255. 父性の自覚
僕がイクス様に言われた早急にしてもらわねばならないことのもう1つは、赤ん坊に名前を付けることだった。
僕はもちろん子供に名前を付けるなんて初めてのことだし、何を考えて名前を付けて良いのか全く分からない。
僕はイクス様に相談した。
「いったい、名前って何を考えて付ければ良いのでしょうか。
僕は全く分からないのです」
「あら、アレクくん。 それを私に聞かれても、何も答えられないわ。
アレクくんも知っているとおり、ラミアに個人名を付ける習慣はなかったのだから、私に聞いても何も出てくる訳がないじゃない」
うん、確かにその通りだった。
僕たちが暮らすようになって、このラミアの里ではそれぞれが名前を持つようになったのだった。
「でも、昔は人間と共に暮らしていたのですから、それぞれが名前を持っていたはずですよね。
何か伝わっていないのですか?」
「確かにその通りなのだけど、ほとんど伝わっていないのよね。
それになんで名前がなくなったのかも、良く分からない。
ただ、想像すると、名前を持ち、一人一人の人格を尊重して考えることができない所まで追い込まれていたのかもしれないわ。 というか一人一人の人格とか個性とかを考えると、精神的に辛すぎたのかもしれない。
想像だけでしかないけどね。
でも、そんな昔の辛いことは今は関係ないわ。 この子の名前をどうするかよ。
ナーリア以外はアレクくんが名付けたんじゃない。
もう何人も名付けているじゃない」
「確かに、そう言われてるとそうなんですけど、あの時はそんな風に名前を付けるという感じじゃなくて、それぞれを別に呼ぶ符号みたいな感じで考えていて、まさか本当に名前として定着するなんて考えてなかったんです。
呼びかけるのも僕がそう呼びかけるだけの物だと思っていたんです」
「でももう、彼女たちはあの名前以外では、誰だか分からないくらいに定着しているわ。
例えば、誰もセカンのことをナーリアの青い髪とは呼ばないわ。
それでセカンと言えば、誰でも彼女が思い浮かぶのよ」
イクス様と色々話しても、現実的にイクス様から名前の案が出る訳ではなく、僕が考えることになった。
僕は色々頭の中で考えて1つの名前を考えついた。
「ティッティア、アンやメリーのように略されてティッタって言われるようになっちゃうかな。
どうですか?」
「ティッティア、ティッタね。 うん、良いわね。
ティッティアという響きもなんとなく可愛らしいし、ティッタと略すと呼びやすいし。
うん、とっても気に入ったわ」
ま、結局、ティッタとばかり呼ばれるように、すぐになっちゃったんだけどね。
その二日後から、どんどん子供たちが生まれるようになった。
イクス様の次にはラーリン様からキースの子供が生まれた。
そしてその次はラリオ様から、デイヴの子供が生まれたのだが、この時はちょっとトラブルがあったらしい。
セカンは誰かのお産というと、ミーリド様に呼ばれて手伝わされていた。
お産に関わったことが今まであるのは、ミーリアの上以上の方だけで、ちょっとギャップが出来てしまっているらしい。
実際は他にも各係のリーダーなどの年上の人もいて、関わったことのある人もいるらしいが、僕は良く知らない。
でもまあ、とりあえず今回の役に立つのは、ミーリアの上の人たちということなのだが、正直、ミーリア様とミーリオ様はあまり器用な方ではなく、ミーリド様、ミーリファ様、ミーリル様ということになるのだが、イクス様の時にミーリド様が下の世代に教えようと思ってか、セカンの器用さを買ってか、セカンに手伝わせたらやはりとても有能だったので、アンと共に毎回呼ばれる様になってしまっていた。
アンもやはり有能で、ラミアではないということで最初は補助的な感じで呼ばれていたのだが、何回か手伝っているうちに、セカンと共同で事に当たる感じになり、途中からはミーリド様たちは呼ばれずに、セカンとアンがお産というと呼ばれるようになった。
そのために二人の補助にディフィー、レンス、ナーリアが一人もしくは二人呼ばれるようになった。
ラリオ様の時に起きたトラブルというのは、子供が破いて出てきた卵の殻というか、膜の一部がラリオ様の体内に残ってしまったのだ。
ラミアの卵は鳥の卵とは違い殻が硬くはなく、少し厚めの膜のようなモノになっている。
後産で、人間が胎盤を出すのと同様に、ラミアもその膜を体外に排出するのだが、大体は卵の殻の膜は一部が破れているだけで、そのまま全部出てしまう。
でも時々、何かの拍子でその一部が切れて体内に残ってしまうことがあるのだ。
体内に殻の一部が残ってしまうと、それは命に関わる重大な感染症を引き起こすことがあるので、すぐに取り出さねばならない。
