を馬に食べさせるために野原に連れ出す意味もある。
という訳で、馬の世話を主にしているミーレアの面々も来ていて、そちらは馬車の御者をする練習を全体でしている。
馬ももうラミアに慣れて、大人しく次々と順番に馬車を引くための装備を付けられて、練習している。
ギュートによると、馬は本当は騎乗用と引き馬にするのは分けるべきなのだけど、そんな余裕はないので、どの馬もどちらも出来るように練習するのだそうだ。
ただまあ、僕たちそれぞれが自分が乗るのに専用にしている馬は、基本騎乗用として育てるとのことだ。
家に戻ると、ミーレナさんが御者の練習をアンに教わっていた。
ミーレナさんはちょっと恥ずかしげに言った。
「私、もうミーレアではなくなったのだけど、今、ミーレアのみんなが御者の練習をしているじゃない。
そうするとやっぱり話についていけないのは寂しい気がして、アンに教わっていたの。
それにほら、ミーリア様が軽馬車に乗る練習をしているから、私も何かしたいなって」
そんな恥ずかしがって言うことではないと思うのだが、まあミーレナさんは馬車の御者なんてあっという間に出来る様になってしまうだろう。
もう1人の軽馬車を練習しておられる方はちょっと時間がかかりそうだけど、確実に自分の物にすると思う。
さて、軽馬車作りをする傍、もう一つの新しい仕事を僕たちは始めていた。
何かというと、紙の製造だ。
紙をラミアの里で作ることは、僕たち以前にラーリド様が計画していて、紙の原料となる灌木の在り処なども、僕たちが調べる必要なく、すでに十分な量の確保が見込めるほどの繁殖地があることが確認されていて、入念な地図も作られていた。
ラーリド様は文献から、原料の採取などの紙の製造に必要な準備は秋から冬にかけてが最適であることを知っておられたから、この冬はぜひ紙の製造を始めたいと考えていたようだ。
残念ながら、なかなかそういった作業に使える時間がなくて、何とか原料となる枝の採取もその時期の一番最後の頃となり、高品質な物とはならなかったと思う。
ラミアの里では商人から紙を仕入れていた。
ラミアの里でも完全に人間との交渉が途絶えていた訳ではなく、本当に細々とではあるが商人との取引も定期的にしていたことは前に聞いたが、どうやら紙をラミアの里に持ち込んでいたのは、後から分かったのだがアンの父親らしい。
アン自身は父親の荷馬車に乗っての商売の旅は、襲われた今回が初めてのことだったので、その商売の詳細な内容は何も知らなかった。
ただ、アンの乗ってきた荷馬車にはかなりの量の紙が売り物として積まれていたので、そうだったのではないかという推測だった。
ラーリド様が、「自分がアンの亡くなった父親を見ることが出来ていたら、はっきりとしたことが言えたのに」と残念がっていたが、それは仕方ない。
そんな風に紙を父親が扱っていた関係でか、アンは紙の製造に関わった経験があった。
知り合いに紙漉をしている家があったのだという。
そこでアンが中心となって、ラミアの里での紙の製造が始まった。
まずは採取した枝を束ねて、蒸して柔らかくする作業だ。
これは前に蝋を作った時に、櫨の実を蒸した時のように、温泉の源泉に近い方の枡に持って行って、枝を蒸すことにした。
源泉から温泉場にお湯を通している経路の枡の大きさに合わせて、下側に穴を開けた箱を作り、それに採取した枝をきれいに並べて入れて蒸すことにする。
その箱には蓋と持ち運び様の棒も付けた。
バンジにしてみればそんな物は朝飯前だ。
箱をナーリアとサーブとレンスで持って、源泉近くのまだ熱くて蓋を開ければ大量に水蒸気をあげる枡にセットした。
しばらくそのままにしておいて、箱の中の枝が蒸されて柔らかくなるのを待つ。
その熱くなった箱をその熱いまま降ろしてきた。
アンがみんなに号令をかけた。
「さあ、熱くてまだ柔らかいうちに、枝の皮を剥きますよ。
