252. 指揮下
フロードのほぼ自殺という結末で、フロード討伐は終わった。
「もはやこれまで」と言い、タインさんに襲いかかろうとした行為は、フロード家の積年の悪事を白状したも同じことだった。
ただ静まりかえったのは、フロードが死んだからではなく、いつの間にかフロードの背後からその首に短剣を突きつけていたレンスの存在に驚いたからだ。
僕たちはレンスの動きに気づいていたが、多くの人はフロードがタインさんを襲おうと剣に手をかけて抜こうとするまで、気づいていないというか意識に乗っていなかったみたいだ。 気づいたら首に短剣を突きつけられているのに、フロードがタインさんを襲おうとし、その突きつけられていた短剣に自ら首を突き入れたのだ。
「フロードよ。 男爵という名誉を慮って、剣をそのまま帯刀させておいたのに。 せめてその剣で自ら自害すれば、まだ貴族としての死に様であったろう。
突きつけられていた短剣にも気がつかず、その短剣に自ら首を突き入れるとは、あまりの無様な最後に、哀れみさえ覚えさせてくれる」
「あえて最後にもう一度、義父上とお呼びしましょう。 義父上、せめてバーバラに誇らしい最後であったと語らせて頂きたかった。 この様な最後、とてもバーバラには話せませぬ」
それでもアルフさんとタインさん、そして近くにいたデイヴは、フロードの亡骸にしばし目をつぶって頭を下げた。
アルフさんが全体に言った。
「フロードとその家宰の死によって、この弾劾が終わる訳ではない。 砦で捕らえられたものは、もちろん罪を犯していないか。 厳しく吟味されるであろう。 その上で、罪ある者は厳しく裁かれ、罪無き者は速やかに釈放され、新たな役につくこととなろう。
しかし、それは砦で捕らえられた者だけとは限らない。 押収された証拠から、新たに罪がある者も見つかることであろう。 ここに宣言する、罪ある者は決して見逃さない。 身に覚えがある者は速やかに自首する様に、全ての者に伝えよ。 さすれば少しは考慮されるであろう。
この場はとりあえずこれで終わり、以上で解散とする」
僕たちもこれで一度砦の中に戻る。 中に入ったところで、ミーリア様がアルフさん、タインさん、そしてカーライルさんとストームさんに声をかけた。
「私たちラミアは、とりあえずこれでラミアの里に戻ります。 もうここに居ても私たちは何のお役にも立てませんし、邪魔になるばかりですから。
今後のことは、少し落ち着いてから協議することとなりましょう。 また誰かしらを連絡にやりますので、その時はよろしくお願いします」
「少し中で休んで行かれてはいかがですか」
アルフさんがそう言って勧めたが、
「いえ、帰りが遅くなるだけですから。 またの機会に」
と断って、僕たちに向かって言った。
「さあ、帰るわよ。 もう、戦い用の武器防具はいらないわね。 まずはそれらを外して馬車に載せてしまいましょう。 そうしてすぐにラミアの里に戻ります」
僕たちもミーリア様たちも、みんな武装を外して、馬車に積み込んだ。
シロシュウメ様は軽くその場で挨拶を交わし、モエギシュウメは僕たちに手を振ってから、飛び立って帰って行った。
「ふう。 やっぱり外すと楽だわ」
「アリファ、やっぱり防具を付けていると重い?」
「もう慣れちゃったから、戦の時や訓練の時はちっとも気にならないけど、気が抜けている時は、脱ぐとやっぱり、ああ楽って感じるわ」
「そりゃあれだけの重さがあれば、いくら慣れたといっても、そりゃ外せば楽だろうよ」
「それもそっか」
アリファ様、ロア様、アレア様が気楽なおしゃべりをしている。
「レンス、お前、よくあいつがあんな行動に出ることを予測できたな」
「うん、あのゲスの父親だから、また何かゲスいこと言ったりするかと思った。 何かそんなことを言ったら、『首に短剣突きつけられているのに、よくそんなことが言えますね』と脅してやろうかと思ったのだけど、不意打ちの方だった」
「私たちはレンスが短剣を突きつけに行ったのに気がついていたけど、多くの人は全く気づいてなくて、フロードが首をレンスの短剣に突っ込む寸前に気がついてびっくりしたみたいだったよ」
