277. ハーピーの望み
「なるほど、その様なことでお困りなのですか。
分かりました、今回のゴブの騒動が収まった時には、私が責任を持って人手を出しましょう。
容易いことです」
領主様がそう言うと、
「わざわざ町から人を連れて来なくても、ダイクとバンジを連れて俺たちが行けば、そのくらいのことは何とでもなると思うな」
と、デイヴも僕とキースの方を見て言った。
「ああ、ラミアの里にいる人間だけでも大丈夫だと思う」
キースがそう同意した。
「ハルオン様、ラミアも石を積んだり敷いたりの技術はあります。
私たちもお手伝いできると思います」
ミーリア様もそう言った。
ハルオン様は嬉しそうにそれらの言葉を聞いていた。
「ありがとう。
だが、私が、ハーピーが求める助力はそこではない。
ハーピーはもっと大きなことを考えているのだ。
今のハーピーの里の修復は確かに、皆の協力を得られれば出来ることだろう、だがそれではハーピーの現在の問題の根本的な解決にはならない」
ここでハルオン様は言葉を一旦止めて、なんというかちょっと複雑そうな顔をして、ハーピーの里に行ったことのある僕たち3人に向かって言った。
「のう、人間はハーピーの里で暮らしたいと思うか?
ハーピーの里で人間は子育てをしたいと思うか?」
なるほど、木も生えてない様な山の頂に近い場所で、人間が暮らしたいかというと、それはないと思う。
余程、敵に追われて仕方なくとか、特殊な事情、そう今回の大火から避難するために、という様なことがない限り、人間が住みたいとは思わない。
「つまりはそういうことなのじゃ。
ハーピーも何も好き好んであの様な場所を里にした訳ではない。
大火から逃げた時に行き着いた場所というだけのことじゃ。
もちろん、あれから65年、あそこで生まれ死んでいった者も沢山いる。
あの場に愛着を持っている者がほとんどであろう。
というより、今生きているハーピーで、あそこ以外で暮らしたことのある者はもう私だけなのだ。
しかし、ハーピーがあそこに暮らす限り、ハーピーが種族として滅亡していくのは目に見えている。
何しろ、まず人が来ないからな」
なるほど確かにその通りだ。
ハーピーがあの場所で暮らしていけるのは、ハーピーが寒さや風をあまり問題にしない種族だからだ。
それが問題になる様では空を自由に翔るなんて出来ないから。
でも人間はそうはいかないし、人型のハーピーも人に近い姿形の者は辛いだろうし、生活はしにくい。
「そこで、ハーピーは種族として、今のハーピーの里を離れようと決心するに至った」
ハルオン様がそう言うと、エルシム様とシロシュウメ様は苦渋の顔をした。
「ハルオン様以外のハーピーは他の暮らしを知らないのです。
私ももちろん今の里以外での暮らしを知りません。
ですから、心情としては今の里を離れるのは気が進まないのです。
でも、ハルオン様の言う通り、このままではハーピーはいづれ滅んでしまいます。
今が決心をする良い機会なのだというのが、ハーピーの長老たちの総意です」
シロシュウメ様がそう言って捕捉した。
「問題はどこに移住するかじゃ。
それで、今回のお願いじゃ。
ラーリア殿、ラミアは滅んでしまった昔の町を復活させようとしているのじゃな」
「はい、本当に少しづつですが、それを目指して行動をしています」
「あつかましいお願いなのじゃが、ハーピーもその町に受け入れていただけないだろうか。
正直に言って、鳥型のハーピーはその復活の作業に加わってもあまり役に立たないのではないかと思う。
でも出来る限りの協力は惜しまない。
なんとか町に受け入れて欲しいのじゃ」
イクス様が即座に賛成した。
「それは、こちらとしても喜ばしいことだと思います。
そもそも復活を目指している町は、滅びる前はハーピーも共に暮らしていたのですから、移住して来ていただけるなら歓迎です。
それに、一緒に暮らしていれば、先の様な悲しい誤解が生まれることもないでしょう」