お産の補助をする人は、後産の卵の殻をパズルのように繋ぎ合せてみて、その欠けている部分がないかを確認するのが大事な仕事となる。
セカンは卵の殻が完全に揃うかどうか確認することも素早く、ラリオ様の卵の殻の一部が欠けているのに、すぐに気がついた。
即座にミーリド様が器具を使ってラリオ様の体内に残った殻を取り出そうとしたのだが、ラリオ様がちょっと止めた。
「ミーリド、待て。 セカンに教えているのだろう。
即座に処置する方が、私が楽だからと急いだのだろうが、せっかく教えているのだ、セカンにさせてみろ。
私は体が頑丈に出来ているからな、初めて経験してみるには良い相手だろう。
セカン、頼むぞ」
ミーリド様はちょっとだけ躊躇いを見せたがセカンに器具を渡した。
セカンも一瞬躊躇いを見せたが、すぐに器具を受け取り、
「それではラリオ様、私が処置されてもらいます。」と言った。
「ああ、セカン、頼むぞ。
ま、さっきも言ったが私は頑丈に出来ている、気楽にやってくれれば良いぞ。
それにお前はラミアの中で、ミーレナと共に1・2を争う器用さだからな。 私は全く不安ではないよ。
さっさとやってくれ」
セカンは緊張からか、すでにびっしょり汗をかいている。
セカンは器具を、ラリオ様のまだ少し開いている産道口から、中にと入れていった。
器具といっても、指よりいくらか太い程度の滑らかな棒で、先端は傷つけないためと、入れやすくするために、丸められ少しだけ尖らされている、そして先端近くにほんのちょっとした返しがついている。
セカンはとても慎重に指先に全神経を集中させた感じで、その器具をラリオ様に挿入していった。
「あっ、ありました。 たぶんこれです。
引き出してみます」
「えっ、セカン、分かるの?」
「どうでしょうか。
初めてなので、どうなのか判らないのですが、なんとなく指先に感じた気がするので」
セカンが器具を引き出すと、その先の返しに小さな膜が引っかかっていた。 拡げて確かめてみると、欠けていた部分とぴったり一致した。
「良かった。 取れました」
セカンは緊張から解放されて、その場に手をついて体を支えた。
「もう取れたのか。 私は最低4・5回、器具を出し入れしなければダメだと覚悟していたのだが」
ラリオ様がそう言うと、ミーリド様が
「普通は、器具を入れて、『ありました』なんてセカンみたいに判りませんから。
大体の感覚で、引いてみて、あったとか、もう一度ということになるから、最低でも2・3度ということになり、1回でなんてのはとても運が良いというだけなのですけど。
セカンの場合は、指先の感覚であるかないかが判るみたいですね。
もう私はやりません。 全部セカンに任せます」
「ああ、それがいいな。 セカンが行えば、施術を受ける者の負担は減るだろうからな」
セカンが施術が終わって、ちょっと気が抜けている間に、そんなことがセカンの意向に関係なく決まっていた。
それから後、ミーレナさんもラリオ様と同じ状態になったが、この時もセカンが簡単に処置した。
この処置をすると、今までは少なくとも2-3日、熱が出たり、痛かったりするのが普通だったみたいだが、ラリオ様もミーレナさんも全くそんなことはなかった。
「それにしても、そんな器具を入れて、引っ張り出すなんて、なんか苦しそうだし痛そうだな」
僕がそんな感想を言ったら、ディフィーに
「何を言っているのよ。 そんなのどうってことないに決まっているじゃない。
そもそも普段私たちはその器具より太いあなたのモノを膣には入れているじゃない」
「それはそうだけど、産道はあの小さな子供が出てきただけだから」
「卵のままで産むことも、ラミアはしようと思えばできるのよ。
それと比べれば男のモノなんて随分と細いわ。 ましてや、それに用いられる器具はそれより細いのだから。
それに昔は、手を突っ込んで取り出していたそうよ。 それから比べれば全然楽になったんじゃない」
ディフィーはどうということもないという感じで、淡々とさらっと、そんなことを言ったけど、なんていうか、聞きたくない知識だなぁ。
もうだいぶ慣れたけど、裸を全く気にしなかったり、性の知識に関して全くオープンなのは、ラミアが男の精をエネルギーにする種族だからなのかな、と時々改めて思ったりする。
最初に僕の子供であるティッティアが産まれてから、結局10日ほどで全員の子供が生まれたのだが、子供が生まれてみて、僕は初めて知ったのだが、ラミアの子供はとても小さく生まれてくるからという理由もあるのかもしれないが、最初のうちは30分程度毎におっぱいを飲む。
正直に言って母親になったラミアは寝る間もないという感じだ。
おっぱいを飲むたび毎という感じで、袋に敷いている布も排泄物で汚れるので、それも毎回換えている。
