256. 親馬鹿からの家騒動
僕はティッティアが僕を見た瞬間から、完全に親馬鹿になってしまい、少しでも時間があると、イクス様の部屋にティッティアを見に行くようになってしまった。
「お母さん、私が生まれた時、私のお父さんも今のアレクと同じような感じだったの?」
レンスがイクス様の世話に来ていた時に僕が行くと、レンスはそんなことをイクス様に聞いていた。
「そうね。 あなたの時には私とレンスのお父さんがあの家に暮らしていて、そこにラーリアなんかが来てくれていたから、ちょっと状況が違うけど、レンスの父親も暇さえあればというより、体調が許す限りはレンスを眺めていたわね」
「そうなの、やっぱり今のアレクと同じ感じだったのね。
ま、私はそうだったんじゃないかと思ったけど」
僕はちょっとだけ複雑な気分もあったけど、レンスが喜んでいるから、それでいいや。
それにレンス以外は父親の記憶は全くないから、僕がティッティアを見に通う姿を見て、父親の子供に対する愛情というものを、自分に置き換えて初めて感じているようだ。
ま、それを言うなら、子供を産んだ母親が子供に献身的に過ごす姿も初めて見ている訳だけど。
ナーリアたちは父親もだが、母親のことも覚えてはいないし、子供を育てるラミアの姿は、他の幼いラミアの目に触れることはないから、それも初めて見るのだ。
それに今までのラミアの母親の子育ては身を削って乳を出して、自分は衰えて死んでいくというもので、見せられたものではなかったらしいし。
上位の者以外がその姿を見ることはなかったらしい。
つまり今現在ではミーレア以上の人でなければ、乳を与えているラミアの姿を見ていないのだ。
「これが本来のラミアの子育てなのね。 夢のように幸せな子育てだわ」
ミーリア様がそんなことを言った。
レンスを育てるイクス様を見たことがあるラーリア様を除けば、ミーリア様たちだけでなく、本人であるラーリア様たちもこんな子育ては自分の経験外のことなのだ。
乳を子供に与え、寝る暇もなく動くこともほとんどできずに、日々衰えていく母親ラミアというのが、今までの子育てをするラミアの姿だったのだ。
僕がそんな風に、ティッティアを眺めに通うのを、友たちはほんの少しの間笑っていたのだが、自分の子供の脱皮も次々と始まったら、ガラッと様相が変わった。
「アレク、お前のことを笑って悪かった。 あの目に逆らえる男なんている訳がない。
あんな目で見られたら、そりゃ出来る限り見ていたいと思うのは当然だ」
友たちもみんなそれぞれの子供を時間の許す限り眺めに行く様になってしまった。
一番の親馬鹿ぶりを発揮したのは、バンジだった。
バンジは自分の家から少し離れたところで一心に何かの作業をしていたのだが、ある日セカンに頼みごとをしに来た。
「セカン、悪いんだけど、1日だけラーリナ様とミーレナさんの世話をしてくれないか。
ちょっと、みんな予定が立て込んで、二人の世話をできないんだ」
「ん、構わない。 何時?」
「明日なんだけど良いかな」
「分かった。 家の方に朝から行くね」
「いや、家ではなく、共同住宅の方に行ってくれ。
明日は二人とも共同住宅の方で過ごすことになっている」
「ああ、そういうこと。 それじゃあ、他の世話に来ている人と共同で世話に当たる」
「ありがとう。 よろしくお願いするよ」
次の日、セカンはそんなに忙しくもなく、楽しく二人の世話をした。
ラーリナ様はラーリン様と、ミーレナさんはイクス様と交代で子供たちの世話をすることにしたので、イクス様の世話にはナーリアが、ラーリン様に世話にはミーレンさんがついたので、気楽におしゃべりをしながらの時間になったからだ。
夕方になってバンジが二人を迎えに来た。
「セカン、ありがとう。
ラーリナ様、ミーレナさん、出来上がりましたよ。 もうみんなで暮らせます」
バンジはもの凄く嬉しそうな顔をして、ラーリナ様とミーレナさんにそう言うと、ラーリナ様はぱあっと顔を輝かせて
「ミーレナ、早く家に戻りましょう」
「はい、ラーリナ様、早く見たいです」
とミーレナさんも笑顔が溢れた。
セカンが一体どういうことだろうかと思いながら、自分以外に二人の世話役がいないから、二人についてほんの少しだけ離れたバンジの家に行くと、なんとバンジの家が増築されて、大きくなっていた。