「いくら私が気配が消せるといったって、姿を消せる訳じゃない。 こんな何もないところで隠れる事も出来ないから、そんな事無理。 みんなの注意が別のところに完全に向いていただけ」
「ま、確かにそうなんだけど。 あらためて、レンスの気配を消す能力はすごいと思ったよ」
帰りも馬車はギュートが御者をして、僕は自分の馬を引きながら、ナーリアたちとおしゃべりをしながらほぼ最後尾を歩いて、砦を出た。 先頭を行くのはもちろんミーリア様だ。
僕らが砦から出てみると、諸公たちとその兵たちがミーリア様に敬礼していた。
そうだった、ミーリア様「黙りなさい」と一度冷気の放出をやっちゃったんだ。 諸公とその兵たちも「氷のミーリア」をしっかり感じとっちゃったんだな。
「そういえばサーブ、お前、ミーリア様の真似をしたな」
「ああ、一度やってみたかったんだ、ミーリア様の真似。
まさか本当に静かになるとは思わなかったんで、ちょっと焦ったよ」
「あれはサーブの力じゃなくて、サーブがミーリア様と同じことをしたから、それを無視したらまた本物のミーリア様が出てくるかと思って、それは避けたいって、みんなが従ったのよ」
うん、確かにディフィーの言うとおりだろう。
「私は本人の前で真似をしたサーブの神経がすごいと思う。
私だったら、真似なんてして、もしミーリア様が怒ったらと考えるから絶対にできない」
「そうだよね、セカン、私もサーブよくあんな事できたと思ってびっくりしたもの」
「それは私も同意」
ナーリアとレンスもセカンの言葉に同調した。
「あ、そうか。 そういう可能性もあったのか。 全く考えてなかったぞ」
「あんたねぇ、ほんとにもう」
サーブの言葉に、ディフィーが心底呆れたという声を出したので、僕はつい笑ってしまった。
「アレク、笑うのは酷いぞ」
「だってなぁ。 ミーリア様が怖くて、いつも小さくなっていたサーブが、ミーリア様が怒る可能性を全く考えなかったって、なんかさ・・・」
「そうよね。 あの頃のサーブを思い出すと」
ナーリアも付け足すと、僕たちはこらえきれず大爆笑してしまった。
爆笑している僕たちのところに、諸公の兵が1人やってきて、ナーリアに向かって言った。
「あの、ナーリア指揮官でありますか?」
ナーリアは、えっ、何なのという感じで答えた。
「えっ、はい。 そうですけど」
やってきた兵は少し離れたところに居た仲間らしい兵たちに言った。
「おい、やっぱり、思ったとおりナーリア指揮官だぞ」
その声を聞いて、その兵の仲間ではない兵たちも集まってきた。
「ナーリア指揮官、この次は僕たちを直接指揮してください」
「僕たちはあなたの指揮の下で戦います」
「ぜひ僕たちを指揮してください」
「えっ、はい。 今回、私は砦に突入する方の指揮官でしたので、皆さんを指揮した訳ではないのですが」
「はい、私たちはバンタイン様の指揮下だったのですが、バンタイン様も砦に入ってからはナーリア指揮官の指揮に従っていたと伺いました。 それに、アルフレッド様は最初からナーリア指揮官の指揮下だったとか。 それからカーライル様や、ストーム様たちもナーリア指揮官に報告されているのを見ました。
つまり今回の全体の指揮官はナーリア指揮官だったという事。 次の機会には、ぜひ僕たちも直接指揮してください」
「我々もぜひ、ナーリア指揮官の直接の指揮の下にしていただきたく、お願いにあがりました」
「あ、あの、そういうことは私が決められることではないので、それに次があるかどうかも分かりませんし。
でも、皆さんにそう言ってもらえて、私自身は凄く嬉しいです。 ありがとうございます。
えーと、私たちにこれからまだラミアの里に帰らねばならないので、すみませんがこれで失礼しますね」
ナーリアは僕たちを急かす様にして、兵たちから離れた。
夜の闇がその兵たちを完全に隠してからナーリアが言った。
「ああ、びっくりした。 何だったのあれは」
「ナーリア、何だか分からないが、兵たちにお前モテモテだったなぁ」
サーブがそう少し茶化す感じでいうと、ナーリアは怒った様な調子で
「モテモテっていうのと違うでしょ。 戦いの時に指揮してくれっていうのは、モテるというのとは全然違うわよ。
