269. 領主来る
「こちらに来る人員は、領主夫妻の他は、小間使いの女性2人とお付きの者というか護衛が4人との事です」
「くそっ、即座に付いてくる人員を決めなかったから、その人選に少しは時間が掛かるかと思ったのだけど、意外に早かったな」
エレオンの報告にデイヴがそんな悪態をついた。
ラーリア様はそんなデイヴを少し笑いながら、
「領主殿ももう春なので、正式な調印を急ぐつもりなのだろう、一つの大きなケジメだからな。
そしてそれは我々ラミアにとっても、そしてハーピーにとっても望んでいた大きな事柄だ。
それでエレオン、領主殿はすぐにでもこちらに来ることができるのか?」
「はい、もういつでも行くことができるように準備を整えたとの事です」
「了解した。
それではデイヴとキース、明日朝から町に向かい、領主夫妻を迎えに行ってこい。
明後日には、ここに領主夫妻を迎えて、その翌日に調印式を行う事にしよう。
エレオン、ハーピーの方々にもその日程を伝えてくれ、今すぐにハービーの里に行って来て、日程に問題がないかどうか確認して来てくれると嬉しい」
エレオンはすぐに飛び立って行った。
「それでだナーリアたち。
明後日に領主殿たち、まあ、デイブの両親たちとなるのだが、彼らを迎えるにあたり、領主殿夫妻を泊める場所を確保しなければならないのだが、ここを使わせてもらう事にする。
流石に領主殿夫妻を、里の方、つまり洞窟の中の部屋に泊まってもらうのは問題があると思うからな」
「いえ、ラーリア様、俺の親はそれも喜ぶのではないかと思うのですが」
ラーリア様の言葉にデイヴがそんなことはないと言った。
「いや、里の中では火も使えないし、勝手が違い過ぎて困るだろう。
そのうち慣れたら、元々のラミアの住まいを体験してもらうという趣旨なら良いかもしれないが、今回は違う。
今回は、領主殿にこの元は父祖様の家に泊まってもらう事に、意味があるように私は思うのだ」
「そうね、私もそう思うわ。
私とティッタは、久しぶりに共同住宅に戻るわ」
イクス様がラーリア様の言葉に賛成した。
「ミーリア、私も共同住宅に戻るぞ。
我々も随分とここに長居した」
「そうですね。 アレアとロアにも伝えましょう。
私だけでなく、彼女たちの私物も随分ここに増えちゃっていますから」
「ナーリアたち、お前たちにとっては大変な作業になってしまうだろうが、領主殿たちが滞在している間は、この家の中の私物を他に動かしてくれ。
倉庫の方に入れておいても良い物はそちらで保管し、後の物は里の私の部屋を自由にして良いから、そっちに持っていってくれ。
荷物を入れると狭くなるかもしれないが、領主殿の滞在中は里の私の部屋で寝てくれ」
「はい、了解しました」
ナーリアが代表して答えた。
「さて、領主殿夫妻と小間使いの女性は、ここに泊まってもらう事にして、護衛の4人はどこに泊まってもらう事にするか。
2人づつで良いなら、里のラーリアの部屋があるのだが」
「いえ、ラーリア様、護衛として来るなら、きっと少しは勝手を知っているということで、フロードとの戦いの時にここに来た者が来る可能性が高いと思います。
その時はあの大部屋で寝てもらいましたから、今回人数が少ないのですけど、場所を変えるよりは少しでも馴染みのある場所の方が良いのではないでしょうか」
ラーリア様の言葉に、キースが自分の意見を述べた。
「そうか、確かにそうかもしれないな。
それではそちらの準備は、誰に任せれば良いかな。
前回来た時の準備は誰が中心になってしたのだったか」
「えーと、前回の準備は確かミーレアが担当したと思います。
ただ、実際問題としては前回ミーレアは本当に準備をしただけで、ほとんど人間の騎士たちと接してはいません」
ラーリア様の疑問にミーリア様が答えた。
「さて、それじゃあ、どうしたものかな」
「ラーリア様、寝床の準備などは前回と同じようにミーレアの方達にお願いする事にして、アリファ様に必要な物品をお願いすれば良いと思います。
それで、護衛たちに直接接して世話を焼くのはキースとサーブが担当するのが良いと思います。
サーブは騎士たちにも人気がありますから」
デイヴがそう進言して、急に自分の名前が出たサーブが驚いている。
「ほう、そうなのか、サーブは人間の騎士たちの間でも人気があるのか?」
「はい、人気があるということではナーリアも人気がありますが、ナーリアは指揮官としての人気ですからちょっと違うかな、と。
サーブは普通に人気があります」
「それなら、キースとサーブに頼もう。
サーブも領主殿たちが来た時には、もう荷物の移動なんかは終わっているはずだからな」
「あの、私がそんな対外的に重要な役なんて、大丈夫でしょうか」
サーブが緊張した声でそんなことを言った。
「サーブ、何言ってるんだよ。
いつも通りに普通に接してやれば十分だよ。
なんの問題もないと思うぞ」