「ラミアはハーピーに間違った思い込みで、多大な迷惑をお掛けした。
町を共に再建していくことが、少しでもその償いになり、ハーピーの方々の役に立つなら、それは大歓迎です」
ラーリア様もそう言った。
「多大な迷惑をかけたという話は、もう終わっていること。
その償いをラミアの方々が考えることはない。
しかし、歓迎していただけるのは嬉しく思います。
出来ることは少ないかと思うが、出来る限りのことは共にしていきたい。
よろしくお願いしたい」
エルシム様がそう言って、頭を下げた。
「町の再建はまだ始めたばかりで、すぐにハーピーの方々に移住していただくという訳にはいきませんが、これから徐々に移住していただくことを考えていきたいと思います。
まあ、本格的にはゴブの騒ぎが終わってからになってしまうと思うのですが、一緒に計画をしていければと思います」
ミーリア様が現実的にまとめた。
「えーと、ハーピーの方々がラミアに望むこと分かりましたが、元々の我々人間には何を望まれますのでしょうか?」
カーライルさんが、質問した。
ハルオン様がその言葉に、ちょっと緩んでいた顔を引き締めた。
「ラミアに対する望みは分かり易いし、こういう言い方をするのはどうかと思うが、了承されると思っていたし、ハーピーがラミアと協力的な関係を作れることを私は疑っていないから、心配していない」
そう言ったハルオン様は、僕たち人間3人とナーリアたち、そしてエレオンたちに次々と視線を向けた。
僕たちは皆、身が引き締まる様な気持ちを感じた。
「ハーピーがラミアの再建しようとしている町への移住を願った意味は、皆、理解していると思う。
その意味では、ぜひハーピーの若者には頑張って欲しいものじゃ」
ハルオン様はちょっと好好爺という感じの笑顔を見せて、すぐにまた顔を引き締めた。
「しかし、その場合一つ大きな問題がある。
ハーピーが人間と婚姻を結ぶ、いやハーピーに限らない、ラミアと人間が婚姻を結ぶ。
その時に問題となることがある。
人間にとっての、ハーピーやラミアの位置付けじゃ」
ハルオン様にそう言われて、領主様をはじめ僕たちまで、人間は皆、思いあたり頭を殴られた気分だった。
「なるほど、確かにそこは問題でした。
領の政を預かる身として、気づきもせず全く考えていなかったことを、私は深く恥じます」
ディフィーが僕の背中をつついて小声で聞いてきた。
「ねぇ、どういうこと、全く話が見えない」
「うん、あのね、人間の社会ではラミアやハーピーは人ではなくて、魔物なんだよ」
「え、どういうこと?
ラミアはラミアで、ハーピーはハーピーでしょ。
何か問題があるの?」
「問題は大有りなんだよ。 つまりね」
僕が説明を始めようとした時、それを制する様にハルオン様が言った。
「人間には私の問題視するところが解っている様だが、他の者には説明が必要なようじゃな。
私の方で少し説明しよう」
ラーリア様やイクス様もハルオン様の説明を待っているようだ。
イクス様がこの問題を理解していなかったことが、ちょっと意外だ。
ハーピーはエルシム様、シロシュウメ様は理解しているようだが、5人は解っていないようだ。
「この家の最初の主人、父祖様が町に行った時に暴行を受けたことを話したが、その暴行を加えた者はどうなったか分かるかな。
普通、理由もなく誰かに暴行を加えたら人間の社会ではどういうことが起こる?」
ハルオン様は目でキースに尋ねた。
「はい、その暴行を加えた者は拘束され罰を受けます」
誰もがそれは当然のことだろうという顔をしている。
「ま、それは人間の社会に限らず、ハーピーの社会でも、ラミアの社会でも同じことだろう。
で、父祖様たちに暴行を加えた者がどうなったかというと、父祖様に暴行を加えた者のみが軽い罰を与えられただけで、ラミア2人に加えられた暴行に関しては何のお咎めもなしじゃ」
