268. 春近し
僕たちが領主の町から戻ると、即座にターリア、ワーリア、ヤーレアが起こされた。
つまりこれでナーリアたちの姉妹が全て起こされたことになる。
もう冬から春になりかけている時期なので、僕ら人間からすると春に冬ごもりを終えるなら、ほんの少し起きるのが早くなっただけだと思うのだが、ラミアの春は意外に遅く、本来なら野山に一番早熟な実が出来始める頃になるのだという。
まあ確かにラミアのエネルギーを得る主な方法は、木の実からだから、春早くに起き出しても、食料に困るだけだろう。
ナーリアたちの姉妹グループを早めに起こしたがったのは、ヤーレンとバンジだ。
ヤーレンはもう早急に進めたい春の農作業が目白押しだった。
バンジもケンと共に木材の伐り出しを始めていた。
そんな作業に、道作りで手が空いたアーリア、アーレア、アーロアが動員されていたのだが、今までに彼女たちが作業で人間関わった経験は少なく、やることなすことほとんどが全て初めてのことで、いちいち一つづつ行動を教えなくてはならなくて、作業効率がとても低かったのだ。
そんな訳で、ヤーレアは即座にヤーレンに、ターリアは即座にバンジとケンに、そしてワーリアはこれまでと同様に、ダイクにハキにギュートにと、色々なことを暇なく手伝いに呼ばれている。
冬の眠りに入るまでに、それぞれの仕事のスペシャリストになっていた彼女たちの参加で、作業は目に見えて効率化し、どんどん進んでいった。
アーリア、アーレア、アーロアも教えてくれる人数が増えたので、それぞれの作業をどんどん覚えていった。
特に、木を伐る作業は、森の中を警戒して巡回するのが元々の仕事だったアーリア、アーレア、アーロアたちは、仕事のコツを覚えると、伐り出すのに適した木を次々とバンジに提案して、木を探す手間を省いてくれたので、作業が進んでいった。
ミーレアはギュートに指揮されて、馬の飼育を頑張っている。
町から連れて来られた20頭の馬は、最初こそラミアに馴れず、人間だけが世話したのだが、元からの馬がラミアに世話されるのを見るからか、前の時よりも短時間でラミアに馴れた。
とはいえ、仔馬を加えても15頭だった馬が、一気に倍以上の35頭になった訳で、僕らのところの5頭以外の30頭の世話をギュートとミーレアの10人で急にすることになったので、最初のうちは大変だったようだ。
毎朝、奥から里を通り抜けて草原に馬を連れて行く。
草原にはミーレアたちが大急ぎで杭を打ってロープを張った、放牧場が作られ、馬たちは生え出した草を食べ、運動をしている。
馬車用の馬14頭は、忙しい作業に順番に駆り出させれているから良いのだが、問題は騎馬用の残り19頭だ。
定期的に鞍を置いて乗ってやらねば、馬の質を維持できない。
今まで主に馬に乗っていたのは、デイヴ、キース、ヤーレン、ハキに僕を加えた5人なのだが、それだけでは馬の訓練に手が足りないので、ギュートは残りのボブ、エレク、ケン、ダイク、バンジにも騎乗の訓練を本格的に課した。
ちなみに馬具は騎馬には領主様が付属品として付けてくれていた。
「アレク、今はまだ騎馬が19頭だが、ボブたちにも自分の馬を選ばして、それ以外はラミア用の1人乗りの軽い馬車を曳く馬に訓練し直そうと思うんだが、どう思う」
「いいんじゃないか、19頭は俺たちには多すぎるからな。
馬に余裕があるなら予備の馬がいるのも良いと思うけど、そうじゃないからな」
「アレクもそう思うか、それじゃあ選んだ後の残りの8頭はそんな感じでいこう」
「でも、ギュート、そんなことなんで俺に相談するの?
馬のことはもっと詳しいデイヴやキースに相談した方が良いだろ」
「いや、お前がラミア用の1人乗りの馬車を作ることが前提だからなんだが」
「えっ、俺が作るの」
「当然だろう。
人間用なら、お前に相談するまでもなく、ダイクやボブに手伝ってもらって作るよ。
でもラミア用となると、どうすれば良いか分からないからな。
お前なら、セカンをはじめとして、ナーリアみんなと相談しながら作れるだろ。
馬も馬車もあるし、実験にも困らないだろ。
ミーリア様も、当然お前が作るんだと考えていると思うぞ」
うーん、紙のことしか最近考えてなかったよ。
それに狩もしていたし。
草がもうかなり生え出したので、罠でウサギを狩るだけでなく、エーレアの訓練を兼ねて、鹿を狩ることも再開していた。
鹿はこの時期は雌鹿は絶対に狩らない。
雌鹿はお腹に子供がいるので、この時期に狙うのは厳禁なのだ。
逆にこの時期は群れから牡鹿は少し離れるので、そんな中で適当なのを狙うようにする。
どちらかというと単独行動になっているので、そんなのをエーレアたちに狙わせる。
僕たちはエーレアたちが失敗した時のバックアップとして振る舞うことが多い。
一度に2頭以上を狙う状況はほとんどなくて、1頭の場合が多いからでもある。
エーレアたちも最近では弓が上達してきて、僕らよりも射程が短いとはいえ、しくじってしまって僕たちが手を出すことはほとんどない。
鹿を狩り始めたのは、起きている人数が増えて、食料が必要になっているのもあるが、ラミアにとって肉はあれば嬉しい程度の物なので、そこまで必要がある訳ではない。
