241. 事の前の休日
話は少し遡る。
ウサギの罠を仕掛け終えたエーレアたちは、まだ外は暖かくはないので家の中に入ろうとしていたのだが、そこにレンスが戻ってきた。
「エーレアたち、台車に木枠を付けて持ってきて大急ぎ。 素早く動かないと、ナーリアが怒るよ」
エーレアたちはここではナーリアをリーダーとして、ナーリアの指示に従うことになってはいるのだが、今まで別にナーリアが何かを命令して従わせるということはなかった。
唯一例外として熊を狩った時は命令調だったのだが、あの時は命令しているというより指揮している感じだったからなぁ。
今回レンスは明らかに命令調で、エーレアに指示している。 うん、ナーリア、まだ本気で怒っているんだな。
エーレアたちはそそくさとレンスの指示に従って、台車を引いてレンスの後についていった。
「ナーリア、レンスのあの様子だと、まだ怒っているのね」
「どうやらそうらしいな。 エーレアたちもナーリアを本気で怒らせると面倒くさいと知っているだろうに」
「ま、仕方ないわね。 私もエーレアがセカンに軽い口調で『私たちの分の朝食もお願い』と言った時にはカチンときたから」
「それはそうなんだが、でもまあエーレアたちも今日はもう覚悟しているだろう。 きっと昨日までの道路工事の方がまだマシだったと思うくらいに、ナーリアに思いっきり色々と使われるぞ」
「ま、自業自得よね」
うん、ミーリア様はもちろんだけど、ナーリアも怒らせない様に気をつけよう。
セカンも食事の用意を最後の仕上げを除いて終えて、僕も豆を煮ていたのだが、しばらくは暇になった。 藁束もディフィーにも手伝ってもらって作ったし、準備は終わった。 アンとメリーとサーブももちろん馬の世話を終えて戻っている。
ナーリアたちも戻ってきた。 ナーリアとレンスはニコニコ顔だが、その後ろで荷車を引いているエーレアたちはそうではない。
「アレク、アレク、聞いて。
もう随分と花の芽がたくさん出ていたのよ。 私にはどれが花の芽で、どれがそうでないかは全く分からないのだけど、レンスがしっかり見分けて、花の種類ごとに分けて、たくさん採ってきたのよ。
ご飯を食べたら、さっそく図書館に植えて来なくっちゃ。 春が楽しみだわ」
とても上機嫌なナーリアが僕に抱きついてきて報告してきた。
「そうか、ナーリア、それは良かったな」
僕はそう言って、ナーリアを抱きしめ返してから、離した。
「エーレア、とりあえず台車は日陰に置いてきといて。 ご飯のあとですぐに植えに行くから」と言って、ナーリアは家の中に入っていった。
レンスはちょっとだけやれやれという顔をしたが、レンスも嬉しそうだ。
僕はレンスが腰に何かつけているのに気が付いた。
「レンス、凄いな。 レンスは芽を見ただけで、その植物が花かそうでないかが分かるのか」
「うん、図書館でその辺は一生懸命勉強した。 それに事前に、花のある位置をアレア様とロア様に教わっていた。 二人とも森の中の巡回をしていたから、そういうことに詳しいから」
「そうなのか、それでも見分けられるなんて凄いな。 で、ちょっと気になったのだけど、腰に付けているのは何?」
「これは元々お父さんの物なのだけど、お母さんが保管していた。 博物学者が外に出る時に必要な小物がいくつか入っている」
僕はそんな物があるのかと感心した。
「へー、どんな物が入っているの?」
「そんなに大したものではない。 今日使ったのは拡大鏡。 今日採取した物でも花かそうでないか紛らわしくて、ちょっと細かいところを確認しないと判断できない花があったから」
「そうなのか。 本当にレンスは凄いな。 今度ゆっくり色々教えてくれ。 レンスはもしかしたら、そのお父さんの道具を使いこなして博物学者になって、みんなに色々教える様になるのかもしれないな。 そしたらレンスの生徒の第一号になるよ」
そんな冗談を言いながら僕はレンスと一緒に家の中に入った。
僕らはすぐに朝ごはんを食べた。
僕らの家の居間という感じにしている部屋のテーブルは意外に大きくて、詰めれば10人くらいは周りに座れるのだが、さすがに僕たち7人にエーレアたち5人では、きつきつもいいとこだ。
メリーは何故か僕の膝の上に座って食事をしている。 ま、場所の節約になるから良いんだけどね。
食事が終わりきらないうちに、竃の方から豆が煮上がった匂いがしてきた。