えっ、どうしてという疑問の顔が広がった。
領主様とカーライルさんはとても苦い顔をしている。
イクス様とラーリア様は納得した顔をしている。
「その時点でラミアは人ではなく魔物じゃったから、人ではない者に加えられた暴力は、人に対して加えられた暴力に対する決まりでは裁けないということじゃ」
なんというか重い沈黙が辺りを支配した。
「彼奴は、それを悔しがってなぁ。
いや、悲しんだという方が良いのかもしれない。
とにかく、それが彼奴が二度と人間の町で暮らそうとしなかった大きな理由でもあったのじゃ」
ハルオン様は遠い目をした。
「まあ、私にとっても、というかハーピーにとってもそれは大きい出来事であったのは確かじゃ。
それまでは人間とラミアとハーピーは共に暮らしていたからな、この復活させようとしている町では。
だから、その様な一方的な暴力に対して何の罰もないなどということは考えられないことだったのじゃ。
この件が、ラミアだけでなく、ハーピーも人間との関わりを失くした原因の大きな一つであることは確実じゃな」
「本当に、フロードが自己保身のためについた嘘が、それをそのままにして置かざるえなかった我が領主家が、ラミアとハーピーにどれ程の災難を振りまいたのか。
事実を知れば知るほど、その重さに押し潰されそうな気になる」
領主様が肩を落とし、下を向いて呟く。
奥方様が労わるようにその背中を優しくさすっていた。
「いや、すまない、ロンダイル殿。
我らはそなたや、そなたの父や祖父を責める気持ちは全くないのだ。
それが出来なかった理由は前にも言った通り良く分かっているし、常にどうにかしようとしていたことも把握しているから。
ただ、その何ていうか、私にとっては親友だったこの家の最初の主人の、その時の絶望感みたいなモノをつい思い出してしまうのじゃ」
「それで、ハルオン様は我々がどうすれば良いとお考えなのでしょうか?
ハーピーの望みというのは、そこにあると思うのですが」
カーライルさんが、雰囲気を変えるように、意を決したような感じで言った。
「うん、そこじゃ。
我らハーピーは人間に、以前の様にハーピーやラミアも人として扱うことを望む。
人間のみを人とするのではなく、人にはハーピーもラミアも含まれることにして、同様に扱うことを望むのじゃ。
つまり、人という括りの中に、人間族もハーピー族もラミア族も含まれるという感じじゃな。
そして、ここが重要なのじゃが、そのことを明文化して決まりとして欲しいのじゃ。
何も人間に限る訳ではないが、特に人間は明文化されないと物事がきちんと決まらない傾向がある。
じゃから、そのことを明文化し文章として発表・保存して欲しいのじゃ。
さすれば、異種族間の婚姻も問題が少なくなろう」
「分かりました。
ここで直ぐに、その様な文章を書いて、私が署名しましょう」
領主様が意気込んでそう言った。
カーライルさんが、それを冷静に止めた。
「領主様、それは駄目です。
この件は領主様から頭ごなしに民に押し付けるのではなく、皆の総意としてその様な決定して、それを文章として残す方が良いと思われます。
領主様からは提案のみなされることが良いと思います。
何、大丈夫です。
フロードとの一件でのナーリア殿やハーピーの方の活躍は知れ渡っております。
領主様の提案は、きっと当然のこととしてそのまま通るでしょう。
そうすれば、頭ごなしの命令ではなく、みんなで決めたことになり、より意味が深くなることでしょう」
「そうじゃな、その方が良いな。
これは心の問題も含むから頭ごなしより、皆で決めた方が良いであろう。
カーライル、この件は任せる、一番優先度が高いこととして話を進めろ」
「承知いたしました」
「これできっとハーピーも絶滅を免れることであろう。
ロンダイル殿、ラーリア殿、ハーピーの代表として、よろしく頼みます」
ハルオン様は肩の荷を下ろしたかのように、そう言った。