バンジは自分が一緒に過ごしたいが為に、ミーリナ様、アーリナ様、アーレナ様、アーロナ様と共に、家の増築をして、みんなで住める様にしたのだ。
ここ数日一心に作業していたのは、この増築の準備で、セカンを頼んだのは、一気に増築を完成させる為で、共同住宅の方に行かせていたのは、その建築の騒音から子供を遠ざける為だった訳だ。
「ちょっと狭いけど、全員眠ったり食事したり出来る場所はありますからね。
またすぐに改築しなければならなくなるでしょうけど、とりあえずはみんな一緒に暮らせます」
「バンジ、十分よ。 みんなで暮らせれば、それだけで十分よ。
私、もう幸せ過ぎて胸が一杯」
ミーレナさんは涙を流して喜んでいる。
「ミーレナ、何泣いているのよ。 でも、私も同じ気持ちだわ。
バンジ、ミーリナ、アーリナ、アーレナ、アーロナ、本当にありがとう」
「礼を言われることじゃないわ。 私たちも暮らす家だもの、私たちだって気合も入るわ」
ミーリナ様がそう言うと、あと3人も
「私たちもナーリアたちが羨ましかったから、もう作っていて嬉しくて」
「作りながら、嬉しくって、笑いたくなっちゃったりして」
「アーレナは実際に笑ってたじゃない」
そんなことを言いながらみんな増築された家に入って行った。
一応付いて行ったセカンは一人取り残された感じだった。
「セカン、今日は本当にありがとうな。 恩にきるぜ」
とバンジは言うと、バンジも急いで家に入って行ったそうだ。
「バンジがあそこまで親馬鹿で暴走するとは思ってなかったぞ」
「ああ、全くだ。 まさか家の増築をするとは思わなかったな」
デイヴの言葉にボブがそう答えると、みんなうなづいた。
「バンジの家は作業場兼だろ。 子供がいるから大きな音を出す訳にいかない。
仕事ができないから別に作業場を作ろうとしているのだとばかり思っていたよ」
ダイクの言葉に同意の声が上がる。
今はボブとダイクは鍛冶場、エレクは図書館、ケンは炭焼き場、ハキは物品倉庫、ヤーレンはそろそろ始まる畑仕事の下準備に畑を見て廻っていて、ギュートは馬の世話関係に追われていて、僕とアンは食事の用意に追われている。
今はちょっとだけデイヴとキースが暇があるという感じだ。
「でもさ、バンジの気持ちも分かる気がするんだよな。
ラーリク様のここの部屋には誰かしら世話に来ているから、ここに俺は泊まれない。 みんなもそうだろ。
もし自分も泊まれるなら、俺も泊まってアグリーの顔をずっと眺めていたいよ」
「まあ、それは言えてるよな、確かに。」
ヤーレンの言葉にギュートも同意する。
「バンジはさ、その必要があったから、アレクの次に自分たちだけの家を持つことになったんだけど、こうなるとちょっと羨ましいな」
ケンまでがそんなことを言い出した。
「で、なんでアレクはイクス様を家の方に連れていかないの?
どうせナーリアたちが世話係に順番に来ているのだから、イクス様を家に連れて行って暮らした方がアレクも嬉しいだろうし、みんなも嬉しいし、楽なんじゃない。
メリーなんてすごく喜びそうじゃないか」
エレクが僕にそんな風に言った。
「うん、考えないでもなかったんだ。
寝る部屋は今でもギリギリでこれ以上一緒に寝れないのだけど、もう少し暖かくなってきたから、食堂になっている元作業部屋でももう眠れるだろうから、順番にそっちで2-3人寝れば、イクス様に来てもらっても十分大丈夫だと思うのだけど、それは諦めたんだ。
バンジのところはラーリナ様とミーレナさんの二人だから、互いに交互に預けあって眠れるけど、イクス様を向こう連れて行くと一人になっちゃうからね」
「そうか、なるほど。 確かにお前のところでも無理なんだな。
くそお、まだもう少し経たないと今のところはバンジの特権か。
家があってもダメなんだな」
「ケン、お前、何を考えていた」
「いや、炭焼き場の小屋を改造すれば、俺もバンジみたいに出来るかな、と」
「「「「それは、無理だろう!!!!」」」」
ケンの言葉は即座に否定された、というか非難轟々だった。
「デイヴとキースは、なんだか静かだけど、二人は子供と一緒に夜を過ごしたいとは思わないのか?