僕は大急ぎで納豆作りをした。
煮上がった豆を、熱湯を潜らせた藁束の間に詰め込むのだが、セカンとナーリアが手伝ってくれようとしたのだが、この作業は肌の弱いラミアでは熱すぎて難しい作業だった。
僕が一人で奮闘していると、アンが
「私は人間だから手伝えますよ」
と手伝ってくれた。
朝食後、ナーリア、レンスはもちろんだが、全員図書館に行くことになった。
エーレアたちは花壇作りのために強制参加だ。
僕は納豆のことがあるので、今回は一人別行動として、家で朝食の後片付けと昼食の準備をして待つことにした。 たまには一人で家でのんびりというのも悪くない。
「この人数だと、馬車に乗り切れないわ。 2回に分けて、行くのかな」
図書館の場所が分かっていないアンがそんなことを言った。
「アン、図書館に行くのに馬車は必要ないわ。 必要なのはこれよ!」
ディフィーは、これを見ろという感じで、ランプをアンに見せた。
「ランプが必要なんですか、暗いところを通って行くのかな」
ディフィーはがっかりした顔をして僕に言った。
「アレク、何よ。 アレクはランプは知っているけど、自分では使わなかったからと言ってたから、アンも少しは驚くかと思ったのに、全然じゃない」
「ディフィー、ウチは商店だったから、ランプも売ってたし、使う必要もあったんです。 普通の庶民の家ではほとんどない物なんです。
でも、凄いね。 ラミアの里ではランプを使っているの? 油はどうしているの?」
「アン、ラミアの里でランプが日常的に使われている訳じゃないんだ。 ちょっとこれは特別なんだ、油に関してもなんだけど。 説明は長くなるから、今度ゆっくりしてあげるよ」
「はい、わかりました」
この話をエーレアたちが聞いていた。
「はあ、また訳の分からない道具と話が出てきたよ。 いつまで経ってもこの家は私たちには分からない話が次から次と出てくるわ」
「エーレファ、それを言い出したらキリがないから、それは言わない約束だ」
「うん、起きたら、やっぱり知らないことだらけにまたなっていたなって、ついあらためて思っちゃっただけ」
朝食の後片付けがほぼ終わりかけた頃、アレア様、ロア様、アリファ様がやってきた。
「おはよう。 あれ、他のみんなは」
ロア様がいつもの調子で声をかけてきた。
「みんなは今日は図書館に行ってます。 僕はここですることがあるので留守番です」
「アレク、みんなはって、エーレアたちも朝早くにここに来たんじゃないの?」
「はい、アリファ様。 朝早くに来て、なんか軽い調子でエーレアが朝ご飯も食べさせてと言ったら、ナーリアがちょっと怒っちゃって、エーレアたちをこき使っているんです。 今はきっと図書館の前の花壇に花を植えるのを手伝わされていますね、きっと」
「えっ、そうなの。 それはちょっと困ったなぁ」
ロア様が難しい顔をして言った。
「えーと、言いづらいのだが、私たちも昼ご飯を一緒させてもらえないかと思ってやって来たんだ。
最近はずっと、お前たちや、ミーレナ様、そしてラーリア様たちの作るご飯ばかり食べていたから、こう冷たい物だけの食事というのは、どうも物足りなくて」
アレア様が済まなそうに言った。
そうか、ラミアの里の洞窟では火は使えないから、温かいものは作れないんだ、確かにそれでは今までの食事に慣れちゃった身には辛いよな。
「私たちも食事の用意を手伝うから、なんとかお願い」
アリファ様にもそう言われた。
「良いですよ。 昼の用意は僕がすることになっていますから、一緒に食事しましょう」
「「「良かった。 ありがとう」」」
3人にとても喜ばれてしまった。
「ところでアレクはここでしなければならないことって、何をしているの?」
「そんな大したことではないんです。 ただ、この藁束を竃の少しだけ温かいところに置いて、温度を保つ様にしているだけなんです。 だから、時々竃まで来て、触ってみて、温度が低くなっていたら、温かいところに移して、それでもダメなら、少し熾に薪を足して温めてやっているだけなんです」
「それじゃあ、そんなに忙しくはないのかな」
「はい、かなり暇だから、昼の準備まで何をしようかなと思っていたところです」
「それじゃあ、もう一つお願いしても良いかな」
「何ですか?」
「私たちに御者の仕方を教えてくれない?
