239. 馬の出産
僕たちが領主の館に行っていた間も、それに関わっていない後から起きた組、つまりアーリア、アーレア、アーロア、そしてエーレアは奥から領主の町までの道の復旧工事をしてくれていたようだ。
ただし工事をしている場所は奥に近い位置だ。
馬の世話はミーレアが一番積極的に覚えて慣れたのだが、もうミーリアも出来るようになった。 しかし、まだ残念ながら御者をするというところまでは出来ない。
それだけでなく、実は人間も御者は今現在馬に乗れている5人しか出来ない。
馬に関する訓練は、他のことが忙しくて進んでいないのだ。
ナーリアたちだけが例外的に御者まで出来る様になったのは、家のすぐ脇に他とは別に厩舎が作られて、馬に身近に接する様になったこと、そして馬がアンとメリーにとても馴れた馬だったので、言うことをとてもよく聞いてくれたこと、そして気軽にいくらでもアンに教わることが出来たからなのが大きいと思う。
ま、見ていただけで、出来てしまうセカンという別格もいたのだけどね。
つまり何が言いたいかというと、馬車自体が今動かせるのは3台なのだが、その内2台を領主の館に行くのに使ってしまっていて、残りの1台も御者できる者がいなかった。 正確には、もう一人の別格ミーレナさんという御者ができる人がいたのだけど、流石に身重の一人であるミーレナさんに毎日御者をさせる訳にはいかない。 という訳で、移動に馬車は使えず、後から起きた組は近くから仕事を始める選択肢しかなかったという事情もあったのだ。
領主の町に向かう道は、とりあえず馬車が1台通れる幅では全線開通したのだが、ラーリア様、イクス様、ミーリア様たちはそれだけでは良しとしなくて、僕たちがびっくりした幅広い立派な昔の道を完全に復活させるつもりらしい。
この決定は僕らには関係なく行われていて、僕たち、つまり人間とナーリアは後から聞いたのだった。
僕たちはかなり朝早くに出発したつもりなのだが、奥のラーリア様たちの共同住宅に着いたのはもう本当に昼手前だった。 僕とアンはとりあえず馬車を停めた。
外の物音に気がついたミーレナさんが共同住宅から出てきた。
「お帰りなさい。 交渉の成功は聞いています。 みなさん、ご苦労様でした」
「ありがとう、ミーレナ。 ラーリア様たちや、ミーレアは?
そして馬の様子はどうなった」
「ラーリア様たちはナーリアたちの家の方で待機してもらっています。
ミーレアは上の4人は、今、中で工事現場に持って行く昼食の準備を進めています。
下の4人は里の方の警備に詰めています。
馬は、今は先に戻ってきたギュートとハキとヤーレンが見ています。
それから戻ってきた皆さんの分の昼食はラーリア様たちが用意しているはずです」
「そう、分かったわ。 えーと、それじゃあ私たちはこのままナーリアたちの家に向かえば良いのかしら」
「はい、そうしてもらえば良いと思います」
ここで僕は声を出した。
「ミーリア様、僕はちょっと厩舎に寄ってから行きます。
行ってみないと、馬や馬車を厩舎の方に入れて良いのかどうかも、ギュートに聞かないとわからないですから」
「私も厩舎の方に寄ってから行きたいと思います」
アンがそう言った。 確かに馬に詳しいのは、もしかしたらギュートの次はアンかもしれないからな。
「俺とキースも行くよ。 俺たちは馬のお産を手伝うんではなくて、もう1台の馬車と馬を連れてきて、作業現場に昼食を運ぶよ。 きっと運ぶのに困っていると思うから」
「それじゃあ俺たちはとりあえず、ここでボブとキースが引いてきた馬の世話をしているよ。 お前らが厩舎から戻ったら、その後どうするか考えよう」
デイヴとボブがそう言った。
「それじゃあ、私とセカンが御者をして家まで戻るわ。 サーブはそのままアレクの馬を引いて行って」
ナーリアがそう言った。
「なんか私だけすることがない」