とてもではないが母親だけで面倒を見るのは不可能ではないだろうが、大変すぎる。
イクス様にはナーリアたちが交代で手伝いのために付き添った。
セカンとアンはお産の手伝いを一手に引き受ける感じになっていたから、それは免除だったのだが、そちらも忙しくて、二人の手伝いもナーリアたちはしていたから、てんやわんやだった。
ラーリア様たちにも、それぞれの下が交代で付き添って手伝った。
「私、私たちの母親が私たちを産んで数ヶ月で亡くなっていった、ということをイクス様の手伝いをして、なんだか納得したわ」
ナーリアがそんなことを言った。
「確かに、私も納得した。
一人でもこれだけ大変なら、私たちの母親は数人一度に産んだのだから、もっと大変だったはずだ。
エネルギーが枯渇して死んでいったという話がよく理解できた」
サーブもそんなことを言った。
「それに、私たちの母親は、イクス様がアレクから精をもらってエネルギーを補給出来ているのと違って、そんな訳にもいかなかった訳だから、無理よ」
ディフィーもそれに加えた。
もう1つ問題があった。
ミーレナさんも子供を産んだので、ミーレナさんもそんな母親の一人となってしまい、今までミーレナさんが引き受けていた、食事作りができなくなったのだ。
という訳で、僕とアンは自分たちだけでなく、みんなの分の食事作りに忙殺された。
僕はエーレアたちが起きていてくれて本当に良かったと思った。
エーレアたちが色々と手伝ってくれなかったら、きっともっと大変だっただろう。
まだラーリア様たちの子供が次々と生まれている間に、僕とイクス様の子、ティッティアは生まれてから一週間を迎えた。
するとティッティアは、僕は驚いたのだが、最初の脱皮をした。
脱皮をすると体が大きくなったり、色々と変わってくるというのはナーリアたちの脱皮で十分に解っていたつもりだったが、それでもティッティアの最初の脱皮後の変化は目をみはるモノだった。
体の大きさが倍近くになり、今までなんとなく不明瞭な形だった手や腕が小さいながらもしっかりした形となり、今まで口の大きさばかりが目立っていた目鼻立ちも、小さい目や鼻や耳がしっかりした形になった。
「良かったわ、無事に一度目の脱皮が出来て。
ラミアの赤ん坊はこの最初の脱皮が出来るまでが、一番死亡率が高いのよ。
まだ体温を自分で維持できないし、ほとんど常におっぱいを飲んでいなければならないから。
だから卵で外に出されるような過酷な状況の中では、どちらもなかなかままならなくて、この時期を生き延びる子供の数は半数にもならなかったらしいわ」
イクス様のそんな話を聞くと、僕もなんだか脱皮できたことにとてもホッとした。
「それに私もこれで随分と楽になるわ。
何が大変て、一度目の脱皮を迎えるまでは、30分足らず毎におっぱい飲んで、布を替えたりでしょ。 いくら部屋で休んでいるだけでも、その合間合間にうつらうつらするだけで、眠っている気があまりしないのよ。
この一度目の脱皮が終わると、体の大きさが倍くらいになるからか、おっぱいをあげる間隔が倍くらいに開くのよ。
それだけあれば、今よりずっと眠った気になるわ」
確かに、30分間隔では眠った気にならないだろう。
他のことはナーリアたちも代わりができるけど、おっぱいをあげるのは産んだ本人のイクス様しかできないからどうしようもない。
ただ、途中からは同様に子供を産んだ、ラーリア様やミーレナさんと子供を預けあって、睡眠時間を取っていたようだ。
面白いことに子供はどちらかが起きておっぱいに吸い付くと、もう一人も起きておっぱいに吸い付くのだ。 で、両側のおっぱいに子供が吸い付いているという形になる。
そうして子供を産んだみんなで、1日に2-3時間の睡眠時間を互いに確保していた。
イクス様は最初に産んで、次とちょっと離れてしまったので、少し最初が大変になってしまったのだ。
その意味ではラーリナ様とミーレナさんがもっとも楽だったようだった。
「私は常にラーリナ様と一緒ですし、同じ日に生まれましたから、最初から二人で分担できましたから、寝不足ということもなく過ごせてしまいました」
ミーレナさんは和かだけど、ちょっと済まなそうな顔をして、イクス様にそう言った。
「アレクくん、見てごらんなさい。 脱皮すると目を時々開けるようになるのよ」
僕がティッティアを見ると、ティッティアも目を開けていて僕を見た。
その瞬間、今までは自分の子供だと言っても、なんていうか小さな生き物という感じだったのだが、胸の中に「かわいい」とか、「守らなきゃ」とか、なんて言って良いのかわからない感情が急にもの凄い勢いで湧き上がってきたのを感じた。




