272. ハルオンの昔語り1
今ではもう食堂と言われることが多くなった元作業場は、床に毛皮が敷かれ、ハーピー用に立ったままで使うのに都合の良い高さのテーブルが並べられた。
その時点でエレオンが一度ハーピーの里に戻ったので、アンとセカンと僕とが用意している軽い食べ物が出来上がる前に、ハルオン様たちはやって来た。
領主様たちにはイクス様と共に先に食堂に入り、ラーリア様とミーリア様が外でハルオン様たちを出迎えた。
「ハルオン様、ようこそおいでくださいました」
ラーリア様が、ハルオン様をそう言って迎えた。
「ラーリア殿、年寄りの気まぐれで、予定外に訪れて、迷惑ではなかっただろうか。
私も明日の正式な同盟のことを思うと、少し気が急いてしまって、いてもたったもいられない気持ちになってしまったのだ。
そうしたら、何故、私がこんな気持ちになっているのかを、ラーリア殿たちや人間の領主殿たちに伝えたい気持ちが芽生えてしまって、抑えられなくなってしまったのだ」
「それは、私もぜひお聞かせいただきたいです。
でもまずは、領主殿たちが中でお待ちなので、そちらに」
ハルオン様と共にシロシュウメ様とエルシム様も揃ってやって来ていた。
ラーリア様に案内されて家の中に入って行くハルオン様に続いて、2人も入り口の扉に向かう。
入り口の扉を潜ったところで、ハルオン様は立ち止まり家の中を眺められた。
立ち止まったハルオン様にラーリア様が声をかけた。
「こちらの部屋に領主殿たちがお待ちです」
「ああ、ラーリア殿、すまない、ちょっと先に家の中を眺めさせてもらえないだろうか」
ラーリア様は、ちょっとなんて答えるか迷った感じだった。
ハルオン様は大声を出した。
「人間の領主殿、いささか無作法なのだが、あとほんの少しだけ待っていただけないだろうか。
申し訳ない」
そう言うとハルオン様は慣れた感じで、家の中を竃のある場所を、一段上がった部屋を、いつも僕たちが食事するテーブルを置いた部屋を見て歩いた。
そしてその姿を見ていた僕にハルオン様は声をかけてきた、
「アレクだったな。
あの扉の先は今でも風呂があるのか?」
「はい、最近は温泉場を作りましたので使っていませんが、今もあります」
「そうか。
懐かしい、全てが懐かしい」
ハルオン様は涙を流しそうな顔をして、そう呟いた。
そうか、ハルオン様は父祖様が住んでいた時に、この家を訪れていたんだった。
「私がこの地方の人間の領主をしているロンダイル_ヴェスターと申します」
今度はラーリア様が中に入り、当たり前だが領主様たちとハーピーの長老たちとの紹介から、話は始まった。
互いの自己紹介が終わるとハルオン様が
「先ほどは大変失礼してしまった。
この家に入った途端、あまりの懐かしさに抑えることが出来なかったのだ。
年寄りの昔を懐かしむ気持ちが、爆発してしまったのだと許してほしい」
と領主様に謝った。
「許して欲しいなどと言われるほどのことではありません。
どうかお気になさらず。
ところでハルオン様は、この家に以前に来たことがあるのですか?」
領主様はハルオン様の「懐かしい」という言葉に興味を示した。
「確かに私は以前には足繁くこの家にやって来ていたものです。
と言っても50年も前のことだから、その家が内部までもほぼそのままであったもので、つい懐かしい気持ちが込み上げてしまったのじゃ」
「50年前では、私はまだ生まれてもいません。
この家はそれより前から存在した家なのですか」
ラーリア様がちょっと口を挟んだ
「ロンダイル殿には、何故この場が同盟締結の正式な調印の場に選ばれたかの詳しい理由をまだ話していないのです」
「なるほど、そうであったか。
それではラミアの皆には、よく知った話であるかもしれないが、その当時に実際に接していた私の口から話を聞くのも一興であろう。
この家の由来を語ってみよう。
そしてそれを語ることは、今私がこうして、予定外にここに来てしまった気持ちを理解してもらえることにもなろう」
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大火が起こった時、もう65年も前になるが、私はまだ10歳の子供のハーピーじゃった。
そしてその頃私は、これからラミアが復興させようと考えているらしい、今は廃墟となっている町に住んでいたのじゃ。
当時はその町は、人間、ラミア、ハーピーと種族の隔たりなく、一緒に暮らしていて、今から思えば別世界の様なのだが、当時の私はそれが普通のことと思ってた。