「ディフィー、メリーに私は厩舎に寄るから、少し遅くなるって伝えて」
僕たちが厩舎に近づくと、ハキとヤーレンが厩舎の近くに立っていた。 声をかけようとしたら、二人に身振りで静かにしろと注意されたので、黙って静かに近づいた。
「どんな様子なの?」
小声で真っ先にアンが聞いた。
「ギュートが言うには、まだ時間がかかりそうなんだ。 とても神経質になっているから、周りに幕を張って暗くしている。
他の馬は厩舎からとりあえず離して、あっちに繋いである」
と、ヤーレンが説明してくれた。
「それじゃあ、今はギュートが見守っているのね。 私はちょっと見に行ってギュートと話してくるから、みんなは馬車を静かに取り出して、デイヴとキースは離してある馬を繋いで仕事に行って」
僕らはアンの指示に従った。 僕たちは4人でなるべく音を立てないようにして馬車を置き場から引き出して、厩舎から少し離れた場所で馬を繋ぐ作業をしているとアンが厩舎から出てきた。
「今見てきてギュートとも話したのだけど、やっぱりまだ時間はかかると思う。
だから、デイヴとキースはこのまま馬車で仕事に行って。
それでアレクとハキとヤーレンは、食事とかしてきて、私とギュートも含めて交代で見守りをしましょう。 もう一頭のお腹の大きい馬は他の場所に移動できないから、あの子も落ち着かせてあげないといけないから。
それで町まで行ってきた馬は私たちの家の方でとりあえず世話してあげて。
それから馬のことをミーレアの人たちはきちんと覚えたいと言っていたから、ミーレアの人も二人づつ順番でこっちに来るようにしてくれるかな。 その時、とりあえず私とギュートの分のお昼も持ってきてくれると嬉しいかな」
「アン、了解したけど、馬にあまり慣れていないミーレアを呼んで大丈夫か?」
「アレク、そうやって経験していかないと、ラミアたちだけで馬の世話をすることがいつまでも出来ないでしょ。
私はそれじゃあ駄目だと思うの」
「そうだな、アンの言うとおりだ。 それでえーと、僕らは家まで行ってきた方が良いのかな」
「もちろんよ、それとギュートに言われたのだけど、馬の食事用に豆を煮てきてほしいって。 豆を戻す時間も必要だからすぐにとはいかないから、家に戻れば豆はあったよね。 その準備をお願い」
僕たちはアンに指示されたとおりにすぐに行動に移った。 共同住宅に戻るとその前で、ボブたちがすでに馬車に積み込む食事などを用意してくれていた。 僕がアンの指示をミーレアの人たちや友たちに伝えると、それぞれにすぐに動き出した。
厩舎にはまずはミーレオ様とミーレファ様が向かうことになった。 ミーレナさんが即座にアンとギュートのための昼食を作ってくれて、二人に持たせてくれた。
「それでアレク、馬の様子はどうだったんだ?」
ラーリア様が僕に聞いてきた。
「僕は直接に見てないのですけど、アンが言うにはまだ時間がかかるみたいです。 それで、今はアンの指示に従って見守りや、作業をしています」
「うん、ギュートの指示ではなくて、アンの指示なのか?」
「ギュートの奴、空を飛んできたら、どうも腰抜かしちゃったみたいで、まだ本調子に戻ってないんです。 もしかしたら、話に聞いていたキースの最初より酷いかもしれないです。 流石にセカンやディフィーより酷いということはないでしょうけど」
ハキが答えたが、セカンとディフィーが睨んでいる視線を感じるぞ。
僕は話を続けた。
「それで今はギュートとアン、そしてミーレオ様とミーレファ様が見守りをしています」
「ん、ミーレオとミーレファもか?」
「はい、アンの指示で、経験しないといつまでもラミアだけでは馬の世話が出来ないことになるからと」
「確かにアンの言うとおりだな」
「それで僕たちは、食事を終えたらまた戻ります」
「アレク、豆の方は任せて、煮えたら持って行く」