領主家や騎士の家では、そういう習慣はないの?」
ハキがそんな風に聞いた。
「いや、そんなことはないぞ。 俺だって、フローレンスのことを一晩中眺めていたい」
デイヴが勢い込むような感じでそう答えると、キースがちょっと苦い顔で
「俺も同じなんだけど、デイヴはもちろんなんだけど、俺も、もし自分の家を持ったとお袋が聞けば、即座に人間の嫁もって勝手に進められるんじゃないかと思うんだ。
まだ、それはちょっとな」
「あ、確かにその問題があったんだ。
お前ら二人がそうなったら、絶対に俺の親も、『それでは、ご一緒によろしくお願いします』と俺にも人間の嫁をって、誰か探して送ってくると思うな。
俺もお前たち程じゃないけど、それを拒否できないよ」
「そうなんだ、ハキ。 俺がこの話に加われないのを理解してもらえたか」
デイヴがとても深刻そうに言ったので、みんな笑ってしまった。
「そんな感じで僕たちの中ではバンジが羨ましいの大合唱ですよ」
「ま、確かにそれは分かるわね。 ラーリアたちの中でも羨ましがっているもの」
「そうなんですか」
「ラーリアなんて、『失敗した。 共同住宅ではなくて、それぞれの家にするべきだった。』なんて言っているわよ」
「いえ、それではやっぱり困るし」
「『2-3軒をすぐ近くに配置すれば、その問題も大丈夫だ』て、本気で考えているのよ。
ま、来年はもっとたくさんの子供になるでしょうから、今のそのラーリアの空想は全く意味がないのだけどね」
「ラーリア様たちは、そのくらいのことだけど、世話をしに来ている人たちは、もっとずっと凄い。
みんな、もっと凄く羨ましがっている。 私でさえ、何というか肩身が狭い感じがする。
『レンスは子供は一緒じゃないけど、もうずっとアレクと一緒に暮らしているじゃない』と言われると、事実だから反論できないし。
とにかく今は無理なのは理解しているけど、春になったらまず第一に自分たちの家を建てるようにするって、みんな息巻いている」
「えっ、そんな大変なことになっちゃっているの?」
「うん、あれは絶対に収まらない。 春一番の仕事は家づくりになると思う」
「イクス母様、イクス母様は何でメリーたちのお家に来ないの?
メリーは、イクス母様と赤ちゃんが一緒にメリーたちのお家にずっと居れば良いと思うの。
そうしたらお姉ちゃんたちの誰かが順番にこっちに来なくても良いし、メリーはいつでも赤ちゃんと一緒に居られるから、とっても嬉しいの」
「そうね。 メリーは赤ちゃんのお姉ちゃんだから、赤ちゃんとずっと一緒に居たいのね」
「うん、赤ちゃん、早く大きくならないかな。
メリーは赤ちゃんと遊んであげたり、いろいろなことを赤ちゃんに教えてあげるの」
「そうね。 もう少し赤ちゃんが大きくなったら、赤ちゃんはきっとメリーお姉ちゃんが大好きになっちゃうわね」
「うん、メリーも赤ちゃん大好きだもん。
だから、イクス母様と赤ちゃんもメリーのお家に居る方が良いと、メリーは思うの」
「そうね。 でも、まだちょっと赤ちゃんが小さ過ぎて無理かな」
「イクス母様、それならいつになったら、無理じゃなくなるの」
「うーん、そんなにしないでメリーたちと一緒に居れるようになるわ。
赤ちゃんが、もう一回大きくなったらかな」
「そうなの。 メリー、とっても楽しみ」
メリーが喜んではしゃぎ回るのを、レンスが捕まえて、自分の脚の上に座らせた。
「えーと、イクス様、もう一回大きくなったらということは、赤ん坊の次の脱皮って、そんなに先ではないですよね」
ラミアの赤ん坊は生まれて1週間目、1ヶ月目、3ヶ月目、6ヶ月目と脱皮して急激に成長していくのだという。
その6ヶ月目の脱皮で人間の子供の6ヶ月目に体の大きさがほぼ追いついて、それからは脱皮するタイミングもずっと遅くなり、人間とほぼ同じ成長曲線を描くらしい。
最初の半年の成長曲線が違うのは、ラミアの卵の中でいる時間が、人間の妊娠期間に比べるとずっと短く、小さく生まれてしまうかららしい。
「そうね。 あと10日もすると生まれて1ヶ月だから、そろそろ2度目の脱皮をするわ。
そうすると、おっぱいの間隔が2時間毎くらいになるから、そうすれば私の自由度もかなり増してくるし、睡眠不足も解消されてくるでしょうから、ここを離れられるわ」
イクス様とティッティアがみんなと一緒に暮らすのは、ほんのすぐ先のことだと分かった。
バンジは事が大きくなって、ラーリア様に正式に謝りに来た。
「ラーリア様、すみません。
何も相談しないで、こんなことをしでかしてしまって。
まさか、こんなに大騒ぎになるなんて考えてもいませんでした。 というか、周りへの影響を考えるなんて、全く頭から抜け落ちていました。
本当にすみませんでした」
「うん、バンジ、起こしてしまったことはもう仕方ない。 これから、どうするかだ。
正直に言えば、私もお前らが羨ましくてしょうがないのだ。
イクス様も子供がもう一回脱皮したら、アレクの家に行くみたいだしな。
私がもう何を言っても、みんなのそれぞれの家が欲しいという要求は止まらないだろう。
春になれば、どんどんとその建築をしなければならないことだろう。
今から場所の選定や、それぞれどのような家を作るかなど、人間たち同士で色々考えておいてくれ。 そして、それぞれには自分のところのラミアの希望をきちんと聞いてやるようにも言っておくように。
とにかく春になれば、お前は特に忙しくなるぞ、覚悟しておけ」
「はい、了解です。 本当にすみませんでした」




