279. バンタインさんと、その後のみんな
ハルオン様の葬儀が終わると、領主様は大急ぎで町に戻って行った。
それと入れ替わるように、タインさんが奥さんのバーバラさんも連れて、ラミアの里にやって来た。
とはいっても、タインさんはラミアの里に用がある訳ではなく、旅の途中で立ち寄っただけだ。
「義姉上、そんなことを言わず馬車から降りてみられてはいかがですか。
せっかくラミアの里に立ち寄ったのです、外の空気くらい吸って、休まれてはいかがですか」
デイヴが馬車の中に向かって話かけている。
僕は何かトラブルがあったのかと思って、声を掛けた。
「デイヴ、どうしたんだ」
「いや、義姉上が『私はとても合わす顔がないから馬車から降りる訳にはいかない』って言って、馬車を降りようとしないんだ」
うーん、何もバーバラさんがラミアに対して何か酷いことをした訳ではないのだから、そんな風に気にすることはないと思うのだけど。
「デイヴ、バーバラはしたいようにさせておいてやってくれ。
今回ラミアの里を通らせてもらうのも、普通に砦の方の道を通ると、襲われかねないからなんだ。
それもあって、親や祖父などがしたこととはいえ、フロードがしてしまったことの影響をバーバラもヒシヒシと感じているんだ。
その自分が逆に安全だとラミアの里を通らせてもらっているんだ。
バーバラがそういう気分になっても仕方ない」
どうやらかなり複雑な事情が、タインさんがラミアの里を通って移動することにもあるようだ。
ラーリア様とミーリア様がやって来た。
面識のあるミーリア様がラーリア様をタインさんに紹介した。
「バンタイン殿、こちらがラミアの里の代表のラーリア様です」
「はじめまして、家族でまだ私だけお会いしていなかったのですが、デイヴィッドの次兄のバンタインといいます。
つい先日までは父と母が長々とお世話になり、ありがとうございました」
「バンタイン殿、私がラミアの代表をしているラーリアといいます。
領主殿たちには、ハーピーのハルオン様の急な御逝去などの事情があり、予定より長くラミアの里に滞在していただくことになってしまった。
この時期では大したもてなしもできず、逆に心苦しい思いです」
「いえ、とんでもありません。
特に母などはこのラミアの里がとても気に入ったようで、『近い将来にはラミアの里でデイヴの子供達をかまって過ごしたい』なんて言っています」
「そんな風に思っていただけたのなら、光栄なことだ」
2人のやりとりを聞いていたデイヴは冗談ではないという顔をしている。
「ところで、バンタイン殿はこれから王国の都の方に向かわれるとか」
「はい、今回のゴブの件を、この地方だけではなく、王国の問題として、その殲滅に王国の軍事力を出してもらえないかと、その交渉を父に任されました」
ミーリア様の言葉にタインさんは答えた。
「我々もこの地方が王国の一部に過ぎないという知識は持っているのだが、現実的にはこの狭いラミアの森だけで生きてきたので、領主殿にその提案をされるまで、ゴブへの対処にそのような方法があることは想像の範囲外だった。
ゴブの兵力が我々の想像通りなら、人間、ラミア、ハーピーを加えてもその対処はかなり苦しいというのが話し合いの結果だ。
バンタイン殿のこれからの交渉はとても意味がある事柄だ。
どうかこの地方の全ての種族の民のために力を尽くしてほしい」
ラーリア様はタインさんに交渉を頑張ってほしいと要請している。
「はい、今回の僕の交渉の重要性は自覚しています。
出来る限りの努力をして来ますので、期待してください」
タインさんは当然だがとても真剣な顔をして答えた。
「そうだった、ハキはいるか?」
出発間際になって、タインさんはそう言ってハキを呼んだ。
「バンタイン様、何ですか?」
ハキが近づいて来て、タインさんに答えた。
「ハキも僕のことはそんな堅苦しく呼ばないで、タインさんでいいよ」
「はい、わかりました。
それではタインさん、なにごとですか?」
「いや、礼を言っておこうと思ってさ。
ハキが素早く大鳥の尾羽を手に入れてくれたから、それも予定以上の数を手に入れてくれたから、今回都で王族や有力貴族への手土産に困ることがなくて、とても助かったから。
まあ、ハキの兄にもかなり無理を言って、加工を急いでもらったりもしたんだけどね」
「そうですか、それなら良かった」
「ああ、大鳥の尾羽のペンを手土産にしたら、それが直接会議の議論に影響を与えるとは思わないが、少なくとも僕の顔はみんな覚えてくれることだろう。
顔を覚えられるということは、会議の下交渉にはとても有利なことだからね。
だから一言礼を言っておきたかったのさ」
「それなら僕だけの手柄ではないですよ。
大鳥と狩る時には、ラミアたちも含めみんなの力を借りたのですから」
「そうか、そうだな。 みんなもありがとう。
とにかく、出来る限り頑張って来るから」
