245. 上手くいかないことはあれど
「ゴブ捜索及びラミア巡察隊とは、まだ何の連絡も取れないのか?」
「はい、まだなんの連絡も入ってきません」
「全く何をしているのか、流石にそろそろ連絡がなければ、ワシとて怒りが湧くというものよ」
今回の作戦は詰めの段階に入ってケチがついた。
最初の段階で商人たちがこの地方に向かうことを嫌がることは想定内だった。
それを通常価格の2割り増しで商品を買い取ることで、補えると思ったのだが、商人たちはそれでもこの地方に来ることを渋った。
まあ、その気持ちがわからないこともない。 この地方に外から入るほぼ唯一の道の、その入り口にあたる町がゴブによって壊滅しているのだ。
我々がいくら口を酸っぱくして、それ以降ゴブを見たという報告は一切ないと言っても、まだ町を壊滅させたゴブがいるかもしれないという状況で、この地方にやって来る決断をすることは難しいだろう。 それにその町が壊滅してしまったことで、今までならその町でも商売して上がるであろう利益は全くないのだ。
それではいくら我らが2割り増しで買い取ると誘いをかけても、リスクを考えると二の足を踏んでしまうのは仕方ない。
半ば今年は計画を諦めかけた時に、何故か商人が重い腰を上げたのだ。
最初はその理由が分からなかった。 リスクに合わないと一度判断したことを、何故途中で覆したのだ。 理由は簡単だった。 商人のところには、我々だけでなく、別の有力者からも二割り増しで引き取るからという商談が入ったのだ。
我々単独では割に合わなかったリスクだが、それが二つ三つ重なれば、十分リスクに見合う魅力的な商売に思えたという訳だ。
これは我々にとってもラッキーな話だった。
我々が商人に怪しまれずに出来るギリギリの量の商談で得られる利益の、どうやら少なくとも倍程度の商品を積んで商人たちは現れることになったのだから。
その幸運な状況に、内心で喜んでいられた時間はあまり長くなかった。
商人たちがやって来ると思われるほんの数日前に、あの気に食わないアルフレッドの命を受けた、ゴブの調査隊が来たからだ。
今、其奴らに調査のために壊滅した町の方向に向かわれたのでは、今までの計画は全て無に帰すし、商人が持ってきた商品を本当に2割り増しで買い取らねばならなくなってしまう。
私は内心を隠して、その調査隊に愛想良く言った。
「ちょうどその方向には、我が息子をリーダーにした、ゴブの捜索と、普段のラミアの巡察を目的とした隊を砦から出しているところじゃ。
同じ方向を調べるのも無駄であろう、そなたたちアルフレッド様の命を受けた隊はここから別方向に調査に向かうが宜しかろう」
「了解しました。 それでは私どもはここから別方向に向かわせていただきます。
ただ、私どもは帰還の指定日まであまり日数がないので、近場を調べてから再度ここに寄らせていただいて、砦の方で出した調査隊からの報告があれば、それも持ち帰りたいと思います。 よろしくお願いします」
「うむ、ご苦労である」
私は息子に伝令を送った。
「こちらから次の伝令を送るまで、戻ること能わず。
もし、その間に作戦を実行した時は、作戦の結果をしばらく隠して、絶対に人目につかないように注意されたし」
息子から戻ってきた返信は、
「了解した。 商隊の規模が思っていたより大きく、馬を洞窟には隠しきれないので、仕事の後はしばらく別の場所に移動して、適当な時期に確認の連絡を寄越す」
という物だった。
気に食わないアルフレッドのせいで、少し面倒なことになったが、十分な食料や糧秣を運び込んであるはずだから、冬とはいえ、その辺を少し彷徨ったとしても十分やっていけるだろう。
いまいましいことに、やはりアルフレッドのやつの調査隊は一番都合の悪い時に戻って来おった。 その上、調査距離を伸ばしたいので、無休で動いていたので、一晩休ませて欲しいと、我が砦で一泊する始末。
「それは疲れたことであろう。 ゆっくり休まれるが良かろう。