まあ、10歳ともなれば一応は幼いながらも、その時の情勢は理解できない訳ではない。
あの時も今と同じように、ゴブの大発生の情報があり、その対処で大騒ぎしていたようじゃ。
ようじゃと言うのは、さすがに10歳ではその対処に直接関わった訳ではないからな、子供の推測だからじゃ。
そして大火が起こった。
私が大火に関して、それを引き起こした者を恨みに思わないのは、その時の実際の大騒ぎを実際に見たからじゃ。
あの騒ぎの中では、平時ならあり得ないこともたくさんされていたし、どんな事故が起こっても仕方ないという雰囲気もあった。
ゴブを食い止めることが全てに優先されたのは、今もそう変わらんだろう。
まあ、大火の原因は分かっているのだから、それは置いておこう。
しかし、知っての通り大火の影響は甚大だった。
ハーピーはそれでも空を飛んで、今、ハーピーの里となっている山の地に逃げたから、それなりの人数が当初は生き延びた。
だが、ラミアはそうはいかず、実は我々もラミアは全滅してしまったと思っていた。
だから、人間がラミアが全滅したと思い込んだことを、我らハーピーは責めることが出来ない。
しかし我々ハーピーも、逃げはしたが、深刻な食糧難になってしまい、人数を大きく減らすこととなってしまった。
ま、それはハーピーに限ることではなく、森の恵みをほとんど失った上に、裸になった土壌が雨で押し流されて海に流失したからかもしれないが、川の生き物も一度干上がっていなくなっただけでなく、海の恵みも極端に減っていたから人間も食糧不足で大きく数を減らしていってしまった。
そんな苦しい時を2年ほど過ごしていた時、やっと周りのことにも少し注意を向けるようになると、ラミアが僅かだが生き残っていることに気がついた。
大人のラミア数人、子供のラミア数人、そしてほんの幼子が数人という、本当に僅かな生き残りだった。
つまりその生き残りが、今このラミアの里にいるラミアの祖先という訳だな。
最初ラミアが生き残っていると思っただけで、それ以上の興味をこの場に持たなかったのだが、二年目の冬を迎える前に、この家が建てられた。
それで私は急にこの地に興味を持った。
ラミアが冬の間眠ることも出来ることを、私は知っていたから、その当時の食糧難の時に、冬にわざわざラミアが家を作って起きていることに不自然なものを感じたからじゃ。
案の定、注意してこの家を観察していると、人間の男の子がラミアと共にいることに私は気がついた。
私はまだ自分も男の子と呼ばれるような年齢である自覚があったから、その人間の男の子に凄く会ってみたい気持ちになった。
それは、その時はそれ以前と違い、周りにハーピーしかいないことに、人間やラミアもいる環境に慣れていた私は息苦しさを感じていたからかも知れない。
私は数少ないラミアが、それでも冬籠りで寝るのを待って、この家までやって来た。
私の予想通り、その時この家には男の子とその世話をするためのラミア1人しか居なかった。
その頃はまだラミアや人間もハーピーと共に暮らしていた過去を持つからか、私の訪問は大きなトラブルとなることはなかった。
「あらっ、ハーピーは生き残っていたのですか。
数年姿を見なかったから、全滅してしまったのかと思っていました」
私は、私を見つけて声を掛けてきたラミアに向かって、答えた。
「うん、ハーピーは山の上の方に逃げたんだけど、食べ物が無くて、逃げた人もたくさん死んじゃったよ。
僕はここに家が出来て、僕と同じくらいの人間の男の子がいたから、前からここに来てみたかったんだ。
今日は上手く他の人を誤魔化せたから」
「とりあえず中に入りなさいな」
こうして家の中に入った私は、今のラミアからは父祖様と呼ばれる、この家の一番最初の住人と知り合うことが出来たのだ。
そして歳がほとんど変わらなかった私たちは親友となったのだ。
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「父祖様はなぜお一人でラミアと共に暮らすことになったのですか?」
話を聞いていたイクス様がそう質問された。
「ラミアが1人で蹲っていたのを保護したとのことだったが、私が聞いても奴はそのことは答えてくれなかった。
今となっては、なぜラミアと暮らすことになったかの原因は不明じゃな。
ただ、言えるのは拉致されてきたとかでは無く、保護されたということだ。
『そこは間違えのないでくれ』と言っていたから、それは確かなことなのであろう」