タインさんはそう言って、都へと向かって馬車を走らせて行った。
馬車の周りは選りすぐりという感じの騎士が20名ほどで警護して行くという。
都へ向かう道は、例のゴブに滅ぼされた町を抜けて、ゴブが本拠地にしている場所の近くを通っているからだ。
まだギリギリ、ゴブの活動期には入っていないと思うが、もしゴブに遭遇した時は出来るだけ戦闘を避けて、逃げることになっているらしい。
ゴブとの戦闘が目的ではないから、当然だな。
「そんな危険もあるかもしれない旅に、どうしてタインさんはバーバラさんを連れて行くんだ?」
僕がデイヴにそう言うと、
「どうやら義姉上に対する周りの目が、まあ当然なんだろうがとても冷たいらしくて、館に居てさえ心休まる時がないらしいんだ。
まあ、館に居る分には、俺は実際はそんなことはないんじゃないかと思うのだけど、義姉上も神経が過敏になっているのだろう。
そういった訳で、その状態で兄上も居なくなったらとても耐えられないだろうから、一緒に行くことになったらしい」
「そうか、バーバラさんが悪かった訳じゃないけど、そうなっちゃうのかな」
「まあ、理屈じゃないからな。
館に居る者も、そう思っていても義姉上を見れば、フロードの娘だということは思い出してしまう。
だからと言って態度には出さないと思うけど、義姉上はそう思われたと言うのを敏感に感じてしまうのかもしれないな」
僕たちはちょっと暗い気持ちになったが、とにかくタインさんのこれからの交渉が成功することを祈った。
そんな日も、とりあえず僕たちは可能な限り、午前中は戦闘訓練をして、午後はそれぞれ様々な作業をしている。
ヤーレンが「そろそ春の農作業を本格化しなければ間に合わなくなる」と騒いでいる。
そのとばっちりを受けて、ヤーレアたちは休みなく農作業をする羽目になったのだが、それでは間に合わず、ワーリアたちも今はそっちに駆り出されている。
アーリア、アーレア、アーロアはとにかく防具を整えてしまおうと、それを第一に作業しているけど、家作りのための木を切ったりの手伝いもしていたりする。
木材関係はターリアが主力だが、ターリアたちには自分たちの家を持つ為という目標はないから、今はどちらかと言うと上位のラミアに仕事をせかされている状態だ。
もちろん道の修復も今現在も続けている。
馬と馬車が増えて、移動や荷物を運ぶのが楽になったが、それでも掘り出すことが主だった作業が終わり、重く硬い石を使った修復になった今は、ダイクの指揮の下で作業がされているが、今までほどどんどん作業が進むという訳には流石にいかなくなっている。
人間たちはというと、ボブは当然ながら鍛冶に励んでいる。
今作っているのは鏃だ。
前回のゴブとの戦いの時に、矢で討ち取ったと思っていたゴブが実は多数生きていて、不意の反撃を食らったのだが、その原因の一つがゴブが皮胴などの武装をしていて、矢の貫通力が弱くて、防がれたことがあると判明した。
もちろん弓の強さの問題もあったのだが、あの時に大急ぎで作られた矢には鏃として角や骨、石などが使われていた。
それらの強度が不足していたり、大急ぎで作ったで、鏃が少しの衝撃で外れてしまった物もあったようだったのだ。
その失敗も踏まえて、可能な限り鉄の鏃を揃えたいというのがラーリア様の希望だったのだ。
ま、良い鉄がもう枯渇して、剣や槍が作れないというのもあるみたいだけど。
ケンは相変わらずせっせと炭を焼いている。
これは変わらないのだが、ケンのしている炭焼きの仕事場は他とはちょっと様相が違う。
他の仕事場はそれぞれのグループ単位で動いているのだが、ケンの炭焼き場だけはターリアが建築用の木を切ることに忙殺されて手伝えないのもあると思うが、物品管理の仕事で抜けられないアリファ様を除いた、ラリファ様を筆頭にしたケンの精を得ている者、嫁グループとでも言えば良いのだろうか、その単位で仕事がされている。
他の者から「それはダメだろう」と批判された、炭焼き小屋をケンの家に転用する案も、現状ほとんどそれと変わらない状況になっている。
ただ、今現在は子供がいるから、ラリファ様と子供、それに当番の1人は集合住宅に戻ってくるが、他は炭焼き小屋の方で過ごす時間の方が多いということになっている。
アリファ様が、請われて僕が作ったアリファ様専用二輪の手押し車で、毎日食糧その他必要物資を、物品係の仕事が終わった後に運んでいる。
ミーレナさんによると、ラリファ様も含めてミーレナさんに料理を習い、炭焼き小屋の方で自炊しているらしい。
ただ、炭を窯から出す時だけは、一番最初に試した時に判ったとおり、ラミアがするのはとても効率が悪いので、その時は今ちょっと暇になっているデイヴとキースが呼ばれている。
そうデイヴとキースは、今現在は領主館との間で飛び回る必要もなくなったので、自分たちの役目が宙に浮き、特別な自分だけの仕事がない。