「馬車ではなくて、台車に載せて持っていけば良いのだな。 任せてくれ」
セカンとサーブがそう言ってきた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんはまだお家には戻ってこないの?」
「うん、メリー。 お馬さんが赤ちゃん産もうとしているから、アンはそのお馬さんの世話をどうしてしてあげなければならないんだ。 ごめんな」
「んーん。 メリーはそれじゃあ、お姉ちゃんに会いに行ったら駄目?」
「そうだな、少しくらいはメリーがアン会っている時間はあると思うぞ」
「メリー、サーお姉ちゃんたちが煮えた豆を運ぶ時に、メリーも一緒に行こう。 それでお手伝いをすれば、アンは喜ぶと思うぞ」
「分かったぁ。 メリー、お手伝いする」
メリーは機嫌が良くなった。
「それじゃあ、交代しながら馬を見守るということね。
アレクくん、アンもだけど、休憩の時は私の部屋を使えばいいわ」
「はい、イクス様、ありがとうございます」
僕たちが戻るのに合わせて、ラリベ様とラーリク様とラリト様も一緒に戻ってこられた。 共同住宅の方で3人の世話をするということだが、一緒の時間を増やしたいだけだろう。
厩舎に行って、とりあえずアンと僕とミーレオ様・ミーレファ様で見守ることにして、ハキとヤーレンにギュートを連れ帰ってもらった。
ギュートは完全にグロッキー状態だったからだ。
その後一回交代して、僕とアンが休み。 サーブとセカンが豆の煮たのを持ってきてくれた時にメリーも一度来たり、ミーレオ様たちも交代したり、レンスにランプを持ってきてもらったりして、夜少し遅くにオスの仔馬が生まれた。
「アンが一番の活躍で、疲れているだろうから、もう俺とハキの二人でも大丈夫だから、お前ら二人は帰れ」
とヤーレンが気を使ってくれて、僕とアンは家に戻ってきた。
家に戻ってくると、もうかなり時間が遅かったのだけど、みんな待っていてくれた。
メリーはイクス様の膝で寝てしまっていた。
「アンが戻ってきたから、私も自分の部屋に帰るわ」とイクス様は帰って行かれた。
「アレク、アン、晩御飯食べた?」
そういえばバタバタしていて晩御飯を食べていない。
「用意しておくから、とにかく二人とも温泉に入ってきて。 流石にすごく臭うよ」
ナーリアにそう言われて、温泉にと行かされてしまった。
僕とアンは先に体をしっかりと洗ってから温泉に浸かった。
「やっぱり、なんて言うか、疲れたけど。 感動もしたな。
新しい生命が生まれるのって、やっぱりすごいな」
「そうですね。 無事に生まれて本当に良かったです。
でも、こんな時間に生まれるのは珍しいかもしれないんですよ。
夜明け近くに生まれることが多いって私は前に聞きました」
「ふうん、そうなんだ」
そんな話をしながらアンと温泉に浸かって出ようとした時にハタと気がついた。
「しまった。 またやっちゃった。 着替え持ってくるの忘れた」
アンの方を見たら、アンが口をアワアワしている。
「私も着替えを持って来るの忘れてしまった」
僕は毎度のことという感じで、裸で家に戻って行った。
アンは僕の後ろを隠れるように家に入ってきた。
「アレク、ご飯はできているぞ。
ん、アンも裸で戻ってきたのか、珍しいな」
「あーん、サーブ言わないで。 着替え持って行くの忘れちゃったのよ」
アンは全身真っ赤になって、着替えを取りに行こうとしてディフィーに止められた。
「いいんじゃない。 どうせもうすぐに寝るのだから、そのままでご飯食べちゃいなさいよ」
アンももう今更と思って諦めたのか、そのままナーリアとセカンが用意したご飯を食べている。 ま、僕もだけど。
「アンもラミアの生活に慣れた」
レンスがそう言って、アンをからかっている。
食事を終えて、すぐに寝るために一段上の部屋に行ったのだが、僕は即座に寝てしまったらしい。