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ラミアだけでなくハーピーもだが、何故人間との交渉を絶ってしまったかだが、どちらもその余裕もなかったし、怖かったのじゃよ。
大火で森が焼けた後、どこも食料が不足して、同族の中でも諍いが起こっていた。
ラミアはあまりに数が少な過ぎたから、諍いを起こすことも出来なかったようだが、人間たちはもちろん、恥ずかしいが我がハーピーの間でも同族同士で争い、命を落す者が次々と出る有様だったのじゃ。
その様な時に、圧倒的に数が多い人間の元に向かうなんて、考えられない時代だったのじゃ。
そうこうするうちに5年の月日が流れ、森も草だけではなく、背の低い木が育ってきた。
ラミアが懸命に植えた、僅かに燃え残った木から得た種子を蒔いた、色々な実のなる木々も、まだ細く小さいながらも実をつける様になってきていた。
どこに逃げ隠れしていたのか不思議な気がしたが、あの頃は草地が多かったからかウサギが大量に発生して、ラミアは食料にはしないが、ハーピーにとってはそれでやっと食糧難を乗り越えられることになったもんじゃ。
食糧難をやっとその頃乗り越えられたのはハーピーだけでなく、ラミアも人間もだがな。
ハーピーはウサギが増えたことで、ラミアは植えた木に実が生りだしたことで、そして人間は川の流れが、森が草木で覆われだしたことにより、安定したので農地の作物がまともに取れる様になったことで、食糧難が終わったのじゃ。
ま、本当はどの種族も大きくその人口を減らしたことが、一番の理由ではあるとは思うのだがな。
そうして私たち2人ももう少年とは呼べない様な年齢となった。
ラミアはこの家の最初の住人である、もう分かりやすい様に今のラミアの呼び名である父祖様と呼ぼう、彼を人間の元に連れて行く決心をした。
ここには、父祖様以外に人間がいないことを彼にとって良いことではないと問題視したのだな。
そして年長のラミア2人で彼をあなた方の町へと連れて行ったのだ。
そして事は起こった。
連れて行ったラミアを見ると、町の者は一斉に2人のラミアに襲い掛かったのだ。
襲い掛かられた2人のラミアは、何故自分たちが襲われているのかも分からず、あっと言う間に意識を失うまで暴力を受けた。
それを庇った父祖様も同じ様に暴力を受け気を失い、騒ぎを聞き付け駆けつけたその時の領主が3人を
「この者共は私が預かる」
と言って速やかに確保しなかったら、3人とも確実に命はなかった事だろう。
3人は領主の館で療養し、そこで自分たちが襲われた原因を聞かされた。
人間は良く知っているであろう、大火はラミアの起こした事だという噂のことじゃ。
時の人間の領主、ここに居るロンダイル殿の祖父にあたるのかな、ま、その領主はラミアが生き残っていたことに大変驚き、またその事態を招いてしまったことを深く悔やみ、謝罪したと聞く。
そしてある程度体が治ったラミアを秘密裏に馬車で送ってくることになったのだが、その時に父祖様も「こんなところに1人残りたくは無い」と言って、一緒にこのラミアの里に戻ってきてしまい、その後この地を離れる事はなかった。
2人のラミアは
「襲われたのは私たちラミアと共にいたからであって、父祖様だけなら襲われる事はないだろうし、領主殿が責任を持って後見するとのことだから、私たちと共にラミアの里に戻る必要はない」
と、父祖様には強く勧めたのだが、どうしても聞かなかったそうじゃ。
これはそのラミアから聞いたのだがな。
そうそう、その時に大火の原因について、ラミアの潔白を証明する多くの書類が、時の領主よりラミアに送られたのじゃ。
「我が家は、必ずラミアの濡れ衣をいつか晴らすと誓うが、その証拠をここだけではなく、ラミアの方でも保管しておいてほしい」
とのことだったと聞く。
それと共に図書館の鍵がラミアに託された。
人間はその時まで図書館の無事を知らなかったが、鍵はまだ保存していた。
ラミアは図書館の無事を知っていたが、鍵がなく、それまで入ることが出来なかった訳だな。
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図書館に領主家の家紋入りの紙に領主の署名入りのラミアの潔白を証する書類が残されていたのには、そんな理由があったのか。
僕やデイヴ、キースと人間だけでなく、ラミアも皆、その理由を興味深く聞いていた。
ハーピーたちもこんな風に昔語りをするハルオン様をほとんど知らないみたいで、特に若い者たちは目を丸くして話に聞き入っていた。