砦の者は調査隊を十分にもてなすように」
内心のイラつきを顔に出さないように自制するのもなかなか骨の折れることだ。
アルフレッドの調査隊が去った後、息子へと使者を送ったが、予想したことだが洞窟はもぬけの殻で、姿を消していた。
ま、姿を消していたということは、事が上手く終わり、人目を避けるためにどこかに移動したのであろう。
2〜3日、長くとも一週間もすれば連絡が来るかと考えていたのだが、待てど暮らせど連絡が来ない。
何故連絡が来ないのか、私には理解できない。
「家宰を呼べ」 私は近くに侍るものに家宰を呼びにやらせた。
家宰はやってきて、頭を下げた。
「そちは家宰であると共に、我が男爵家の参謀でもある。 仕事が終わってだいぶ経つはずなのに、我が息子は連絡も寄越さず、居場所も不明だ。 この事態をそちはどのように考える」
「はい、男爵様、私は若が悪い癖と言いますか、若者らしい覇気を見せたのではないかと思っております」
「どういう事だ」
「若は兵を30名余り、その中には男爵様が剣を授けたものが7名もおりますが、それだけの兵を引き連れていれば、仕事が無事に終わったことは明白にございます。
もしかすると、その商隊が運んでいた荷は、我々が考えていた以上に、食料や武器などが含まれていたのかもしれません。
そうであれば、勇ましきフロードの直系である若のこと、行方が不明となっているゴブをこの冬のうちに打ち果たし、自らの手柄にしようと、まこと若者らしい覇気を見せたのではないかと愚考します。
我がフロードの精兵30を率いていれば、50や60のゴブならば、簡単に討ち果たしましょう。 難しいのはその巣を探すことのみ。 今までの情報を考えると、ゴブがこの地方に入って来たことは確かでしょう。 それで我らの目に触れていないとなれば、今は活動をしていないラミアの領域に隠れているは必定かと。 若もそのように考え、逆にこのラミアの活動していない今が手柄をあげるチャンスと考えたのではないでしょうか。
それでゴブが発見できれば良し。 ゴブが発見できなくとも、冬で活動できないラミアを発見すれば、それを討ち取って来ても良いのです。
確かに連絡も寄越さずにそのような行動を取るのは若気の至りだと思いますが、男爵も奥方も若が危険に晒されることを極端に避けて来ましたから、連絡をすれば止められると考えたのではないでしょうか」
途中で部屋に入って来ていた妻に私は声をかける。
「どうやらワシたちは、安全を考えるあまり、少し慎重になり過ぎていたのかもしれないな」
「はい、あの子もやはりフロードの血が騒ぐのでしょう。 たまには気晴らしに好きにさせる事があっても良いかも知れません」
「まあ、30名余りも率いて、中に7名の剣を授けた者がいるのだ、無謀なことをさせることはあるまい」
ゴブに対する戦で名を上げたのが我が男爵家である。 確かにゴブに向かっていこうとするのは血のなせる業なのかも知れない。 難儀なことよ。
そうこうしているうちにまた都合の悪いことに、今度は領主より命令が来た。 直接には娘婿でもあるバンタイン様からだが、なんとも困ったことになった。
ここで私が砦を空けては、砦には妻と幼い次男しかおらず、ゴブの行方が知れていない今それは避けねばならない。 かといって他に出せる者もいない。
仕方なく私はその使者にまだ息子が不在であることを告げて、私に命じられた役をバンタイン様に代行してもらうことを頼む。
これは逆に考えれば、良い機会と言えるかも知れない。 ゴブの脅威を肌で感じる今、バンタイン様に我らフロードの側に明確に立っていただくのだ。 領主館にいては、一々領主やあのアルフレッドの邪魔が入るが、そこから離れればバンタイン様の側付きにした者に命じて、さらに我らフロード家の側に立つように誘導することは容易いことであろう。 まだまだバンタイン様は、動かしやすい若造だ。
私は領主への返信と、バンタイン様への返信と共に、密かに側付きへの指令も使いに持たせた。