使うのは皮の方ですから丁寧に剥いてくださいね」
水が近くにあるから、普段は狩ってきた獣の皮を処理する場所のあたりで作業は行われた。
アンはまだ熱い枝を火傷をしないようにセカンに作っておいてもらった厚めの皮の手袋をして、箱の中から取り出すと、ナイフで器用に枝の皮を剥いて見せた。
「こんな感じです。
とにかく枝が熱いですから火傷しないように気をつけてくださいね。
手が熱いと感じたら、水で冷やしながら作業してください」
と、こんな感じで作業が始まったのだが、ここでラミアの弱点が出てしまった。
「アン、これ良く触って皮を剥いたり出来たわね。
私には熱くて枝をまともに持っていられなくて、皮を剥けないわ」
作業を始めて、すぐにディフィーのギブアップ宣言が出た。
ナーリア、サーブ、セカン、レンスも手を水に浸す時間ばかり多くて、作業が全く捗らない。
そんなラミアたちと対照的に、家に来ているので作業に参加したデイヴの妻になったエリーゼとキースの妻になったマリアンヌは、初めての作業とのことだが、すぐに要領を掴んでアンと同じように皮を剥き始めた。
アンとエリーゼ、マリアンヌが作業をしているので、他のことをやめてラーリア様たちはそれを見学していたのだが、その様子を見てラーリア様が言った。
「これはダメだな。
ラミアの肌が人間より熱に弱いという弱点がもろにでて、この作業はラミアは役に立たないな」
「そうですね。 この作業はどうも人間がやった方が良さそうです。
この作業以外は熱いということはないので、大丈夫だと思うのですが」
アンもラミアにこの作業をさせることは諦めたようだ。
何だかセカンとレンスがすごく悔しがっている。
反対に人間の2人エリーゼとマリアンヌは何だか喜んでいる。
「私たちここに来て、ラミアの皆さんによくしてもらうばかりで、そのラミアの皆さんはそれぞれに一生懸命働いているのに、私たちは出来ることがなくて肩身が狭かったんです」
「みんなは、あなたは子供の面倒をみるという役目を果たしているのだから、と言って下さるのですけど、重要なことだとわかっていますけど、それは他に私たちが出来ることがないから、私たちの役目になっただけですから、私たちがラミアの皆さんより出来ることで、貢献できるのはとっても嬉しいです」
なるほど、ま、確かにそうかも知れないな。
アンはもう完全に馴染んでしまっているのもあると思うけど、色々とラミアに何となく頼りにされている部分があるから、尚更そう感じてしまうのだろう。
「それに今はこの作業に当たっている人間の女は3人ですけど、私たちの荷物を届けてくれた騎士によると、まだ人間の妻がいないみんなにも、もうすぐ人間の妻がやって来るみたいですから、人数が増えます。
私とマリアンヌがここで楽しく暮らしていけているので、そういう方向に話がとんとん拍子に進んだらしいです」
それを聞いていたミーレナさんが、僕と一緒に紙作りではなく馬車作りをしていたバンジに言った。
「バンジ、あなたにも人間の妻が来るそうよ。
私、とっても楽しみだわ」
バンジがちょっと困った顔をして言った。
「ミーレナさん、ハキとかヤーレンとかは確かにすぐに来そうな気がするけど、僕は妻になってくれるような人間の女に心当たりがないから、残念だけど、その話には含まれないと思うよ」
「え、何で。
こんなに優しくて素敵なバンジに人間のお嫁さんが現れない訳はないと思うのだけど」
何だかミーレナさんは堂々と惚気て見せた。
ミーレナさんは今までは恥ずかしそうにして、バンジのことをどう思っているかなんて口にしなかったのだけど、子供を産んでからは何故か堂々と自分のバンジに対する気持ちを口にするようになった。
「そんな風に僕のことを思ってくれるのはミーレナさんたちだけだよ」
逆にバンジの方が赤くなって、照れくさそうにそう言った。