それよりも、防具や弓を作るための原料確保の意味合いの方が大きい。
アレア様、ロア様の2人を見て、アーリア、アーレア、アーロアたちはみな防具を作りたいと言い出したのだ。
まあ、ゴブとの実戦を経験しているのだから、当然のことだろうと思う。
とは言っても僕が直接に作ることが出来ないのは当然なので、みな作り方を教わって自力で作ろうと考えているようだ。
今はまだ、型をそれぞれに作っているのだが、技術指導にエーレアたち、特にエーレファは型作りはほぼ1人で自分たちの分を引き受けた経験があるから、細かく的確に役に立つアドバイスができるから引っ張りだこになって、教えている。
型作りだけではなく、その後に防具に使う革や弓作りに使う筋などの処理の仕方も教わって、僕らが獲ってきた獲物を材料にして技術を教わっている。
ま、最近は僕らだけでなく、木を伐りに森にたくさん入っているので、他の人たちも少しづつ獲物を狩るようになってきているのだけど。
エーレアたちは自分たちが教わって覚えたことを、逆に教えるのが最初とても嬉しそうだった。
上位になったのも遅く、また最初は体がまだ小さくて上位の訓練についていくこともできず、体が追いついた今でも、近接戦闘訓練なんかでは、まだやはり一番弱く教わるばかりだったのが、逆に教えることが出来たことが嬉しかったみたいだ。
ところが徐々に教えることの大変さが、切実に分かるようになったみたいだ。
「教えてみると、自分たちがどれほどちゃんと覚えていなかったかを自覚するわ」
「自分で出来るのと、教えて出来るようにすることは、全く別物。
私たちでもそう感じるんだから、私たちが教わった時に、アレクやナーリアたちがどれ程大変だったか良く分かった」
エーレアたちは指導をしていて、確信を持って教えることが出来なかったことについて、僕たちに質問したり、確認をとって教えることに間違いがないようにと気を配っているみたいだ。
「こういう時に、きちんと文字を覚えていたら、木の板にでも書いて、記録しておくことが出来て便利だと思わない。
これを機会に、私が教えるから、エーレアは文字を覚えてしまいなさい。
今はまだ、ターリア・ワーリア・ヤーレアはその時間を取れないでいるから、少しだけだけど先行するチャンスよ」
イクス様にそう嗾けられて、エーレアは毎日少しの時間だけど、イクス様に字を教わっている。
前に作った蝋板がエーレアに貸し与えられ、やっと役に立つ時を迎えた。
その蝋板のお陰でもあるのか、それよりもエーレアたちの意欲が高いからか、彼女たちの文字の学習はとても順調に進んで、すぐに覚えてしまった。
「エーレアたちはすごいな。
私は文字を覚えるのにとても苦労して、結局図書館に通って、自分の読みたい本を読むようになるまで、ちゃんとは覚えきれなかったのに」
サーブがそう言って褒めると、エレドが
「当然よ。
私たちは蝋板をみんな一つづつ貸し与えてもらえたから、それをいつでも持ち歩いて、暇が出来た時は常に互いに問題を出し合って、蝋板に書いて確認してたのだもの。
蝋板がなかった時とは違って当然よ」
蝋板を作った僕としては、そう言ってもらえて嬉しかった。
「蝋板があると、確かに速く覚えられる気がするわ。
もっと沢山作っておけば良かったかしら?」
イクス様がそんなことを言っているけど、今ある分を作るのだってミーレアの人たちに手伝ってもらって、櫨の実を頑張って集めたのだから、もう無理だと思う。
今現在なんとかターリア・ワーリア・ヤーレアが使う分くらいはあるのだから、早目に彼女たちに字を覚えさせてしまって、若い子たちに教える時には、ナーリアの姉妹たちからは全部取り上げて、新たに若い子たちに貸し与えるしかないと思うな。
あと僕たちは大急ぎで大鳥を2羽獲って来た。
いつも通りに僕らが雄を獲り、反対側に逃げる雌をエーレアたちが獲った。
エーレアたちも、もう何度目かになるので、大鳥を獲るのにあたふたはしない。
今回大鳥を急いで獲ったのは、ハキの兄からの依頼のためだ。
町から何か買うための資金はまだ余っているし、これからアスファルトや鉄鉱石を売る計画があるので、資金を得るために大鳥を獲る必要はないのだが、ハキの兄のちょっと焦ったような依頼だったので、早急に獲ることにしたのだ。
ハキも理由を聞いてないらしいが、何か特別な理由があるのだろう。
ま、起きている人数が増えていたので、大鳥2羽分の肉が手に入ったのは、ちょっと嬉しくはある。
ちなみに大鳥は、ちょっとの間、見に行ってなかったのだが、群れの中の雄の数は前と同じに回復していた。
ま、とにかく起こされたターリア・ワーリア・ヤーレアも、馬がいたり、ハーピーが普通にやって来ていたり、禁足地を抜けて道を作っていたり、温泉があったりと驚くことばかりなのに、それに驚いている暇もなく、仕事を命じられて忙しく働くこととなっている。
まだ僕らは彼女たちが起きてから、まともに話す時間も取れていない。
気がつけば、秋に植えておいた、春一番に花が咲いて実ができる豆は、もう花が咲いて実をつけ始めている。
もう季節は人間にとっては春だ。
ラミアが全員起き出す春も、もう近いのだ。