それから少しして、領主館に入れてある我が手の者から、領主館でなんだか分からないが動きがあるという報告が入った。
どうやら人の動きがあるのだが、その意味があまり分からないという。
そうこうしているうちにおかしな使者がやって来た。
「男爵様、報告します」
「なんだ重要な報告か?」
「はい。 領主館では秘密裏にラミアとの会食が行われました」
「何? ラミアとの会食だと」
私はこの報告に驚いた。 この時期ラミアが動いているはずはないのにどういうことなのかと混乱した。
「はい、領主の家族のみとラミアが含まれた会食でした」
私が難しい顔をしているとその使者は言葉を足した。
「ただ、私、クリードは本当にラミアかどうかは疑わしいと思っております。 私と同様にブマーという者も疑わしいと判断したようでした」
「ん、どういうことだ。 詳しく述べてみよ」
「はい、その会食をしたラミアなのですが、尻尾を布で覆っていて、尻尾を見せる事がありませんでした。 なおかつ誰も尻尾がまともに動くところを見ていません。 ラミアは二匹で、青い髪とピンクの髪という特徴がありましたが、どうも疑わしいのではないかと」
「ああ、よく分かった。 よくぞ詳しく報告してくれた。
お前、名をもう一度聞かせてくれ」
「はい、クリードと言います」
「それからもう1人名を上げていたな」
「はい、ブマーです」
「うん、そなた1人の手柄にしないところはあっぱれじゃ。
2人とも名を覚えておこう」
「はっ、ありがたき幸せ」
領主はなぜこんな見え透いた芝居を打ったのだろうか。
ラミアは冬は活動しないのに、ラミアとの会食とか何を考えているのだろうか。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、意味が全く分からない。 また、家宰を呼んだ。
この件に関しては、家宰もさんざ首を捻って考え込んでいた。
家宰はハッと顔を上げた。
「なんだ、簡単な事でございました。
私はつい忘れておりました」
「うん、何を言いたいのだ?」
「私たちは、ついラミアは冬に活動しないのに何故と考えてしまいますが、私たち以外はラミアが冬に活動しないことは知らないのです。
つまりこの件を見え透いた芝居と考えるのは我々のみなのです。
それに領主たちは私たちが、その見え透いた芝居に気づいているとは思っていないのです。
ラミアが冬も活動すると思っている者にとっては、今回のラミアとの会食は真実に見えるのです」
なるほど確かにそうだ。 ラミアが冬に活動しないことを知っているのは我らのみ。 他は冬に襲われたりという事件をラミアの仕業と信じこんでいるのだ。 つまりラミアは冬も活発に活動しているのだ。
「だが、そうだとして、なんで領主はそんな芝居をしたのだ」
「きっと領主はこう考えたのでしょう。
最近ラミアは悪さをしていない。 ならばラミアと友好的になったと思わせればゴブとの戦闘に集中できると。
ゴブとラミアの両方に備えるのは大変ですからな。 ゴブに集中したいと思ったのでしょう。
でも、単純にゴブに集中させたのでは、どこからラミアに対する警戒を怠ったという非難が出るか分かりません。 そこでこの芝居でラミアとの友好を作ったと思わせようとしたのでしょう」
「なるほど、領主としても大胆な策じゃな」
「バンタイン様の側に付いている者の報告でも多くは我らの下につきそうです。 直接我らの下につかなくとも、バンタイン様の下につくことを表明した者も多いとか。
領主やあのアルフレッドなどは兵力を集めるのに四苦八苦しているのでしょう。 そこで今回のような奇策に出たのではないでしょうか。
しかし、男爵様、これはチャンスかもしれませんぞ。
領主はラミアとの友好を騙った訳ですが、すぐについ最近ラミアが商隊を襲ったという知らせが大きく流れるのですから。
領主館の権威は地に落ちますな」
それからちょっとして、バンタイン様が領主に呼び戻され、館に戻ったと報せが入った。