私たちも馬の世話は少しはできる様になったのだけど、馬車を動かすのは人間とナーリアたちしかできないじゃない。 この間も思ったのだけど、やっぱりそれでは不便な時もあるのよね。 だから私たちも御者の仕方を覚えたいな、と思って」
「良いですよ。 そんなのお安い御用ですし、確かに御者できる人が増えれば、使える馬を遊ばせておかないで済みますし、作業効率が上がると思います。 ぜひ覚えてください」
「3人一度に練習という訳にはいかないと思うから、一人は時々アレクがここに残っていた仕事をすれば良いわ」
「そうしてもらえると助かります。 それじゃあ、でも最初は3人一緒に、まずは馬を馬車に繋ぐことを覚えてください」
昼の準備を始めるまでに、まだまだぎこちないが、3人とも御者の仕方を覚えてもらうことができた。 後は何度か僕たち御者ができる物が隣に乗って、実践を積ませる必要があるだろうが、今日はまだそこまでのことはできない。
馬を馬車から外して、汗を拭いたり水を飲ませたりの世話はアレア様とロア様に任せて、僕とアリファ様は昼の支度を始めた。
すると僕はそろそろかなと思っていたのだが、ラーリア様とイクス様がやって来た。
「あら、アレクくんとアリファが昼の準備をしているの、珍しい組み合わせね。 みんなはどうしたの?」
イクス様が不思議そうな顔して聞いてきた。
「みんなは図書館の方に行ってます。 アレア様とロア様は馬の世話を今しています。 僕はすることがあったので、留守番です。 そろそろとりあえず戻ってくると思います」
「で、アリファたちは冷たい食事に耐えられなくて、ここに来たという訳だろう」
ラーリア様がちょっとニヤニヤした顔でアリファ様に言った。
「はい、その通りです。 ついでにアレクに御者のやり方を教えてもらっていました」
「ああ、それは良いところに気がついたな。 御者できるものを増やさないといけないと思っていたところだ」
「そうなんですか。 そうだったら、良かったです」
「アレク、馬の世話終わったよ。 ナーリアたちも戻って来た」
ロア様とアレア様がそう言って家に入って来た。
「あ、イクス様、ラーリア様、おはようございます。 いえ、もうお昼ですね」
「ロア、アレア、お前たちは御者の仕方を習っていたんだそうだな」
ラーリア様がロア様、アレア様と話始めたので、僕は外に出てナーリアたちを迎えようとした。 イクス様も一緒に出て来た。
家から出るとナーリアたちがもう近くまで戻って来ていた。
「あ、イクス母様だ」
メリーがイクス様の姿を見て、駆け出して、イクス様に抱きつこうとした。
イクス様は抱きつかれる寸前にメリーをキャッチして、
「メリー、泥だらけね。 何をして来たの?」
「あのね、メリー、花壇にお花植えて来たの」
「そう、咲くのが楽しみね。 でも今はお昼ご飯の前にイクス母様と温泉に入ってキレイになって来ましょう。 泥だらけじゃ、ご飯が食べれないわ」
「はい、イクス母様」
メリーはイクス様と温泉に向かって行った。
ナーリアは急にソワソワしている。
「アレク、中にラーリア様いるよね」
「ああ、普通にいるぞ。 あと、アレア様たちが来ている」
「私、重大なこと忘れていたわ。 しょうがない、ラーリア様に報告して、怒られよう」
ナーリアは意を決した顔をして中に入っていった。
「あの、ラーリア様」
「ああ、ナーリア。 お前らの居ない間に来ていたぞ」
「はい、いらっしゃいませ。 あの、ラーリア様。 私、重大なミスを犯しました」
「ん、どうした?」
「私、エーレアたちが図書館に行く許可を得ていないのを忘れていて、エーレアたちを図書館に連れていって作業を手伝わせてしまいました」
「ああ、そう言えばそうだな。 許可を出してなかったな。 ま、気にしなくて良いぞ。 どうせ春になったら、図書館は誰にも許可を出す気でいたからな。
エーレアを連れて行っても別に構わないぞ」
「そうなんですか。 はぁ、安心しました」
アンはぼーっとして、雲の上を歩いているような調子だ。
「アンはどうしたんだ?」
「私たちが最初に図書館に入った時と同じ。 図書館の中を見たら、感動でずっとあの調子」
セカンが答えてくれた。