ということで、あらゆる場所から手伝えとの声がかかっているみたいだ。
「俺たち2人、みんなからこき使われていないか」
とデイヴがボヤいているが、まあ、それは仕方ないんじゃないかな。
そうそう、2人の人間の妻は結局そのままラミアの里に居るのだが、まだどこかのグループに属して仕事に加わるということもできないので、昼間は僕らのところに来ている。 最初はアンにラミアの里のことを教わることを考えていたようなのだが、すぐにデイヴの嫁であるエリーゼが子供を託されて連れて来るようになり、キースの妻のマリアンヌも同じようになってしまった。
まあデイヴのところはミーレオ様、アレオ様、ロー様がグループのリーダーだし、ラーリア様、ミーリア様が外交などでの仕事に多く関わっている分、負担がラリオ様、ミーリオ様にシフトしているのでかなり忙しい。
それで子供の世話を任されるということになっていったのだろう。 で、その話に乗る形でキースの子供もということらしい。
元々、僕らの家にはラーリア様、イクス様に加えミーレナさんが居ることが多いので、ラーリナ様の子供も含めて4人の子供が来ていることが多い。 それに加えて2人増えたから、さながら昼間は赤ん坊を預かる施設のようなことになっている。 その子供たちの世話に、メリーも入れて4人の人間の女が追われているという状況になっている。
「昔は人間の奥さんは子育てなんかでは優遇されていて、ラミアの奥さんの方が主に関わったということだったけど、今は何だか逆ね。
人間の奥さんが子育てに奮闘することになっちゃってるわね」
まあ、まだおっぱいを飲んでいる赤ん坊だから、その時間になればラリオ様もラーリン様もラーリナ様も出来るだけ来ようとするし、キースのところは誰かしら当番も来ているのだけどね。
アレア様とロア様は昼間は忙しくしていて、ほとんど来ない。
「ミーリア様はほぼ居るのですから、私たちまで居る必要はないでしょ。
ラーリア様、それでミーリア様が役に立たない時はナーリアたちの誰かしら居るでしょうから、問題ないですよね。
まあ、アンとメリーが居て、あと2人も人間の妻が居るのですから、何か子供のことで問題が起きるなんて思いませんけど」
ロア様が意外にズケズケとラーリア様とミーリア様にそう言うと、ラーリア様は
「ま、そういうことだな。
お前たち2人は仕事に励んでくれ」
と軽く言ったが、ミーリア様は不満そうな顔をしていたが何も言わなかった。
僕はというと、バンジと一緒にラミア用の1人乗りの馬車を作っている。
体の構造上騎乗できないラミアが、騎乗している人間とあまり変わらない速度で移動できるようにするための軽い馬車だ。 ミーリア様から、ラミアの里から領主の町や砦に素早く行くために作ってくれと言われた物だ。
どんな物を作ろうかとバンジと考えていたのだが、ふと過去にもあったかもしれないと思って図書館で調べたら、簡単に目的の物が見つかった。 やはり昔のラミアも馬に引かせて素早く移動したりを考えてもいたのだ。
僕たちは図書館で見つけた図を参考にして、二輪の上に手すりのついた台の上に立って乗る形の軽い馬車を作った。
ラミア用として少し違いがあるのは、その台に尻尾を絡ませて体を保持する棒がついていることだ。 この棒により、人間のように足で踏ん張って体のバランスがとりにくいラミアも、揺れる馬車で体を保持しやすい。 とのことだけど、実際は尻尾の置き場に困るからだけじゃないかと僕は思った。
馬に繋いで試してみたところ、人間の僕らが乗るにはあまり良い乗り物とは言えなかった。
地面の凸凹を左右の車輪がそれぞれに拾うから、揺れが不規則で、尚且つ激しいから、馬に騎乗するよりバランスを取ったりに疲れる。 四輪の馬車ならまだ安定感もあるし良いのだが、二輪ではそうはいかない。
作った僕とバンジの感想としては、まあ使えなくはないけど、使いたくはないな、という物だった。 これなら急ぐ必要があるなら、普通に騎乗する方が良い。
ミーリア様に見せてみると、意外なことに好評だった。
ミーリア様が乗ってみて判ったのだが、ラミアだと尻尾を絡めて乗れば、揺れは問題にならず地面から受けるショックも強靭なその尻尾か゛難なく柔らかく受け止めてしまうので、何の問題もないということなのだ。 うーん、やはり人間とラミアでは体の構造が違うから、こういうのは実験してみないと分からないな。
好評だったのはミーリア様に限らなくて、ラーリア様も同じ物が欲しいと言い出した。
ミーリア様がこの馬車を馬に引かせて乗る練習をしているのを見ていたセカンがディフィーに言った。
「この馬車を使えば、前に検討していた騎兵にラミアも加われるんじゃないかしら。
そうすれば騎兵として使える兵数が増えて、戦術の幅が広がるんじゃない」
「そうね、私も出来そうな気がするわ」
2人はどうやら色々な検討に入ったらしい。