それに私にはアレクがいるから他の男は必要ないわ」
「うん、確かに。 私たちには他の男はいらない」
レンス、そこはどうでもいい所だろ。
「とにかく、みんなナーリアに指揮して欲しいと言うのだから、悪いことではないんじゃないか」
「うん、アレクの言うとおりだと思う。
私は人間が、『ラミアの指揮の下になど入れるか』って言うかと心配して、今回も、『他の人があの人がナーリアに従うのなら、従わない訳にはいかない』と考える人を1人ナーリアの下に付けてくださいと頼んでおいたくらい心配してた。 まさかアルフさんがナーリアの指揮下に入るとは思ってもいなかったけど。
でも、あの調子なら問題がない」
セカンは、そんな事も心配して手を打っていたのか、僕は全く考えてもいなかったよ。
「それにしても、何で外にいた兵たちがナーリアに指揮してくれと頼む様な事態になったのかしら。
砦の中にいた兵たちなら、ナーリアの指揮する姿を見て、次も指揮して欲しいと言ってもおかしくは無いと思うの。 指揮官としてのナーリアはそのくらいのこと思わせるくらいの力はあるもの」
「何ディフィー、そんなに私のこと褒めてくれても何も出ないわよ」
「確かに中で見た者なら解るけど、見てもいない外の兵が何故だろう」
ナーリアの言葉は完全に無視してサーブが話を続けた。
「私、解る気がする」
レンスの言葉にセカンが素早く反応した。
「ん、どういうこと?」
「今日、ミーリア様、一回だけ指揮官モードの『氷のミーリア』をやった」
「ああ、サーブが真似したやつな」
僕の少し茶化し気味の言葉に誰も反応してくれない。
「あれでみんな誰が最強の指揮官か、人間だとか、ラミアだとか、ハーピーだとか、そんなことは関係ない、誰が最強の指揮官なのか肌身で感じたはず」
「ああ、私にも分かったぞ。
もし本当にいざという時が来たとしたら、最強指揮官であるミーリア様が絶対に全体の指揮を執る。 だけど、あの冷気は怖いから出来れば浴びたくない。 だからなるべくなら、ほんわかムードのナーリアの指揮下に入りたい。
という感じか」
「うん、きっとそう」
「はあ、なんか凄く納得できる話ね。 きっとそのとおりよ」
「ディフィー、何がそのとおりなの?」
ディフィーが前にも見せた、ギギギギギと音を立てそうな調子で後ろを振り向いた。
ミーリア様が完全に癇癪玉を破裂させたという顔をして、すぐ側にいた。
「まったくあなたたちときたら、馬車からも遅れて立ち止まっているから、何があったのかと思って来てみたら、一体何を話しているのよ。
何を話していたのか、後でゆっくり聞かせてもらいます。
それに、あなたたちは安心して、話すことに夢中になると、どうしてこうも警戒心がなくなるの。
私は気配を消したりなどまったくしないで近づいて来たのに、何で誰も私の接近に気がつかないの。 本当に何をやってるの。
とにかく今は急いで里に帰るわよ。 きちんと付いて来なさい」
失敗した。 これは完全に戻ってから、ミーリア様の説教が降りかかってくるな。
話の内容を聞かれて、余計に怒らせることは目に見えているから、長い強烈な説教になりそうだ。
僕たちは夜遅くなってから、ラミアの里に着いた。
帰り始める前に日は落ちてしまい暗かったのだけど、この晩は月が明るくて、誰かに補助されなくても人間である僕でも普通に歩いて帰ってくることができた。
夜、もう遅かったのに、ラミアの里の前の広場で起きているみんなは火を焚いて待っていてくれた。
流石にメリーは起きていられる時間ではなかったので、家の方でアンとイクス様との3人は待っているとのことだった。
僕は、ああ、帰って来た、となんとなくとてもホッとした気分になった。
そして、なんとかゴブが来ない春までに、人間とラミアとハーピーの同盟を本当の意味で成立することが出来たな、と思った。
そう思ったら、急に肩が軽くなり、フワフワした気分になった。
どうやら僕は、この同盟をしっかりと成立させるということに、かなりプレッシャーを感じて、疲れていたようである。
家になんとか辿りついたのは覚えているけど、そこで意識が途切れてしまった。