キースがサーブにそう言って、心配ないと太鼓判を押した。
「サーブ、たまには力仕事以外も頑張りなさい」
ミーリア様がそんな風に言って、サーブが久しぶりに小さくなった。
「それであの、その護衛の食事なのですが、領主様たちとは別にした方が良いと思うのですが」
キースがふと気づいたように言うとデイヴが
「そうだな、護衛たちは親父とお袋と一緒だと気が重いかもしれないな」
「ああ、絶対にそうなるよ」
「そんなものなの。
私たちには良く分からない感覚ね」
イクス様がそう言ったが、いやそれ違うから、分からないと思っているのはイクス様だけだから。
ミーリア様もイクス様の言葉に「えっ」て顔をしているし、ラーリア様も苦笑している。
「食事に関しては、ここでアンとミーレナとセカンあたりでどうにかしてもらおうと思っていたのだが、それではどうするかな」
「それではやはり、ここはアンとセカンに任せて、護衛の方はミーレナに任せる形でしょうか」
「そうだな、そうなるかな」
「了解しました。
僕の方でミーレナさんに頼んでおきます。
ミーレナさんが片手で困る部分は、僕とサーブでフォローすれば何も問題ないと思います」
「ん、キース、お前はこっち組だぞ。
お前とデイヴ、そしてアレクは今回の同盟の立役者だからな。
お前らを抜かす訳にはいかない。
同様に、ナーリアたちもフロードとの砦での戦いや、それ以前の作戦立案で大活躍なのが知れ渡っているとのことだからな、こっち組だ。
サーブは仕方ない、他に人材がいないからな、護衛の方に回ってくれ」
ラーリア様がそう人を分けていく。
「サーブ1人ではちょっと心配だから、私も護衛の方に回る。
セカンとディフィーは、作戦の打ち合わせなんかで、何度もデイヴの両親に会ったりしてるし、ナーリアも指揮官だったのだから、当然こっち組。
でも私は、そんな風に目立つ関わりはないから、サーブと一緒に護衛の方でも問題ない」
レンスがそう言って、サーブを手伝うと名乗りをあげた。
ラーリア様はちょっと考える顔をしたが、
「うん、そうだな、それではレンスはサーブと共に護衛の方にまわれ」
と、レンスの言葉を承認した。
レンス、堅苦しい場から逃げたな。
「あの、今の話からすると、私とセカンで領主様をはじめとする皆様の食事を作る事になっている気がするのですが」
アンがおずおずと口を開いた。
「ああ、ミーレナが護衛の方の食事を担当する事になったから、そういう事になるな」
「あの、私、領主様にお出しするような料理を作れる自信が全くありません」
ラミアたちは「何を言っているの?」という顔をしたが、僕はアンの気持ちが分かった。
「ラミアの皆さんは私の料理を『とても美味しい』と言って、喜んで食べてくれていますが、それは私の人間の料理が珍しいからで、もっと言わせてもらうと、火を使った料理というのがまだ目新しいからだと思います。
私の作っている料理なんて、人間にとっては誰でも普通に作る料理で、とてもじゃないですが、重要な場で領主様たちに出すようなものではないと思います」
ラミアはその言葉にどう答えて良いものか困惑しているようだ。
まあそうだよなぁ、比較対象が僕が作る料理くらいしかないのだから、答えようもない。
「いや、アン、それは謙遜が過ぎるだろう。
アンの料理は正直に言って、俺もとても美味しいと思うぞ。
確かに材料が限られているから、奇抜な物や、すごく凝った料理という物はないが、俺が食べたことのある中では最も美味しい料理の範疇に入るぞ」
デイヴがそう言った。
「僕はデイヴほど美味しい物を食べている訳ではないけど、それでもアンの料理は最高に美味いと思っているよ」
キースもそう言った。
「僕はキース以上に美味しい物を食べた機会がないと思うのだけど、町で領主様と一緒に食べた料理よりもアンの料理の方が美味しいと思ったし、館でデイヴの家族と一緒に食事した時も、いつもよりずっと美味しいなんて感じなかった。
だから、2人の言う通りで、僕もアンの料理は客観的にもとても美味しいんじゃないかと思うよ。
少なくとも、僕にとってはアンの料理はとても美味しいよ」
僕たちの言葉にアンはちょっと涙ぐんでいる。
「ああ、確かに我々ラミアでは、アンの料理が人間の中で客観的に美味しいのかどうかは分からない。
だが、我々がアンの料理をとても美味しいと感じているのは事実だ。
私はこういう言い方が正しいのか分からないが、我々がとても美味しく感じているアンの料理を領主殿たちにも食べてもらいたいと思うのだ。
アン、引き受けてほしい」
「はい、ラーリア様。
私には大した料理は作れませんが、一生懸命作ります」
なんだか一番大事なことが決まった感じで、その場にいた者みんなにホッとした空気が流れた。
そして次の日、デイヴとキースは町に迎えに行き、その翌日には予定通りに領主様たちが馬車に乗ってやって来た。




